ファ・ディール編(聖剣LOM)
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「……でも、いいの?そんな大事な事話しちゃって。だって、あたし人間だよ?」
「ああ。まあ、お前だからな」
「なっ……!?」
たった一言。そう……たった一言なのに……あたしは―……
《Tales of Mana》
「うおっしゃああああああッ!!!」
秋の色はすっかり身を潜め、山から吹き降りてきた冷たい空っ風が最後の抵抗とばかりに枝にしがみ付いていた枯葉を遠慮なしに遠くへ運ぶ。
ドミナの街を行き交う人々の装いも、毛皮のコートやマフラーなど暖かいものへと変わり、心なしか皆、背を丸くし足早に去っていった。そして、そんな寂しげな初冬の寒空には少々似付かわしくない叫び声が青空市にこだまをする。声の主人は、まあ、当然といえば当然ですがこのあたしなわけで。
あたしの声から遅れること数秒―……カラカラン!とあたしの声に負けないくらいのけたたましいベルの音が続いた。
「おめでとーございまーす。港町ポルポタ・シーサイドホテル一泊二日!三名様券です!!」
「やりましたね!マナさん!」
「やったな!ししょー!」
枯葉舞う寒空の下、場違いのようにテンションの高い一団の姿があったことは言うまでもない。いよっしゃああああ!旅券ゲットォオオオオ!!
港町ポルポタ
低い緯度に位置するポルポタは、その影響から一年中熱帯の常夏の町である。潮風吹き荒ぶこの町は、古くからの海上交通の拠点であると同時にその海の青さから“海の宝石”なんて二つ名が付くくらいリゾート地としても有名で……中でもシーサイドホテルと言えばちょっとやそっとじゃ泊まれない三ツ星ホテルとして名を轟かせていた。
すっかり真冬の支度を整えたドミナ。四季を肌で感じるのもそれはそれで風流な事ではあるけど……人間夏になれば冬が恋しくなり、冬になれば夏が恋しくなるもんである。
しかし……市場で買い物をするたびに貰える引換券をせっせと貯め続けた日々……!それは、けして無駄じゃなかったのよ!
幸いにしてポルポタに飛べるアーティファクトは既に入手済み!あとは夢のリゾート地があたし達を待っている!さらば真冬のドミナ!そしてこんにちは青い海!白い砂浜!ついでに美味しい美味しいお魚さん!
++++++++++++++++++++
「いらっしゃいませ―……」
「あー…俺、時計パインジュースね。あっ、ストローはこの“恋人限定”ラブラブひゅーひゅーストローとかいうやつで」
「えー……恥ずかしいよー……」
噂通りの眩しい太陽の光が、紺碧の海を白い珊瑚礁の砂浜を、熱帯の大輪の花々を色鮮やかに照らしだし、吹き付ける潮風は、この町特有の貝殻状の建物へあたり、テラスまで潮の香りを運んでくる。
「おい、そこのボンクラ店員!俺の話を聞いてたわけ?注文とったらさっさと動けやのろま。ロケットパパイヤジュースだって言ってんだろ?」
「キャー……!かっこいい……!」
「……わっかりましたー!ロケットパパイヤジュースですねー」
ポルポタの中心に位置するシーサイドホテル。
泣く子も黙る……かは知らないけど、そんな超有名ホテルの一階テラスに一組の馬鹿ップルの頭の悪い怒声と、あわれなウエイトレスの声が響いた。
……事の起こりは数時間前。そう……数時間前だったのよ……!!
『はあ!?何それ聞いてないし!!』
『聞いてないといわれても……あなたアルバイト志望の方でしょ?……ほら、券にも書いてあるじゃないですか?“港町ポルポタ・シーサイドホテル一泊二日※ただし、強制労働付き。三名様券”って』
『確かに書いてありますよ……マナさん。強制労働の部分は透かしですけど』
『あっ、ししょー。最後も透かしで何か書いてある……えっと……“いつでも真心、あなたに届けます。スマイリーニキータ商会”?』
『ほらね?でも……うーん……そっちの二人はまだ子供みたいだし……よし、働くのは君だけでいいよ。バイト期間中はこのホテルに泊まっていいし、勤務時間外の観光は自由だ。中々わりのいいバイトだと思うよ?……ってわけで、早速これ着てね』
「おい!ウエイトレス!さっきからキャットアプリコットジュースだって言ってんだろ!」
「はいはーい。時計パインジュースにロケットパパイヤジュース、キャットアプリコットジュース入りまーす!……ちなみに当レストランはオーダーのキャンセルは受け付けていませんので。……うっふん」
オーダー票に乱暴にペンを走らせ、厨房へ向かってそう大声で叫べば途端に馬鹿ップルは顔を青ざめさせ―……とどめとばかりテーブルの上に伝票を叩きつければ、断末魔のような男の悲鳴が聞こえてきた。
「せっかくのリゾート地ですものーそりゃあ物価は少しばかり高いかもしれませんが……どうかお楽しみ下さいねー」
一方、あたしはと言いますと……極上の営業スマイルを張り付け次のテーブルへと足を進めるのだった。高級レストランの恐ろしさ……その身に刻むがいい!
ええ、私、公私の区別はしっかりと付けるタイプですから。たとえ、何が悲しくて強制労働させられようが、ヒラヒラな制服を強引に着させられようが、営業妨害寸前の馬鹿な客が居ようが……仕事は仕事。きっちりこなすわけよ。……持っている銀製のトレイを投げ付けなかったあたしってば本当に偉い!偉いわ!
「……ん?おい……お前……?」
「あっ!?すみません!今伺いますぅ―……」
チリン……チリン……と入り口に下げられたベルが新たな来客が来たことを告げる音を奏でる。その音に慌てて振り替えれば、常夏のポルポタで着るには暑苦しい砂マントを身につけた旅人の姿。目を丸くしてこちらを見つめる旅人の胸元には大きなラピスラズリが文字通り瑠璃色に光り輝いていて……瑠璃……?な……何だか嫌な予感が……!
ギチギチと、まるで油の切れたブリキ人形のようにぎこちない動きで首を上げれば、胸元の宝石と同じような濃い瑠璃色の瞳と視線がかち合って―……
「……海岸であの双子を見掛けた時からまさかとは思っていたが……しかし……クッ……なんだ……その格好……クッ……に、似合わない……!」
「やっかましいわ!ボケッ!!」
スコーン……!とまるで吸い込まれるようにしてラピスラズリの騎士の顔面に直撃したトレイは、カランカランと寂しげな音を立てて床へと落ちていった。
「……おい」
「……何さ」
昼下がりの客足も落ち着いた海上レストランを潮風が渡っていく。昼の忙しい時間を過ぎれば、夕食時まで一時閉店となるこのレストランに今だ残っている物好きは、スタッフを抜いたらこの男だけだった。
大体、店長も店長だ。何が……“おっ?そっちの色男、マナちゃんの恋人か?だったら二人してここで食べていけばいい。まかないしか出せないがご馳走してやるよ!”だ。
いや……たしかにまかないのペスカトーレは天下一品だったし、瑠璃は悔しいけどかっこいい……かっこいいけど……!よりにもよって恋人?誰が?あたしが?そもそも、瑠璃には真珠ちゃんっていう可愛い彼女がいるわけで……ん?
「……そうだ!瑠璃!真珠ちゃん!真珠ちゃんは!?」
そこまで思考を続けて、ある事に気付いたあたしは、慌てて瑠璃向かって口を開いた。……忘れてた。瑠璃は真珠ちゃんを探してるんだ。
でも、瑠璃の隣には相変わらず、あの栗色の髪の愛らしいお姫様の姿がない。あたしが最後に真珠ちゃんの姿を見てからどれくらいの日数が経った?
ざわっと体中を悪寒が走る。いや……そんなわけ、ない。でも……いくら言い聞かせても、あの……ロアで垣間見てしまった月長石の珠魅の姿が頭から離れなくて……気が付けば、あたしは身を乗り出して瑠璃に詰め寄っていた。
「……俺よりお前が取り乱してどうする。いいから落ち着け」
そんなあたしの様子を見た瑠璃は一度、驚いたように瞳を大きく見開くと、次の瞬間には瞼を閉じ、ゆるゆると左右に首を振り、そして。
「……えっ?」
暖かいものが二・三回、あたしの頭に触れる。まるでぐずった子供を落ち着かせるように軽く。それは、瑠璃の手で―……相変わらずの仏頂面なのに、その手は暖かかった。
何だがくすぐったくて、気恥ずかしくって……あたしは瑠璃と視線を合わせないようにと顔を横に向ける。……ダメだ。調子が狂う。
視界の外れで、クスッという瑠璃の忍び笑いが聞こえたような気がするけど……何故かいつもみたいに反論する気力は沸いてこなかった。
「たしかに俺がポルポタに来たのは真珠の―……でも、真珠は―……おい」
「うぎゃあ!?な、何さ!!」
「……もう少しマシな声が出せないのか?モールベアだってもっとマシな声を出すぞ。きっと」
も、モールベア!?あのモグラ型モンスターのモールベア!?
たしかに、今の声は可愛くないかもしれない。可愛くないかもしれないけどさ……!
心底呆れたような、馬鹿にしたような口調で話す瑠璃に対して、ふつふつと沸き上がってきたのはムカムカっとした怒りで。
「モールベアですって!?何もそこまで言う必要はないでしょうが!!」
「クッ……ハハハッ!」
静かな昼下がりのレストランに笑い声がこだまする。今まで見てきたような忍び笑いなんかじゃなくて、お腹を抱えて盛大に突っ伏しながら瑠璃は笑った。……本当に楽しそうに。
「……やっと、いつものお前に戻ったな。そっちの方がお前らしいよ。俺に向かって可愛くない憎まれ口をたたいてる方が、な」
お腹を押さえながら、彼は最後に一言そう付け加えた。
「……話を戻すか。確かに俺がポルポタに来た理由は真珠のこともある」
「“も”……?」
こほん……と一つわざとらしい咳払いをした瑠璃は再び言葉を紡ぎだす。少々引っ掛かる瑠璃の言葉に疑問符を伴いながら切り返せば、瑠璃は軽く首を縦に振った。
「……ああ。お前の言う通りだ。俺がこの町に来た理由はそれだけじゃない。噂を聞いて来たんだ。“ポルポタには珠魅の騎士と姫がいる”っていうな」
「……騎士と姫って?騎士っていうならまだしもお姫様?珠魅って真珠ちゃん以外にもお姫様がいるわけ?」
「……そうか。お前は珠魅のしきたりについて知らないのか……」
まるで自問するように呟くと、瑠璃は考えるように一度その瑠璃色の瞳を伏せた。
……こんなことを言ったら、何勝手に探ろうとしてるんだって瑠璃は怒るかもしれないけど……あたしだって何も調べなかったわけじゃない。あたしなりにだけど珠魅について調べた―……ううん。調べるつもりだった。
でも、いくら書斎の本を漁っても、マナ教会の蔵書を引っ繰り返してみても……少ないのだ。珠魅に関する文献の量が。ようやく見つけたと思えば、それは家の書斎にあったものと書いてあることがあまり変わらないし―……あったとしても人間視点の珠魅の事ばかり。珠魅からみた珠魅についての文献なんてあるわけがなかった。
「……騎士と姫。これは珠魅のしきたりだと思えばいい。俺達珠魅は必ずどちらかの役割に就くんだ」
先程から考えていた事の答えがまとまったのか……瑠璃はゆっくりと口を開き、言葉を紡ぎだした。
騎士と姫。
瑠璃曰く、珠魅には騎士と姫という役割があり両者はペアになって行動するのが基本なんだそうだ。
「俺達の場合、俺が“騎士”で真珠が“姫”なわけだ。ここまでは分かるな?」
あたしは無言で頷き続きを促す。そんなあたしの表情を確認すると、瑠璃は再び続きを語り始めた。
騎士と姫というと、男が騎士に女が姫にと捉えがちだけど……どうやら珠魅の場合はそうではなく戦う力に長けた者が騎士に、癒しの力を持つ者が姫になるらしい。
騎士は姫を守り、姫は騎士を癒す。
そうやって長い間、珠魅は生きてきたのだ……と。
「なるほど……それが騎士と姫、か……」
「ああ。この町にも珠魅のペアがいるって聞いてな。俺は真珠と一緒に仲間を探して旅をしていたんだ。不確定だが……可能性が少しでもあるなら……」
そこまで語り終えると、瑠璃は口を真一文字につぐみ、テラスの向こうに広がる紺碧の海へと視線を落とした。
かつて珠魅は狩られた。他でもないあたし達人間の手で。
だから、瑠璃が珠魅というコミュニティに執着するのは自然な事。……当たり前の事、なんだけど……なんだろう?このどこか釈然としないもやもやとした感覚。ガドでルーベンスと瑠璃の会話を聞いちゃった時に感じたような……軋み。
一度考え出したらもやもやは止まらなくて……無意識のうちにあたしの口は言葉を発していた。
「……でも、いいの?そんな大事な事話しちゃって?だって、あたしは人間だよ?」
「ああ。まあ、お前だからな」
「なっ……!?」
さらりと紡がれた瑠璃の言葉。たった一言。瑠璃にしてみれば何気ない一言かもしれないけど……そのたった一言で軋みが少し軽くなった気がするなんて……絶対に言いたくなかった。
「……やっぱり。兄ちゃん、アンタ珠魅だったんだな……」
「誰だッ!?」
突然、今まではなかったはずの第三者の声があたし達に降り掛かる。慌てて声のする方へと顔を向ければ……時計パインジュースだろうか?黄色い液体が注がれた二つのグラスを手に持った中年の男の姿があった。
「て……店長!?…なんでここにいるんですか!?って、そのジュース……!」
「ああ、これか?二人ともあんまり熱心に話し込んでるもんだから喉が渇いてるんじゃないかって思ってな。ほら」
仲良くテーブルに並べられた二つのグラス。グラスの中の氷はカラン、と静かな音を立てて徐々に溶けていく。
そんな平和な光景とは裏腹……きつく睨み付ける瑠璃に、店長はバツが悪そうに苦笑いを浮かべて、誤魔化すように頬を一度掻いた。
「そうカリカリすんなって。たしかに勝手に聞いちまった俺も悪かったけど……ちょっとばかし気になっちまってな」
「……気になる?」
「……ああ。さっき兄ちゃんが言ってたろ?ポルポタには珠魅がいるって。……いたんだよ。たしかに。知ってる奴らの話題だったから……つい、な」
そこまで話すと店長は言葉を濁し遠くを見つめた。
あたしも瑠璃にも分かった。なんで店長が言葉を濁したのか……遠くを見つめたのか。店長の話は過去形。つまり、その二人は―……
「……じゃあ、その二人は……」
重い空気の殻を破るように瑠璃が口を開いた。……返ってきた答えは。
「……一人は死んだ。……いいや、殺された。宝石泥棒って奴にな。もう一人は……分からない。……少し話が長くなっちまうが……昔話、聞いていくか?」
無言で頷くあたし達の頬を、潮風だけが楽しそうに撫でていった。
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【sideバド】
つまらない。
「……ねえ、バド」
つまらない。
「ちょっと!バドってばッ!」
「つまんねぇー……」
盛大に、今の気持ちを隠すことなく空に向かって呟けば、返ってきた答えは自分の片割れである姉の呆れたという一言。
海はどこまでも青くって、空もどこまでも青くって、太陽はサンサンと輝いているのに、……全然楽しくない。
最初は気持ち良かったはずの水遊びに砂遊び。だけど、とうに飽きてしまい……する事がなくなった今は、ただ退屈なだけだった。
「なあー……コロナー。ししょー今頃何してんのかなー……」
「もう……!マナさんならレストランでバイト中よ。それにお昼休みになったら私達と合流できるって言ってたじゃない!」
「でもさー……」
「でももへちまもないわよ。それに、せっかくマナさんがここまで連れて来てくれたって言うのに私達までがつまらなそうにしてるのは失礼だと思わないの?バドは」
そうだ。本当だったら今頃は俺と姉のコロナ、そしてししょーの三人で海で遊んでいたはずなのに……現実はと言えば、ししょーはバイトしてて俺達とは一緒に遊べなくなって。
別にコロナと一緒が嫌ってわけじゃないけど……せっかくししょーだって水着持ってきたのにさ。俺としては三人で遊びたかったわけで。
そう言えば、コロナは「気持ちが分からないわけじゃないけれど」と、困ったように笑いながらため息を一つ吐いた。
「……なんかおもしろい事、転がってない?コロナ?」
「……はあ?そんなものあるわけ―……」
「ねえ、知ってる?あの噂」
「噂?何それ?」
「最近出るらしいよ。シーサイドホテルに。ゆ・う・れ・い!」
「……おい!聞いたかコロナ!今の話!」
あまりのつまらなさに砂浜に突っ伏しぼやいた俺の耳に、不意につまらなくはなさそうな話題が届く。慌てて体を起こせば、屋台の売り子なのか……?とにかく、両手に沢山の花を抱えた花人がピチャクチャと楽しそうに噂話をしながら歩いていく姿が目に入った。
でも幽霊かー。どうせ、ここにいたってつまらないんだ。だったらやる事は一つだ!
「よし!コロナ!俺達で幽霊の正体突き止めようぜ!」
「……言うと思った」
流石、コロナ!わかってらっしゃる!
口笛を軽く鳴らしてそう言えば、コロナは今までにないくらいの大きなため息を吐き、がっくりと力なく肩を落とした。
よし、そうと決まったら善は急げ!聞き込み開始だ!
「まずはさっきの花人から話を聞くってのがベターだよな!」
さっきまでの、退屈で退屈で溶けるんじゃないかって気持ちは気が付けばどこか遠くへと吹き飛んでいた。
観光地ということもあって人でごった返した大通り。俺とコロナの二人はその間を縫うように走り抜ける。あんまり認めたくないけど……体が小さいっていうのは子供の利点って言えば利点なのかも?そして―……
「いたっ!いたぞ!コロナ!!」
ぐいっと人の間に乱暴に割り込んで前を見れば、開けた道の端っこに花人はいた。両手一杯に抱えた花を丁寧に飾り付けているその花人は……間違いない!絶対さっきの花人だ!
よっしゃと小さくガッツポーズする俺を横にいるコロナが呆れたように見ていた気がするけど……せっかく見つかったんだからよしとしよう!
「へえ―……じゃあ、十日くらい前から急にその幽霊はホテルに出るようになったのか?」
「そう。今までそんな話全然なかったのに。怖いよねー」
俺達が幽霊探しをしているって言えば、花人は快く……っと言うより、ウキウキとその噂について話し始めた。
前にししょーが草人の頭に花が咲いて変化したのが花人なんだ。って教えてくれたけど……なんだか花人って草人と違って妙に人間臭いというか……草人よりも俺達みたいな人間に近い存在のような気がする。
なんだろ?草人特有のあの不思議な感じが全然しないせいなのか……はたまたこの花人が単に噂好きなだけなのかは分からないけど。
まあ、一つ言える事は今、俺達の前にいるこの花人はレイチェルの母さんのジェニファーおばちゃん顔負けの噂好きって事だ。
って、今はそんな事考えてる場合じゃないや!捜査!捜査!!
「……さっき、十日前から急にって言ってたけどさー……十日前に何か大きい事件とか事故とかってなかったのか?」
「うーん……十日前……あっ!そうだ!その日はね、この町の沖合で船が一船沈没した日だ!」
十日前から急にって事は何かはっきりとした原因があるのかもしれない。そう新しく尋ねれば、花人はしばらく考えるように首を傾げて……思い出したというように手を叩きおしゃべりをまた始めだした。
「なんだか、結構大きな船でさ。ここらへんの船の形じゃなかったからもしかしたら帝国の船じゃないのかって―……」
「その話は本当か!?」
不意に雑踏に負けないくらいの大きな声が人混みから響いた。
びっくりしてその方向に目を向ければ、カシャシャンと金属の板が擦れるような音が聞こえて、そして―……
「……えっと、君達のお友達?」
「……そうなの?バド?」
「知るわけねーじゃん。こんな全身鎧の怪しい人」
そんな俺達のやり取りを聞いた全身鎧の人は何やらガクン、とよろけたり、「あやしい……?」とショックを受けたようにぶつぶつと呟いているみたいだけど―……事実なんだから仕方がないわけさ。うん。
「……すまない。俺は帝国の衛兵をしているトーマという者だ。十日前に沈没した帝国船について調べている」
どうやら、顔面フルメットのこの怪しい全身鎧の人はトーマと言うらしい。なるほど。だから、俺達の話に反応したってわけか。
「……でも、トーマさん。わざわざ一人で帝都からここまで来たんですか?帝都ってかなり遠いですよね?しかも、船の沈没の調査って言ったら……もっとこう……一個師団ってわけじゃないと思いますけど……普通もっと大人数で調査しませんか?」
「……それは……」
訝しげにコロナが尋ねれば、途端にトーマは困ったように言葉を詰まらせ、濁した。……まあ、コロナが言うことはもっともだし……そうじゃなくても帝国の奴らは信用できないからな。ましてや、トーマは兵士だ。コロナが疑うのは当然だ。
偏見を持つなっていう人もいるけれど、帝国の不死皇帝はそれだけ色々やらかしているんだ。疑って掛かるくらいが調度いいと、少なくとも俺やコロナは思ってる。そう俺が言えば、トーマは観念したように息を吐き―……
「……その船に乗ってたのさ。弟が」
小さく呟いた。
「……弟さん……ですか?」
「ああ。俺もあいつがどんな任務を受けて船に乗っていたかは知らない。だけど、あいつは確実にその船に乗っていた。これは事実だ。……生きているとは思っていない。だけど……せめて原因ぐらいは知っておきたくてな」
「意外と女々しいんだ、俺」と、自重するように小さくトーマは笑った。
その姿は嘘なんか吐いてるように思えなくて……なんだか少し痛々しくて……見ていて少し胸がチクチクとした。
「……バド」
コロナが一度、俺の腕を引っ張る。そして、俺達は顔を見合わせながらコクン、と首を縦に振った。……どうやら、コロナも俺と同じ事を考えているみたいだ。だったら次に言うことは決まってる!
「なあ、トーマ!俺達幽霊騒ぎについて調べてるんだ!よかったら一緒に調べないか?」
「そうですよ!一人より二人!二人より三人です!さっき花人さんが言ってたんですよ?船が沈没してから急に幽霊が現われだしたって!もしかしたら何か関係があるかもしれません!」
「……えっ!?」
相手の返事も待たず、半ばが強引に俺とコロナはまくしたてるまくる!そんな俺達の勢いにたじろいだのか、はたまた押されたのか?トーマはと言えば、若干引くように数歩後ろに下がった。
しっかし!日々、ドミナの市場でししょーと一緒に値切り交渉している俺達がそんな事で引き下がるわけもない!
「うーん……よく分からないけど、沈没船について調べるんでしょ?だったら、ザル魚って奴に会えばいいと思うよ?」
おぉ!?思わぬところで花人からの追い風が!おっし!もう一押し……って、ザル?
「どういうことですか?花人さん?」
「この町にはザル魚っていう変な奴がいるんだ。……でっ、ザル魚の奴、最近、なにかの宝石を相続したみたいでさー。その宝石があれば海で起きたことなら何でも分かるんだってさ。ザル魚ならホテルに入り浸ってるし、幽霊が出るのもホテルだし―……」
「……だってよ?どうする?トーマ?」
ニカッと笑いながら振り替えれば、見えたのはため息を吐くトーマの姿。だけど、それはがっかりしてるとかそんなんじゃなくて―……
「……わかった。わかったよ」
「俺の負けだよ」と、トーマはわずかに笑いながら呟いた。よし!これで幽霊&沈没船ついでにザル魚調査し隊が結成されたわけだ!
さあ、そうとなれば次に目指すはシーサイドホテル!
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「……っと、ここまでがその二人の話だよ」
「……そうですか」
ミャア……ミャア……と、猫によく似た泣き声を持つ海鳥の泣き声がわずかに鼓膜を揺する。
長い長い話は終わったというのに何だか終わったという実感はなくて……それは話が決して楽しいものではなかったからなのか……それとも別の何かか―……
「……そうだ!忘れてた!話は変わるけどマナちゃん。今日はもう上がっていいぜ」
……そうよね。こんなぽやーっとぼーっとしてる状態のウエイトレスなんて仕事にならないわ。だったら、とっととクビに―……って!?
「ぇええ!?クビ!?半日でクビですか!?てんちょーー!!」
なんじゃ、その不名誉な記録は!!
あまりの衝撃に思わず襟首掴んで前後にゆすっちゃったじゃない!……瑠璃のだけど。
「……いやいや、そーじゃなくて。今、ボイド警部って人が来てるんだよ。でっ、警部が調査をするっていうからレストランが臨時休業になったんだ。……幽霊について調査してるって言ってる従業員もいるけど……何だかひっかかってなぁ。あの二人のこともあるし……」
……幽霊?ああ……なんかそんな話があったような気もするけど……って、今なんって言った!?
「……ボイド警部!?」
たしか―……ボイド警部ってルーベンスの時に会ったあのねずみ男だよね?宝石泥棒のサンドラを追っているっていう―……
「……ねえ。店長?……最近、ポルポタで宝石についての噂とか流れてない?」
「……宝石?ああ。たしかザル魚って奴が友人から宝石を相続したって話なら聞いたぜ。なんでも、立派なサファイアだって話だ。このザル魚って奴がまた性格が悪くて―……!?ま、まさか……!」
そこまで言うと、店長は顔を真っ青にさせてブツブツとそんなわけはないと呟き始めた。まるで自分に言い聞かせるみたいに。
店長が何を思ってそう言ってるのかは分からない。だけど、この町には立派なサファイアがあり、ボイド警部が来ているというのは事実だ。……そこまで分かれば十分。
「……ほら!瑠璃!いつまでむせってるの!さっさと立つ!」
「……げほっ……だ……だれのせいだ……」
あっ……ごめん。
うっわー……思いっきりむせてるよ。結構力入れて揺すったから―……って、今はそんなことをやってる場合じゃない!
「聞いてたでしょ?今の話!ボイド警部がいるのよ!ボイド警部!もしかしたら―……」
何も起こらなきゃそれに越したことはないんだけど……単なる杞憂なら……と思うあたしの横ではミャア……と再びうみねこの鳴き声がした。