シルヴァラント編(TOS)
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―……最初から分かってたんだ。俺がやっている事は、間違っているって……でも……どんな方法でも良いから……―
―……俺は『人』という醜い種を滅ぼすためにこの地上に生まれてきた。
消え去るべきが人の宿命。奢れる者の運命……―
―……そうよ……私は……私はあの人を守る剣にもなれなければ盾にだってなれない。……でも!でも!捨て駒になることならできる!!あの人を助ける事ができるなら、私自身捨て駒でかまわない!!……―
―……あたし、涙が出せない……姉様達のためにも、自分自身のためにも、涙なんて……―
―……ああ……分かっている……これが最後の一つだ……―
―……―“マナ”……無事……か……それなら……いい……俺は……―
嫌だ……嫌だよッ!!
「……そんなの、嫌ッ!!」
……もう…二度と見たくないから。
《Tales of Mana》
「……寝られない……」
静かな室内に時計が時を刻む音だけが響く。あたしは、ごろん、と、もう何回目かも分からない寝返りをうった。……というのもさっきから来る気配のない睡魔と格闘している真っ最中だからだ。
……明日……いや、もう今日か。……コレット達の言葉―……ううん、シルヴァラントの常識から言わせれば、今日世界は“再生”される。コレットが天使になる事で、ね。
「……分かってはいる……でも……何……」
あの塔を取り巻いている……あの異様な“マナ”は。
あの塔の名は“救いの塔”。私達に天使様がもたらしてくれた希望の象徴。この旅の間、何回も何回も……それこそタコでも出てくるんじゃないかと耳にした言葉だ。
大きな町。小さな漁村。杖をついたおじいさんや威勢のいい店のおばちゃん、お母さんと手を繋いで歩いていた小さな女の子。みんな、みんなそう口にしていた。あの塔にあるのは“救い”だと。でも……でも……あたしが見たあの塔は。
「だぁー!!考えがまとまらん!!」
そう自分の頭をガリガリと掻いて目線を窓の方へと向ければ―……いつの間にか夜が明けていたのか……昨日と同じように静かにたたずんでいる塔が目に入ってきた。
救いの塔は朝焼けの光を浴びて鈍く輝く。その色は血のように赤い朱色だった。
「……んな場合じゃないって!!今、何時さ!!」
ハッ!と頭を上げ、壁に掛かっている時計を見上げればその針は―……
「……四時半……嘘でしょー……」
サァーと頭のてっぺんから何かが勢い良く流れ落ちてくる感覚に襲われたあたしは、自然に自分の頭を手で支えていた。……徹夜かよ……ハハハッ……
「……今から寝ちゃ……ダメっすよねー……さすがに」
そんな事をすれば寝坊どころの騒ぎじゃないのは目に見えている。
「……なんたる失態。……仕方がない……起きる……かあ~……」
深い―……それこそ深ーーいため息を一つ吐いて、あたしは重たい体をベッドから放すのでした。
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「……嘆きの風……ってところかな」
結局、寝ることを諦めたあたしは昨夜と同じようにハイマの高台へと来ていた。相変わらずここの風は強くて……唸りをあげた風が耳元の空気を切っていく。
「……マナか。こんなに早くに何をしている」
「……うーん、朝一で紫タイツ男を見なきゃいけない自分の不幸さ加減について考えてる」
「……そうか」
……待て。いや、ちょっと待て。どうしたの?一体?今、あたしの耳に入ってきたこの低い声は間違いなくタイツだ。絶対に紫タイツのはずだ!だからこそふざけてそう言ったのに……!なのにいつもなら返ってくるはずのツッコミが返ってこない!それどころかため息すら返ってこないとは……!!
中々会話が始まらなくて、あたしたちの間に沈黙が降る。あたしはなんとなくその沈黙が嫌で……その空気を壊したくて、口を開いた。
「あのさー……クラ……」
「……お前の目には、何が見えている?」
「……えっ?」
「……あの塔が……この世界が……」
クラトスの鋭い目があたしの目を真っすぐ見据える。……いつものようにふざけて、おどけて答えることは簡単だ。でも……今のクラトスにはそんな事できなくて。したくなくて。だからあたしも真っすぐに彼を見つめ返して……そして言葉を続けた。
「ねえ、知ってる?世界はイメージなの。だから、心がある人はどこにでも行けるんだって」
「……それは、どういう意味だ」
「クラトスが自分の世界を……物語を変えたいと願うならなんでもできるんじゃないかな?」
「……詭弁だな」
「……詭弁だっていいじゃない。だってー……そう考えたほうが……心が軽くなるでしょう?」
「マナ!クラトス!!危ない!!」
「ッ!!」
後ろから聞こえてきたロイドの叫び声に、あたしは反射的に身を反らした!と、同時にあたし達の横をマナの塊がかすめ飛んでいく!そのマナの塊は近くの岩場にあたると弾けた。……低い爆発音と岩場を粉々に砕くというおまけ付きで。
「……クラトス!?」
慌ててクラトスの方に目を向ければ、素早く鞘から剣を抜刀していて―……
「……うっ!!」
誰かを斬り付けているクラトスの姿があった。クラトスが斬り付けたその誰かは、次の瞬間には光に包まれて消えていってしまって……あれ?でもあの人って?前にも見たことが―……
「大丈夫か、二人とも!!」
ロイドが息を切らせながらあたし達の方へと駆け寄ってくる。
「あたしなら大丈夫。でも、助かったー……ロイドの声がなかったら、今頃、ほら、あんな風になってたかも」
そう言って、あたしはさっき崩れた岩場を指差した。いや、当たっても砕けるまではいかないと思うけど……あれが直撃していたら痛いどころの騒ぎじゃないだろうし。ほんと、今回はロイドに感謝しなくちゃダメだね。
「……そっか。二人が無事ならいいけどよ。……今の何者なんだ?」
「恐らく、例の暗殺者だろう。……深手は追わせたはずだが、逃げられてしまったな」
そう言うと、タイツは自分の剣をパチンッと鞘に納め、みんなが休んでいる宿へと歩いていった。
「……ロイド、マナ……死ぬなよ」
そう一言だけ、言い残して。
「……思いっきり気になるっつーの」
去っていくクラトスに対して、ロイドは苦笑しながらそんな一言を口から洩らした。
「だね。なんか変なもんでも食べたんじゃない?」
「でも、マナとクラトスが二人いても敵に気が付かないなんて珍しいな。ん?お前、気分が悪いのか?顔色よくないぞ?」
「……ちょこっと疲れてるだけだよ。あれ?ロイド?ロイドの足下に何か落ちてない?」
「ん?何だこれ……随分古ぼけた……指輪か……?変な文字が刻んである」
ロイドの足下に転がっていたのは一つの小さな指輪だった。指輪はロイドの手の平の上で鈍く淡い銀色の光を静かに放っている。ロイドの言う通り、その指輪は普通に見たら、ただの古びた指輪なのだろう。だけど、その指輪は―……
「……ロイド……ちょっとその指輪、貸して」
「……あ、ああ。どうしたんだ?いきなり目なんか瞑って?」
あたしは目を瞑って目の前の指輪に自分の意識を傾けた。そんなあたしの行動を不思議に思ったのかロイドの口から疑問が零れる。……でも、間違いない。これ……この指輪……“アーティファクト”だ。
「ロイド、この指輪、あたしが持ってていいかな?」
「ん?別にかまわないけど……その指輪がどうかしたのか?って、やべえ!!そろそろみんな起きだす頃だ!マナ、急いで戻るぞ!」
「はいよ。じゃあ、戻りますか」
指輪……アーティファクトをしまい、あたしはロイドに続いてみんなが待っている宿へと駆け出した。
++++++++++++++++++++
太陽の白い光が山々を、森を、救いの象徴たる塔を照らす。そして、空には白い雲の滲みなんて一つもなくて……それこそ一点の染みすらない、青いキャンバスみたいで―……それこそ恐ろしいくらいに澄んでいた。
竜観光のおっちゃんが笑いながら話す。この場所で雲が一つもないってのは珍しい。きっと空も神子様の世界再生を祝っているに違いねぇ!と。
「……いよいよ、だな」
あたしと同じ竜に跨ったロイドの髪が微かに揺れる。
「……うん」
すでにあたしとロイド以外を乗せた竜達は羽ばたいて飛んでいってしまい、ハイマの岩場にはあたしとロイドと、それからあたし達を乗せた竜の影だけがあった。
騎乗している竜の背中の筋肉が一際大きく盛り上がる。そして次の瞬間、大きな翼をはためかせて、あたし達を乗せた竜は大地を離れていた。
竜の翼は空と風を切る。昨日からずっと聞こえていた風の音が大きく鼓膜を揺らす。その音は救いの塔に近づくにつれて大きくなっていった。
「……マナ。そろそろ着くぞ!」
「……」
「おい、マナ!!」
体に感じる浮遊感。それとほぼ同じタイミングで誰かの大きな手があたしを支えてくれているのが分かった。
「マナ!!」
誰かがあたしの名前を呼んでる。誰だろう?すごく、すごく必死な声。……そこまで考えてあたしは思考を手放した。
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「先生!マナが!マナが!!」
「分かっているわ!でも今はコレットが……マナ、少しだけ待っていて。よろしい?」
「まったく。どーせあんたの事だから昨日寝れなかったんだろ?大丈夫さ、コレットならあたしらがちゃんと連れてくるよ」
「マナはいつも頑張り過ぎなんだよ。今日は僕達に任せて休んでて。行こう、クラトスさんとコレットは先に行ったんでしょ?僕達も急がなきゃ!」
救いの塔の外壁に寄り掛かる形で体を預けたあたしは大きく息を吐いた。ロイドの話だと、ここに来るまでの間に一度、あたしは気を失ったらしい。
今の状態であたしが行っても何かあった時、足手まといになるかもしれない。そう判断したのはリフィルだ。あたしは素直にその判断に従う事にしたんだけれど……ここに残った理由はそれだけじゃない。
木々の葉が震えて微かな音が耳元をくすぐる。
「……いるんでしょ?マーテルさん」
あたしの目の前の景色が揺らいで淡く滲む。そして―……
「マナ……」
「お久しぶり。“女神サマ”」
あたしの目の前には悲しそうな顔でたたずむ女神―……ううん、マーテルがいた。
「もう……分かっているのでしょう?この塔の意味が……世界再生の目的が。死者の声……いいえ、全てのマナを感じられるあなたには」
「……あたしには最初から分からなかった。おかしなことだらけだった。
“世界再生”……そう称された旅を続けて、再生のために各地の封印を解くたびにコレットのマナは変わっていった。……そう、マーテルさん。あなたのマナそっくりに変わっていった」
風があたしの髪を撫でる。でも、その風は実体を持たないマーテルさんの髪を撫でる事はなく、ただ、足早に遠くに走り去っていくだけ。
「はっきり分かったのは昨日だよ。だってこの塔……“救い”って名前は付いてるけど、周りにまとわり付いていたのは聖者の声でも天使の祝福でもない。死者の声……死のマナ。それとも、こっちの世界じゃ“死こそが救い”なんてことないわよね」
「―……話を続けてください」
「……そのマナ達は口々にこう言っていた。“私は、マーテルになれなかった。私は出来損ないなんだ”。“なぜ、私が死ななくちゃいけないの?どうして私なの?”。“私が死ぬ事で世界が再生されるなら……”」
“苦しい……助けて……憎い憎い……”
”女神マーテルと女神が統べるクルシスが”
あたしの中に次々と入ってくるマナ。それは死者の記憶と強く結び付いたものだった。死者には自我という防御膜がないから、その記憶や思念……心はダイレクトにあたしに伝わってくる。ここにあるたくさんのマナ達は、それぞれ別々の人のマナのはずなのにみんな一つの事を訴えていた。
―……死にたくない。心がなくなるなんて嫌だ。神子なんかに……生まれたくなかった……―
そんな死者のマナがあたしの身を切り裂くように通り抜けていった。
あたしの言葉を聞いたマーテルさんは少しだけ……ほんの少しだけ……その長い睫毛を伏せて……そして言葉を紡いだ。
「ー……そうです。この旅を終えれば世界が再生されるというのはまやかしに過ぎません。本当の……本来の目的は……旅を通じて神子と呼ばれる人間のマナを少しずつ書き換えて……最終的に心を奪うことによって神子の自我を崩壊させる事なのです。そして……心がなくなった後に残った肉体……脱け殻になった器を用いる事によって……」
「“女神マーテル”。つまり、あなたがその“器”に乗り移る。大方、あのレミエルとかいう天使もコレットの父親じゃないんでしょ?父親と名乗ることでコレット……つまり神子を体よく扱うための大嘘。……とんだ茶番ね。反吐が出る」
「ええ……あなたの言う通りです。あの子……いいえ、私達は間違っている」
そう言うと、マーテルさんは唇を噛み締めてうつむいた。本当に本当に悲しそうな顔をして。でも、いくら自責の念を持っていても―……
「……死んだ人達は帰ってこないから」
そう……いくら謝ったって罪は消えない。少なくともあたしは消せないでいた。
「マナ!?どこへ行くのです!その体で……!死者の声が、死のマナが他者を傷付ける事はあなた自身よく知っているでしょう!?それにあなたはそれを人よりも鋭敏に影響を受けてしまう!この先に進むのは無理です!!」
「歩けないんだったら地面に這いつくばって進めばいい。気分が悪いんだったら……まあ、少し汚いけど、そこらへんに吐いちゃえばいいし」
「マナ、どうして……」
「どうしてって……何言ってんのさ、マーテルさん」
“友達を助けたいって思うことは別におかしな事じゃないでしょ?”
そう笑いながら言って……あたしは塔の中へと一歩、足を踏み入れた。
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【sideロイド】
「無駄だ。その娘にはお前の記憶どころか、お前の声に耳を貸す心すらない。今のコレットは死を目前にしたただの人形だ」
「クラトス!お前、今までどこにいたんだ!何を言ってるんだ!」
俺の目の前に火花が散る。
「神子は世界の再生を願い自ら望んでそうなった。神子がデリスカーラーンに召喚される事で初めて封印が解かれ再生は完成される。お前達もそれを望んだ。神子はマーテルの新しい体として貰い受ける」
クラトスはいつもと変わらない淡々とした声で俺たちにそう告げた。
「クラトス様……慈悲を……私に救いの手を……!」
俺達との戦いに敗れ、倒れたレミエルがそう言いながらクラトスに手を伸ばす。
「忘れたか、レミエル。私も元は劣悪種……人間だ。最強の戦士とは自身が最も蔑んでいたものに救いを求める事なのか?」
伸ばしたレミエルの手はクラトスに届く事なく、むなしく空を切って……そのままパタン……と落ちていった。
「クラトス、お前は一体何者なんだ……」
自分の心臓がうるさく騒ぐのが分かる。背中を嫌な汗が一筋流れていっているのに……口の中はカラカラに乾いていた。
そんな俺をクラトスはただ、静かに見下ろしている。ただ見られているだけなのに……俺はその目に見られただけで金縛りにあったみたいに……体を動かせないでいた。
「……私は世界を導く最高機関“クルシス”に属する者。神子を監視するために差し向けられた四大天使だ!!」
そう高らかに宣言をしたあいつの背中には、コレットにある羽と同じような……青い羽根があった。
ギリッと奥歯が強く擦れる。悔しかった。許せなかった。クラトスに対してじゃなくて、俺自身に対してだ。救いの塔に来てから―……この祭壇に来るまでに見た……世界再生に失敗した神子達の遺体を見たときから薄々と分かっていた。昨日マナが言ってたように、ここには俺達が望んでいる“救い”なんてないって事が。
救いの塔の中で螺旋状に並べられた世界再生に失敗した神子達の棺の山。そんな異様な光景を見せられたのにも関わらず俺は迷っちまった。あの時、コレットが天使になるって俺から離れていったあの時……俺はあいつの手を離しちまった。
”神子一人が犠牲になれば世界が再生される”
そうレミエルに言われて俺は迷っちまったんだ。秤にかけちゃいけないものを……秤にかけちまった。
それが、このザマだ。コレットは心を奪われて―……あいつの瞳はもう……キラキラと世界を見つめていた俺が好きなあの瞳じゃなくて。ただ、虚ろに揺らいでいるだけの……それこそ死人のような瞳になってしまった。
知りすぎた俺達を生かしておくつもりなど始めからなかったんだろう。
“貴様達は用済みだ”
そう言って俺達に襲い掛かってきたレミエルを……俺達はなんとか退けることに成功した。でも……!
「……ガッ……!」
口からぬるっとした赤い液体が漏れる。肩で息をしたって肺には中々息が届かない。双剣を支えに俺は片膝を付く形であいつを見上げていた。
俺の横には、みんなが……クラトスによって傷つけられたみんなが、荒い息をして倒れこんでいた。そう……俺を……仲間を傷つけたのは……“俺達の仲間”のクラトス……だった。
レミエルとの戦いでいくら消耗していたとはいえ……クラトスの力は圧倒的で……俺達はなすすべもなく倒れていった。
殺られる!そう、思った俺は思わず目を瞑る。だけど、いつまでたってもクラトスは剣を振り下ろす気配を見せない。不思議に思った俺が恐る恐る目を開ければそこには―……心なしか……瞳を頼りなく揺らしているクラトスがいた。
「―……やはり、いかなお前でも本気で対峙するには至らなかったか……」
祭壇に突然、今までなかった声が響く。そして、その声を方を見れば強い光が集まっていて―……
「……ユグドラシル様」
クラトスはそう一言だけ名前を呼ぶと、ユグドラシルと呼んだそいつの足元に跪いた。
「お前がロイドか」
そう言うと、ユグドラシルは俺を見つめた。足元の虫を見つめるってこいつのような目を言うんだろうな。こんな瀕死のなりで言う事じゃないんだろうけど、なんだか俺はその目が気に入らなくて……ぎっと、そいつを見つめてこう言った。
「人に名前を尋ねる時は、まず、自分から名乗れ」
……精一杯の強がり。だけど、俺の言葉を聞いたユグドラシルは口角を少し歪めて。
「犬の名前を呼ぶ時に、わざわざ名乗るものはいまい?」
そう冷たく言い放った。
”だったら、始めっから聞くなよ”
マナだったらこう言うかもしんねーな。こんな状況なのにも関わらず、俺は頭のどこかでそんな事を考えてた。知らないうちに影響は受けるもんだなーってな。
……血を流しすぎたのか、いよいよ、視界が霞んできた。だけど、ユグドラシル……あいつの声だけはやけにはっきり聞こえて―……
「哀れな人間のために教えよう。我が名はユグドラシル。クルシスを……そしてディザイアンを統べる者だ」
あいつは確かにそう言った。
「……クラトス、異存はないな?」
頭上からユグドラシルの冷たい声が降り掛かる。
ここまでかよ……ごめん……コレット……マナ……みんな……
俺は、自分に向けられた剣をただただじっと…見つめることしかできなかった。
「そんなの……嫌だッ!!」
突如、広間に澄んだ声が響く。その声は……どこかへ飛びかけていた俺の意識を覚醒させた。
「ウィスプ!!」
凛とした声と乾いた笛の音が俺の耳に届く。その音とほぼ同時に、傷付いて倒れこんでいた俺達の周りを優しい光の粒が包み込こんでいった。これ―……回復魔術か!?でも……回復魔術が使える先生はさっき倒れて……
じゃあ……一体、誰が……!
「ジン!!」
俺の横を風をまとった誰かが勢い良く走りぬけていく!そいつは、祭壇に近づくと勢い良く跳躍して……!
「ロイド、パス!!」
空中に虚ろに浮かんでいたコレットを、俺に向かって思いっきり雑に投げた!!
自分の目が大きく見開くのが分かる。ああ、そうだ……神子を……天使を投げるなんて、こんな無茶苦茶な事する奴一人しかいねーよ!あいつは……!!
「マナ!!」
そう、俺達の仲間がそこにいた!!
嬉しくって……うれしくて……気が付けば俺はあいつの名前を叫んでいた。でも、マナの周りを取り囲んでいた風はコレットを投げた次の瞬間には消えてなくなり……マナはドサッと……祭壇へ落ちていく。そしてあいつの顔は……怖いくらいに青白かった。
マナがかなり無理をしたんだって事が手に取るように分かって……一瞬でも喜んでしまった自分に俺は嫌気がさした。
倒れこんだマナの腕を掴み、ユグドラシルはマナを持ち上げる。
マナを助けに行きたいのに俺の体はまだ、鉛のように重くって……ただ見ている事しか出来ずにいた。
「……ほう、お前がマナ、か。あやつの言う通り、お前はおもしろいマナを持っているな」
ユグドラシルの口が歪む。マナも体が苦しいのか……いつものあいつだったら暴れてるはずなのに……今はただ、肩で大きく息をしていた。
でも、こんな絶望的な状況なのに……それでも、マナの目は強い光があって―……あいつはギッとユグドラシルを睨み付けていた。
「……おもしろい。神子同様、お前もデリスカーラーンに来てもらうぞ」
そんなマナを見たユグドラシルは楽しそうに笑って、そう告げた。
++++++++++++++++++++
……息があがる。体が千切れるんじゃないかってくらい痛む。ただでさえ体がキツい状態で精霊を二体同時に召喚したからだろうか……あたしの体は悲鳴をあげていて……コレットをロイドに投げて渡すのが精一杯だった。でも、このくらいの無理は無理じゃない。
あたしが広間に入ったあの時…ロイドに誰かが剣を向けたあの時―……あたしの中で今まで見てきた光景がフラッシュバックをしていった。
嫌だ……嫌だよッ!!
気が付けば、あたしは叫んでいた。あんな思い……もう二度としたくなかったから。
肩が激しく上下する。心臓がバカみたいにうるさくて体が震える。そんなあたしを誰かが持ち上げるのが分かった。
んっ……あれ……これって……これって!!
さっきとは違う種類の悪寒があたしの体を駆け巡る……!……いやー……まさか……ハハッ……まさかねー……
“視線を下に向けるべからず”
……そんな基本を忘れたわたくしが阿呆でございました。
「全身白タイツゥウウウウウ!?イヤァアアアアアア!!気持ち悪い!キモいじゃなくて気持ち悪い!!離せ!!この猥褻物!!!」
そう、あたしの目の前にいるのは全身白タイツの……それこそ猥褻物陳列って騒ぎじゃねーぞ。……という謎の全身白タイツ長髪男と……紫タイツだ。
全身タイツだけでも破壊力(視覚的な意味で)抜群なのに何をトチ狂ってるんだか……二人とも羽が生えているというあたし的にありがたくない変なオプション付きだ。
気持ち悪いうえに痛い!!
あっちの世界にも痛い奴がいなかったといえば嘘になる…あたしの知ってる奴にムッキムキのハーフスパッツ男がいるのは事実だ。だけど、さすがにコレは……一刻も早くここから抜けたい!ロイド達の方に行きたいと願っても、白タイツに捕まっているから体は動いてくれない!ってか、この変態共……猥褻物という本当の事を言われて少なからずショックを受けているようには見えるものの……いっこうにか弱い乙女であるマナちゃんを離そうとしないのだ!ええい、離せ!!社会の屑!!乙女の敵!!
「……うッ!!」
……一際大きく自分の心臓が跳ねる。嫌でも分かる……死者のマナに当たり過ぎた。また、意識が少しずつ遠くなっていく。目の前のタイツどうにかしたいのに!
ロイド達は逃げない。あたしが捕まってるこの状況を気にしてるんだ……!
「行って!!ロイド!!」
最後の気力を振り絞ってあたしは叫ぶ。
「だけど……!」
「コレットが捕まったら、それこそ、この猥褻物の思うツボだよ!!ロイド、言ったよね!?コレットを守るって!!行け、ロイド!!あたしなら大丈夫だから!」
「……マナ!くそっ……!!」
ロイドはぎっっと唇を噛み締めると……コレットを抱えて走りだした。リフィルやジーニアス、しいな……みんなもロイドに続いて走り出す。
「させるか!!」
ユグドラシルがロイド達に向かって光弾を飛ばすけれど―……
「シェイド」
すぐさまあたしはファ・ディールの闇の精霊……シェイドに語り掛けた。そして……シェイドは―……
「貴様ッ……!!」
ユグドラシルの放った光弾を相殺させて……ゆっくりと消えていった。
みんな無事に逃げた。その姿を薄れていく視界の中でなんとか確認したあたしは、意識を深く沈めていった。
「……クッ……神子は取り逃したか……まあ、いい。この娘が手に入っただけで十分だ。……引くぞ。クラトス」
「御意」
―……死ぬなよ、ロイド……―
誰かの声が、聞こえた気がした。