ファ・ディール編(聖剣LOM)
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「……まったく……何だったんだ……一体」
「……まっ、いいっしょ。二人とも納得してるみたいだし、バドも無事に見つかったし」
「……しかし、知らなかったよ。まさかお前が―……」
どの口ぶら下げてそんな事言ってるんだこの男は!!
《Tales of Mana》
「バド、ツノガイニンジン確保ッ!コロナ、右舷三時の方向にアルマジロキャベツ!!」
「らじゃー!!」
「任せてください!マナさん!」
季節は春から夏へ。少し前までのじめじめと蒸した空気は嘘のように消え去り、かわりにやって来たのはうだるような熱気を帯びた高気圧。その証拠に空は深い青に染められ、その一方で青色とは対照的な白い大きな入道雲が高くそびえ立つ。……と、まあ、ぐだぐだと説明をしておいてこんな事を言うのもなんだけど、つまりは暑い日になりそうって事である。時刻はまだ早朝だけれど、こんな空模様を見せられれば、今日の天気なんて誰だって簡単に予想できるだろう。
……んでもって、そんな夏の早朝にあたし達が何をしているのかって言うと。
「ししょー!九時の方向にクジラトマト発見!!捕獲作戦Aに移ります!」
「こちら司令官。OK、バド隊員、健闘を祈る!」
そう……ここは戦場。並み居る敵を掻き分け、次々とターゲットを捕縛するあたし達の姿はさながら、最前線での戦闘を繰り広げる列強の兵士!!
「……何やってるんだ……アイツ……」
「おおー、瑠璃かー。ん?何見て…ってそうか、今日は朝市の日だったな」
「朝市?」
「そっ、朝市。しっかし……マナの奴生き生きしてんな。……まるで鬼の首でも取ったみたいな」
視界の外れで、遠巻きにあたしを見ながら瑠璃とドゥエルがそーんな失礼なやり取りをしていた事を戦場の最中にいるあたしが知る由もないのであった。……ああっ!?その豚バラ肉あたしのだって!!
「ししょー、今回も大量だなー」
「グッドですね。マナさん!」
東の、まだほんの少しだけ低い位置に輝いている太陽が戦い終えたあたし達を照らす。低い位置にあるっていってもこの時期の太陽の力は強くて、露出している部分の肌はじわじわと焼かれていく。この熱から逃れるように公園へとやって来たあたし達は、ベンチに腰掛けて一時の休憩を取っていた。
前にも言ったけれど、ここのベンチはちょうど大きな木の下にあるから木陰ができるし、更に近くにある噴水の水飛沫が少しだけ当たって、この時期に休憩する場所としてはぴったりの場所なのだ。
「……ししょー。あの人は何をしてるんだ?」
今まで朝市で買ったソフトクリームを夢中に食べていたバドがそう口を開いた。バドが見つめるその先には。
「ジャグリングだね。お手玉みたいなもんだよ。……でも、おかしいなー……前にレイチェルと見た時にはもう一人いた―……って、バド、ソフトクリーム溶ける!」
「うわっ……!」
バドの手を伝って白くて甘いバニラクリームが地面に小さな染みを作る。
ヤバッ!?っという声と、何やってんのよ!という双子の声。そして夏を謳歌しようと言わんばかりに鳴く蝉の声を聴きながら、あたしは溶けかかっていたシャーベットの残りを慌ててほうばった。っうー……頭キーン……ってするー……
「……じゃあ、そろそろ帰りましょうよ、マナさん。って、あれ?あの人?」
ぱんぱんと自分のスカートの埃を落とすように数回、手で叩いて立ち上がったコロナが不思議そうに声を上げる。その様子に釣られてコロナが見ている方へと視線を向ければ。
「あんた達、ディドルの奴見なかったか?アイツ、急にいなくなっちまったんだよ。まったく、勝手だよな。アイツはいつもそうさ。オイラも最初は放っとこうと―……」
「……えっと、誰さん?」
「……さあ。マナさんのお知り合いの方じゃないんですか?」
不意に話し掛けてきたそのジャグラーに、あたし達はただ互いに首を傾げるのだった。
「おっと、こりゃいけねーや。オイラの名前はカペラってんだ。見ての通り流れ者のジャグラーさ」
カペラと名乗ったその少年は、今日の陽射しに負けないぐらいの笑顔を浮かべてあたし達に自己紹介を始めた。カペラは猿の獣人で、自分達の熱いハートを伝えるためにディドルという相棒と二人で大道芸をしながら各地を旅しているのだそうだ。
「でもよー。そのディドルっていう人いないみたいだけど?」
「ばっかね、バド。だからさっきからカペラさんがそのディドルさんを見なかったか?って聞いてるんじゃない」
「んなッ!馬鹿ってなんだよ!コロナ!!」
「……はいはーい。ストーップ」
今にも取っ組み合いの喧嘩をし始めそうな二人の間に立って、二人を引き離す。双子……おまけにこの二人はまだまだ子供。喧嘩なんて日常行事の年中行事。たしかに年が近い兄弟はよく喧嘩をするとは言うけれど……まったく、喧嘩するほど仲がいいとは思うけど、仲裁するこっちの立場も考えてほしいもんだわ。そんな事を思いながら一つ大きくため息を吐けば。
「ははっ!二人とも仲がいいんだな。オイラとディドルみたいだ!」
カペラはそう言うと、一際楽しそうに笑った。
「……でも、ディドルねー……ディドルってあれだよね。手回しオルガン弾いてた不思議な人?」
「へえー……あんた、オイラ達を前にも見たのかい?」
「まあ、ちょっと前にね。ジャグリングしてたあなたの横にいた人でしょ?」
ちょっと前―……っても、その日はバドとコロナがあたしの家にやって来た日だったから、もう1ヶ月ぐらい前の事だけど……あたしは確かにレイチェルと一緒にディドルの姿を見たはずだ。
おもしろおかしくジャグリングするカペラの横で、陽気な、でも不思議な曲を手回しオルガンで演奏していた、こりゃまた不思議な男の子。いや、何が不思議かって、何とも形容しがたいその姿形なんだけれど。どうにも説明しようがないからここでは一先ず置いておくことにする。……とにかく、それがディドルのはずだ。だけど―……
「うーん……ごめん、ディドルは見てないや」
朝市には結構な人が集まっていたけれど、その中にディドルの姿はなかったはずだ。
あたしの話を聞いたカペラは、「そうか……」と一言言うと、見ているこっちが思わず気の毒になるくらいがっくり……とその肩を落とした。
うっ……こっちに非があるわけじゃないけれど、こんな姿を見せられると言い様のない罪悪感が襲ってくるわけで―……ん?でも、ちょっと待て……たしか……
「……ディドルは見てないけれど……朝市にいた草人が何か言ってたような……ねえ、コロナ?」
「……草人ですか?……ああ、言ってましたね!たしか……“鳥がね、何かを持ってね、飛んでいったよ”って」
「とり?」
カペラはまるで分からないという様子で今度は首を傾げた。……そんな目で見られてもあたし達にも何の事やらさっぱりなので、そんなにうるうると見つめられても困る。ひじょーにこまる。
「あっ!ししょー!鳥だったら鳥に聞くのが一番じゃないか!?」
「それだ!バド、それでいこう!……でも、この町で鳥って言ったら……やっぱり宿屋のユカちゃん?」
「……知ってるのか!?」
ちょっ……そんな期待と尊ぼうの眼差しでキラキラ見つめられても―……!って、もしかしなくても、また厄介ごとに巻き込まれかけちゃいないか?あたし?……いいや、もう。
あきらめの気持ちをこめてそう呟けば、今日の朝市で捕獲した戦利品達が夏の日差しを受けてキラリ……と煌めくのだった。……氷と一緒とはいえ、生もの、痛まねーか?これ。
「コロナ……大丈夫かな?」
「大丈夫だろー?アイツが持って帰ったのは肉とか魚とかだけだったし、それだけならアイツだって持てるって!ししょー、それより早く行こーぜー。ほら、カペラも待ってるし!」
よくよく考えなくてもこの炎天下の中で生ものを持ち歩いてたら悪くなる。つまり、ディドルの捜索を手伝ってたら今日の朝の頑張りがパーになるってわけだ。そんな事を許していいものか?いいや、否ッ!!
そんなこんなでコロナに生ものだけを持って帰ってもらうことにしたんだけれど―……やっぱり、少し心配なわけで。
「……ししょー!」
「うわっ!?分かった、分かったから!急に手を引っ張らない!」
そんなあたしの杞憂はバドによって阻まれるのだった。……まあ、大丈夫でしょ?たぶん。コロナはしっかり者だしね。
++++++++++++++++++++
「……でっ、どうしてこんな事になった?」
「……そんなのこっちが聞きたいくらいだよ、瑠璃くん。……ったく、アマレットちゃんの奴、あとで絶対しめる」
夏の太陽が頭の真上から、まるでオーブンのようにじりじりと肌を焼き付ける。風はなく、あたし達の前には逃げ水が姿を現し、まるで嘲笑うかのように遠ざかっていった。
……そーんな、普段なら家の窓を全開にしてアイスでも食べているようなこんな時に、あたしは瑠璃と二人でリュオン街道を全力で走っていた。そもそも、何故こんな拷問のような事をしているかと言えば……話は少し前に遡る。
「……なるほど。草人さんから鳥がお友達を連れていったと聞いてアタシを疑ってるッスね?」
「いやー……そこまではっきり言ってないけど……」
あたし達の話を聞いたユカちゃんは不機嫌さを隠すことなく、眉をひそめて静かにそう言った。ユカちゃんにしてみれば心外ってところだろうけど、唯一の手がかりがそれなのだから勘弁してもらうしか―……あっ。ああー……そーいえば。
「……そっか。ユカちゃん、空飛べなかったっけ?」
そうだ。大切な事、忘れてた。あの草人は、鳥が何かを加えて“飛んで”いった、って言ってたんだ。という事はユカちゃんは白……か。つまり……?
「……アララ、お前、デカいけどヒヨコだもんな」
「ヒヨコじゃないッス!カナリヤっス!」
無遠慮でそう言ったカペラに、ドミナ宿屋名物・ユカちゃんツッコミが炸裂するのを横目で見ながら、あたしは再び推理を始めるのだった。っうか、相変わらず痛そうだねー……ユカちゃんの嘴突きツッコミ。
「……まあ、いいッス。ちなみに、そのディドルさんって人ならついさっきバザーで切手買ってたみたいッスよ」
「……切手……?ああー、そっか」
そーいや、もう一匹いたの忘れてたよ。鳥。
「そうッス。疑うんならペリカンを疑ってほしいッス」
「……確かにそうだなー。……よし!オイラも切手買って、ペリカン呼んで聞いてみるか。それじゃな!」
「……待てって!切手なら俺持って……!ししょー、俺、カペラを追っ掛ける!」
「ちょっ……!?二人とも!?……ったく……」
勢い良く開け放たれて、蝶番がキイキイと悲鳴を上げている扉を、あたしは片手で頭を抱えながら見つめていた。……この先にもーーっと頭を抱えたくなる事が待っていることも知らずに。
「……でっ?二人でおでこに切手なんか貼りつけて何してるわけ?」
「あっ、ししょー!カペラが言うにはさ、ディドルの奴不器用だから、切手を自分の顔にでも貼ってそのままペリカンに連れてかれたのかもなぁー、って」
「そうそう。だから、こーやっておでこに切手を貼って待ってるってわけさ!」
あのあと、慌てて二人を追って宿の外へ出てみれば……思わず全身から力が抜けるような間抜けな事を大真面目にやっている輩が二人。しかし、頭に切手って……んなもんでアマレットちゃんが来るわけ―……
「ゆーびんぶつはっけん!ゆーびんぶつはっけん!」
って、うわぁ……本当に来たよ……アマレットちゃん。今日もいい飛びっぷり(頭の方も)で―……って!?
「ししょおおおおお!?」
「うぎゃあああああ!!」
夏の真っ青な空に、負けないくらいに顔を真っ青にした二人が浮かび上がる。ああー……アマレットちゃん、いつの間に配達かごに二人を詰め込んだ―……いやいや!そーゆう事じゃなくて!?
「バドォオオオ!?」
気が付けば、二人はどんどん高度を上げて遠ざかって行っていて、二人が連れ去られた空を、あたしは叫びながら唖然と見つめるのだった。これって、いくらなんでもヤバいだろ!!
「……なるほどな。だから、さっき町中で叫んでいたのか」
「……そーゆう事。……ああー!もっとちゃんと見ておけば良かった……!しかし、アマレットちゃんの奴、宛先不明だからって何もリュオン街道に捨てる事―……あとで、絶対しめる!……でも、いいの?探すの手伝ってもらって?」
「……」
シカトかよー。無言で走るあたし達の耳に、カッカッ……とあたしと瑠璃が土を蹴る音と、それからどこかで鳴いている蝉の声が入ってくる。まあ、瑠璃が無口っうかムッツリなのは今に始まった事じゃないからいいけどね。
「……ムッツリって、お前な―……」
「ありゃ?どうしてわかったの?」
もしや、読心術?そんなことを言えば、瑠璃は心底呆れたと言わんばかりに盛大に息を吐き。
「……声出してたぞ」
ありゃ、まあ。
「……まあ、いい。お前には借りがある。借りを作るのは好きじゃない」
「……借り?」
走るペースはそのままに、瑠璃はあたしにそう言った。……借りなんてあったっけ?と、そう言えば、瑠璃は今度はフッ……と短く息を吐いて。
「……まったく、お前らしいよ」
……今、もしかして……笑った?
「行くぞ。お前の大切な奴なんだろ?」
「……うん!だって、家族だから」
あーっ!!もう、あの二人、一体どこ行ったのさ!
じんわりと浮かんでくる玉のような汗を乱暴に手で拭いながら、あたし達は走るペースを上げた。
++++++++++++++++++++
「……あとはこの洞窟の中だけだが……ん?」
真上にあった太陽は徐々に西へと高度を下げ、さっきより暑さは落ち着いていたけれど、あたしの心は対照的に落ち着かなかった。……街道は隅々まで見たはずなのに二人はまだ見つからない。あと探していないのは瑠璃の言う通り、地元の者からはポロンの洞窟と呼ばれている、この薄暗い洞窟の中だけだった。って、ん?
瑠璃の声に反応して、そちらへと自分の視線を向ければ、そこにあったのは―……
「あああ!?あんなところに手紙が!?きっと、ディドルが書いた手紙だ!」
「うわぁああ!?か、カペラ!?あなた、どーしてここに!?」
「うわぁっ!誰だあんた!?…って、マナかよー……耳のところに息かかってゾワッとしたじゃんかー!」
「……お前達……漫才なら余所でやれ」
本日何度目か分からない瑠璃の呆れたような声にハッとして思考を戻す。そーだよ。こんな事してる場合じゃなくて……!
「カペラ、あなた、バドは!?バドと一緒じゃなかったの!?」
「うげっ!?首……首しまっ……!」
そうだ。あの時、アマレットちゃんはカペラと一緒にバドを連れていったはずだ。だけど、今ここにいるのはカペラだけで……じゃあ、バドは?取り敢えず、カペラの襟首掴んでガクガク揺すってみてもカペラは一向に答えようとしないし!
「おい、落ち着け、マナ!!そんな事すれば答えようにも答えられないだろうが!」
「……へっ?……あっ」
気が付けばそこには……前後左右に頭をシェイクされて目を回した様子のカペラが、きゅー……と力なく呟いて倒れこんでいた。……事故よ。事故。
「……郵便ペリカンの奴、街道に入った途端、“じゅーりょーオーバー、じゅーりょーオーバー”とか騒ぎだしてオイラの事だけ捨てていったんだ。その後のことはオイラも知らないよ」
「……ご……ごめんってば」
「まっ、いいさ!オイラもまだディドルの奴見つけてないし、ペリカンが運んだんなら二人とも一緒にいるかもしれないしな」
そう言うと、カペラは少し困ったような笑顔でハハッ……と力なく笑った。アマレットちゃんに振り回されているという点で、カペラはあたしと一緒。気持ちは嫌ってほど分かる。 マジで今度会ったら軒下にでも吊してやろうか。もしかしたらハムが出来上がるかも―……あっ、そんな事より―……
「そだ。その手紙どうするの?ディドルのなんでしょ?」
「……そうだ!すっかり忘れてた!……やっぱり中見るのまずいよな…でも、何か手がかりになるかも―……ええい!読んじゃえ!……ええっと……、はいけい父さん、母さん、ぼくはいま、ドミナのまちでげんきにくらしています。まあ、いかにもな書き出しだね」
手紙を読むという決断をするまでに有した時間、プライスレス。 ものの数秒で読むと決めたカペラにあたしも、それから瑠璃も、思わず互いに顔を見合わせるのだった。……手がかりっていうのもあるだろうけど、大半は好奇心だな。こりゃあ。
「……ええっと、それで……」
そうこうしている間にカペラは手紙を読み進める。……そこに書いてあったのは―……
はいけい、父さん、母さん。
ぼくはドミナのまちで、げんきにくらしています。
ぼくはカペラという友じんとだいどうげいをやっているのですが、うまくいきません。
ぼくたちのげいをみてくれるのは、ちょうちょや、とかげ、たこむしぐらいです。
もうつかれたので、父さんと母さんがまっているうちにかえりたいとおもいます。
視界の外れで蝶が飛び、トカゲがカサッと葉音をたてながら素早く隠れる。草影ではたこむしが鳴いているような音がした。……えーっと……つまり……?
「アイツー!!オイラ達の大道芸はこれからじゃないか!!」
カペラは手紙を持った手を二、三度ふるふると震わせると、ディドルの手紙を握り締めたまま、ポロンの洞窟の中へと消えていった。って、うおい!!
「おい、マナ!!」
「わかってる!追い掛けるよ!瑠璃!!」
……ああ、今日はついてない。心底そう思いながら、あたしは本日二度目の全力疾走をするために地面を強く蹴るのだった。
薄暗い洞窟の中は外の炎天下とは真逆で涼しく、その涼しい外気は全力疾走で上がる体温を僅かばかり下げてくれる。だけど、こんな薄暗くて、おまけに土埃臭い所に長くいるのはごめんだ。……そんな風に思った時だった。カペラに追い付いたのは。……あれ?でも、カペラの他にもう一人……?あれは?
「迷ー子ーにーなーっーちーゃーっーたー」
「ディドル!お前、勝手なことすんなよ!帰ろうぜ!……ほら、お前が書いたんだろ?手紙。どうせお前、おでこに切手貼ったりして郵便ペリカンにでもさらわれたんだろ?」
「うーわー。カーペーラーよーくーわーかーるーねー。そーうーなーんーだーよー。ほーんーとーにー、あーれーー?」
そこにいたのはカペラともう一人。カペラが探していたディドルの姿だった。早口でまくしたてるカペラの口調とは対照的にディドルの口調はその見た目通りの、実にのんびりとしたもの。アマレットちゃんにさらわれたのにここまで落ち着いてるのは肝が座っているから……はたまたニブチンなのか……たぶん後者だと思うけど。
「……おい、何か様子が変じゃないか?」
今まで黙って二人のやり取りを見ていた瑠璃がボソッと口を開く。……たしかに、瑠璃の言う通り……二人の様子はどこかおかしい。
「ねーえー、かーぺーらー、もーしーかーしーてー、ぼーくーのーてーがーみーよーんーだー?」
あっ、そーいう事ね。
「な、何言ってんだよ!オイラはそんな事してないぜ!さ!行こうぜ!!」
「……ほーんーとーにー?」
手紙を見つめながら、そう問いただすディドルに、カペラは慌てて取り繕っていた。あーあー…本当の事言えばいいのに。
「カーペーラー。正直に言ったら?手紙読んだ、って。だって、あれは―……」
「うわっ!バカッ!」
ディドルを探す手掛かりを見つけるためだったじゃん。……半分は好奇心だったけど。そう続けて言おうとしたあたしの声は、カペラの大声でかき消された。そして―……
「ひーどーいーよー、カーペーラー!」
「ディドル!!」
二人はそう叫ぶと、洞窟の更に奥へと駆けて行った。……って!!
「……おい」
「……はい」
本日三度目の全力疾走決定。後ろからの瑠璃の冷たい視線をビッシビッシと浴びつつ、あたしは洞窟の更に奥へと足を進めるのだった。……っうか、バドは一体どこよ?
「見つけた!カペラ!……あれ、ディドルは!?」
「困ったー……見失ったよー……なんかこの奥にスゲェのいるみたいだしー……どうすりゃいいんだー……あっ、マナ!なんかこの奥にすげーのがいて進めないんだよ」
案外早くに見つかったカペラの姿にホッとしたのも束の間。そこにはバドの姿おろかディドルの姿もなかった。そして―……
「うわぁあああ!!」
洞窟に子供特有の甲高い悲鳴が響き渡る!この声……!!
「……ッ!?バドッ!?」
「待てッ!マナ!!」
気が付けば、あたしは瑠璃の制止を振り切って、声のする方へと今日一番のスピードで駆け出していた。
「うわぁ!!こっちに来るなって!あっちにいけって!!」
奥へと進めばそこにいたのはやっぱりバドで、そしてバドのすぐ近くにそいつはいた。
トカゲ型の大型モンスター。おそらくこの洞窟の住人であろうそれは大きく犬歯を剥き出して、今まさにバドを喰らい尽くそうと発達している足の筋肉を一際大きく盛り上げた!……今から走ってもこの距離では普通の槍技じゃ間に合わない……!……だったら!!
「疾風龍突!!」
風の精霊であるジンの力が衝撃波となり槍から一直線に放たれ、地面をえぐり、洞窟の大気をビリビリと震わせる。そして、風の槍はモンスターの横腹を貫いた……!ずしゃりと……鈍い音を立てて……ものの数秒前まではモンスターであったそれは、マナの木の下へ還っていった。
「……そいつは?」
「あっ、瑠璃くん。これがバドだよ。今は疲れて少し寝てるけれど」
モンスターが急に倒れたことに驚いたからか、それとも助かったことに安堵したからか……バドはあたしの姿を見ると、ドサッ……と倒れこんでそのまま気を失ってしまった。
まあ、今日は色々あったから。そう言って、よいしょ……とバドを抱っこする位置を調節すれば、バドはすうっと……息を吐き、今はただ、静かに眠っているようだった。
「それより、カペラとディドルの二人は?」
「……ああ。あの二人か。あの二人なら、ほら、あそこだ」
瑠璃が後ろ手に指差した方向に目を向ければ、そこにはカペラと、いつの間にいたのかいなくなっていたディドルの姿。そして―……
「あーれー?こーんーなーとーこーでーなーにーしーてーるーのー?」
「……何してんの?って、オマエを探してたんじゃん!オマエ、どこいってたんだよ!?」
さっきまでの怒りはどこへやら……ディドルはさっきまで怒っていた事が嘘みたいに相変わらずの、のんべんたらりな口調でカペラと話し始めた。
「んー、わーかーんーなーいー。あっー、そーうーだー。あーのーねー、ぼーくー、カーペーラーをーさーがーしーてーたーのー」
「んー、おーいーらーをーさーがーしーてーたーんーだーねー」
その必要以上にゆっくりな口調はディドルに対する嫌味か?カペラよ?そんなカペラの嫌味を気にしないのか気付いていないのか……ディドルは変わらないゆっくりとしたペースで言葉を紡ぐ。自分は怒ってばっかりだから、カペラに謝らなきゃ。カペラと仲直りしなきゃって思って探していた、と。
そこまでディドルの話を聞いたカペラは、この日一番の大きなため息を吐いて薄暗い洞窟の天井を仰いだ。
「ふぅー……オマエってマイペースな奴だよな。オマエが怒ってばかりならオイラはどうなるんだよ。それに、オイラ、仲直りなんてしないぜ!」
「えっ。どーうーしーてー?」
カペラのその言葉に、ディドルは一度大きく見開くと、今度は寂しそうに顔を下に向けた。そんなディドルを見たカペラはニヤリと……心の底から笑っていますといった顔で―……
「だって、オイラ達、喧嘩なんてしてないもーん」
そう言い切るのだった。
「かーえろ、かーえろ。あー、アホらし」
「ぼーくーもー。ちーょーっーとーまーっーてー。はーいー、こーれーあーげーるー」
そう言うと、カペラとディドルは洞窟の外へと消えていった。お礼といってあたしに渡したワニ革と、いつもドミナの公園で演奏している、あの陽気ででも不思議な曲の音を残して。
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「……まったく……何だったんだ……一体」
「……まっ、いいっしょ。二人とも納得してるみたいだし、バドも無事に見つかったし」
結局、今日一日振り回されっぱなしだった瑠璃は去っていく二人の背中を見ながら呆れたように呟いた。そして、今度は何故だかあたしの顔をまじまじと見つめだし―……って、本当に無駄に美形だなー……瑠璃。
「……しかし、知らなかったよ。まさかお前が“子持ち”だったとはな」
「……はっ?」
あたし達の周りだけ時が止まった!……ような気がする。いや、誰が?誰が子持ちだって?
「だから、お前が」
「……んなわけあるかーー!!」
突拍子もない瑠璃の言葉に、思わず叫んでしまったのは言うまでもない。どの口ぶら下げてそんな事言ってるんだこの男は!!
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「……という事があったわけ。って、サボテン、あたしの話聞いてる?」
森人の姉弟が寝静まった頃。大きな木の下の小さな家。その家の二階にあたしの声が響く。
「おーつーかーれーさーまー」
そんなあたしの話を聞いたサボテンは一言、そう呟いた。
《サボテンくん日記》
ぺりかんが、こどもをさらってすてちゃったんだってー!?
ぺりかんってひどい!
なんてこわいいきものなんだろう。
いきものじゃないかもしれない。
いきものじゃないとしたら、いったいなんたんだろう。
うわー、かんがえるのいやだー。