ファ・ディール編(聖剣LOM)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
―……怪しい奴!合い言葉を言えッ!“妖精の話は”……―
まあ、とりあえずは何でも言ってみるもんだ。
《Tales of Mana》
「妖精?」
「そう。マナは何か聞いてない?最近、妖精達が活発に動いてるって……酒場に来た旅人が話してたから……」
サウィン祭も終え、シェイドが空を支配する時間が長くなってきた今日この頃。あたしの生活習慣が変わったかといえばそんなわけもなく、今日も今日とてレイチェルのバイト先であるドミナのボロ酒場であたし達はこうしてたわいもない世間話に花を咲かせていた。
大体、昼の酒場ほど暇な場所はないわけであって……本当、いい溜り場だわ。うん。
「マナが知らないって事はデマなのかしら?その話をしてくれた人って嘘吐きって仲間内では有名な人らしいから……」
窓から差し込む光には数ヵ月前のような力強さは既になく、柔らかい光は細く長く部屋の中心に向かって光の道を作る。その光を一瞥し、一旦、話を区切ったレイチェルは、自分のカップに注がれたココアを美味しそうに一口口に含んだ。しっかし、妖精ねえ―……
「そりゃあ、また、随分きな臭い話だこと」
人間と妖精の間に戦争が起こったのは900年も前。そして、その争いが終結してから彼此もう200年の月日が流れている。どちらにせよ大昔の話なのだ。……人間の価値観で言えば、だけど。
「妖精って私達と違って何千……何万年って生きるのよね?住んでいる次元すら私達とはまるで違うって言うし……妖精達にとっては数百年前なんてまるで昨日のようなものなのかしら……?……そして、妖精達は今も―……」
「さあ?それこそマナの女神のみぞ知るってやつじゃない?」
少しだけぬるくなったココアの芳香が鼻孔を微かにくすぐる。
「……そうよね。私達が考えても仕方がない事なのかもしれないわね」
少し考えてからそう呟くレイチェルの頬を、開け放たれた窓からそっと吹き込んできた風が軽く撫でていった。
「あっ、妖精で思い出したんだけど……」
「なになに?」
「実は―……」
そーんな、アンニュイな気分から一転。思わず我が耳を疑うような単語がレイチェルの口から放たれるのは、この数秒後の話なのであった。
++++++++++++++++++++
「……と、そんなこんなで鍛冶の材料探しのついでに、世にも奇妙な歩くスパッツ男を見物しに来たわけだよ。青年」
「……だから、何で俺を巻き込むのかと言っている!!」
早くも赤や黄に着飾った広葉樹が立ち並ぶ湖の畔に一人の男の怒声が轟く。青い湖畔に錦の木々。いやー……見事なもんだ。
「人の話を聞けッ!!」
「そんなに耳元でキンキン声出さなくても聞こえてるってば。大体、一体どこの誰なわけ?いい年してこんな辺鄙な場所で迷子になって青い顔してたのは?」
「うっ……それは……」
「土地勘もないのにあっちにフラフラこっちにフラフラするのがいけないのよ。今日中にはドミナに連れてってあげるから諦めて少しぐらいは付き合いなさい」
そこまで一気にまくしたてれば、まるで苦虫を口いっぱいに頬張って噛みましたといわんばかりのくぐもった声を一度だけ洩らして、その男は押し黙った。
「チッ……今日は厄日か」
「まあ、迷子になってたなっさけなーい騎士様に何を言われようが怖くないけどね」
この一言が、一度は鎮火しかけていた男の導火線に再び触れたのは想像に難しくないであろう。っうか、行く先々でこんなに怒鳴ってちゃ血圧上がりません?……ねえ、瑠璃くん?
「でっ、今日は一体どんな厄介事に関わってるんだ?お前は?」
「ちょっと、人をまるで歩く厄介事製造機みたいに呼ばないでくれないかな?さっきも言ったけど、ただの材料集めよ。あと、変態見物」
夏に比べれば低い位置にある太陽の光は、紺碧色をした湖にキラキラと反射し水面を照らし、錦色をした様々な種類の広葉樹たちは、互いに擦れ重なり合い、まるでさざ波のような音を奏でる。それはとても綺麗な盛秋の光景だった。まあ、しいて残念な点を上げるとするなら―……
「……おい!」
「……あー、もう!!」
まるで絵画のような色彩の景色の中を一緒に歩いているのが、この癇癪ロリコンストーカー珠魅だという点だろうか?
大体、レイチェルが“最近、キルマ湖では妖精だけじゃなくてスパッツを履いたムッキムキの変態が現われるらしいの”……って言っていたから面白半分で来たわけであって……変態は変態でもロリコン野郎には用がないわけである。
あー……こんな事なら大人しくレイチェル達と一緒にお茶してれば良かったかも。
「……誰がロリコンだ!誰が!!」
「……ひっひゃい!ひきなりひゃにひゅんのしゃ!」
「お前が全部口に出してたんだろうが!それに俺は一族の中では若い部類だ!ロリコン呼ばわりされる筋合いはない!」
突然、物凄い力で捕まれる肩!そして、通常の1.5……いや、2倍は引き伸ばされたあたしの頬!んでもって、こんな失礼な事を現在進行形でやりやがっている犯人というと―……
「……大体な!お前……お前が……ブッ!!しっかし、変な……ッ……顔だ……な」
「じゃれのせいじゃああああ!」
照りかえる湖面、波立つ森の木々。そんなもんお構い無しのあたしの叫び声は、静かな森に吸い込まれ、霧散するのであった。
しっかし、こいつ……!一体誰のせいでこんな醜態を晒すはめになっていると思ってるわけ!?大体、あたしは瑠璃と漫才をするために―……ん?
「……先見隊、いくらなんでも遅い……まさか、妖精ごときに全滅させられたか?」
急に聞こえてきた騒めき。その音を不審に思って耳を凝らしてみれば、今までなかったやけに野太い声と、それよりは幾分かは高いいくつもの声が重なり鼓膜を揺らす。訝しげにその方向へ視線を向ければそこには……!
「セイウチ……か?」
「……と、ペンギン。だよね?どう見ても」
どっから見ても立派な海洋生物です。本当にありがとうございました。……ここって、湖だよね?まあ、そんな事は捨て置くとして……今、妖精って言ってたよね?こいつら。じゃあ、やっぱりこのキルマ湖に妖精が出るって話は―……
「……おい」
「……今考え事してるんだから邪魔しないでってば」
うつむいて一人物思いに耽るあたしの頭上から、いつもと同じ瑠璃の不機嫌丸出しの声が降り掛かる。その声に視線を動かさず答えれば、次に来たのはふかーい深ーい瑠璃の溜め息が一つと……
「!!!!怪しい奴!合い言葉を言えッ!」
「……うえ!?」
「考え事は結構だが、次からは少しは周りを見るんだな」
呆れの色が滲んだ瑠璃の声を追うように、この日何回目か分からないあたしの叫び声が重なる。いやいやいや!でもでもさ……!
「何でペンギン達に囲まれてるわけッ!?」
呆れ返る瑠璃、叫ぶあたし、ペンギン沢山、そしてセイウチ。秋の湖畔に、世にも奇妙な三者三様のリアクションが広がったのだった。いや、だから何者よ。こいつら。
++++++++++++++++++++
「いやー人間なんとかなっちゃうもんだねー」
「お……お前な……」
「ほらほら!折角何とかしたのにここでぼさっと突っ立ってたらまた怪しまれちゃう!って事で追ってみる?暇だし」
「……はあ……」
―……怪しい奴!!合い言葉を言えッ!!“妖精の言葉は”?……―
―……よーせー……―
「……そんなのありかよ……」
若い珠魅の口からこっそり紡がれた至極最もなツッコミは、既にペンギン達を追って走り出していたあたしに届くはずがないのであった。
「……ねえ、瑠璃」
「……何だ」
西に傾きかけた太陽、青い湖、五色の森。ペンギン達を追う前と今……ここまでの風景は何ら変わりがない。……そう、ここまでは。
「この石……さっき見たペンギン達とそっくりじゃない?」
「……」
あたし達の目の前に、点々と広がるのは自然が作り上げたものとはとても思えない精巧な造りの石像達。あたしの腰ぐらいの高さのそれは、ついさっきまであたし達を取り囲んでいたあのペンギン達の姿と瓜二つだった。
ビュウッと一陣、西の山から吹き抜けてきた乾いた風が水面を波立たせる。一瞬感じた冷気はこの風のせいか、それとも―……粟立つ肌を押さえて、あたしはその異様で、不気味な光景を見つめていた。こりゃあ……暢気に見物ってわけにはいかなくなってきたかもしれない。
++++++++++++++++++++
【side瑠璃】
「……いやあ。先程、海賊と手下のペンギン共が押し寄せてきましてなあ。妖精の宝がどうした言って私もとばっちりを食ってしまったんですよ」
「……誰だッ!」
不意に聞こえてきたあいつでもペンギン達でもないしゃがれた声に、俺は慌てて途切れかけていた意識の糸を繋ぎ直す。一体、今、俺は何を考えていた?一瞬とはいえ周りを見失ってまで。こんなザマじゃ、あいつにもっと周りを見ろなんて言えたもんじゃない。
……俺が何を考える必要がある?このペンギン共と俺達―……どこに関係があるというのだ?第一、あの言い伝えだって古いカビが生えたような伝承じゃないか。
一度、かぶりを振ってしゃがれ声の持ち主の方へと視線を向ければ、そいつはマナと既に二・三程言葉を交わしているようだった。
いつも、生き生きと―……無駄に生気に溢れているあいつの横顔の更に先に広がるのは、生気の欠けらすらない冷たい石像の群れ。
―……だけど、もし……もし、あの言い伝えが事実だとすれば?真実なのだとしたら?だったら、俺達はこれ以上……―
いいや、そんなはずはない。仮にそうなったとしても、何の問題がある?何度も何度も頭で反芻しても……黒いどす黒い大きな虫が胸の核の上を這いずり回っているかのような嫌悪感を消し去る事が、俺には出来なかった。
「……ホッホホッ。そう悩みなさるな、幼い珠魅の騎士よ」
「……ッ!!」
しわ枯れた、だけどやけに落ち着いた低い声。さっきまでマナと話していたはずの大亀は、今度は俺に向かってそう言葉を紡いだ。でも、あいつは?さっきまでは確かにここにいたあいつは?
「あの子ならもう行ったよ。お前さんが青い顔をして立ち尽くしてるもんだから体調が悪いと考えたんじゃろうな。“すぐに戻ってくるから待っていて”……だそうじゃ」
「なッ……!」
予想だにしなかった答えに思わず言葉が詰まった。馬鹿か!あいつは!このペンギン共を見れば、この先が危険か否かなんて誰にだって分かるだろうかッ!!
……いや、本当に馬鹿なのは。……どうして、もっと周りを見てなかった。
「……チッ!」
沸々と湧き出てくるのは自分に対する嫌悪感。自分の思慮のなさに思わず反吐が出そうになった。
「……まあ、お前さんが行ったところで妖精達は見えまいて。いや、見えるという言い方には語弊があるかの。お前さんの前に彼らが映る事はないじゃろう。今の固く凝り固まったお前さんの心ではな。イメージする事は出来まい」
「……どういう意味だ」
大亀は吐息を吐きながら、まるで孫に昔話を語る老人のようにゆっくり語る。年輪のように深く刻まれた顔の皺をくしゃくしゃにさせながら。
「心が真に自由な者の眼にしか妖精は映らないのじゃよ、幼い珠魅の騎士よ。今のお前さん……いや……」
まるで炎のように色付いた葉がハラハラと数枚、風に舞い、青い空へと足早に駆け上がる。燃え上がる炎のような、火の粉のようなその色は鈍いルビーの輝きのようで。
―……今の珠魅族には誰一人として見る事はできんかもしれんの……―
誰かが視界の外れで何かを言った気がした。
「……さて、今のお前さんには妖精は見えぬかもしれぬが……どうする?」
「……この先には何がいる」
「湖の主じゃよ。主は相手を石化させる能力を持っとるんじゃ。そして、妖精たちも“石の目玉”を使ってその能力を引き出すことが出来る。もっとも、妖精以外にその力を引き出すことは出来ないじゃろうが。……つまり、この海賊共はただの石っころの為に自分達が石っころになってしまったと言うわけじゃ」
くだらない。
無言で冷たく睨み付けても、石になっているこいつらに俺の視線が届くわけもないだろうが……そうせずにはいられなかった。
「人間達はここの主が宝を飲み込んでいると思っておる。妖精達はここの主が死んだら自分達も死ぬと信じ、その力に頼って生きておる。しかし、どっちも幻じゃ。……あの子の所へ行くというのなら送ろうかの?」
「……頼む。トート」
「……ホッホホッ。ワシはただの亀、それ以上でも以下でもない。ただ―……」
―……お前さんがそう思うのならそうかもしれんがの……―
俺の体を暖かい光の膜が取り囲む。霞む景色の向こうには、最後まで胡散臭い笑みを浮かべた七賢人の一人の姿があった。
++++++++++++++++++++
「ペンギン衆!ここはリスクが大きすぎる!引き返すぜ!」
「何おっしゃるんですか、カシラ!石にされた仲間の為に“イッシ”報いてやりやしょうや!!」
「ペンギン、てめえら、駄洒落がすぎるぜ!海賊のイメージ、ガタガタだ。今度、下手な駄洒落などぶっこきやがったら……てめえら……まとめて……コ……コ……コロガシてやる!!」
「カシラ!カシラともあろう御方がなんて迫力のない!!」
「ふわーっ……」
思わず出てきた生理的なあくびを隠すことなどせず、あたしは大きく口を開け、新鮮な空気を肺いっぱいに取り込んだ。さっきの亀爺さんの話を聞くかぎり、ペンギン達が石になったのは自業自得で、自分の尻くらい自分で拭けって話なんだけど……
「……なーんか、いまいち憎めないのよね。この人達」
さっきから絶え間なく繰り広げられる間の抜けた会話のオンパレード。こんな会話を聞いちゃうと、こいつらがとてもとても凶悪な海賊達には思えなくて……正直に白状しよう。あたし、こーゆうあまりにくだらない話する人達大好き!!まあ、早い話気に入ったって事。
尻拭いをしてやる気なんてサラサラないけど、少しくらい手伝っても罰は当たらないでしょ。きっと、たぶん。あーあー……またくだらない駄洒落が始まったよ。
「……でも、妖精か」
誰に聞かせるわけでもなく不意に出てきた呟き。酒場で話してる時は思い出せなかったけど、そーいや、こないだ大量に小屋ダケ取ってきたあの日……依頼主のサザビーも言ってたっけ“妖精の動きが活発化してきてる”って。
にわかには信じがたいけど、ここに来るまでに視界を掠めて飛んでいった妖精達の数を考えると……あながち間違いではないかもしれない。……まあ、そんな事より、今は湖の主をどうするかって話なんだけど。
「……襲われたら襲われたで考えますか」
主の領域に土足で踏み込んできているこっちに非はあるわけだけど―……生憎、そう簡単に石になってやるわけにもいかない。だって、自己愛主義者と言われようが、あたしだって自分の命は可愛いのだから。
「おい!新入り!カシラが一大事なんだ!ぼさっとしてねえでさっさと飛び降りやがれ!」
「……はっ?」
そんな言葉が聞こえてきたかと思えば、そのあとに待っていたは、誰かが背をこんと突いたような感覚で。不思議に思って振り替えれば、そこにいたのは一羽のペンギンで―……ってぇええ!そんなことどーでもいいのよ!飛び、おりるぅ!?今、何って言ってたこのペンギン!?
確かに確かに、今、あたしの目の前には崖と、そしてその真下には空の色がそのまま溶け込んだような美しい湖が広がってらっしゃるけどさ!!
「あああ!まどろっこしい!とにかく、妖精の奴らにオカシラが石にされちまったんだ!おまけに囮とか何とか言われて変な亀に湖に向かって放り投げられちまったし……本当は本当は俺が助けに行きたい所だが……新入りのお前に手柄は譲ってやるぜ!……って事でアデュー!」
「うぇええ!?」
徐々に遠くなるペンギンの顔、雲一つない青い空。そして、それと反比例するように近づいてくる青は似て非なるものでってェエエ……!!?なにさ、この浮遊感ンンン……ッ!!!!
「ぎゃああああああああ!!」
自由落下の法則通り、等速度で落ちるあたしの体。ドパーーンッ!!と、鈍くくぐもって響く水音、真っ直ぐに立ち上る白い水飛沫の柱。……あのペンギン、あとで見てろよ……強制的に季節外れの水浴びを楽しむ羽目になったあたしは、ずぶずぶと沈みながら一人心にそう誓うのであった。
++++++++++++++++++++
【side瑠璃】
「……おいッ!!」
「瑠璃くん、ナイスタイミング!ちょっと、その盾借りるわ!」
俺があいつに追い付いた時、それは既に始まっていた。おそらくこの湖の主であろう巨大な眼球の形をしたモンスターの攻撃を槍で軽くさばき、ヒラリと空中で体勢を変えながらマナは俺の前に着地をすると素早く俺の盾を引っ掴んだ。……これだけ動いているというのにマナの息は一つとして乱れておらず、どういうわけかやけに水分を帯び肌に張りついていた金糸の髪を邪魔そうに掻き上げて、再び湿った泥を蹴った。
そして、あいつはニヤリと一度笑うと、魔物の正面へと躍り出て―……!?
「馬鹿野郎ッ!そいつの前に立つな!!」
俺が叫んだまさにその瞬間……!主の目に白い不気味な光が集まり始め、それは徐々に光度を増していく……!
「マナ!!」
あまりの眩しさに反射的に目蓋が落ちる!完全に下がり切るその寸前、俺の目に映ったのは、不気味に光にすっぽりと包まれるあいつの小柄な後ろ姿だった。
++++++++++++++++++++
「ふう……良かったー……」
眼前にかざした瑠璃の盾をどけて、あたしは前を見つめる。鏡のように磨きぬかれた黒曜石の盾に映し出された虚像は、もちろん、この湖の主の姿。そして、そして……?肝心の実像の方はというと?
「……ほう。考えたのう。まさか、主を逆に石化させてしまうとはの」
いつからそこにいたんだ?……まあ、いいか。とにかく、あたしの後ろには唖然とした顔の瑠璃と、さっきの亀爺さんもとい、恐らく七賢人のトートが穏やかな笑みを浮かべて静かにたたずんでいた。
そう。トートが言った通り、あたしの目の前にある大きなオブジェはこの湖の主の成れの果てだった。
「……しかし、いいのか?これでは一時的に主の力は弱まるが、いつかまた動きだすやもしれぬぞ?」
ペチペチ…と、数回石になった主を前ヒレで叩きながらトートが口を開く。まあ、そりゃそうだろうね。殺してないもん。
「でも、一時的にでも力が弱まれば、あのお間抜けな海賊達は元に戻ってるわけでしょ?」
「そうじゃのー。力が弱まったからのー。呪いも効力を失ったじゃろうて」
「なら、いーんじゃない?」
そう言い切ったあたしの横を、黄昏の風が通り抜けていった。
「……いつ気付いたんだ?」
「いつって?ああ、盾の事?」
『カシラ!戻ってきてくれたんですね!』
『おう!心配かけたなペンギン衆!』
『じゃあ、さっそく泳いで船に帰りましょうや!』
そんな愛すべき馬鹿(船は海なのに湖泳いでどうするんだって話)を見送ったあたし達は、二人、こうしてドミナへと続くあざ道を歩いていた。
空を見上げれば天球は黒い暗幕が覆いつされ、あざ道から聞こえる涼やかな虫達の声は心地よく鼓膜を揺らし広がっていく。
「……昔、聞いたおとぎ話にあったのよ。相手を石化させてしまう魔物を、鏡のように磨いた盾を使って退治する英雄の話が」
「……それだけでか!?それだけであんな危ないことをしたのか!?」
「うーん……一応、他に根拠はあったよ。だってあの主、あたしと戦ってる最中だってのに自分が湖に近づくたびに自分の目を閉じてたか―……ぶえっくしゅ!!」
そんなムード満点な秋の夜道に、盛大にムードをぶち壊す馬鹿でかいくしゃみが一つ、こだました。……あー、湖に落ちたせいだよ。これ。
++++++++++++++++++++
「……という事があったわけ。って、サボテン、あたしの話聞いてる?」
森人の姉弟が寝静まった頃。大きな木の下の小さな家。その家の二階にあたしの声が響く。
「ペンギン像」
そんな、あたしの話を聞いたサボテンは一言、そう呟いた。
《サボテンくんにっき》
ぺんぎんがいっぱい
みずうみにおっこちて、
おかしらがいしになって、
かめにみずうみになげこまれた?
らしい。
ぺんぎんは、およげるから、
たぶんだいじょうぶだとおもう。
なんだかやっかいなはなしだなあ。