ファ・ディール編(聖剣LOM)
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「瑠璃、君も珠魅だなんて言いふらすなよ。そいつだって核目的かもしれない」
「……なっ!!」
「……か……ない」
「……えっ?」
「……別にあたしを嫌いと思うのならかまわない。でも―……」
まあ、そう思われたって仕方がないと頭では分かっていても―……少しだけ胸がキシッ……っと音を立てた気がした。
《Tales of Mana》
「……おい」
「たしかー……ここに……」
相変わらず、窓の外では春の柔らかな日差しが辺りを包み込んでいる。その麗らかな大気の中を、春を象徴する薄紅色の花が風に乗り縦横無尽に青空に舞い上がっていく様はまさに平和そのものだ。
「……お前、真珠は“街道の先のガトにいる”って言ってたよな?」
「……かもって言ったでしょ?“かも”って。……おっかしいなー……あのウサギネコがあの時、パチモンと一緒に置いてったー……」
とは、見事に正反対と言いますか。あたしの周りにはそーんな牧歌的な空気からは程遠い空気がグルグルと渦巻いている。
「……おい!話聞いてるのか!?」
「だぁああ!!少しは黙れ!こんのロリコンストーカー!耳元で叫ばなくても聞こえてるってば!!」
外ではこの陽気に誘われた小鳥達が春を謳歌しようと楽しげに音を奏でているけれど、この部屋の中で響く音は物をガサドガッ!と乱暴に動かす音と、怒鳴り声である。前者の音の奏者はこのあたし。そして後者の音の奏者はご存知、ヒステリーストーカー野郎改め又の名を瑠璃である。
まあ、瑠璃の不機嫌はもはや持病のようなものだと思うので、あたしにとってはこんな怒鳴り声なんてのはもはやノイズである。……いや、正直、ちょっぴりカッチーンときたけれど、そんなのは些細なものだからこの際触れないぞ、うん。
「……いい加減にしろ!!ここのどこが街道だ!!ここはー……」
あたしの態度が癇に触ったのか、一際大きく瑠璃は声を張り上げた。ああー……何を言おうとしているのか分かりやす過ぎる。
「……あたしの家の中、だけど?」
「……お前なァアア!!」
そう。あたし達、二人が今いる場所はドミナ近くの一軒家。もとい、あたしの家。
真珠ちゃんはガトにいるかもしれない。
瑠璃にそう言ったのは確かにあたしだ。真珠ちゃんが心配で心配でたまらない瑠璃はとっととガトへ行きたいのだろう。まあ、それは分かるし協力すると言った以上、途中で投げ出すなんて気はあたしにだってサラサラない。……なのに、なぜ家?……と言われれば、物事には順序ってもんがあるわけである。
「あーーっ!見つけた!!」
けして広くはない室内にあたしの声が響く。それは木製の小さな箱の隅で、小さいけれど確かに存在していた。
赤い小さなー……
「……炎がどうした?ただのランプだろ。」
笑顔でそれを見つめるあたしに降り掛かる声は、当然といえば当然だけど、随分冷ややかなもんである。そんな声を聞けばこっちだっていい気はしないわけだけど……って。
「まあ、いっか。……おーい、瑠璃くん、こっちこっち」
「……はあ?」
今はそんな事をして時間を取るわけにはいかないし、ね。
「だーかーらー……もうちょっと近くに来てってば」
そう言って手でちょいちょいっと瑠璃を手招きすれば、あー……壁に寄り掛かってこっち睨んでるよ、あいつ。
「……なんで俺が。……大体、さっさと……」
瑠璃は憮然とした表情のままそう言葉を紡ぐ。うわあああ、まどろっこしいなァ!!
「あー、もう!!ほら、こっちに来る!!」
「……!!お前、いきなり手をひっぱるなー……ッ!これは……」
「……ー……命ず……ー……」
風はないのにあたしの髪が瑠璃のマントがたなびき、そして暖かな空気がまとわりつくようにあたし達の周りを取り囲む。
……マナの波動……世界……心……イメージ……
「……開け、世界の扉ッ!!」
次にあたしが目を開けた時、そこに写った風景は
「はい、二名様、ガトにご案内ー」
そうニヤリと口に弧を浮かべて振り返れば
「……アーティファクト使うつもりだったんならもっと早くに言え」
深く、ふかーくため息を吐く瑠璃の姿があった。あれ?言ってなかったっけか?
断崖の町ガト。
聖なる風と大気に守られ、岩肌をくりぬいて作られたこの町は、火と風の精霊を祭る癒しの寺院があることでも知られている。
癒しの寺院は、蔦冠と呼ばれる血筋の人々により代々指導されてきた寺院であり、その歴史はマナ教会よりも古いものなのだそうだ。
「……ここがガトなのか?」
状況を飲み込むため辺りを見回していた瑠璃は、自分の中で整理をつけ終えたのか……言葉こそ疑問系だけれど、その表情はとても落ち着いているものだった。
「そーゆうこと」
そう一言だけ同意の意味を込めて言えば
「そうか」
瑠璃も一言だけ、そう返した。
「でっ?聞き込みするんでしょ?」
「……ああ。真珠は自分の身を守れない。だから、早く見つけてやらないと……」
岩壁の赤茶けた砂が巻き上がり、肌にバチバチと当たって通り過ぎていく。
「……だね。じゃあ、二手に分かれようか。ガトはそんなに大きな町じゃないけれどドミナよりは大きいし、それにドミナと違って、あたし、ここの土地勘はないから。だから、一緒にいるより別々の方が効率いいと思う」
そう提案をすれば、返事をする代わりに瑠璃は一度だけ頷いた。
春になったとはいえ、ここはドミナより標高が高い場所にあるため、吹き付ける風は渇き、そして冷たい。
アーティファクトを探すのにいっぱいいっぱいだったあたしはその事を見事に忘れていたため、今のあたしの格好はこの時期のガトでは狂気の沙汰である。……要するに薄着過ぎるのだ。
しっかし、本当に失敗したな。マントくらい持ってくれば……なーんて言っても後の祭り、か。それに今はやらなきゃいけない事を最優先に考えなくちゃ。
「じゃあ、あたしは町の方を探すよ。だから、瑠璃くんは寺院の方ー……ぶッ!!」
突然、あたしの顔に妙にヒラヒラとした何かが勢い良くぶつかり視界を奪う。よくよく見てみればそれは。
「これ、砂マント?」
軽く二・三度瞬きしてみても、やっぱり砂マントは砂マントなわけで―……でも……これって… …?
「着ておけ」
「へっ?」
それだけをあたしに言うと、瑠璃は背を向け、寺院へと繋がる坂道を足早に上っていってしまった。……今の時期のガトでは狂気の沙汰にしか思えない薄着で。
「……渡し方ってもんを考えてもいいじゃんか」
羽織ったマントは……とっても暖かかった。
++++++++++++++++++++
「はあ……中々、手掛かりないな……」
瑠璃と別れてから数時間。あたしは今だに真珠姫の手掛かりをミジンコの触角ほども掴めちゃいなかった。
「……お腹痛めた草人がドタドタと暴れ回ってたって言われてもなー……」
はっきり言って真珠ちゃんには全く関係ない。いや……そりゃあ、ちょっとは草人に同情したけど。
「……お腹痛い時の、脳内マナの女神登場率ってかなり高いんだよなー……」
普段、信仰なんてものはほとんどしないあたしだけれど、腹痛時には自然と真面目に女神に祈ってしまうのだから不思議なもんである。……大体、助けてはくれないけど。
「……っと、こんなアホな事考えてる暇はないか」
自分の頭が考えていた事とはいえ、我ながらアホ過ぎて乾いた笑みが口から漏れた。
さて……町の外は大方探した。寺院は瑠璃くんが行っている。……って事は?
「あとはお店の中、か。……ここに手掛かりあるのかなー……」
望みはそれこそ麻の布切れ一枚ぐらいに薄いけれど、それでもやらないよりはずっといいだろう。うん。
そんな事を考えながら、あたしは、目の前の少し大きな木製のドアノブをぎゅっと握った。カラン……カラン……と、来客を知らせるベルが音を立てる。店内はランプのオレンジ色の光と、お香だろうか……?不思議な香りが充満していて、その香りはあたしの鼻を少しだけくすぐった。
「宝石店?」
展示されている商品を見る限り、ここのお店は宝石を加工した装飾品をメインとして取り扱っているようで、木製の質素な棚とは対照的な色鮮やかな宝石達がランプの光を反射してキラキラと煌めいていた。
「へえ……やっぱり、ちょっと傷ついているのもあるけれど綺麗ー……」
「……これもダメだな……これも使えない……輝きがない」
不意に聞こえてきた声に反応して顔を上げればそこには―……
「どうしました、何かお困りでも?」
誰だかまったぁあく分からない人がおりました。
「……もしかして宝石をお求めですか?」
ああ…店員さんか。これは捕まったら―……
「いえ、宝石を買いに来たわけじゃないですから」
あたしはにっこりとでもはっきりと、相手に否定の言葉を伝える。こういう時は、はっきり“いらない”と最初に言っておかないと、営業トークに巻き込まれて色々面倒なことになるのだ。いらなければ、はっきり“NO”。これ買い物の基本―……だとあたしは思う。
そんなあたしの返答を聞いた店員さんは、一度大きく目を見開くと、ふむ……と感心したように頷いて。
「……お客さんお目が高いですね。そうです、こんなクズ石、何の価値もありません」
真っ向から商品の批判をした。……ん?
「……店員が自分の商品の批判をしおった……」
「……てんいん?」
心底呆れたという言葉が今のあたしの顔には浮かんでいることだろう。だって、どこの世界に“ええ、これは不良品ですよ”と、胸を張って品物を紹介する店員がいるだろうか?いや、現に今、目の前にいるわけなんだけど、いないだろ、普通。
「……あはは、私はここの店員じゃありませんよ。まあ、店員って部分は当たりですけれど」
そんなあたしの心情を汲み取ったのか、店員……うーん……違うか、まあ、その人は口元を押さえて声を漏らして笑った。
「紹介が遅れました。私、アレックスと申します。魔法都市で宝石店をしていて、この町には宝石の買い付けに来たんですよ」
「あたしはマナ。初めまして、アレックスさん」
他にお客さんがいない静かな店内に、あたし達の声だけが反響する。アレックスさんの話だと、本当の店員さんはお腹を痛めた草人を休ませるために寺院へと出かけていて、今は留守にしているらしい。……なんって不用心なんだ。この店は。
「ええ、初めまして、マナさん。ところでマナさん、あなたはどうしてこの町に?……すみません、先程、宝石を買いに来たわけじゃないとおっしゃっていましたし、その砂マントは旅人が着るものですから、この町の人でもないですよね?」
「ああ、ちょっと野暮用で人探しをしてるんです」
「人探し、ですか?」
室内のランプがアレックスさんの見事な茜色の髪を照らしだす。元から十分色鮮やかなアレックスさんの髪は、オレンジ色のランプの光に染められて、本当の夕日のような色をしていた。
「それはどんな人、ですか?」
……私も商いで各地を回っていますから、私が知っている人かもしれない。
アレックスさんは、その綺麗な紫色の瞳を細めて、そうあたしに尋ねた。
「えっと……ごめんなさい。あまり詳しくは言えないんです」
だけど、あたしが彼に対して返した返答は彼の親切を不意にするものだった。アレックスさんが親切でそう言ってくれたのは分かってる。それに、別に意地悪してやろうとか、そんな事を思っているわけでもないけれど。
「……そうですか、力になれなくて残念です」
「……ごめんなさい」
あの人の瞳は緑色、アレックスさんの瞳は紫色。それに性別だってあの人とは違うのに。
その髪の色が、あまりにもあのチャイナドレスを着たハイビスカスの髪飾りのあの女の人とそっくりだったから―……
「……謝らないで下さい。……そうですね、人探しでしたら寺院の修道女達に聞くのが一番いいと思いますよ。巡礼に訪れる人達の事を一番知っているのは彼女達でしょうから」
あたしの様子を見たアレックスさんは一度だけ困ったように眉をひそめたけれど、すぐにさっきまでの優しい笑顔に戻ってそう告げた。
++++++++++++++++++++
【side瑠璃】
「……手掛かりなし、か……」
誰に言うでもなく、一人そう呟いて俺は寺院の天井を仰いだ。
寺院の天窓が切り取る空は、いつも見ている空とは違い雲までの距離がやけに近く感じられて、雲はうなりを上げるように足早に走り去っていく。
あいつと別れて、真珠の手掛かりを探し始めたはいいが、寺院の修道女達ですらそんな少女は見た事がないと口を揃えて言うのだからお手上げだった。
この様子だと、門前町を探しているあいつの方もきっと俺と同じような状況だろう。……期待は薄いはずだ。
「……だが、この感覚……確かにこの町に入ったあの時、煌めきを感じたんだが……」
あいつに連れられてこの町に入ったあの瞬間、胸の核で感じた煌めき。はっきり感じ取れたわけではないがあれは確かに―……その時だった。その男が俺に話し掛けてきたのは。
「なあ、君、外から来たんだろう?ちょっと尋ねるが……」
後ろから不意に聞こえてきた声を不審に思って振り返れば、俺の後ろにいたのは燃え上がる炎を思わせるような色の髪と瞳を持った男だった。
「俺はルーベンス。この町で炎の技師をしているんだ」
男は自分の名前をルーベンスだと名乗った。ルーベンス……ルーベンスだって?それにこの核が軋む感覚……これは……この煌きは……!!
「ルーベンスだと?アンタもしかして……!」
「……君は!……なんの事だ。人違いだろう。それより……癒しの寺院の炎が狙われているらしいんだ。ここに来る前に怪しい人物を見なかったか?」
俺の言葉を聞いたルーベンスはそのルビーの色をした瞳を一瞬大きく見開いたが、すぐに瞳は、まるで他者を寄せ付けないような冷たいものへと変わっていった。
「……いや、草人くらいだ。俺が見たのは、な」
「草人?ああ、さっき寺院の中を暴れ回っていた?あれは関係ないだろう……やっぱりデマか……警部も大げさだからな。……そうそう……これは余計なお世話かもしれないが、君、早くこの町から出て行ってくれないか?これは忠告として受け取ってもらってもいい」
「……なっ!!」
「じゃあな。俺が言える事はそれだけだ」
そう言い捨てると、アイツ、ルーベンスは俺の返事を待つ事も……いや、後ろすら振り返ることなくそのまま寺院と俺に背を向けてどこかへ去っていった。
++++++++++++++++++++
「寺院ってここだよね?」
アレックスさんと別れたあたしは、彼の助言に従って、現在、癒しの寺院へとやって来ている。
まるで海にある貝殻のような外観を持つこの建物は、ぱっと見、山の上の光景とは不釣り合いのように思えるけど、実は馴染んで見えるのだから不思議なもんである。
地元の人の話によると、元々、ここガトは大昔は海の底にあった場所で、それが何千……何万年もかけて地殻変動を受けて今の形となったんだそうだ。だからこそこの寺院はその歴史を忘れないために、あえて山とは関係のない貝殻のような外観をしているらしい。
「さあて、もう一頑張りしてみますか!!」
うーん……と、空に大きく手を伸ばし見上げれば、ドミナで見るのとは違う空があった。
ー……新しい司祭が頼りないから……ー
ー……昔はもっと……ー
ー……悪魔に取りつかれるなんて、司祭としての自覚、あるのかしら……ー
……真珠姫の手掛かりを求めて寺院へと来たのはいいけれど―……ええい!この際、はっきり言おう。早速だけどあたしはほとほとにまいっている。それは勿論、真珠ちゃんの手掛かりが見つからないっていうのも理由の一つなんだけど―……あたしがまいっている本当の理由は。
「……ったく、悪口を言うななんて言わないけれど、愚痴ならせめて巡礼客の見えないところでやってほしいもんだわ」
……この寺院に入ってきてからあたしの耳に最も多く届いてくる言葉は修道女達のひそひそ話……またの名を愚痴である。彼女達の愚痴はある特定の人物を差すもののようで、ひそひそと潜めているとはいえ、そんな声をずっと聞いていれば、詳しい事情は分からないけれど、いい加減うんざりしてくるもんで。
修道女だって人だ。だからこそ、悪口や愚痴をこぼすな!!……なーんてそんな酷な事は言えないけど、さ。
「……ふう……どうしたもー……」
「あら……あなた、マナ?マナよね?」
「ん?あれ?」
あたしの言葉に覆いかぶさるように聞こえてきたその声に反応してクルリと振り返れば。
「ダナエ!ダナエじゃん!」
青紫色の僧兵服を着た、褐色毛並みの猫の獣人―……ダナエがそこにいた。
「……マナ、どうしてあなたがここに?」
「今日は人探し。ほら、前、ダナエと一緒にガイアに会いに行った時に会った女の子覚えてる?白いドレスで栗色の髪の―……」
「ええ、覚えてるけど……まさか……」
ああ……ダナエの顔がちょっとだけピクッとひくついてるよ。もしかしなくてもダナエもなんとなーーく続きの言葉が予測できてるんだろうなー……
「……そう、まさかの迷子です」
そう言えば、ダナエは“やっぱり……”と一言だけ声を漏らすと苦笑いを浮かべるのだった。
「そういうダナエは……って、そういえば、ここで僧兵してるんだったっけ?」
「そう。私の家系は代々僧兵の家系なの。そして……この扉の先が夢見の間。あたしはここの番をしてるのよ」
ステンドグラスから零れ落ちる光の絵が薄暗い廊下を彩る。ダナエはそう言うと、自分が守っている扉へとその視線の先を移した。
「……そしてここは私の友人で幼なじみのマチルダの部屋。彼女、司祭なの。……マナ、この寺院に入ってきてから色々聞いたと思うけど、誤解しないで。彼女はそんな人じゃないから」
ダナエの顔はあたしの視点からは、その表情は分からないけれど……まるで泣いているように思えて。
「……自分の目で見た事しか信じないよ、あたしは、ね」
「……そう。そうね」
ダナエと同じところを見つめて呟くようにそう言えば、少し遅れて、ダナエの声が重なった。
「そうだ、ダナエ。真珠ちゃんじゃないんだけど……ヒステリーストーカー見なかった?」
「えっ?誰、それ?」
「すごーくうるさい奴」
手掛かりを全く掴めてないとはいえ、瑠璃と別れてからもう結構な時間が経っている。そろそろ合流をして情報を交換した方がいいのかもしれない。そう考えたあたしは、ダナエに、今度は瑠璃のことについて尋ねてみることにした。……けして今で瑠璃の存在をを忘れていたとかそんなんではない、断じてない。……とだけ言っておきます。
「うるさい?……それってボイド警部のことかしら?」
「……ボイド警部?」
次に首を傾げるのはあたしの番だった。あいにくだけれど、そんな名前は聞いたことがなかったから。
「ボイド警部はいつもパイプを咥えている声の大きなネズミ男よ。とっても騒がしい人で、変な事件が続いているから注意するようにってお達しがあったばかりなのよ」
「……変な事件?」
「……私も詳しい事は……そうだわ、ルーベンスなら何か知っているかも。ルーベンスはこの寺院の炎の技師で、寺院の聖なる炎を管理してあるの。彼、ボイド警部に色々言われていたから何か話してくれるかもしれない。……気難しい人って思われがちだけど、案外いい人なのよ?彼」
そう思い出したようにクスクス笑うダナエの顔はさっきよりずっと、ずーーっと明るかった。
「たしか、テラスの方へ行くってさっき出ていったからそこで会えるかも。マナ、テラスの方へは行った?」
「ううん、そっちはまだ行ってないけど……」
「じゃあ、今から行ってみる?少しの間ならここに代わりの者を置けばいいし、案内するわ。それに、マナが探しているヒステリーストーカーさんもそこにいるかもしれないしね」
そう言うとダナエは顔をあたしの方へと向けた。満面の笑顔を浮かべながら。
++++++++++++++++++++
【side瑠璃】
「……ルーベンス、か。アイツ……怪しい……確かめた方がいいな」
ルーベンスにはああ言われたものの、俺はどうしても確かめたかった。
この感覚の正体。ざわめき。核の軋み。そして感じたあの煌めきは―……
「……本人に聞けばいい、か」
さっき、俺の横を通り過ぎていった修道女達の話によれば、ルーベンスはよくテラスで風にあたっているらしい。確証はないが、あいつがいる確率はきっとそこが一番高いだろう。……行ってみるか。
風が容赦なく、まるで岸壁を削るように吹き抜け視界を奪う。赤茶けた砂煙の向こうにルーベンスはいた。だけど、一緒にいるあれは―……
「お腹痛いのーー!葉っぱむかないで治してー!おねがいー!!」
「さっきはごめんなさい。ちゃんと治してあげるからこっちへいらっしゃい」
ルーベンスの横には一人の修道女と草人の姿があった。草人の言葉を聞く限り、この草人は先程、寺院で噂になっていた、回虫ププで腹を痛め騒ぎ回っていたあの草人だろう。
回虫ププが万能薬の材料になるという事は旅人の間では周知の事実だ。だからこそ、それを取るのを生業としている者もいるという話だが……
痛い!と叫びながら暴れ回る草人に修道女は優しく語り掛ける。今は藁にでもすがる思いなのだろう。修道女の言葉を聞いた草人は、本当?と、目を潤ませながら修道女を見つめていた。その時だ。
「むきゃあ!!」
「……ッ!!」
修道女に軽く触れられた草人が、短い悲鳴を上げて地面に倒れこんだのは。
草人はぴくりとも動かない。あの修道女が近づいた瞬間に何かしたのは明白だった。
「さあ、ルーベンスさん」
倒れた草人を一瞥すると、修道女は妖艶な声でルーベンスへと語り始める。
「躊躇う事はありません。石の眠りについてしまった恋人を救うためでしょう?」
「……そうだが……」
修道女に応対するルーベンスの声はどこまでも暗く、そして歯切れも悪い。
「オニーーッ!!」
ルーベンスが躊躇をし時間が経ったためか、今まで気を失ったように倒れていた草人は急に目を覚まし、そう修道女に向かって叫ぶと俺の横を通って凄まじい勢いで逃げていった。
「……君、まだいたのか?……さっきも言っただろう、早々に立ち去れ、と」
「……そんなの俺の勝手だ。アンタにとやかく言われる筋合いはない」
草人が俺のいる方へと走ってきて、そこで始めてルーベンスは俺の存在に気が付いたようだった。ルーベンスが俺に向ける声は、視線は、先程までと変わらず氷のように冷たい。
「……ほら、逃げられてしまったではありませんか」
俺たちのやり取りを、しばらく黙って傍観していた修道女だったが、彼女は不意にそう言うと、くすくすと忍び笑いを始めた。
「……人を傷つけたくない」
ルーベンスの言葉を聞いた修道女は笑う。だが、彼女の瞳は―……
「そんな事で誰かを守れるのかしら?甘いですわね」
けして笑ってはいなかった。
「生きていくという事は、この険しい岩壁に道を作るようなもの。心の希望の炎を絶やしたらとても頂上まで登り切る事はできないわ。そう思いません?みんな甘いわ。強くなければ生き残れない。これは自然の掟なの」
美しい顔に、笑顔の仮面を張りつけて修道女は語る。ルーベンスと……そして―……
「大事な人は誰かを傷つけてでも守らなければいけない。そう思わない、“騎士”さん?」
そして……俺に。
「……なぜ、俺の事を?」
「……さあ、どうかしらね?」
俺にそう言葉を残すと修道女は背を向け、俺達の前から去っていった。
「……おい、アンタ」
修道女も草人もいなくなった夕暮れのテラスに俺とルーベンスの影だけが細く伸びる。そしてその時、まるで夕日の光を浴びて輝く宝石のように、俺とルーベンスの胸がチカッ!!と、強く煌めいた。
「……やはり、珠魅か……」
ルーベンスは自分の胸元に視線を向けると、一度深く息を吐き、そう呟いた。
「俺はラピスラズリの騎士瑠璃だ。……アンタ、ルビーの珠魅だな」
何も隠すことなどせず、俺は自分が思っている事を口に出した。なぜなら、それは事実なのだから。
俺もコイツも珠魅。同族だ。隠すことなど、なにもないはずなのに―……
「よしてくれ!声がでかいぞ!!珠魅だと知られたらどうする?襲われたらどうする!!」
俺の言葉を聞いたルーベンスは、犬歯を剥き出しそう声を荒げた。
確かに……ルーベンスの言う事も一理ある。……珠魅は狩られたのだから。
「……すまない。俺は仲間を探してるんだ。アンタ、一緒に来ないか?」
「……仲間を探してどうする?」
そう言うルーベンスの声は、今までで一番荒々しく、そして同時に冷ややかで。
「……どうするって……珠魅同士、一緒にいるのが自然じゃないか?」
「くだらない」
「……なんだと……?」
今度、声を荒げるのは俺の番だった。
容赦なく、山の乾いた寒風が俺達の間を通り抜け、視界を狂わせる。だが、ルーベンスが俺に語った事実はそんなものを感じさせる暇を俺に与えなかった。
「……ウラギリ」
「そう。裏切りさ。君は珠魅の都市が滅びた理由を知らないからそんな事が言えるんだ。珠魅の都市はな、仲間の裏切りで滅びたんだ。だから、もう仲間だろうが信じられない」
「馬鹿な!!珠魅が珠魅を信じないで、何を信じるんだ!他種族を信じろっていうのか!?馬鹿な……あんな……あんな……!」
だから……だから、俺は気付かなかった。アイツが傍にいたって事に。
“あんな、俺達を装飾用の宝石だと思っているような奴らだぞ!!”
ジャリ……っと、後ろで誰かが石を踏んだ音がする。俺が振り返れば、そこにいたのは、よく見慣れた砂マントを引きずるように羽織った小柄な女の姿があった。
「……マナ……」
そう、珠魅ではない“他種族”のアイツがいた。
「……同感だな。俺も他の種族の連中なんて信じてない」
「ちょっと、ルーベンス!!」
マナの横にいる獣人の女がまるで悲鳴のような声を上げる。
ルーベンスは彼女達の姿を一瞥すると俺へと向き直った。……アイツ…マナは、その間ただの一言も口を開かなった。
「……もういいだろう。俺に関わるな」
ルーベンスは淡々と言葉を紡ぐ。その顔に浮かび上がる表情は俺に対する不審感。そして―……
「瑠璃、君も珠魅だなんて言いふらすなよ。そいつだって核目的かもしれない」
「……ッ!!お前ッ!!」
ルーベンスはマナを……はっきり指差して、そう言い放った。
「……か……ない」
「……えっ……?」
痛いぐらいの沈黙を破ったのはマナだった。マナは一言何かを呟くと、俺達の顔を真っすぐ見据えて―……
「……別にあたしを嫌いと思うのなら構わない。でも……」
少しだけ笑って。
“その理由が、種族の違いというだけなのなら、それは悲しい。”
黄昏の風が吹いて、マントとマナの髪がバサッとひらめいた。
「……ダナエ、あたし、やっぱりもう一度違うところあたるよ。あっ、そだ、これ、返す!」
「えっ……ちょっと、マナ!!」
そう言うと、アイツは羽織っていたマントを渡し去っていった。
「……待て!!」
……俺の口がやっとの事で言葉を紡ぎだした時マナの姿はすでにそこにはなかった。
「……行くのか?他種族は信じられないのだろう?」
「……それ以上、口を開くな」
「ふん、ずいぶん矛盾している男だな」
背を向ける俺にルーベンスの冷ややかな声が降り掛かる。矛盾……?ああ、そうかもしれないな。だが……
「……少なくてもアンタよりはアイツのほうが信用できる。……それだけだ」
ルーベンスはそれ以上、何も言わなかった。
「……もう消える。もうお前の前にも現われない。だから」
“二度と、お前も俺の前に現われるな。”
あとには、ただ、沈黙だけがそこにわだかまり、淀みを作っていた。