ファ・ディール編(聖剣LOM)
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「……させな……い……!」
……何よ……これ。
「行かせない……!」
「……ッ!?何故、あなたが!……たかが半輝石のあなたが何故!?」
……嫌だ。
「……そうよ。私は……私はあの人を守る剣にも盾にもなれない。……でも!!」
これ以上……見たくなかった。
《Tales of Mana》
「さあて、瑠璃くん。捜索始めるよ?」
「……嫌だと言ったら?」
「そんなの引きずって連れて行くに決まってるじゃない」
コバルトブルーの絵の具とエメラルドグリーンの絵の具。その二つの色を混ぜて溶かしたようなポルポタの海を真上より少しだけ傾いた白い太陽が照らしだす。
宝石泥棒サンドラ。
今をときめく……かどうかは分からないけれど、巷を騒がす宝石専門の怪盗淑女。かつて……っても、数十年前の話らしいけれど―……とにかく、かつてその美貌と盗みの際に絶対に人を傷つけないという華麗な手口で多くの者を魅了したというサンドラは、今や珠魅殺しの立派な殺人鬼だった。
……でも、あれ?今自分で言ってて何か引っ掛かったような……
「……ねえ?瑠璃くん。一つ聞きたいんだけど……」
「……何だ」
くるりと体勢を変えてそう瑠璃に問い掛ければ、返ってきた返事は非常に短い文節の、こりゃまたひじょーーに不機嫌そうな声でありまして……さっき、首絞めかけられたこと、根に持ってんな。きっと。
「……まっ、いっか。不機嫌はいつものことだし。あのさ、サンドラってもう何十年も前からいるでしょ?」
「……それが?」
いやいやいやいや……それが?って、お兄さん……?
「あのさー、瑠璃は今のサンドラと昔のサンドラは別人かも。……みたいに考えたことはないわけ?」
そう……何かが引っ掛かる。
数十年前から今まで現役一筋で怪盗を続けてるっていうのは体力的な面から考えたって妙な話だし―……なおかつ数十年前から今にかけてその美貌を保つなんて、奇妙な話なのだ。サンドラが不老長寿かそうでなくても異様に長寿な種族ならまだしも。
だったら、昔の―……便宜上綺麗なサンドラとしておこう。その綺麗なサンドラが初代で、今の珠魅殺しを重ねるばっちいサンドラは二代目のサンドラとか―……
「ばっちいって……もっと他に言い様はないのか……?しかし……そうか……そう考えることも出来るわけか……」
「便宜上よ、便宜上。……でもって?瑠璃くんはどう思う?」
「……ああ。……俺はお前と違ってそんな風に考えたことはなかった。……でも、そうだよな。……可哀想だが……人間は寿命が短いんだったな。今のサンドラと昔のサンドラ……別人の可能性が高いわけか」
遠く潮騒が聞こえる。紺碧の水面に白く引かれたさざ波はシーサイドホテルの壁に打ち寄せ、また引いていった。何度も何度も……規則正しいリズムを刻むその音は、とても穏やかな子守歌のよう。
「……そりゃあ、人間生きてもたかだか百年だけどさあ。……そんなに可哀想?」
若干不機嫌な声でそう尋ねれば、瑠璃はちょっと困ったように眉をひそめて声を洩らす。
確かに珠魅は不老長寿の一族だから、あたし達人間の寿命なんてただ短いだけでどうでもいい!……みたいに思ってるのかもしれない。
「……いや。でも、短いだろう?たった百年だぞ?」
「いや、別に」
時間は相対的なものなんだと、何かの本で読んだことがある。
人一人、個一つに流れている時間は実はバラバラで。だから、あたしにとっての一秒が他の人にとっては一分だったり一時間だったりするんだそうな。
だから、あたしにとっての一秒が珠魅にとっての一年なのかも……それって悲しいことなのかな?
「……それは、自分を騙して慰めているだけじゃないのか?」
瑠璃の意見はもっともで、正しいのかもしれない。だけど―……
「……でも、あたしはあたしを可哀想なんて思いたくないから」
生きてるって事のはそれだけで死に近づくって事で……産まれた時から人は死に近づいて行くことを義務付けられているのかもしれない。だけど、それは可哀想なこと?
「……そうか」
瑠璃はそれ以上、何も言わなかった。
「……っと、マナちゃん!……なーんだ。まだここにいたのか。慌てて損しちまったよ」
「どうしたんですか?てんちょー、そんなに慌てて……んでもって、てんちょーが持ってるそのオカリナは?」
「……い……一気に喋らないでくれよ。こっちは久々に走って息切れしてんだ……ったく、俺も年か?」
そう言って、肩をがっくり落として小さく細かく息を整えること数秒―……ようやく落ち着いたのか、顔を上げたてんちょーは、あたしの手の上に小さな白磁のオカリナを半ば無理矢理渡した。
「そのオカリナ。さっきの話の珠魅の奴のもの何だけどな。マナちゃん、持っていってくれよ」
青い塗料で描かれた複雑な模様は、白磁の白と対比して見事に映えていて、素人目でも相当な値打ちものだと分かるような代物だった。
「……はあ、そりゃどうも……じゃなくて!!……確かに立派な物だから質に流せば儲か―……いやいやいや!珠魅の物って……それって形見じゃないですか!?」
そうだ。いくら質に入れたら儲かるよなー……なんて思っても人の物、ましてや形見なんかをほいほい受け取れるわけがない。だって、あたしには形見を受け取る理由なんてないのだ。
「……ん?まあ、そうなんだけどよ……さっきあの二人の話をしていたら急にそいつのことを思い出してな。なんとなくマナちゃんに渡したいと思ったんだよ。それに―……」
ごほん、とわざとらしい咳を一つ払い、てんちょーはボソッと……瑠璃に聞こえないようにあたしに呟く。
「ほら、今、ホテルで幽霊が出てるって話だろ?もしかしたらそれが原因―……い、いや、なんでもねえんだ!」
……そっちか。本音は。
「ちょっと、ちょっと、君たち!一つ聞きたいことが……!って、君たちは!?」
突如、ホールに大きな声が響いた。あまりに五月蝿さに耳を塞いで振り返れば、騒音の中心にいたのはパイプを吹かし、薄汚れたコートと帽子を身につけた小さなねずみ男の姿で。
「……ほ、ほら。丁度ボイド警部も来てくださったことだし、な?
さあ、俺は明日の仕込みを―……」
さっき息を整えた意味はあったのか?突然、現れたボイド警部を合図代わりにして再び走り出したてんちょーは年のわりには俊敏な動きをして厨房の奥へと消えていった。
++++++++++++++++++++
【sideバド】
「んなぁあああああ!なんっだよ!!アイツ!!」
「……落ち着きなさいよ。バド……」
「落ち着けるわけないだろー、コロナ!今、アイツ何言って行ったって思うんだよ!?」
青い海から次々と流れてくる白い波は白いホテルの壁に当たって細かな水飛沫へと姿を変える。街路樹代わりにホテルの周りに植えられたたくさんの鮮やかな南国の花々は潮風にくすぐられて楽しげに揺れていた。
でも……俺達はまったく、これっぽっちも一ミリたりとも面白くなんかなかった!これもどれもさっき会った魚人のせいだ!
そう考えると、またムカッムカッとしたさっきの気持ちが蒸し返してきて……!
視界の外れから双子の姉のため息と、トーマの少し乾いた声が聞こえてきたのが分かったけど……そんな事を気に掛ける心のゆとりは、生憎ながらないのだった。……あんの変顔変態魚め!!
そもそも、幽霊騒ぎとおまけで帝国船の沈没の謎を追っているはずの俺達が、なんであんな性格の悪い魚人に関わらなくちゃいけなくなったかと言えば―……
「……あれ?何でだっけ?」
「……はあ。別に関わる必要ないのよ。それなのにバドが、あいつに『ビンボー人は嫌いナノねん。あっち行くノねん。シッシッシッ!』……って言われて我慢できないで突っ掛かっていっただけでしょう?」
「だってさー!」
「……もう、この話はおしまい。キリがないわ」
頭を片手で支え、呆れたようにそこまで話すと、コロナはあの魚人が消えていったホテルのエントランスの方に少しずつ視線を移していった。まあ、確かに今はあんなのに関わっている時間はない、か。
だって、俺達の目的は幽霊騒ぎと沈没船の真相暴きなのだから。
だからこそ、謎を解くために海で起こったことなら何でも分かるっていうザル魚に会うために―……
「……なあ、さっきの花人―……ザル魚ってどんな奴って言ってたっけ?」
ちょっと待て。な、なんか引っ掛かる。今、大事な事を思い出したような。
「……バド、話聞いてなかったの?たしか、花人さんが言うには、ザル魚っていうのは嫌味ーな性格をしたザルを着た魚人で―……」
「……じゃ、じゃあ!今、俺達に喧嘩売っていったのは?」
「……魚人だったな。性格の悪そうな。ついでにザルを着ていた」
その数秒後、俺達三人のそれぞれの口から“アーーッ!!”という大声が飛び出したことを想像するのはけっして難しいことじゃないと思う。よりにもよってアイツかよ!!
++++++++++++++++++++
【side瑠璃】
「“青い瞳をいただく”?」
「そうじゃ。数日前、そのような投書が本官宛てに匿名で届いたのじゃよ。筆跡からしてあれはサンドラからのものじゃ。君達……何か知らんかね?」
パイプを吹かして必要以上の大声で事情を話すこの中年のネズミ男の姿は、数ヶ月前、ガトで初めて会った時と何ら変わらないものだった。……まあ、ほんの数か月足らずで劇的に変化をするというのはそれはそれでおかしな話だが。しかし……
「悪いな。生憎、俺達に青い目の知り合いなんかいない。……なあ、マナ?」
「……ん?ああ……そだね」
こいつ、マナの瞳は栗色だし、こいつが連れて着た森人の双子の瞳は紫色。そもそも、こいつらは珠魅じゃないのだから、サンドラの狩りの対象になるわけがない。
真珠は……まあ、見ようによっては青と見る奴もいるかもしれないが―……今、真珠はこの町にはいない。これは断言できる。予想でも推測でもない。何故なら俺にはそれが“分かる”からだ。
しいて言うなら俺自身が青い目だが―……
「……一ヶ所にとどまっていない俺に、今タイミングよくその予告状が来るって言うのも妙な話だな……その予告状がアンタのところに来たのは?」
「ん?……ああ、これかね?こいつが本官の所に来たのは一週間ほど前じゃ。確かに君は青い目じゃが―……たぶん、君ではないじゃろう。
旅人の君がここに今日来ることなど、一週間前の時点でサンドラが知っていたわけではないじゃろうしな……」
そこまで言うと、ボイド警部は新しいタバコに火を付け白い煙を天上に向かってゆっくりと吐き、タバコ特有の匂いがゆっくりと部屋に霧散していった。
……でも、やはりそうか……と、言うことは―……
「……じゃあ、やはりサンドラの目的というのは―……」
俺がその先、何を言うつもりなのか分かったのだろう。俺の瞳を短く一瞥すると、ボイド警部は浅く頷き
「……わしも君と同じように考えておる。おそらく“青い瞳”というのは青い目をした人物を指すものではなく宝石の通称じゃろう。……そして、その宝石を持っているのは―……」
「ザル魚……か」
「……ふむ。で、あるからして、本官は今からザル魚とかいうふざけた名前の人物に接触しようと考えておる」
たしかに、“青い瞳”、“宝石”という二つの鍵から導かれる答えを今のポルポタ内で見つけるとなるとザル魚とかいう人物に結び付くだろう。
なぜなら、ザル魚は最近、友人から“とても立派なブルーサファイア”を相続したばかりなのだから。
「……ちょい待ち。ねえ、ボイド警部。そのザル魚が宝石を相続したって話……誰から聞いたんですか?」
今までじっと、沈黙を保ち俺達の話を聞いていたマナが突如、それを破った。凜とした、鈴のような音が鼓膜を揺する。
声の主はただ顔を上げて、そして、その栗色の二つの瞳は、じっと……ボイド警部の顔を静かに見つめていた。
「……その話なら町でも有名な話じゃろ?聞き込みの最中に小耳に挟んでな。ザル魚は最近、ホテルの踊り子にご執心との噂もあったことだし……
だから、こうしてホテルまでやって来たというわけじゃ。……そう言う君達は?」
「あたしは……この格好を見れば分かると思いますけど、バイトです。ウエイトレスの。んで、こっちは?……ストーカー?」
お……い!誰が―……ッ!!
「……ちょっと、何もそんなに睨まなくてもいいじゃん。冗談よ。……半分は。とにかく、たまたまですよ。でっ、たまたまこのレストランのてんちょーからザル魚と宝石の話を聞いたってわけです」
腰に手を軽くあてて首を左右に振り俺を制すと、マナはボイド警部に再び向き直りそう告げた。
「……ふむ。先程も言った事だが、本官はこれよりザル魚への接触を試みる。しかし、万が一逃げられるとも限らないし、予告状が来た以上、サンドラがいつ現われてもおかしくない。……そこで、君達にも同行してもらい不測の事態に備えておきたいのだが―……」
「……俺はかまわない。……お前はどうするんだ?」
「……本官は君達を信頼している。よろしく頼むぞ。」
マナはその誘いに肯定も否定もしなかった。ただ、彼女はじっと……静かにボイド警部を見つめていた。
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【sideバド】
「……俺は帝国兵士のトーマだ。帝国船沈没の原因を調べている」
「ボクは知らないノねん。馴々しくしないでナノねん」
「こいつ……!さっきから黙って聞いてれば!少しくらいトーマの質問に答えてやってもいいじゃんか!」
さっきの嫌味な魚人がザル魚だ!
その答えにたどり着いた俺達は、慌ててザル魚が消えたホテルのエントランスへと駆け込んだ。
幸いにして俺とコロナはこのホテルの宿泊客だからすんなり入ることができたし、それ以前に、何故だかは分からないけれど本来ならば受け付けがいるはずのロビーには誰の姿もなくて……大方、幽霊に怯えて逃げちゃったとかそんなところだと思うけれど……まあ、幽霊のおかげでトーマもすんなりホテルに入れたわけだから、ホント幽霊様様だ。まだ、会えてないけど。って、今はそんな事を言ってる場合じゃないや!だって、何としてもこの魚人から話を聞かなきゃいけないんだから。
「いいだろー?別に取って食おうとしてるわけじゃないんだしさー」
「うるさいノねん!ボクちんとルヴァーンシュちゃんの憩いの一時を邪魔しないでほしいノねん!」
「……いつもいつも、ほんっとウザいわね。死ねばいいのに」
「ぐふふ……っ。ルヴァーンシュちゃん照れちゃ嫌なノねん」
俺達に対するぞんざいな態度とは一変。ザル魚はルヴァーンシュと呼んだ踊り子の立っているステージへと向き直ると、男の俺から見ても気持ち悪くて鳥肌が立つような熱い視線を送っていた。
なるほど、ね。ザル魚がこのホテルに通いつめている理由はこの踊り子の姉ちゃんのステージを見るためか。でも、ルヴァーンシュって人も可哀想だな。よりによってこんなのに好かれて……
そう考える俺の横では姉のコロナが、前ではルヴァーンシュがほぼ同時に
「きも……」
……と、短く毒づいた。
でも、一体どうやってこの色惚け魚から情報を引き出せば―……そんな時だった。
「……お前達は?……海岸にいたんじゃなかったのか?」
「瑠璃の兄ちゃん!?」
「瑠璃さん!?」
突然現われた予想もしない人物の登場に、俺もコロナもただ驚いた顔で互いの顔を見合わせた。……ん?瑠璃さんの後ろにいるやけに小さいねずみ男―……一体誰なんだろう?
俺達の間に沈黙が降る。
俺もコロナもトーマも……瑠璃の兄ちゃんだって、今見た光景が信じられたくて……誰も何も喋れないでいた。
ザル魚が相続した瞳のように大きなブルーサファイア“青き瞳”。そいつは噂通りの不思議な宝石で―……その宝石が俺達に教えてくれたんだ。十日前……一体、何が起きたかを。
俺達には頑なに見せようとしなかったくせに、瑠璃の兄ちゃんと一緒にいたねずみ男(ボイド警部というらしい)とルヴァーンシュに煽てられたザル魚は、今度はいとも簡単に自分の懐から一つの宝石を取り出した。
それは真っ青な冷たい深海の底のようなサファイアで―……ザル魚がそれを頭上へ高々と掲げれば、それは一瞬眩しく煌めいた。
宝石から出た光はすぐに一つに収束し、壁に向かって一筋の光の道を作る。そして、その光が壁に結んだ像……それは―……
「……トーナ!!」
隣にいるトーマが短く悲鳴にも似た声を上げる。
そう。宝石が映し出した映像―……それはトーマの弟と帝国船……その最後の姿だった。
『今回の我々の使命は最強の火器兵器の入手である。これから向かう港町ポルポタに手がかりがあることが解った。陛下は目的のためなら武力行使もやむなしと仰せになられた。君達の健闘を祈る』
映像の中で、トーマがトーナと呼んだ兵士はそう告げる。そして、それに対して沸き起こる無数の歓声。いかにも軍隊の出陣前の風景といった光景が映し出されていた。
でも、この映像は十日前のもの。この映像通りのやり取りが本当に行われていたのだとしたら、今頃この町は帝国軍に占領―……下手したら火の海になっていたかもしれない。だけど、どっちも起こらなかった。それは―……
『トーナ隊長!大変です!前方に海の魔女が現われました!』
『海の魔女が……!?まずい!皆心を強く持て!歌に聞き入るな!』
まるでハープのような美しい声が船を……そして俺達を包み込む。
海の魔女―……セイレーンと呼ばれる種族のそれは船の真上で高らかと美しく歌ったのだ。そして、それに合わせるように高くせり上がる白波……吹き荒ぶ風。美しい歌声とは真逆の……死の世界がそこにあった。
そして船は―……ブクブクと、白い泡を海面の残して…暗いくらい海の底へと堕ちていった。あとにはセイレーンの美しい歌声だけが……まるで鎮魂歌のように嵐の海に響き渡っていた。
「……海の魔女にやられたのか……」
重く立ちこめる沈黙を始めに破ったのはトーマで。少しだけ震える声で絞りだすようにそう呟くと……トーマは膝を折って床にしゃがみこんだ。
泣いてはいないけれど……何だか泣いてるように俺には思えて―……って!?
「トーマ!危ないッ!!」
「我々の死の真相を……青い瞳を渡せッ!!」
「……ッ!?」
トーマがさっきまでいた空間に一閃!白く細い光が走る!それはどう見たって剣が横切った軌跡だった。
「誰だッ!!お……お前は……!?」
寸でのところでその白刃をかわし、反撃のために帯刀していた剣に手を掛けたトーマの動きが止まる。トーマを斬り付けた人物。それは―……
「トーナ!俺だトーマだ!!」
弟の、トーナだったから。
トーマが必死に呼び掛けるけれど、トーナは全く反応を示さず、たたずみ……そして、しばらくするとトーナは今度はその白刃の切っ先ををザル魚に向けたのだ!
「わ、わかっち!わ、渡すノねん!祟らないでなノねん!!」
不意に鋭い切っ先を向けられたザル魚は抵抗できず―……って、こいつが抵抗するわけもなく……ガタガタと情けなく震える手で、青い瞳をトーナの幽霊にあっさりと手渡した。そして、トーナの幽霊は青い瞳を受け取るとガッチャガチャと音を立てて一目散に入り口に向かって走り―……?
「……なあ、コロナ。最近幽霊って走るのか?しかも、やけに重量感のあるかんじだったけど」
「……そんなわけ……って、あれ?そう言えばボイドさんは……?」
++++++++++++++++++++
ざあん……と潮騒が聞こえる。さっきまでとなんら変わらない。まるで子守歌のよう。
空は茜色や紫、紺や黒…様々な色に染め上げられて輝き―……何の変哲もない美しい海岸線。そしてその先には空と同じ色に染め上げられた広大な海が広がっていた。
「……そろそろ来るんじゃないのかなー?って思ってた。ホテルから町の外へ出るには一度ここを通らなきゃいけないしね。……ねえ?そろそろ止めたら?その三紋芝居。ねえ―……」
「……君、一体、何を言っとるんだね?本官はサンドラの魔の手から青い瞳を保護すべく―……」
「……サンドラさん」
ざあん……とまた一つ、音が鳴った。
「……おっかしいと思ったのよ。ボイド警部は確かに間が抜けてる人だけど、あんまりにも簡単に任務の内容を喋っちゃうんだもん。サンドラは変装の名人だし……普通はもう少し警戒するよね?」
「……それがどうかしたのかね?本官は君達を信用している。だから話したんじゃ」
信用……信用ねぇ……?
「アハハハッ!」
「……何がおかしい?君、本官をからかっているのか?」
お腹を抱えて笑うあたしに、ボイド警部は苛立ちを隠そうともせず、そう言葉を紡ぐ。
「……信用?あなたが?誰を?あたしを?……いい事、教えてあげる。ボイド警部はね、二人称が“チミ”なの。“君”じゃないのよ。今度化ける時はもっとちゃんとリサーチしな―……さいッ!!」
「……クッ!!」
言葉が終わると同時に、あたしは自分の足元へと大きくマナが宿った右手を打ち付けた!それに合わせて白い珊瑚の砂とマナの波動が奔るッ!
「……まったく。参っちゃうわ。まさか、こんなに簡単にバレちゃうなんて。あなた、歌だけじゃなくて探偵の才能もあるわよ?」
砂煙が収まった時、そこに中年のねずみ男の姿は既になかった。いたのは、大きなハイビスカスの髪飾りを付け、緑色のチャイナドレスの裾を優雅に翻す若い女。
「……お褒めの言葉、ありがとう。でも、そっちをくれた方があたしとしては嬉しいんだけど」
「……あら、これはダメよ。私の今日の獲物だもの」
そう言うと、女は真っ赤なルージュが引かれた口元に小さく弧を描き不適に微笑んだ。
海の彼方に日が沈む。のちにやってくるのは夜の帳。
「……でっ、お歌の上手なお嬢さん。どうしたら見逃してくれるのかしら?」
「あなたに……聞きたいことがある。……何故、珠魅を狩るの?」
空に輝くのは見慣れない南天の星々達。冴え返るように輝く、その恐ろしいくらい澄んだ空間の真ん中にあたし達はいた。
「……愚問ね。それが正義だからよ。それにゴミを片付けるのは当然の事でしょう?」
はっきりと、あたしの問いにサンドラはそう告げた。南国の地にいるのにも関わらず寒さを感じるのは、日が沈んだ事によるものか?それとも違う何かか……?それは分からないけれど、サンドラがあたしに返した答えは酷く冷たい……まるで氷のようなものだった。
……正義……?ああ……あなたの中では確かにそうなのかもね。
「……そう。だったら―……」
「……なっ!?」
―……でも、ムカついたから邪魔させてもらうよ……―
ジンの、風の精霊の力を借りてあたしは地面を蹴った。刹那で詰まるあたしとサンドラの距離。狙うはサンドラの左手に輝くブルーサファイア。あたしの行動にサンドラは大きく目を見開いた。
いつもなら抵抗するのかもしれない。だけど、不意をつかれて、なおかつ精霊のサポートを受けたあたしの動きにサンドラは対処しきれていなかった。……あとは、あたしが宝石を掴めばいい。
ただそれだけのはず……だった。
「……ッ!!」
あたしの手がサファイアを霞めたその瞬間、突如、強い青い閃光があたしとサンドラを貫く……!
「……ッ!!」
そして、反射的に目を瞑ったあたしを暖かな風が包み―……綺麗なオカリナの音がした。
「これって……まさか……」
目を開けたあたしを待っていたのは、人で溢れかえる昼間のポルポタの大通りで。
……みんな、とても楽しそうに歩いていった。……あたしを通り抜けて……擦り抜けて。誰かに気付いて欲しくて伸ばした手は、空気を虚しく切るだけだった。
そして、当然だけれど振り返ってもサンドラの姿なんかなくて―……
「……また、これか」
がく、っと……人知れず大きく息を吐くあたしの横では憎らしいぐらい楽しげに大輪のハイビスカスが揺れていた。
++++++++++++++++++++
【sideアクア】
『……ちょっと、アクア!アクアってば!!あなた本当に本気で騎士をやるつもりなの!?』
『……仕方ないわ。だって戦争で騎士が不足してるんだもの』
『……だけど!!だからって……あなたは姫なのに……!しかも、よりにもよってあなたの姫になるのがあの……血も涙もないサフォーだなんてあんまりよ!』
『エメロード……サフォー様はそんな人じゃ……あの人は本当はとても―……』
ミャア……ミャアと、まるで猫に似た海鳥の声を合図に、私は閉じていた目をそっと開いた。
静かに顔を横へと向ければ、カーテンの隙間から眩しい光の柱が細く伸びて……間借りしている部屋の少しくすんだ壁を照らしていた。
「……でも、不思議。都市の夢なんてここ最近見ていなかったのに……」
堅いベットから体を降ろし窓を開け放てば、いつものようにさわやかな潮の香りが私の鼻腔をくすぐる。都市を出る際、離れ離れになってしまった、あの少し勝ち気で、でも愛らしいエメラルドの末姫様は元気だろうか?久々に見た故郷の夢にそっとさよならを告げて、私は今日を始めるためにゆっくりと階段を下っていった。
「アクアちゃん……あんた本当にそれでいいのかい?アクアちゃんの主人だか何だか知らないけど、よりにもよって”マリーナ”なんか呼ぶ相手のところにいるなんて」
仕事先のホテルの厨房―……みんなとズレて昼休憩をとっている私に声を掛けてきたのは厨房のメインシェフをしている男性だった。なんだかんだと世話焼きのこの人に、私達は、私は何かと助けてもらっている。
眦を下げ、表情を曇らせる彼に思わず苦い笑みが浮かぶ。先日、サフォー様が私を叱りつける場面を見られてしまってから―……心配をかけてしまっているのだろう。
「心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
目を閉じれば、今朝見た夢と同じくらいはっきりと思い出せる。帝国の珠魅狩りが襲ってきた時、サフォー様は誰よりも珠魅のために働いていた。
姫長として……姫達を……珠魅を守るために。
サフォー様は男の方だけれども騎士ではない。でも、それでも自ら前線に赴きどんな騎士よりも働かれていた。私はそれを知っている。そして……とても不器用だということも―……
「……サフォー様、不器用なんです」
都市ではサフォー様は常に姫長で……、誰もサフォー様をサフォー様個人として見ていなかった。……私も、かもしれない。
「冷たい人って思われがちだけれど、サフォー様、きっと接し方が分からないだけなんです」
だから、サフォー様に近づく人はあまりいなかった。
輝石の座の方々だって、姫長という立場に怯んでサフォー様に近づかなかったから。
「分かってくれなんて思ってません。でも、いいんです。奴隷と罵られたって、私、今幸せですから」
半人前の未熟な騎士でしかないけれど……でも、私はあの方の傍にいたい。
言葉にはせずそっと心の中でつぶやいて、私は厨房を後にした。
「……まいったね。……ん?なんだ?この紙切れ……一体どこから……?何なに―……“慈愛の海、今夜頂きに参ります”?」
だから、気付けなかった。
いつもと同じ帰り道。青や朱色、紫に黄色……そんなたくさんの色が交ざった空を見上げて歩く。私は一日のうちで一番この空が好きだった。
「……アクアちゃーん!!」
「どうしたんですか?店長?そんなに慌てて―……」
「いや、何。今、サフォーの奴から連絡があって……何だか知らねーがアイツ、この先の入り江でアクアちゃんを待っているから来るようにってよ」
「……サフォー様が?」
「ああ、そうだ!……悪い、アクアちゃん。俺もアイツに用があるんだ。邪魔かも知れねーが俺も一緒に行ってもいいか?」
私をずっと探していたのだろうか?店長はそこまで息をつかずに一気に話すと、弾んだ息を整えるように大きく肩を落とした。
……でも、サフォー様が……?一体、何故だろう?店長はサフォー様も知ってらっしゃるから……会わせるのはいいのだけれど―……
「ほらほら!早くしないとサフォーの奴、またアクアちゃんに酷い事言うぜ?……だから、な?とっとと済ませちまおう?」
「……え、ええ」
夜の帳が落ちる直前の茜空。水平線の彼方に沈む太陽は、ゆっくりと形を歪め……海の底へと消えていった―……
―……おい!サフォー!!サフォー!!いるか!?……―
―……騒々しい。……お前は……―
―……大変だ!サフォー!今、俺のレストランに紙切れ……じゃなくて、予告状!予告状がッ!!“慈愛の海を頂くって”!……って、おい!サフォー!お前どこに!?……―
「……カッ……は……あ……なた……一体―……」
「あらあら。偉大な珠魅の姫長の騎士様はずいぶんか弱いのね?あんまりにもか弱いものだから可哀想になっちゃうわ」
鈍い痛み腹部から音と同時に体中を駆け巡った。女は、まるで、新しいおもちゃを見つけたとばかりに楽しげな笑みをその端正な顔に浮かべて……の腹を蹴りあげた。
サフォー様が待っているはずの入り江にはサフォー様の姿はなかった。私を待っていたのは―……
「……宝石……どろぼ……う……」
「あら?無能な貴女でも知っているのね?光栄だわ」
クスクス……と、優美に宝石泥棒は声を洩らす。だけど、彼女の瞳はまるで凍てつく氷のようで―……うずくまる私を冷たく射ぬいていた。
「大丈夫よ。“まだ”殺しはしないから。……ところで貴女は泣けるのかしら?」
……泣く……?涙?……この人……
「……そんなの……無理……よ。珠魅は、私達は―……」
泣けない。
「……そう。まあ、こっちも貴女が泣けるなんて思っていないから安心して。だって、貴女姫でも騎士でもないもの。ね?“マリーナ”さん」
「……」
「……質問を変えましょう。貴女のお姫様は?姫長のアイツはどこかしら?」
その一言に、痛みで鈍っていた思考が晴れる。……この人の本当の目的は私じゃない!初めから目的は……!
「……サフォー様……!!」
ギリッと、歯が短く悲鳴をあげた。悔しかった。悲しかった。
だって、この人がサフォー様を狙っていると……サフォー様が危険だと分かっているのにここに倒れている私はサフォー様を助けに行けない……!
「……その様子だと、話す気はないみたいね。さようなら、アクアマリンの騎士」
そして次の瞬間……女の白い手が鋭い爪が……私の胸元を深々とえぐっていった。
ああ……なんだろう?この暖かな赤い水……
「……こんなに核を傷だらけにしてまで―……貴女がそこまでして守る価値があの男にあったのかしら……」
守る……誰、を……?
「……私が考えても仕方がないわね。あの男がこの町にいるのは確かなのだから」
あの男……?
「……ねえ?サフォー?楽しみはとっておくもの、そうでしょう?」
サ……フォー?サフォー!?サフォー様!!
「……させない……!!」
「……なっ!?」
そうだ。……私、まだ、死ねない。
私はあなたを守る剣にも盾にもなれない。だけど……!だけど!!
捨て駒にならなれるから……ッ!!
一瞬だけでいいの。サフォー様が逃げられる時間さえあれば―……
ねえ、サフォー様。私、幸せなんです。
いいえ。嘘をつきました。
本当はもっとあなたの横にいたいです。歩いていきたい。
でも、いいの。私、捨て駒の奴隷だから。だから、多くは望みません。
あなたが生きているのなら―……
++++++++++++++++++++
【sideサフォー】
何故、私は走っているんだろう?息を乱れさせて……滑稽な格好で。あの女…“マリーナ”を探すという陳腐な理由なのに。
私はあの女が嫌いだった。半輝石の座の―……姫であるにも関わらず、半ば無理矢理騎士にされたというのに、あの女は常に笑っていた。
元来姫であったあの女が戦い慣れているはずもなく……モンスターと遭遇するたびにあの女の核には無数の傷が刻まれていった。にも関わらずあの女は笑っていた。
私にどれだけ罵倒されようが、目が合えば微笑んだ。……理解できなかった。
そして―……いつからか……
「……馬鹿らしい」
そんなわけが、ない。あの女は奴隷だ。それ以上でも以下でもない。
なのに……どうして、こんなにも心が騒つく!?
恐怖?あの女がいなくなるかもしれないということを私は恐れている?
「……」
確かめなければ。そのためにあの女には生きていてもらわなければ―……黄昏時の闇が立ちこめる大通り。私はただ走り続けていた。
「……馬鹿な男。わざわざ来るなんて。それじゃあ、この子の気持ちが台無しじゃない」
「その核は……!」
「弱かったわよ、どんな騎士よりも。でも、……誰よりも強かった。あの子に免じて今日のところは見逃してあげるわ。いい夢を。サファイアのお姫様」
自分自身の気持ちに気付いた時には何もかもが手遅れだった―……
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「おい!マナ!!マナッ!!」
「ししょー!ししょー!!目を開けてくれよ!」
「マナさん!しっかりして下さい!」
気が付けば、あたしは三人に囲まれて、白い砂浜に仰向けで倒れていて……空には無数の南天の星々が柔らかく瞬いていた。
アクアが狩られた時と同じように……穏やかな景色がそこにあった。
「ししょー!宝石泥棒、ボイド警部に化けてたんだ!だから、俺達慌てて追ってきて……そうしたらししょーが倒れてて……!」
「……どうしたんだ?お前……顔が真っ青だぞ……」
「……夢……見てた」
……そう、あれは夢。だけど、いくら自分に言い聞かせても……
「……震えてる。マナ、本当に大丈夫か?」
「……夢」
嘘でもいい。誰かにあれは夢だと、そう言って欲しかった。
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「……という事があったわけ。……ねえ、サボテン……あたし、どうしたらいいと思う?」
森人の姉弟が寝静まった頃。大きな木の下の小さな家。その二階にあたしの声が響く。
「ザル魚変すぎー」
そんなあたしの話を聞いたサボテンは一言、そう呟いた。
《サボテンくんにっき》
ざるざかなくんは、けっこうへんで、
しかもいやなやつみたい。
もっともっとがんばらないと
にんげんになれないとおもう。
ぼくもちょっとがんばろう。