ファ・ディール編(聖剣LOM)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……意外だな」
「何がさ?」
「いや……普通に狩ってくるものだと思っていたからな。……わざとだろ」
「んー……まあ、能ある鷹はなんちゃらってやつ?」
「……何かが違うだろうが」
「……それに」
「……それに?」
―……君、そういうの嫌いでしょ?
《Tales of Mana》
「あーづーいー……」
「ししょー……それ以上言わないでくれよー……」
「だって暑いもんは暑いんだもん!しっかし、何さ!今年の異様な暑さは……!」
暦の上では夏の盛りは遠くに過ぎ去り、萩の花やすすきの穂が徐々に長くなってきた夜を彩る季節である。……いつもなら。しかし、我が家に入ってくるものと言えば、涼を運んでくる秋風ではなく、真夏とまったく変わらない熱気を帯びたぬるい風と、今の時期には少々似つかわしくない蝉時雨の音。……つまり。
「秋はどこだァアアアアア!!!」
精一杯の恨みを込めて暑さの原因たるそれを睨めば、青空に浮かぶ憎たらしいほどに輝く太陽の姿。いい加減にしてほしい。
ジージーミーンミーンツクツクボーシーガッチャガチャ……と、そんなあたしの叫び声に呼応するかのように益々盛大な盛り上がりを見せるオーケストラ……っうか、蝉軍団。ここまでタイミングよく一斉に鳴かれるとわざとやってるんじゃないか?こいつら。と、あまりに被害妄想全開の考えが頭をよぎるけれど、仕方がない。だって暑いだから!
大体、なんで蝉ってやつは、こう暑い季節に暑くなるような音を出して鳴くんだろうか?絶対蝉のせいで体感温度が1・2度は上昇していると思う。蝉の連中はもっとヒグラシを見習うべきだ。あの音だけは唯一許せる。
「……やめた。馬鹿なこと考えるだけで疲れる」
そう言って床に盛大に突っ伏せば、少しだけ冷たい床がじんわりと体に籠もっている熱を吸い取ってくれているような、そんな気がした。子供たちと一緒に床で寝っ転がっているというのはあまり誉められた姿ではないかもしれないけど、夏が悪いんだ。
「……ん?」
ごろんと寝返りをうち、今まで伏せていた顔を上げれば目に入ってきたのは壁に掛けられた今月のカレンダー。
「ああ……そーいや、ウンディーネの日は仕事が入ってたっけ……ん?」
「わつ!?マナさんいきなりどうしたんですか!?」
いきなり立ち上がったあたしにびっくりしたのか、バドとコロナの二人は同じような顔で同じ色の瞳をぱちくりさせながらあたしを見る。一方、あたしはと言うと……
「ねえ、コロナ……今日って何曜日?」
自然と裏返るあたしの声。そして、視線は当然のことながらカレンダーのある一点を捕らえて離さない。いいや、離せない。
「たしか、ウンディーネの日のはずですよ」
当然とばかりにすぐに返ってきた答えに、頭のてっぺんから足先に向かって何かが勢い良く流れていくような感覚に苛まれる。つまり……!?
「ヤバァアアアア!忘れてたァアアアア!!」
蝉の大合唱に負けていない声量の、悲鳴に似た叫び声が虚しくもあたりを包み込んだのは言うまでもない。
++++++++++++++++++++
「……でっ、あなたは集合場所のドミナではなく、現地のジャングルにいきなり来たわけでちか」
「……はい」
「まあ、いいでち。でも、ここに来るまでの移動経費は出ちませんよ」
今からならまだ仕事には間に合うかもしれない。でも、かと言ってドミナに寄っていたら流石に間に合わない。……というわけで、今日の仕事場所であるジャングルに直接行くという手段に打って出たわけである。もちろん、アーティファクトを発動させて、だけど。
今回の仕事の依頼主である犬の獣人のおっさんは、深々とため息を吐き、再びあたしを見上げた。……このおっさん、見た目はおっさんなんだけど、背丈はあたしの腰に届くか届かないかって程度なので、どうしても見上げるという形になってしまうようだ。……あっ、首痛そう。
「こほん……改めまして初めましてでち。私、魔法都市ジオにありますクリスティーナ商会で執事を任されております、サザビーという者でち」
身長云々の前におっさんのくせにこの喋り方はどうよ?と、思うのはきっとあたしだけじゃないだろう。うん。
「……しかし、貴女が来たという事は、あの二人に代役を探しに行ってもらう必要はありませんでちたね」
そもそも、でちって何よ、でちって。一昔前に流行ったちょい悪親父に対抗してベイビー親父?……ないない。……でも、代役って言った?今?
「……あのー、代役って――……」
「何だよー。子供親父。始めっから依頼してた奴来てんじゃねーかよー」
「でっ?それってどういう意味だ?」
「だから、お前はいつまでたっても馬鹿なんだよ、ハッソン。つまり、俺達は無駄骨折ったわけだよ」
いきなり言葉を遮られて、少し……ほんのすこーしばかり、イラッとしながら振り向けばそこに居たのは謎の二人組で。その二人は、まるであたしの存在を無視するかのごとく……いや、実際に無視してるんだけど。……とにかく、えらくテンポ良くまるで漫才をするかのように会話を続けている。……再三言うが、あたしを無視して。
「……私の部下を紹介します。こっちの耳が大きくて体が白くて細い森人がヘイソン。それから、こっちのずんぐり茶色のドワーフがハッソンでち。……それより、二人とも。もちかして代役を連れて来てしまったんでちか?」
「おお、ばっちりな。でも、今回は俺達のせいじゃないぜ。文句ならそっちの遅刻して来た嬢ちゃんに言いな。なあ、ハッソン」
「でっ、どういう意味だ?」
「つまり、俺達はなーんも悪くないって事だ」
何ィ?そりゃあ、たしかに遅刻してきたあたしが悪いけどさあ!大体、こんな暑い中、仕事さぼらずに来ただけまだましってもんじゃん!ええい!何さ、その言い方!文句の一つでも言ってやらないと気が済まない!!
「ちょっ―……」
……身勝手なのは分かってるけど、こんなただでさえ暑い日に不快指数が馬鹿高いジャングルにいるってなると、いつもなら平気な言葉でも文句だって言いたくなるのが、乙女心ってもんである。
そんな時だった。その声が聞こえてきたのは。
「……おい。俺はいつまでここに立っ―……お前は……!」
ヘイソンとハッソンの後ろから、一つの影が不機嫌そうな声と共に現われる。その声は大変聞き覚えがあるもので……と、いうかこの声って……?
気が付けば、さっきから喉まで出かかっていた文句は全部どこかに吹き飛んでいた。かわりに出てきたものは……なんでここにいるし。……いや、別に居ちゃいけないって事はないけど……
「……はあ。本当にちょろちょろ……俺の前によく現われるな、お前は」
「そっくりそのまま。熨斗(のし)付けてその言葉をお返しするわ」
不機嫌そうにあたしを見つめていたラピスラズリの騎士は、もはや彼の代名詞とも言うべきため息を深く吐くと、ゆるゆると自分の首を横に振るのだった。……っうか、ヘイソンとハッソンが連れて来たあたしの代役って瑠璃だったのかよ。
「……ごほん。二人が知り合いでしたのなら話は早いでち。早速、仕事の話に移りますでち」
一向にまとまらないあたし達四人に郷を煮やしたのか、わざとらしい咳払いを一つして子供親父ことサザビーは口を開いた。……どうやら仕事の話が始まるようだ。
どっかの過保護ストーカーとは違ってこのマナちゃんは公私の区別ははっきりつけるタイプである。だから、こういう話となれば、真面目に聞くわけよ。
ちなみに、ヘイソンとハッソンの二人は借金があと一億ルクとか何とか言って話を聞こうともしていない。……大体、一億って作ろうと思ってホイホイ作れる額じゃないでしょうが……いったい、何やらかしたんだか……
「いいですかー?今日はとってもめでたい日です。あなた達がドゥ・カテを倒して、そいつの尻尾を持ち帰れば……分かりますね?」
勿体ぶったようにサザビーは言葉を濁した。……まあ、つまり、倒して尻尾をもいでこいって言うのはあたしにも分かるけど……
「でも、ドゥ・カテって今個体数が凄く減ってるんじゃなかったっけ?」
ドゥ・カテはこのジャングルに生息している猿型のモンスターの事だ。ドゥ・カテはこんな熱帯の気候のジャングルにはおよそ似付かわしくない巨体と、全身びっちりと覆う体毛が特徴なのだと、いつか旅の商人(ニキータではない)に教えてもらったことがあったっけ。
普通、体が大きくて毛が多い生き物は極地に向かうほど多くなって逆は大変珍しいとか何とか……そして、その物珍しさが災いして乱獲が進んでいるということも。
「そうでち。だからこそ、今、ドゥ・カテの尻尾はレアなんでち。日当も勿論出しますが、ドゥ・カテの尻尾一つにつき二万ルクで買い取りますよ。それが今回のあなた方の仕事でち」
不意にカチャリと微かに響く金属音。はっとして隣に顔を向ければ、眉間に深々と皺を刻んで、心なしか額に青筋が浮かべ、今にもサザビーに飛び掛かっていきそうな瑠璃の姿があった。や、ヤバッ……!!
「はいはーい!じゃあ、あたしはこれとペア組みまーす!初めて同士より知ってる相手と組んだほうが仕事もはかどるはずですから!」
瑠璃の体を半ば強引に退かし、二人の間に立ってそう言えば。
「ええ。最初からこちらもそう提案するつもりでちた。このジャングルは来た者を迷わせる天然の迷路でち。それに最近は人間に悪さをする妖精達が活発に活動しているという話も聞きます。くれぐれも気を付けて下さい」
サザビーは最後にあたし達に地図を渡すと、今だに借金の話に華を咲かせているヘイソンとハッソンの二人組の方へと、おぼつかない足取りで走っていった。……どうやら、瑠璃の事は気付かれずに済んだようだった。
「……なぜ、止めた」
「うーんと……目印になるものは…地図からするに奥にある石像くらいか……さっすが、迷いの森……地図があってもきつい――……」
「おい!!!」
ギャア!ギャア!!と、熱帯特有の五色の羽を持った色鮮やかな鳥が一羽、大声に驚いたのか、慌てて枝から飛び立つ。鳥を驚かせる原因を作った男は相変わらずの不機嫌な顔でこっちを見ていた。……ううん、訂正。睨んでた。
はあ……と一息付いて呆れたという思いで瑠璃に視線を向ければ、その眉間に刻まれた皺は縦に益々亀裂が深くなって。
「でっ?何?言いたい事があるんならちゃっちゃと言いなさいよ」
「……何で止めた」
「さあ?しいて言うなら気分?」
「答えになっていない!」
再びジャングルには似付かわしくない声が響き渡る。そんな彼に背を向けて、あたしはまた歩き始めた。それが結果的に相手を煽る事になるって分かってはいたけど、ね。きっと、今の瑠璃には声が届かないというような……そんな確信があったから。
瑠璃はそれ以上、何も言わなかった。
道中、道を塞ぐように襲い掛かってくるアンデット型のモンスターをあたし達は次々と凪ぎ払う。ここで遭難して命の燈が消えた誰かの慣れの果てなのだろうか?……考えたって仕方がないけれど。
瑠璃は黙々とあたしの後ろを歩いていた。迷いやすいここを地図もなしに歩き回ればもれなく、さっきから斬り捨てているモンスター達の仲間入りだ。いくら冷静さを欠いている状態とはいえ、そこは瑠璃も分かってるんだとは思う。
ふう……と、また息を吐いて上を見れば、ここの気候独特の背の高い木の、大きな葉達がびっちりと、まるで天井を作るように互いに絡まり重なり合い、色は青いはずの空に蓋をしていた。
「……あれ?あれって……おーい!」
「なんだ?あんた達もまだ見つけてないのか?ドゥ・カテ?」
不意に視界をよぎった白くてひょろ長なシルエット。そのシルエットに向かって大きく手を振れば、それはやっぱり見知った顔で。
「そっちこそ。それより、ハッソンは?見た感じあなただけみたいだけれど」
「……ああ。あいつ足遅いからな。置いてきた。なあに、心配いらねえよ。あいつも地図持って――……って、噂をすればなんとやらだ」
ドドドドドッ! と、ジャングルの湿った腐葉土を豪快に掘り返しながら、そのずんぐりとした茶色い影は現われた。……本当、噂って奴は怖いもんである。
「んにゃろ!まだ、なんも捕まえても、見つけてもいねえようだな!」
ガハハッ!と豪快に腹から笑うハッソンと
「……ドゥ・カテは見つけてねえが、この奥にはデカい獣が寝てんのは見つけたぜ。捕まえてみれば金になるかもしれないぜ」
ハハンッ!と、鼻で笑うヘイソン。
この二人……見た目も性格も対照的だけれど、根っこは全く同じなのかもしれない。ちなみに、金になるという一文だけはしっかりと聞いていたのか……その話を聞いたハッソンは目の色を変えて再び走り出した。……ヘイソンが言った道とは反対側の道へと。そりゃあもう清々しい程勢い良く。
「そっちじゃねえよ……人の話、聞けよ……ハッソンが行った方は妖精の森だ。妖精は俺達人間にいい感情持ってねえからな……まあ、あいつは大丈夫だろ。頑丈さだけが取り柄みたいな奴だからな」
そう言うと、ヘイソンはハッソンとは比べものにならないくらいのスピードで、まるで風のように森の奥へと消えていった。
++++++++++++++++++++
ヘイソンが教えてくれた道の先にそれはいた。
一見するとまるで苔蒸した岩のように見えるけれど、それはまるでこのジャングルの色をそのままそっくり写したような体毛を持つ大きな獣で……
「獣王……七賢人が一人ロシオッティか……」
今まで無言を貫いてきた瑠璃がその無言の殻を破く。そんな瑠璃をあたしを……大きな二つの眼で、七賢人の一人に名を列ねる獣は見つめていた。
“ロシオッティ”
世界を導く七賢人の一人。はるかはるか昔に起きた妖精戦争では、弓の名手として名を馳せた英雄の一人だという。一説では、同じく七賢人である風の王・セルヴァと激しく争ったとも、そのセルヴァの心の臓に矢を突き刺し討ち取ったとも言われているけれど、資料が正しいのか間違っているのか……それが分かるのは当の本人達だけなのかもしれない。
「おや、お前は……」
そう言ってあたしを見つめるロシオッティの目はどこか遠くを見つめているようだった。それもひどく遠い過去を振り返るような目で。
あたしは近くにいるのに何で?
その瞳があまりに不思議で思わず首を傾げてみても、あいにく、七賢人様の考えを知る術はあたしにはなかった。
「……ドゥ・カテを探しているようだな。ドゥ・カテはこのジャングルの事を知り尽くしている。一人や二人では捕まえられん。お前もあの二人組に手を貸してやるといい。ドゥ・カテも近ごろは悪戯が過ぎて困っている」
ロシオッティはそこまで言うと、一つ息を吐き、再び石の玉座へとその巨体を伏せた。流石は七賢人と言うか……このジャングル内で起きた事は自分の体の事みたいに分かるのかもしれない。
でも、二人組ってあの二人だよね?ヘイソンとハッソン。それにプラスで瑠璃でしょ?……駄目だ。下手したら流血沙汰だ。流石にそれはご勘弁願いたい。
「……ねえ、ロシオッティ。一人や二人では無理なんでしょ?じゃあ、三人じゃ?」
「……無理ということはないだろうが。大変だとは思うぞ」
よし!賢人様のお墨付きキタ!!
「よっしゃ!わかった!!瑠璃、悪いけどこれ持ってここに居て!」
プチッ……と小さな音が耳に届く。自分の首からいつもぶら下がっているそれを無理矢理に渡せば、展開に付いていけないのか驚いたように見開かれるラピス色の瞳。
「それ、戻ってくるって証!!あたしの宝物なんだからきちんと持ってなさいね!……じゃ、そういう事で!!」
「……オイッ!!」
少々強引ではあるけれど、瑠璃にはここに居てもらうのが得策だから。……色んな意味で。そんなことを思いながら、走りやすいように槍を背負い直して、あたしは土を思いっきり蹴った。さあ、まずはヘイソン&ハッソン捕獲作戦開始!
++++++++++++++++++++
【side瑠璃】
『それ、戻ってくるって証!あたしの宝物なんだからきちんと持ってなさいね!』
そう強引に言うと、あいつは俺の返事なんか待たずにあっという間に走り去っていった。あとに残ったのは、俺と賢人と……そしてあいつの宝物だという古びた小さなペンダント。
「……クソッ!一体何だってんだ!」
ギリッ……と、無意識の内にペンダントを握っている手に力がこもる。やり場のないこの憤りをそのままに、まるで八つ当りをするかのように。だけど、どんなに力をこめても、ペンダントには傷一つ付かなくて……ちっとも動じない姿があいつの姿とあまりにダブって……まるで俺を嘲笑っているように思えて……大体、この仕事を請けてからというもの気に食わない事だらけだった。
真珠を探す旅費を貯めるために何か割りのいい仕事はないかと考えていた矢先に、偶然出会った森人とドワーフの二人組。日雇いで報酬がいいというので承諾してみれば、そこにはあいつがいて……おまけに仕事の内容は狩り。俺に狩る側に回れというのか?よりにもよって、俺達を今まで散々狩り尽くしてきた人間たちの命令で?
「……ふざけるなッ!」
「……あの子に感謝するのだな。幼い珠魅の騎士よ」
ふう……と背後から風が……いいや、ロシオッティが洩らした大きな吐息が俺のマントを、近くの細い木々の葉を揺らす。ぎっと睨むように振り向けば、ロシオッティはまるで子供を見ているかのようにゆっくり目を細めて。
「……あの子があそこで止めていなければ、お前はあの場で斬り掛かっていただろう。それに、お前はドゥ・カテに自分を……いいや、珠魅そのものを重ねて見ている。違うか?」
どしりと重量を伴ったロシオッティの言葉。違うと否定したくても、自分の喉から出てくるのは情けない呼吸音だけで……言葉に……詰まった。
「我々は賢人だ。それくらいは容易く分かる。それに……だ。罪を背負うなとは言わん。言うなれば生きる事、それ自体が罪であり業なのだ。誰しも大なり小なり犠牲の上でしか生きられない。これは自然の摂理」
熱帯の暑苦しい空気とは別次元の寒さが辺りを漂う。それはこの賢人の力なのか、俺の幻覚なのか……それは分からない。
「……だが、背負わねばいいものまで背負うこともなかろう?ましてや、自分を重ねているとなれば尚更な。大丈夫、あの子を信じてみろ。信じられなくてもせめて……」
少しぐらい待ってみてもよかろう?
賢人は細めた双眸を更に細めて……そしてまどろみ、眠りへと落ちていった。
ぎゃあああ!!と、どこか遠くから響いてくるそれを聞きながら俺は再びペンダントへと視線を落とす。琥珀はもう嘲笑ってなどいなかった。
++++++++++++++++++++
「よっしゃ!!」
あたしは人目をはばかることもなく大きくガッツポーズを繰り出す。少し離れたところにいるヘイソンとハッソンに向かって大きく手を振れば、二人とも目を輝かせてあたしの方へと駆け寄ってきた。……そう、あたしの目の前にある獲物……それ……その名は……!!
「小屋ダケ、GETだぜ!!」
頭上に高々と掲げられた小屋ダケはキラリンと、うっすら漏れてきた木漏れ日を浴びて光り輝いているのであった!
「……でっ、結局のところドゥ・カテは……」
「いや……見つけるには見つけたんだけど。ねー?」
そうハッソンへと話を振れば
「そうそう。追い詰めたんだけど。なー、ヘイソン?」
そしてお次はハッソンからヘイソンへとバトンが渡されて
「この姉ちゃんがド派手な魔法を一発使ったらやっこさんピューとどこかに飛んでいっちまったんだよ」
「……つまり?」
そして、サザビーの落胆とした声がアンカーとなる。つまり?
「取り逃しました~」
ものの見事に三つ重なった言葉に、今度こそサザビーは頭を抱えてよろけるのだった。
「ですが!あなた方四人も揃って取り逃すなんて……!」
「おいおい、子供オヤジ、そりゃないぜ。そりゃあ、ドゥ・カテは逃がしちまったけど、代わりにこんなに小屋ダケ持ってきたじゃねーか」
「……たしかに、ヘイソンが言う通り、小屋ダケは世界三大食材の一つで高級な茸でちが……って、問題はそこじゃないでち!それに子供オヤジではありまちぇん!!」
悲鳴に似た抗議の声がジャングルの入り口でこだまする。その声に思わず互いに顔を見合わせて、あたしと瑠璃は肩をすくめた。
そんなこの世の終わりのような声を出している上司に対して部下二人はと言えば
「あっはは!だとよ、ヘイソン。」
「ああ、そうだな、ハッソン。だって俺達二人って、仲悪いけど……」
「弱虫なとこは同じだもんな!」
「いざって時にゃからっきしだ!」
至極当然とばかりにカラカラと笑う二人をサザビー一人だけが呆然と見つめていたのは言うまでもない。
++++++++++++++++++++
「……意外だな」
「何がさ?」
小屋ダケを大量に抱えた二人と落胆のせいか盛大に背を縮めた一人を見送った後、あたし達はドミナへと続く田舎道を歩いていた。
いくら昼間が異常に暑かろうが、夜の時間は少しずつ、だけど確実に長くなってきていて。山の稜線の彼方に太陽が沈めば、吹く風はやっぱり心地の良い秋風で、そんな風を楽しんでいた時だった。あたしに先行する形で歩いていた瑠璃が、ポツリと自分から話し出したのは。
「いや……普通に狩ってくるものだと思っていたからな。……わざとだろ」
「んー……まあ、能ある鷹はなんちゃらってやつ?」
「……何かが違うだろうが」
いつもと同じように呆れたような声を出す瑠璃。それを走って追い越して、振り返る。背負っている小屋ダケが一杯詰まった籠の重みが、何だか心地よかった。
「……それに」
真っ黒な天空の真上を占める星は、夏とも冬とも違う少し地味目の星たちだけれど、星はやっぱり綺麗で
「……それに?」
少し遅れて反芻されるあたしの言葉。すう……と、一つお腹いっぱいに綺麗な空気を吸って
「―……君、そういうの嫌いでしょ?」
++++++++++++++++++++
【side瑠璃】
―…君、そういうの嫌いでしょ?
悪戯を成功させた子供のように笑って、マナはそう言い切った。
まったく……こいつは……
フッ……と、漏れる自分の息。マナの答えに驚いたからか、はたまた脱力感から生まれたものなのか……どっちでもよかった。
「……おい」
ぐいっと、あいつの蜜色をした髪をひっぱる。初めて触るマナの髪は細くて、柔らかくて、不覚にも笑みが漏れてきてしまったのは何故だろう?
「……ちょっと、痛いってば!」
痛さのためか、僅かに涙を溜めながら、ギッと上目遣いで俺を睨むマナの栗色の瞳。身長差のせいで自然とそうなってしまうんだろうが……改めて、自分とこの目の前の女の違いを目の当たりにした。……そんな気がした。
「……返す」
「あっ、ペンダント!!」
「動くな。付けてやるから」
「……!?いや、いいって、自分で付けるってば!!」
心地よい秋風が一陣、彼女の髪を梳いて通り抜けていった。
++++++++++++++++++++
「……という事があったわけ。って、サボテン、あたしの話聞いてる?」
森人の姉弟が寝静まった頃。大きな木の下の小さな家。その二階にあたしの声が響く。
「迷子になった?」
そんなあたしの話を聞いたサボテンは一言、そう呟いた。
《サボテンくん日記》
もりのなかに、けものがいたらしい。
すごいおおきなぶらさがるものと、
なんだか、たいどのでかい、
ぐーたらなけものがいたらしい。
ぐーたらはよくないとおもう。