ファ・ディール編(聖剣LOM)
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「遅かったッ!クッ!宝石泥棒サンドラだッ!!あいつは変装の名人!逃がしてなるものか!!」
「……マナ」
「……大丈夫。……それより―……」
あの人とあたしは、それこそ赤の他人で、まったく関係ない。……どうでもいい。無関係。確かにそうだと思う。だけど―……
《Tales of Mana》
「……さて、これからどうしたもんか」
時刻は既に夕刻。黄昏時の風景ってやつはドミナだろうが、ガトだろうが、やっぱり何か物悲しいものだなー……と、あたしは一人、寺院へと伸びる参道の上から門前町を見下ろして、そんな事を考えていた。夕方とはいえ、この参道を行き交う人は堪えることはなくて―……
「まったく、みんな熱心だねー」
宗教の良さってやつは、あたしには今一つ分からないけれど……それはあたしにとってはそうであるだけであって、この参道を祈りを捧げながら登っていく人達にとっては自分達を支える柱のようなものなのだから、熱心になるのも当然……か。……しっかし、みんな厚着だなー……そりゃそうか。だってここは。
「……寒……」
まるで身を切り裂くように吹き抜けていく風はどこまでも冷たかった。さっきよりもずっと、ずっと……
「……やっぱ、マント返したのは失敗だったなー」
そう呟けば、あたしの言葉は空に溶けて―……
「貴様ァアアアア!!そのこの時期のガトにあるまじき格好!宝石泥棒サンドラじゃなァアアア!正体は分かっておる!頭の変な棒、取れッ!!」
「ッうぇ!?」
なーんて、アンニュイな気分に浸っているあたしの耳に不意に飛び込んでくる金切り声。……そして、首に感じる謎の圧迫感。
「ネタは上がっとるんじゃ!この時期にあるまじきお前の服装!地元の者じゃないのは明白じゃ!さっさと神妙にお縄につくがいいサンドラめ!!」
「……うっぷ、首……!!首絞まって……うげっ!!」
黄昏の風、どこからか漂ってくる夕ご飯の匂い、寺院の参拝客がこちらに向ける白い目、謎の怒声、そしてあたしの呻き声……なんとも形容しがたい光景が、あたしの眼前に広がっていた事は言うまでもない。……っうか、こいつ誰だよ。
++++++++++++++++++++
「ふーん……でっ、何?ボイド警部はそのなんちゃらっていう泥棒とあたしを間違ったってわけ?」
「……だから、すまんと言っておるじゃろう……」
「民間人を泥棒と間違って誤認逮捕未遂するなんて、警察にあるまじき行為よね?……って事で……!おばちゃーん!あんことみたらし、それから三色団子と葛切りよろしくー!!」
「まだ食べるのか!?」
「ほら、警部。誠意、誠意!」
あたしが今いるこの場所は、ガト一番の老舗の団子屋さんである。当然といえば当然の話だけれど、ガトの門前町には参拝客目当ての出店が、それこそゴロゴロあるわけで……あたしはその中の一軒にこうしてお団子を食べに来ているわけだ。ちなみに、あたし一人で団子屋に来ているわけではない。その証拠にあたしが座っているテーブルの向かい側では、一人の小柄な中年のねずみ男が盛大なため息を盛らしながら、木製のテーブルに、こりゃまた盛大に突っ伏している。
「……いったい、その細い体のどこに入るんじゃ……」
「そりゃあ、こーんな安全なタダを逃すバカはいないっしょ?いいじゃん、どうせ捜査経費が下りるんだろうし」
「そういう問題じゃ……ああ、どう上に報告したらいいんじゃ……下手したら始末書ものに……」
まるで、この世の終わりのような表情を浮かべてブツブツと文句を言ってらっしゃるこのねずみ男は、さっきダナエが話していたボイド警部だ。
ボイド警部はちまたで有名な宝石泥棒サンドラとやらを追っかけて、ここ、ガトまでやって来たらしいんだけど。
「……しっかし、そんな長年追っ掛けてる相手と見ず知らずの人間を間違えるなんてねー……」
「だからすまんとさっきから言っておろうに……それに悪いと思ったからこそ、貴重な捜査経費を削って団子をおごってるんじゃろう……」
「当然よ、当然」
そうスッパリ一言で言い切りお団子を頬張るあたしを、「信じられん……」と、呟きながらボイド警部は見つめていた。
「でっ、宝石泥棒だっけ?どうして宝石泥棒を追っ掛けてるはずの警部が寺院の前の参道にいたわけ?」
この町には宝石店がある。それはあたしだって、はからずしも確認済みだ。
「宝石って付くくらいだもん。普通、張り込みするなら宝石がごまんと置いてある宝石店のはずだよね?」
「……むう……それは……」
そうあたしの言葉を聞くや否や……ボイド警部は、いかにもバツが悪いといった感じで、その瞳を天上に向けて泳がしている。……ド素人のあたしが言うのもなんだけど、ボイド警部、絶対尋問苦手だろうな。……まあ、そんな事は置いておくとして、だ。
「ま・さ・か、今時……とは言わないけれど、そのサンドラって奴はレトロかつ律儀に予告状でも出すタイプの泥棒なわけ?しかも、わざわざ警察に?」
「……ギクゥ!?そ……そんなわけないじゃろうとも!」
あーあー……こりゃもうビンゴだ。だって今、ボイド警部、あからさまに目を逸らしやがったもん。しっかし、予告状ねー……
「予告状ねー……義賊でもやってるつもりなのかな?……そのサンドラって人」
「……奴が義賊なわけがあるか!!あいつは……あいつは珠魅殺しなんじゃぞ!!」
静かな店内にバンッ!と、テーブルをおもいっきり叩いた音と叫び声が響く。音の中心のテーブルは勿論、あたしたちの席なわけで……テーブルの上では、叩いた時の衝撃で少しだけ零れたぬるいお茶が小さな水溜まりを作っていた。
思わぬボイド警部の行動に少しだけ驚いて、ボイド警部の方に顔を向ければ。
「……す……すまん。……では、本官は仕事に戻る。……お金はここに置いておくから、チミはゆっくり団子を食べるといい。では……」
そう言葉を残すと、ボイド警部は自分の着ているトレンチコートの裾を少しだけひるがえして……団子屋から出ていってしまった。……その小さい背中がやけにもの悲しいと感じてしまったのは夕方の風が原因なのだろうか?
++++++++++++++++++++
【side瑠璃】
―……奴が義賊のわけがあるか!!あいつは…あいつは珠魅殺しなんじゃぞ!!……―
俺の耳に不意に飛び込んできた怒鳴り声。その声に驚いて、声のする方へと慌てて視線を向ければ、そこにあったのは一件の出店で。その店の中の様子を伺うように覗き込めば、パイプをふかしトレンチコートを着た小柄なねずみ男の姿と……あいつ……マナの姿があった。
ねずみ男はそれから一言二言、あいつに話し掛け、足早にその店から去っていった。……店を出る際、俺にぶつかったのにも関わらず謝罪の一言もなかったのは、このねずみ男がそれだけ何かに集中していたからだろうか?
「……おい」
「……ああ、瑠璃くん。よくここ分かったね」
そのねずみ男と入れ違いに入った俺に…あいつはさっきまでの事がまるでなかったかのように……あっけらかんとそう告げた。……俺達に……あんな暴言を吐かれた直後なのにも関わらずに、だ。あいつは俺の顔を一度見た後、下を向いて何かを考えているようだった。
「……よし!瑠璃くん、もう一度ルーベンスさんに会いに行くよ!」
「はあ?いきなり何を言いだすんだ?……大体あいつはお前の事……もがっ!!」
呆れたようにそう口を開けば、俺の口の中にやけに甘ったるい味が広がって……って、これあんこか!!
「……甘ッ!?いきなり何を……!」
「いーから、黙って聞く!いい?さっき瑠璃くんとぶつかったねずみ男はボイド警部っていって、珠魅殺しの犯人を追ってるの。この町で珠魅って言ったら……?……あとは言わなくても分かるでしょ?」
口の中に放り込まれた団子を慌てて飲み込んで、あいつを睨み付ければ。
「どう、おいしいでしょ?落ち着いた?」
と、まるでいたずらをする子供のようなあいつの顔があった。でも、その顔はすぐに真剣な表情に変わっていって。
「もし、仮に、よ。ボイド警部が言ってた事が本当だとしたら、狙われてるのはルーベンスさんって考えるのが自然でしょ?」
確かに……もし、珠魅狩りがこの町にいるのだとしたら、狙いは俺ではなくルーベンスだろう。
各地を流れている俺と一ヶ所にとどまっているルーベンス。………ターゲットにしやすいのがどちらなのかは明白だ。……だが。
「なぜ、お前がルーベンスを気に掛ける?」
「ん?」
……そうだ。珠魅である俺とは違ってマナは珠魅族ではない。ましてや―……
「……あんな事を言われたのにか?」
だんだん客が増えてきて、本来ならばガヤガヤとうるさいはずの店内の雑踏がやけに遠くに感じる。まるで、俺達の周りだけ音達が避けて通っていくような、そんな感覚に襲われたのは俺だけだろうか?……そんな妙な静けさを破ったのは。
「……だって、お団子がまずくなるじゃない?」
……やっぱりマナだった。
「誰かが殺されるかもしれなくて―……でも、自分達にはそれが分かっていて―……例えそれが陰険嫌味ヤローだとしても、放っておいたら後味が悪いでしょ?」
マナは至極当然とばかりに自分の皿に残っていた団子を頬張りながらそう言った。
++++++++++++++++++++
【sideルーベンス】
―……ちょっと、ルーベンス!今の言い方はあんまりじゃないの!?……―
―……ダナエか………なら聞くが、ダナエ。お前は、マチルダに全ての責任を擦り付けて不平不満を言う、寺院の修道女達のことを信じることが出来るのか?……―
―……そ……それは……―
―……それと同じ事だ……―
「……まったく、どうしたんだろうな……俺は……」
俺以外誰もいなくなった夕暮れ―……いいや、夜のテラスに乾いた風が吹く。
眼下には今日の宿へと急ぐ参拝客の姿で賑わう門前町。それとは対照的に上を見上げれば、沈黙を伴いながら夜の帳が徐々に降りてきていた。まるで、昼の光を食らい尽くすかのように。
いつか聞いた“神々の黄昏”とはこのようなものなのだろうかと……柄にもなく考えてしまうのは、やはり、あの予告状のせいだろうか?
「“希望の炎をいただく”……か。……何が希望なもんか」
俺自身、その希望とやらを見出だせないでいるというのに……なんて皮肉な通り名だろう。
「……瑠璃……と言っていたな、あいつ……それから―……」
ダナエが連れてきたあの女―……何故かは分からない。だが、彼女の姿を見た途端に俺の中でずっと、ずっとくすぶっていた澱みが、膿が、溢れだした。普段なら、他種族に話し掛けることも滅多にない俺が……今日会ったばかりの彼女に感情を爆発させた。
その事に気付いた時、何よりも驚いたのは俺自身だった。
「……あら、ルーベンスさん。やはり、まだこちらにいらしたんですね?」
ここ数日の間、嫌というほどに聞いてきた声がテラスに広がる。俺がふり返れば、そこには。
「こんばんは、ルーベンスさん」
予想した通りの修道女の姿。そして、その修道女はその目元をゆっくり細めて静かに笑みを作っていた。
「……なんだ、何か用か?」
「あの草人のことですわ。クスッ……ねえ、知っていまして?あの後、また寺院で暴れ回っていたようですよ?あの草人。体当たりをされて足を捻った修道女もいたとか……まったく騒々しい草人ですわね」
修道女はそう……まるで世間話でもするかのように笑いながら語る。だが、一見すれば笑っているように見えるそれは―……
「……用はそれだけか?」
「……まさか。ルーベンスさん、やはり、私回虫ププを手に入れますわ」
まだ、うっすらと昼の色が残っている空のキャンバスの端からまるで布に墨を垂らした時のようにじわじわと夜の闇が広がる。
「……やるなら一人でやってくれ!俺は嫌だッ!!」
さっきよりも冷たい風が、修道女の顔半分を覆っている薄い白いヴェールを巻き上げて、足早に去っていく。一瞬垣間見た彼女の口元は怖いほどに整った綺麗な弧を描いていた。
「……冷たいわね。魔法都市の恋人がどうなってもいいなんて」
いま……なん……て……
「……何故、彼女の場所を!!」
「……さあ、何故かしら?」
クスクス……と、上品に口元を押さえて修道女は笑った。
「……クスッ、ずいぶん動揺しているようだけど……貴男がいらないなら回虫ププは私が貰うけれどいいかしら?」
「……好きにすればいいだろう!!」
気が付けば、俺はそう叫んでいた。……背中に嫌な汗が一筋流れる。今は一刻も早く、この―……得体の知れない女から離れたかった…。
「草人が死のうが、恋人が眠ったままだろうが関係ないと……?」
修道女はうつむいたままポツリ、とそう告げた。……もう、修道女は笑っていなかった。
「俺は誰にも関わりたくないし……他人が俺に関わってくるのもごめんなんだ!放っておいてくれ!!」
空気が……大気が変わった―……
「……そうはいかないわ!輝きをなくした穢れた石に制裁をッ!!」
「がはっ……!」
ガリッと、女の爪が音を立てて俺の胸元の核に食い込む。メリメリ……と耳障りな音を立てて……まるで蛇のように入り込んできた女の指先には、えぐり出された俺の……ああ……夜の帳が降りる。
「ルーベンス!!」
誰かがそう……叫んだ気がした。
「近づかないで、殺しちゃうわよ?」
女の血で濡れた赤黒い指が、核が、漆黒の闇の中でやけに明るく煌めく。
「……ちくしょう!!」
「……ぼうやは黙っていなさい。それから、そちらのお嬢さんも。何をしようとしてたのかは知らないけれど、無駄な事はおやめなさい。あなたが何をしようが、これはもう助からないわ。……ただ一つの方法を除いて……ね」
「……ッ!?」
そう言われた彼女はビクッと……一度肩を震わせると、ギリッと下唇を強く噛んで修道女を睨み付けているようだった。
ああ……景色が滲んでいく。
「……な……にが……目的……だ……」
肩で息をしたところで酸素は肺にまで届かない。核をえぐり出されて……じくじくと痛む胸からは、女の指を染めているものと同じ色の、鉄さびた匂いの液体が流れ続けていて―……地面に染みを作っていく。
「簡単な事よ。“泣いて命乞いをしなさい”。そうすれば、許してあげるわ。……どう?涙は流せる?」
……な……みだ?なみだ?涙……?まさか……まさか……こいつ……!!
「……そう、無理なのね。残念だわ、ルビーの騎士。……それにしてもまだ生きてるなんて……さすが輝石の座の珠魅。たいした珠力ね。もっとも……意識はもうほとんどないでしょうけど?フフッ……“希望の炎”たしかにいただいたわよ」
「……貴様ァ!!」
「……あらまあ、怖いこと。たかが石ころごときに大袈裟ね」
……かすみがかかる。誰だろう……叫んでくれているのは……?
「俺達は石っころじゃない!ふざけるなッ!!」
「……本当かしら?フフッ……また会いましょう。ああ、後ろのお嬢さん。回復魔法を使っているみたいだけれど無駄よ。それはもう消えるわ。……それにあなたが力を使うまでもないのよ?……どうせゴミなんだから」
「……貴女ッ!!」
ああ……だから、かすみがかかって見えたのか……この光は……彼女の…
…
「じゃあまた。今度会うときが楽しみだわ」
……そう言葉を残すと……修道女は夜の闇へと消えていった。
「……ごめん……」
彼女は一言呟いて俺を見つめた。まっすぐ……ただひたすら真っすぐに。助けてやれなくてごめん―……と。
ああ……俺は彼女のこの目が嫌だったのか。どこまでも深い色をしているくせに、やけに透明なこの色が。
今にも死にそうだというのにやけに冷静な自分がいて……それに気付いたら、何故だか少しおかしく感じて。
「ルーベンス!」
彼女の隣にラピスの騎士が駆け寄ってくる。……もう二度と……俺の前に現われないと言っていたのはお前だろうが。
―……彼女なら……瑠璃にならきっと……―
「……瑠璃……魔法都市のディ……に……すまないと……」
「……ディ……?もう一度言ってくれ!魔法都市の誰だッ!!」
いつだったか小さい頃に聞いたお伽噺。“神々の黄昏”とはこういうものなのだろうか?
「……珠魅の都市……もう一度……みんな……」
俺の意識はそこで夜の闇の彼方へと溶けていった。
++++++++++++++++++++
―……珠魅の都市……もう一度……みんな……―
……それが……最期だった。
ルーベンスさんの体は赤くキラキラした宝石の欠けらのように砕けて、夜空に……まるで、蛍のように霧散していってしまった。
「…遅かったッ!!クソッ!!宝石泥棒サンドラだッ!!あいつは変装の名人!逃してなるものかッ!!」
……いつの間にここに来たんだろう?ボイド警部はそう叫ぶと、寺院の方に向かって全速力で走り去っていった。
「……マナ」
「……大丈夫。……それより、お墓作ってあげなきゃね」
足をパンパンと叩きながら立ち上がれば、やけに眩しい月の光が目に入ってきて……そうだ……今日は満月だったっけ。綺麗だね。……そう言ってふり返れば、苦しそうに顔を歪めている瑠璃がいた。
「……寺院に宝石泥棒サンドラの予告状が来ていたのだ。“希望の炎をいただく”、と。ワシはてっきり癒しの寺院の炎の事かと思っておった。まさか、ルーベンスさんの核が狙いだったとは……クソッ!ルーベンスが珠魅だとワシが気付いておれば……!」
「それはこっちだって同じ…ううん、警部よりも質が悪いと思う。……だって、あたしはルーベンスさんが珠魅だって分かって……それでも止められなかった」
あの後、ルーベンスのお墓……もちろん体なんてなかったけれど―……とにかくルーベンスさんのお墓を作ったあたし達は、帰り道でボイド警部に呼び止められて、こうして寺院で警部の話を聞いている。……一応、事情聴取ってやつらしいけど。
「……チミ達は悪くない事ぐらいワシにだって分かっておるよ。……町の者の話だと、先程、何者かがこの町に生息している大カンクン鳥に乗って東の空に飛んでいったそうじゃ。おそらくサンドラじゃろう……」
「…そうですか」
チクタク、チクタクと……寺院の壁に掛けられた精巧な細工の時計が時を刻む。きっと、ルーベンスさんがここにいた時と、寸分変わらずに……
「……その草人は?」
「……ああ。この草人は大カンクン鳥の巣の前で倒れていたのを保護されたんじゃ。チミ達の話だと、サンドラはこの草人の腹の回虫ププも狙っていたんじゃろう?」
「……ああ。たしかに、そんな事を言っていたな」
「大方、逃げる際に邪魔になったんで置いていったのじゃろう。……珠魅の一人がまた殺された……くそっ!……ワシはワシは……!」
ボイド警部は自分の拳を一度大きく壁に打ち付けて、叫んだ。うつむいている警部の顔は、あたしからは見えないけど……警部の肩は僅かに震えていた。
「……とにかく……ご協力感謝する。これを取っておきたまえ」
「……ありがとう」
「……チミ達へのせめてものお礼だ。……宝石泥棒サンドラ……ワシが必ず、必ずお前を捕まえてみせるぞ!!」
そう言うと、ボイド警部はあたし達に背を向けて、夜のガトの雑踏の中へと消えていった。
「……ねえ、お姉ちゃん」
「……えっ?」
いつからあたしのそばにいたのだろう?今まで警部の後ろに隠れていた草人は、あたしの服の裾をひっぱりながらこちらを見つめていた。
「……お前……、今日、寺院の中で暴れ回っていた草人か?」
「……うん。あのね、あの修道女のお姉さん、僕の体をね……葉っぱをむかないで治してくれたの。ププ取ってくれたの。だから、お腹痛くないの」
そこまで一気に言い終えた草人は、今度はぎっと目を瞑って、下を向いてしまった。
「……僕のこと……助けてくれたの……」
「……そっか」
あたしは……そう答えるのが精一杯だった。
寺院から一歩外へ出れば、あたし達の眼下には家々からこぼれ落ちた暖かな光。空を見上げれば一面の星の絨毯。
「……マナ……お前……」
「……さっきも言ったでしょ?大丈夫。あたしなら、ね。……それより、瑠璃。今日はもう遅いからあたしはそろそろ帰るけど……瑠璃はどうするの?どうやら真珠ちゃん、ここにはいないみたいだし」
「……俺も一度帰るよ。ドミナを拠点にしたほうが何かと都合がいいからな」
「……そっか」
あたし達の周りを包んでる光は優しくて暖かいのに、心は……
「それじゃ、帰ろっか」
もやもやとした、気持ちの悪い膜が取り巻いているようだった。
++++++++++++++++++++
「……という事があったわけよ。……ねえ、サボテン……あたし、どうしたらいいと思う?」
大きな木の下にある小さな家。その家の二階にあたしの声が響く。
「ププちゃん友達だから」
そんなあたしの話を聞いたサボテンは一言、そう呟いた。
《サボテンくん日記》
かいちゅうぷぷは、ながーーくて、
ふしがいっぱいあって、
ひっぱるとかんたんにぷちっときれて、
いっぴきがにひきになるんだって。
からだのなかにはいると、
ときどきいたくなるってほんと?
それって、だれがいたくなるの?
ぷぷちゃん?