ファ・ディール編(聖剣LOM)
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「そうそう、それから……あの子は大丈夫?」
「……貴様……何が狙いだ……」
「ねえ、教えて、歌の上手なお嬢さん。あの子……真珠姫はどこかしら?」
「……さあ?仮に知っていたとしても……」
何故だか分からないけれど、彼女の声を聞いていると、心がざわざわと波立って、うるさかった。
《Tales of Mana》
「さあ、マナ!約束通り、この前の落とし前付けてもらうッスよ!!」
「えー……本当にやらなきゃダメ?」
「当たり前ッス!それにマナが言ったんッスよ?“あとでおわびする”って!さあ、そうと決まれば善は急げッス!!」
爽やかに晴れ渡る青空の下、これまた爽やかに響き渡るはユカちゃんの説教の声。数日前のピーちゃん事件の余波は今だに尾を引いており、ここ数日というのもあたしは宿屋のビラ配りという名の雑用に追われていた。……のはいいんだけど。
「でもさー……なんで宿の前でそれするわけ?いつも通りビラ配りをすればいいじゃん」
「あたしも最初はそう思っていたッス。でもマナ、あたしは気付いたッスよ!どこでもやっているような事をしたところで相手に与えるインパクトは薄い……現にお客さんの数はビラを配る前と後で対して変わりがないッス!」
たしかに……あたしもここ数日ビラ配りをしてみてそれは肌で感じていたけど―……それはもっと単純にドミナがドが付く田舎だからじゃないのか?……とも思うんですが、あたしは。人の絶対数が少なければ宿を利用する人の数だって当然少なくなるし……って、言ってもユカちゃんに通じなかったからこうなってるわけだけど。
「だからってさー」
「何言ってるッスか!とにかく、マナには働いてもらうッスよ!」
++++++++++++++++++++
【side瑠璃】
「クソッ!酒場にもいない……たくっ……アイツは……」
真珠姫の姿が俺の前から消えて早数日―……俺は今だにアイツの行方を掴めていなかった。真珠は俺にとってなくてはならないパートナーで、彼女が自分の側にいないだけでこんなにも不快感を感じてしまう自分が確かにいる。
妹のようなものだから?守りたい人だから?大切な人だから?……どれも正解に近くて真実からは遠い気がする。俺にとっての真珠は―……
「何を考えてるんだろうな……俺は」
少なくても今、俺が考えるべき事は違うところにあるはずだ。一刻も早く放浪癖持ちの彼女を見つけなければ。
「だが、この街の中はあらかた探したー……ん?」
急にガヤガヤと聞こえてきた声を不審に思い、フッと、酒場の横に隣接されている宿屋の方へと目を向ければ、いつもなら静かなはずのそこに場違いのような黒山の人集りが出来ていた。
「おう!お前かーお前も見に来たのかー?」
「……は?」
「お前、ラッキーだなーアイツ、最近あまりやらなくなったんだよ。
でも、今日はやるみたいだなー」
そう言うと、俺の目の前のタマネギ人間―……いや……確かドゥエルという名のそいつは楽しそうに目を細め、宿の入り口の方へと視線を動かした。そこにいたのは。
「……あいつは……」
「ドゥエルはんー!何してるん!?ほれほれ、こっちの方がよう見えるでー!!」
「調度いい、お前もこっちに来るといいさー」
「なっ!?」
ずるずると引きずるように、ドゥエルは俺の腕を引く。アイツといいコイツといい……この街じゃ人を引きずるのが普通なのか?……と思わず出てくるため息を隠さずに俺は大きく息を吐いた。……一体何が始まるんだ?そう一言呟いて空を見れば、憎らしいほどに澄み切った青がそこにあった。
「あれ……アイツだよな……鈴なんか持って……一体何が始まるんだ?」
「……」
「……だんまり、か」
ドゥエルに引きずられるようにして宿屋の入り口近くへと来てみれば、そこには酒場のウエイトレス―……レイチェルと言ったか?そいつの姿もあった。
最初の印象が悪かったためか……レイチェルは俺の顔を見ると怯えたように小さく震え、そしていつも黙って口をつむぎうつむく。今日もそうなんだろうと思うと自分の身から出た錆とはいえ、思わず乾いた笑み浮かべている自分がいた。……が。
「……見ていれば分かりますよ」
「えっ?」
「……すぐに分かります。それに―……」
「それに?」
「きっと、あなたも気に入ると思いますよ」
そう言ったレイチェルの顔に浮かび上がっている表情は柔らかな笑顔で。無邪気にとても楽しそうに、まるで子供のように笑う彼女に少しだけ驚いてしまったのは言うまでもない。笑えたんだな……コイツ。
「さあさあ、皆さん、お待たせしたッス!いよいよ始まるッスよ!……ほら、マナ!!」
「ほーーい」
そんな事を考えていれば、俺の耳に甲高い声と気怠そうな声が届いた。そして声が聞こえてきたかと思えば、次の瞬間、この辺り一帯を包んでいたざわめきがピタッ……と、水を打ったように静まり返って、そして―……
シャランと、高らかに掲げられた鈴が鳴るのを合図に、歌が、始まった。
シャラン……シャラン……と、鈴の音とともにアイツの蜂蜜色をした髪が踊る。サラサラと日の光を浴びて、まるで金糸のように煌めいて。シャラン……と、歌に合わせて鈴が涼しげな音を奏で―……アイツはその音に合わせて、体で……指先で優雅に円を描き……透明な風を切って。
圧倒的だった。現実なのに夢の中にいるような。日常なのに非日常のような。近くにいるように見えてひどく遠くにいるような……そんな不思議な感覚が俺の心を通り抜けていく。そしてアイツの声は、音は、ゆっくりと絡み合って解れて、真昼の蒼穹の空へと徐々に広がって―……溶けていった。
「ね?だから言ったんです。あなたも気に入る……って」
隣で誰かが……そう笑った気がした。
風に乗って聞こえてくるその歌はどこまでも優しくて。そして、聞いたことがないはずなのに……とても懐かしかった……
++++++++++++++++++++
「……ふう……」
あたしは一つ息を吐いて下を向く。踊り終えた直後の心臓はバクバクと高鳴っていて、息だって上がって……だから、少しでも落ち着くようにとあたしは深い呼吸を繰り返していた。
ユカちゃんが考えに考えた新たな客寄せ法―……それはズバリッ!パフォーマンスすればよくね?……という、なんとも単純明快なものだった。
そして、白羽の矢が立てられたのは、勿論、このあたしだったというわけで―……まあ、この前のピーちゃん事件の事をあったし、歌を歌うのも嫌いなわけじゃないけれど。気のせいか?……客寄せパンダと化している気がするのは。
……しっかし、久々に全力で踊った気がする。歌いながら飛んだり跳ねたり……全身を動かすのって地味に体力を消費するもので。
「……ん?」
肩で息を整えてから顔を上げれば、見知った顔の間にどこぞで見たはずの砂マントの男の姿がー……
「へ?……砂マント……?」
あたしは思わず、自分の目蓋を上下に瞬かせる。……で、やっぱりそこにはレイチェル達と一緒にこっちを見ている砂マント男の姿があって。状況を確認するための間が数秒……そして。
「なんでストーカーの瑠璃くんがいるわけーー!?」
あたしがそう叫べば、当然、周りの皆の視線は砂マントストーカー改め瑠璃に集中するわけでして―……あっ、本人すごーーく嫌そうに顔しかめてるよ。
「……あはは……ごめん」
そう取って付けたようにフォローを入れれば、ふかーーく、それこそ深ーーく瑠璃はため息を吐くのであった。
「だから、ゴメンってばー……」
「……もういい」
それから少しだけ時間が経って、集まっていた人たちが散り散りになった頃。あたしは宿の前いて、なんでまだそんな所にいるかと言えば、瑠璃にさっきの事を謝ろうとしているわけで―……不可抗力とは言え、瑠璃にちょっと悪い事をしたのは変わりがないわけであって……いや、ストーカーは事実なんだけどさー。
「……あの歌」
「へっ?」
さっきからずーっと顔をしかめて、黙ってため息を吐いていた瑠璃が不意にそう口を開いた。
「さっきの歌……あれ……どこの歌なんだ?」
カラン……カラン……と、時間を知らせる鐘の音が微かに鼓膜を揺する。春の本番を告げるように咲く薄紅色をした花の花びらは、ヒラヒラとつむじ風に運ばれて空高くへと駆け上っていった。そして―……
「……分からない」
その花びらの後を追うように空を見上げてあたしは、そう……はっきり言葉を紡いだ。
「……分からない?」
そんなあたしの様子を瑠璃は訝しげ(いぶかしげ)に見つめている。
「……そのまんまの意味。どこの歌か、誰の歌か、なんて歌詞なのか、どこで覚えたのかー……それだって分からない。だってー……」
ー……だって、あたしには記憶がないから……ー
「……記憶が……ない?」
「そっ。もっと正確に言えば小さい頃の。だから、あの歌がなんて歌か……分からない」
「……すまない」
すまない……と、そう言って、瑠璃は謝り、目を伏せた。そんな瑠璃をチラッと見たあたしは大きく息を吸い込んで、ゆっくりと自分の腕を空へと伸ばして。
「別に。そりゃあ、気にしてないって言ったら嘘になるよ?あたしだって、自分の事だし気にはするさ。でもさ……あたし」
ー……今の自分が嫌いじゃないから……ー
そう笑って言えば。
「……フッ……お前、やっぱり変わってるよ」
あっ…… 今……!
「……笑えるじゃん」
「……は?」
「ううん、こっちの話!」
思わず頬が緩んでしまったのはここだけの話。ああ……今日は本当に風が心地よい。踊った後で、まだ体が暖かいから?それとも別のこと?……どっちでもいいや。だって、気持ちがいいのには変わりないんだから。
だから、気付かなかった。ううん、気付いていたのかもしれないけれど風の気持ち良さにかき消されてしまったのかもしれない。
ー……お前も一緒なんだな……真珠と……ー
「……へえ、さっきの歌……貴女だったの?」
あたし達の耳に不意に聞こえてきた少しだけ低い女性の声。その主を探すべく、あたしも瑠璃も辺りへ視線を漂わせれば。
「こんにちは、また会ったわね」
茜色の髪にハイビスカスの髪飾り、緑色のチャイナドレスの裾をなびかせながらその人は、宿屋の二階のテラスからこちらを見下ろして―……妖艶に笑った。
「……お前……確か洞窟で会った……何故ここに」
「あら?ここは宿屋よ?別に旅人の一人や二人……居たところでなんにも不思議じゃないでしょう?」
女の人はそう言うと、口に綺麗な弧を描きクスクス、と声を忍ばせて優雅に笑う。……凄く綺麗な人。前に会ったのは暗いメキブの洞窟の中だったから分からなかったけど、お日様の下で見る彼女は、女のあたしから見ても凄く綺麗な人だった。綺麗な人……綺麗な笑顔……なのに―……その笑顔を見ているとなんだか段々と、心が騒ついて波立って、ひどく落ち着かなかった。
瑠璃が女の人をどう思っているのか……瑠璃の背中にいるあたしからはその表情だって見えていないけれど……目の前の女の人にいい感情を抱いてはいない。……それだけははっきり分かった。
「そうそう、それから……あの子は大丈夫?」
瑠璃を……洞窟で会った時と同じように口角を少しだけ上げて一瞥した彼女は、次はあたしの方へとその緑色の瞳を向ける。
「……貴様……何が狙いだ……」
「ねえ、教えて、歌の上手なお嬢さん。あの子ー……」
ー……真珠姫はどこかしら?……ー
「……さあ?仮に知っていたとしてもー……教えると思う?」
「そう、それは残念。でも……心配だわ……ねえ、知ってる?世界は輝きに満ちているのよ。……まるで……夜空に煌めく星々のように……もっともー……」
ー……全ての者にその価値が…煌めきがあるかどうかは分からないけれど、ね……ー
そう歌うように言葉を残して彼女は部屋の中へと消えていった。
「……行こう」
「……行こう……って、お前……」
「……この前、真珠ちゃんに会ったの。リュオン街道で。その時はあたしも急いでいたからドミナの方向を教えて別れたんだけど……いないんでしょ?真珠ちゃん。」
「……ああ」
「……リュオン街道はここと……もう一つ街を繋いでる。きっと真珠ちゃんはそっちに行っちゃったんだ」
真っすぐ見上げるようにして瑠璃を見つめれば、瑠璃はハッとしたようにそのラピス色をした相貌を見開いた。そして、その目はすぐに真剣なものへと変わっていって。
「……案内、頼めるか」
「……じゃなきゃ、こんな事わざわざ言わないよ」
何故だかは分からない。でも、急がなきゃいけないような気がした。急がなきゃ、大切なものが手から転がり落ちていってしまうような……そんな風に思えたから。
「行こう、“ガト”へ」
カラン……カラン……と、また遠くから鐘の音がした。