ファ・ディール編(聖剣LOM)
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マナの木が焼け落ちたのが900年前
マナの力は、魔法楽器やマナストーン、アーティファクトの中だけに取り残され
知恵のある者達はそれを奪い合いました
そして数百年に渡る戦乱の時代を経て
マナの力が少しずつ弱まるにつれ
それを求める者達も消えゆくと
ようやく世界に平和が訪れました
それ以来、人は求める事を恐れ
虚ろな気持ちだけを胸に抱いて
私の手から離れてゆきました
私の無限の葉から目を背け
小さな争いに胸を痛めています
私を思い出してください
私を求めてください
私は全てを限りなく与えます
私は『愛』です
私を見付け
私へと歩いてください
夢を見ていた。不思議な夢を。ずうっとずうっと昔から。こんなことを思うのは変なのかもしれない……けれど、その夢は……その声を―……あたしは生まれる前から知っていたような……そんな気持ちにさせる夢だった。
《Tales of Mana》
「ふわーっ……」
窓から差し込んできた一筋の光が部屋の中心に向かって薄っすらと道を作る。風の通り道として窓を大きく開け放てば、白いレースのカーテンが絡んでもつれて……まるでダンスでも踊っているみたいヒラヒラと揺れ出した。そして窓から抜き抜ける風はあたしは肺いっぱいに若草の香りを運んでくる。なんとも爽やかな朝。ここで更にナイチンゲールの一つでも鳴いていれば完璧である。
「……眠ッ……」
そんな爽やかな朝に即決でバイバイをする事を決めたあたしは、二度寝の旅に出るために再び愛しいいとしい木製のベットへと体を大きくダイブさせるのであった。
++++++++++++++++++++
「うーん……よく寝た」
あたしは天井に向かって大きく両手を伸ばして、凝り固まった筋肉をほぐす。そして今度こそベットの誘惑に打ち勝つべく、勢い良く飛び降り……るわけもなく、のそのそとそれこそナマケモノのような動きで床に足をつけた。あたしに言わせてもらえば、あくび一つしただけで素直にベットから離れられたのだからよくできた方である。早起きは3ルクの得とは昔の人はよく考えたものー……ふと、窓の外を見てみれば、さっきは縦にひょろひょろと伸びていた木の影が今や物凄く短く太くなっていて。
……やっぱり、寝すぎたかもしれない……
一瞬、頭をかすめた至極最もな考えに蓋をし、あたしは一階へと続く木の階段をキシ……キシ……と音を立てながらゆっくりと降りていった。……新しい今日がやって来た。
「おはよー、草人!今日もいい天気だね!」
「おはよう、マナ!マナが元気だとボクらみんな元気なの。詩人のポキールも言ってたよ。だって世界はイメージだから」
ちょっとばかり遅めの朝食をしっかりとり、軽く身仕度をして外へと繋がる扉を開けば、いつものようにまず真っ先に草人の姿があたしの目に飛び込んでくる。草人は全身が葉っぱに覆われた小さな子供のような姿をした種族だ。草木の精だとも言われているけれど、本当のところは誰にも分からない。
草人はみんな無邪気で優しい性格をしていて、そして種族の中で互いの意識をお互いに共有し合っている。……にも関わらず、草人を嫌う人が後を絶たないのは、個体差という概念がまるで存在しない彼らを不気味だと感じてしまうからなのだろうか?……こんなに可愛いのにね。
この子は、気が付けば当たり前のようにあたしの前に現われて、当たり前のようにあたしの家の庭に住み着いてしまった草人だった。もっともそれは家の二階にいるサボテンにも言えることだけれど。
「ねえ?マナ。マナは今日、夢、見たよね?」
「……ゆめ?」
「そう、夢。夢とボクらは繋がっているから。夢が世界になって、世界は夢になる。マナ……始まるよ」
「何が?」
草人は悪い存在ではないのだけれど、時々、不思議な事を口にする事がある。そんな草人の言葉の意図を理解しきれないあたしは、いつも、ただ首を傾げるばかり。
「考えなくてもいいの。世界はイメージだから。だから、感じるだけでいいの。いってらっしゃい、マナ!きっと新しい事が待ってるから」
「何だかよく分からないけど……いってきます!」
そう言って草人の頭を軽く撫でたあたしは、家と草人に背を向けてあざ道を歩き出した。
草人が言ったように新しい事が始まるのだろうか?そんなあたしの問いかけに答えが返ってくるはずもなく、ただ横を暖かくて気持ちがいい風がゆっくりと通り抜けていくだけだった。
確実に何が起こるかなんて分からない。でも、何故か胸はドキドキと高鳴って心は弾んでいた。さあ、目指すはドミナの街!!
++++++++++++++++++++
「……高いッ!!」
「また、お前かッ!マナ!!ったく……お前が来るとこちとら商売上がったりだ!……はあ……さっきのストーカーみてーな兄ちゃんといい……お前といい……今日は厄日か?俺なーんも悪いことしてないのに?」
「へっへーん!このマナちゃんのびんぼーしょーをなめてもらっちゃ困るのだよ!」
あたしの家から真っすぐ続くあざ道の先に、ここ、ドミナの街はある。ドミナの街は、山の斜面を利用した段々畑や果樹園広がり、そして小さな教会が一つだけ建っている―……まあ、一言で片付けるなら田舎の街ってやつだ。
積み木で作ったみたいに小さな街だけれど、あたしはこの街が何より好きだった。リュオン街道といわれる街道の最終地点だから、田舎のわりに物流は悪くはないし、空気だって水だってとてもおいしい。
そして何より……人が……暖かかった。
あたしには記憶がない。正確に言えば小さい頃の、だけれど。あたしの記憶はある日、いきなり始まっていいる。気が付けばあたしは小さな家の小さなベットで寝ていたのだ。
それ以前の事は、『マナ』という名前とある歌の歌詞、そして首から下げていたペンダントが大切な物だったという事しか思い出せなかった。
そんなちょっとどころじゃないこんな怪しい子供を……このドミナの街のみんなは受け入れてくれた。あの日……初めてこの街に来たあの日に酒場のマスターがくれたホットミルク……すごくおいしかった、な。
「はあ……まあいい。今日はお前がドミナに来てから丁度8年だしな。そのリンゴ、おまけしてやるよ!」
そう言うと、八百屋のおっちゃんは下手なウインクをして豪快に笑った。
8年……そっか、もう8年なんだ―……
「おい!名前ぐらい名乗れよ!俺の話を聞いてるのか!?」
「……瑠璃(るり)だ」
「……チッ……感じ悪いな」
両手にたくさんの荷物と言う名の戦利品を抱え、次は酒場だなー……とそちらの方へ足を延ばしてみれば、何やらその酒場の前がどうも騒がしい。酒場の前なのだから、世間の荒波に疲れ切り悪酔いをしたお父さんやら、恋人に振られ自暴自棄になったお兄さんの一人や二人が騒いでいても何ら不思議ではないのだけれど―……あいにく今は昼間だし、それに。
「ねえ、ドゥエル。この人誰さん?」
さっきも言ったけれど、ドミナはとても小さな街だ。この小さな街に住んでいる人の顔や名前は、いくらあたしでもすでに覚えている。でも、頭の中の記憶の辞書をいくらめくっても……今、あたしの目の前にいる……胸に大きな宝石を付けた砂マントの若い男の姿はどこにもなかった。……まあ、あたしの場合、記憶の辞書はあまり当てにならないかもしれないけれど―……それはそれ、これはこれって事で。
「……用が済んだのならさっさと消えろ……目障りだ」
か……感じわりぃ……!!
瑠璃と名乗ったその男はあたしとドゥエルを冷たく一瞥すると、そんな捨て台詞を残して酒場の中へと消えていった。
「なにさー!!あの男!!感じ悪ッ!!」
「やっぱりお前もそう思うよなーマナ!!俺もさー落ち着きがなくキョロキョロしていたあいつが心配になって声をかけてみればこのザマさー!」
「あったり前でしょ!あいつ絶対、通信表の協調性とか思いやりの項目に1が付いていたタイプだよ!!」
「……いや……流石に俺はそこまで言ってないから……」
そう言うと、ドゥエルはハハハッ……と乾いた笑みで小さく笑った。
ドゥエルはこの街の住人で、タマネギ剣士―……というよりまんまタマネギ人間だ。根は真っすぐで、ちょっぴり照れ屋だったりもする。
あたしとドゥエル、そして武器屋の娘さんのレイチェルとその武器屋に居候しているティーポの4人は茶飲み友達でよく集まるため、ドミナでは知る人ぞ知る仲良し4組だ。今日だって、最近酒場でバイトを始めたレイチェルの様子を一目見ていこうとしていたのに。
「げっー……あの男も酒場なのー?」
「まあ、人生冒険はつきものさー!……というわけで、俺はティーポのところに行くよ。レイチェルによろしく!」
「うわー……すんげー他人事……」
「したらな!」
そう言うと、友人であるはずのこのタマネギはティーポが待っている武器屋へと足早に去っていってしまった。
「はくじょーものー……」
あたしの声があの薄情タマネギの耳に届いたかどうかは女神のみぞ知る……というところだろう。
++++++++++++++++++++
「おじゃましまーす。レイチェール、いー……」
酒場の扉を軽く押せば来客が来たことを告げるベルがカラン……カラン……と涼しげな音を立てる。そしてあたしは、この酒場にいる友人を探すために奥に向かって声をー……
「何故、黙っている!!俺を怒らせるなッ!!」
かけるはずだったんだけれどねー……
目の前で繰り広げられている光景を見たあたしは、両手が荷物で塞がっているのも忘れて頭を抱えたい衝動に駆られるのでした。
「何か知っているなら教えろ!教えないとどうなるかー……ブッ!!」
「おっ、当たったあたった。マナ選手いつものようにナイスピッチング!お見事です!」
男の頭に見事命中したイカ型のレモンはコロン……コロンと床に転がり、その様子を見たあたしは我ながらナイスピッチングだと自分に自分で拍手を送った。
「お前はさっきの……!俺に喧嘩でも売っているつもりなのか!?」
笑顔で拍手をするあたしとは対照的にこのストーカー野郎―………さっき、八百屋のおっちゃんが言っていたストーカーみたいな奴とはきっとこいつだろう。は、眉間に深い皺を寄せてギッと強くこちらを睨んでいた。……どうやら、さっきのあたしの行動が相当勘に触れたようだ。
「別にー友達を悪漢から助けただけだしーそれに生憎、いきなり狂犬みたいな奴に喧嘩を売るほどあたしは馬鹿じゃないから。って、さっさとその子を放してよ。その子、あたしの友達なの。と・も・だ・ち」
あたしは、わざわざ神経を逆撫でするような言葉を選んで男にぶつけた。一応笑顔を作ってはいるけれど、実は、相当頭にきているんだよね。だってそうでしょ?友達がどこの馬の骨とも分からん男に襟首掴まれて怒鳴られている光景を見せられて、何もしないというのは少なくともあたしにはできない。
レイチェルは女の子だし、おまけに自己主張はあまりしないタイプだ。そんなレイチェルが小さな体を震えさせて脅えているのに、あたしが黙っているなんて無理な話だった。
「……なんだと……!」
瑠璃と名乗った男は益々苛立ったようで。あろう事か殺気のようなものまでたてているのは決してあたしの気のせいではないと思う。でも、こんな事でこのあたしがひるむわけがありますか、ってんだ。だから、あたしは男からべりっ……とレイチェルを引き離して構わずに話を続けた。
「……あなたが何を必死でそこまで探しているのかはしらないけどさ、ヒステリーほど醜いものはないと思うよ」
「!?お前、何故俺が“真珠姫”を探していることを知っている!?」
「へーっ……本当に探し物だったんだ。物っていうか人?」
瑠璃の言葉を聞いたあたしは、へー……とあたしは適当に相槌をうち、そんなあたしの様子を見た瑠璃は途端に苦虫を口いっぱいに含んだかのように、その整った顔を益々歪めた。
「……カマをかけたな」
「いや、カマも何も……あなたが勝手に聞いてもいないことをペラペラと話しただけでしょーが」
あたしは別にカマをかけたつもりなんかなくて当てずっぽうだったのに。そう心底呆れた顔をして言えば、瑠璃は「しまった…」と、呟き一人で頭を抱えて―……自分が現在進行形で敵意を向けている相手の質問に律儀に答えちゃう辺り、この瑠璃という奴はストーカー野郎ではなく、天性のボケ属性なのかもしれない。そう認識を改めたあたしの横ではショックから立ち直れないのか……瑠璃が今だにブツブツと呟いて頭を抱えていた。
「……でっ、その“真珠姫”……だっけ?どんな子なの?」
あれからさらに少し経って、さっきよりは落ち着いた様子の瑠璃にあたしは改めて話し掛ける。
「……お前みたいな奴に頼るつもりはない……」
予想通りというかつまらない反応といいますか。あたしの言葉を聞いた瑠璃は仏頂面でそう言うとぷいっと、顔を背けた。
「……はあ……あのさ、あなたこの街の土地勘ってある?……ないよね?だって、あたし、ずっとこの街の近くに住んでるけれどあなたの姿を見たこともないもん」
「……それは……」
瑠璃は言葉を詰まらせる。……どうやら図星のようだ。
「人を探してる……って、そう言ったよね?その子の事、大切じゃないの?本当に大切ならどんな手を使っても探せばいいじゃない」
「……何が……言いたい……」
「……一緒に探してあげる。あなたの大切な人が見つかるまで、ね。
一人より二人のほうが早いし合理的でしょ?それにあたしはあなたと違ってここの土地勘はばっちりあるもん」
「……お前……でも俺達に関わると……」
瑠璃は信じられないというようにその深いラピス色の瞳を大きく見開いた。でも、すぐにその瞳は臥せられた長い睫毛で見えなくなって……どうしてだろう?その姿がすごく悲しそうに見えたのは。
「……それに、その真珠ちゃんって子が見つからないと……あなた、またレイチェルのこといじめそうだし、ね」
そう言ってニヤリと笑うあたしを瑠璃はまた不機嫌そうな顔をして見つめていた。……さっきの悲しそうな顔は今はすでにどこかに消え去っていた。
……この時のあたしはまだ知らなかった。この出会いがこの後、どうなるのか……なんてね。
どこからか酒場の中へと入り込んで来た風は、朝の風と同じように……若草の萌えるような香りがした。
マナの力は、魔法楽器やマナストーン、アーティファクトの中だけに取り残され
知恵のある者達はそれを奪い合いました
そして数百年に渡る戦乱の時代を経て
マナの力が少しずつ弱まるにつれ
それを求める者達も消えゆくと
ようやく世界に平和が訪れました
それ以来、人は求める事を恐れ
虚ろな気持ちだけを胸に抱いて
私の手から離れてゆきました
私の無限の葉から目を背け
小さな争いに胸を痛めています
私を思い出してください
私を求めてください
私は全てを限りなく与えます
私は『愛』です
私を見付け
私へと歩いてください
夢を見ていた。不思議な夢を。ずうっとずうっと昔から。こんなことを思うのは変なのかもしれない……けれど、その夢は……その声を―……あたしは生まれる前から知っていたような……そんな気持ちにさせる夢だった。
《Tales of Mana》
「ふわーっ……」
窓から差し込んできた一筋の光が部屋の中心に向かって薄っすらと道を作る。風の通り道として窓を大きく開け放てば、白いレースのカーテンが絡んでもつれて……まるでダンスでも踊っているみたいヒラヒラと揺れ出した。そして窓から抜き抜ける風はあたしは肺いっぱいに若草の香りを運んでくる。なんとも爽やかな朝。ここで更にナイチンゲールの一つでも鳴いていれば完璧である。
「……眠ッ……」
そんな爽やかな朝に即決でバイバイをする事を決めたあたしは、二度寝の旅に出るために再び愛しいいとしい木製のベットへと体を大きくダイブさせるのであった。
++++++++++++++++++++
「うーん……よく寝た」
あたしは天井に向かって大きく両手を伸ばして、凝り固まった筋肉をほぐす。そして今度こそベットの誘惑に打ち勝つべく、勢い良く飛び降り……るわけもなく、のそのそとそれこそナマケモノのような動きで床に足をつけた。あたしに言わせてもらえば、あくび一つしただけで素直にベットから離れられたのだからよくできた方である。早起きは3ルクの得とは昔の人はよく考えたものー……ふと、窓の外を見てみれば、さっきは縦にひょろひょろと伸びていた木の影が今や物凄く短く太くなっていて。
……やっぱり、寝すぎたかもしれない……
一瞬、頭をかすめた至極最もな考えに蓋をし、あたしは一階へと続く木の階段をキシ……キシ……と音を立てながらゆっくりと降りていった。……新しい今日がやって来た。
「おはよー、草人!今日もいい天気だね!」
「おはよう、マナ!マナが元気だとボクらみんな元気なの。詩人のポキールも言ってたよ。だって世界はイメージだから」
ちょっとばかり遅めの朝食をしっかりとり、軽く身仕度をして外へと繋がる扉を開けば、いつものようにまず真っ先に草人の姿があたしの目に飛び込んでくる。草人は全身が葉っぱに覆われた小さな子供のような姿をした種族だ。草木の精だとも言われているけれど、本当のところは誰にも分からない。
草人はみんな無邪気で優しい性格をしていて、そして種族の中で互いの意識をお互いに共有し合っている。……にも関わらず、草人を嫌う人が後を絶たないのは、個体差という概念がまるで存在しない彼らを不気味だと感じてしまうからなのだろうか?……こんなに可愛いのにね。
この子は、気が付けば当たり前のようにあたしの前に現われて、当たり前のようにあたしの家の庭に住み着いてしまった草人だった。もっともそれは家の二階にいるサボテンにも言えることだけれど。
「ねえ?マナ。マナは今日、夢、見たよね?」
「……ゆめ?」
「そう、夢。夢とボクらは繋がっているから。夢が世界になって、世界は夢になる。マナ……始まるよ」
「何が?」
草人は悪い存在ではないのだけれど、時々、不思議な事を口にする事がある。そんな草人の言葉の意図を理解しきれないあたしは、いつも、ただ首を傾げるばかり。
「考えなくてもいいの。世界はイメージだから。だから、感じるだけでいいの。いってらっしゃい、マナ!きっと新しい事が待ってるから」
「何だかよく分からないけど……いってきます!」
そう言って草人の頭を軽く撫でたあたしは、家と草人に背を向けてあざ道を歩き出した。
草人が言ったように新しい事が始まるのだろうか?そんなあたしの問いかけに答えが返ってくるはずもなく、ただ横を暖かくて気持ちがいい風がゆっくりと通り抜けていくだけだった。
確実に何が起こるかなんて分からない。でも、何故か胸はドキドキと高鳴って心は弾んでいた。さあ、目指すはドミナの街!!
++++++++++++++++++++
「……高いッ!!」
「また、お前かッ!マナ!!ったく……お前が来るとこちとら商売上がったりだ!……はあ……さっきのストーカーみてーな兄ちゃんといい……お前といい……今日は厄日か?俺なーんも悪いことしてないのに?」
「へっへーん!このマナちゃんのびんぼーしょーをなめてもらっちゃ困るのだよ!」
あたしの家から真っすぐ続くあざ道の先に、ここ、ドミナの街はある。ドミナの街は、山の斜面を利用した段々畑や果樹園広がり、そして小さな教会が一つだけ建っている―……まあ、一言で片付けるなら田舎の街ってやつだ。
積み木で作ったみたいに小さな街だけれど、あたしはこの街が何より好きだった。リュオン街道といわれる街道の最終地点だから、田舎のわりに物流は悪くはないし、空気だって水だってとてもおいしい。
そして何より……人が……暖かかった。
あたしには記憶がない。正確に言えば小さい頃の、だけれど。あたしの記憶はある日、いきなり始まっていいる。気が付けばあたしは小さな家の小さなベットで寝ていたのだ。
それ以前の事は、『マナ』という名前とある歌の歌詞、そして首から下げていたペンダントが大切な物だったという事しか思い出せなかった。
そんなちょっとどころじゃないこんな怪しい子供を……このドミナの街のみんなは受け入れてくれた。あの日……初めてこの街に来たあの日に酒場のマスターがくれたホットミルク……すごくおいしかった、な。
「はあ……まあいい。今日はお前がドミナに来てから丁度8年だしな。そのリンゴ、おまけしてやるよ!」
そう言うと、八百屋のおっちゃんは下手なウインクをして豪快に笑った。
8年……そっか、もう8年なんだ―……
「おい!名前ぐらい名乗れよ!俺の話を聞いてるのか!?」
「……瑠璃(るり)だ」
「……チッ……感じ悪いな」
両手にたくさんの荷物と言う名の戦利品を抱え、次は酒場だなー……とそちらの方へ足を延ばしてみれば、何やらその酒場の前がどうも騒がしい。酒場の前なのだから、世間の荒波に疲れ切り悪酔いをしたお父さんやら、恋人に振られ自暴自棄になったお兄さんの一人や二人が騒いでいても何ら不思議ではないのだけれど―……あいにく今は昼間だし、それに。
「ねえ、ドゥエル。この人誰さん?」
さっきも言ったけれど、ドミナはとても小さな街だ。この小さな街に住んでいる人の顔や名前は、いくらあたしでもすでに覚えている。でも、頭の中の記憶の辞書をいくらめくっても……今、あたしの目の前にいる……胸に大きな宝石を付けた砂マントの若い男の姿はどこにもなかった。……まあ、あたしの場合、記憶の辞書はあまり当てにならないかもしれないけれど―……それはそれ、これはこれって事で。
「……用が済んだのならさっさと消えろ……目障りだ」
か……感じわりぃ……!!
瑠璃と名乗ったその男はあたしとドゥエルを冷たく一瞥すると、そんな捨て台詞を残して酒場の中へと消えていった。
「なにさー!!あの男!!感じ悪ッ!!」
「やっぱりお前もそう思うよなーマナ!!俺もさー落ち着きがなくキョロキョロしていたあいつが心配になって声をかけてみればこのザマさー!」
「あったり前でしょ!あいつ絶対、通信表の協調性とか思いやりの項目に1が付いていたタイプだよ!!」
「……いや……流石に俺はそこまで言ってないから……」
そう言うと、ドゥエルはハハハッ……と乾いた笑みで小さく笑った。
ドゥエルはこの街の住人で、タマネギ剣士―……というよりまんまタマネギ人間だ。根は真っすぐで、ちょっぴり照れ屋だったりもする。
あたしとドゥエル、そして武器屋の娘さんのレイチェルとその武器屋に居候しているティーポの4人は茶飲み友達でよく集まるため、ドミナでは知る人ぞ知る仲良し4組だ。今日だって、最近酒場でバイトを始めたレイチェルの様子を一目見ていこうとしていたのに。
「げっー……あの男も酒場なのー?」
「まあ、人生冒険はつきものさー!……というわけで、俺はティーポのところに行くよ。レイチェルによろしく!」
「うわー……すんげー他人事……」
「したらな!」
そう言うと、友人であるはずのこのタマネギはティーポが待っている武器屋へと足早に去っていってしまった。
「はくじょーものー……」
あたしの声があの薄情タマネギの耳に届いたかどうかは女神のみぞ知る……というところだろう。
++++++++++++++++++++
「おじゃましまーす。レイチェール、いー……」
酒場の扉を軽く押せば来客が来たことを告げるベルがカラン……カラン……と涼しげな音を立てる。そしてあたしは、この酒場にいる友人を探すために奥に向かって声をー……
「何故、黙っている!!俺を怒らせるなッ!!」
かけるはずだったんだけれどねー……
目の前で繰り広げられている光景を見たあたしは、両手が荷物で塞がっているのも忘れて頭を抱えたい衝動に駆られるのでした。
「何か知っているなら教えろ!教えないとどうなるかー……ブッ!!」
「おっ、当たったあたった。マナ選手いつものようにナイスピッチング!お見事です!」
男の頭に見事命中したイカ型のレモンはコロン……コロンと床に転がり、その様子を見たあたしは我ながらナイスピッチングだと自分に自分で拍手を送った。
「お前はさっきの……!俺に喧嘩でも売っているつもりなのか!?」
笑顔で拍手をするあたしとは対照的にこのストーカー野郎―………さっき、八百屋のおっちゃんが言っていたストーカーみたいな奴とはきっとこいつだろう。は、眉間に深い皺を寄せてギッと強くこちらを睨んでいた。……どうやら、さっきのあたしの行動が相当勘に触れたようだ。
「別にー友達を悪漢から助けただけだしーそれに生憎、いきなり狂犬みたいな奴に喧嘩を売るほどあたしは馬鹿じゃないから。って、さっさとその子を放してよ。その子、あたしの友達なの。と・も・だ・ち」
あたしは、わざわざ神経を逆撫でするような言葉を選んで男にぶつけた。一応笑顔を作ってはいるけれど、実は、相当頭にきているんだよね。だってそうでしょ?友達がどこの馬の骨とも分からん男に襟首掴まれて怒鳴られている光景を見せられて、何もしないというのは少なくともあたしにはできない。
レイチェルは女の子だし、おまけに自己主張はあまりしないタイプだ。そんなレイチェルが小さな体を震えさせて脅えているのに、あたしが黙っているなんて無理な話だった。
「……なんだと……!」
瑠璃と名乗った男は益々苛立ったようで。あろう事か殺気のようなものまでたてているのは決してあたしの気のせいではないと思う。でも、こんな事でこのあたしがひるむわけがありますか、ってんだ。だから、あたしは男からべりっ……とレイチェルを引き離して構わずに話を続けた。
「……あなたが何を必死でそこまで探しているのかはしらないけどさ、ヒステリーほど醜いものはないと思うよ」
「!?お前、何故俺が“真珠姫”を探していることを知っている!?」
「へーっ……本当に探し物だったんだ。物っていうか人?」
瑠璃の言葉を聞いたあたしは、へー……とあたしは適当に相槌をうち、そんなあたしの様子を見た瑠璃は途端に苦虫を口いっぱいに含んだかのように、その整った顔を益々歪めた。
「……カマをかけたな」
「いや、カマも何も……あなたが勝手に聞いてもいないことをペラペラと話しただけでしょーが」
あたしは別にカマをかけたつもりなんかなくて当てずっぽうだったのに。そう心底呆れた顔をして言えば、瑠璃は「しまった…」と、呟き一人で頭を抱えて―……自分が現在進行形で敵意を向けている相手の質問に律儀に答えちゃう辺り、この瑠璃という奴はストーカー野郎ではなく、天性のボケ属性なのかもしれない。そう認識を改めたあたしの横ではショックから立ち直れないのか……瑠璃が今だにブツブツと呟いて頭を抱えていた。
「……でっ、その“真珠姫”……だっけ?どんな子なの?」
あれからさらに少し経って、さっきよりは落ち着いた様子の瑠璃にあたしは改めて話し掛ける。
「……お前みたいな奴に頼るつもりはない……」
予想通りというかつまらない反応といいますか。あたしの言葉を聞いた瑠璃は仏頂面でそう言うとぷいっと、顔を背けた。
「……はあ……あのさ、あなたこの街の土地勘ってある?……ないよね?だって、あたし、ずっとこの街の近くに住んでるけれどあなたの姿を見たこともないもん」
「……それは……」
瑠璃は言葉を詰まらせる。……どうやら図星のようだ。
「人を探してる……って、そう言ったよね?その子の事、大切じゃないの?本当に大切ならどんな手を使っても探せばいいじゃない」
「……何が……言いたい……」
「……一緒に探してあげる。あなたの大切な人が見つかるまで、ね。
一人より二人のほうが早いし合理的でしょ?それにあたしはあなたと違ってここの土地勘はばっちりあるもん」
「……お前……でも俺達に関わると……」
瑠璃は信じられないというようにその深いラピス色の瞳を大きく見開いた。でも、すぐにその瞳は臥せられた長い睫毛で見えなくなって……どうしてだろう?その姿がすごく悲しそうに見えたのは。
「……それに、その真珠ちゃんって子が見つからないと……あなた、またレイチェルのこといじめそうだし、ね」
そう言ってニヤリと笑うあたしを瑠璃はまた不機嫌そうな顔をして見つめていた。……さっきの悲しそうな顔は今はすでにどこかに消え去っていた。
……この時のあたしはまだ知らなかった。この出会いがこの後、どうなるのか……なんてね。
どこからか酒場の中へと入り込んで来た風は、朝の風と同じように……若草の萌えるような香りがした。