シルヴァラント編(TOS)
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「だって、泣いたって何も変わらないじゃん。そんなのただの自己満足だから」
「……そうだね。君が泣いたところであの4人は帰ってくることはないし、救われることもない」
「……」
「……でも、君はどうだい?」
音もなく、冷たい肌を刺すような長い雨が降っていた。
《Tales of Mana》
「ししょー!!どうして俺を連れてってくれないんだよー!!」
「バド!朝からうるさい!それにマナさん困ってるじゃない!」
「でもコロナ!大魔法使いになるためには、ししょーに修業を―……!」
「まだそんなこと言ってるわけ?ホントバッカみたい!」
「あー……ほら、2人ともわかったから!ほらほら、これ飲んで少しは落ち着きなって」
今日も朝からこの家は賑やか……というよりもうるさい。帝都や魔法都市からかなり離れたド田舎のドミナの街……からさらに離れたここにこの家はある。
都会の喧騒とはほど遠く離れているため、普通ならば優雅な朝の目覚めが待っているのかもしれないが、あいにくこの家にはそんな優雅さなんてミジンコ一匹分もない。今日も今日とて、外の静けさとは真逆のような状況で一日が始まろうとしていた。
騒音の中心にいるのは森人の姉弟。ひょんな事(別名・世界をまるっとカボチャで支配しちゃうぞ事件)で知り合ったこの双子は今やこの家に当然のように馴染んでしまっていた。
「ししょー……やっぱり一緒に行っちゃいけないのかー?最近、俺のこと連れていってくれないしさー……」
ミルクが入ったコップをつまらなそうに吹いてボコボコと泡を立てているこいつはバド。
「んもう!バドってばボコボコうるさい!それにあんたが行っても足手まといになるだけじゃない!!」
んでもって、こっちの少しませてる女の子がコロナ。あたしの大事な家族、だ。
「ねえ、マナさん!マナさんも言ってやって下さいよ!」
「へっ?何、コロナ?」
どこか遠くへとぶっ飛んでいた意識を慌てて元に戻す。まだボケるつもりはないんだけどなー……
そんなあたしに対して、ししょーしっかりしてくれよなーというバドの声とマナさんしっかりして下さいというコロナの声が綺麗にぴったりとハモって降り掛かった。……さすが双子。あたしは人体……うーん……双子の神秘?に密かに関心何ぞをしつつ自分のコップについであったお茶をぐいっと飲み干した。味は……うん……今度からはもうちょい早くに飲もう。
「ふー……ご馳走様。あっ、そだ。さっきの話だけどね、バド。別にバドが足手まといだから置いていくとかそういうのじゃないからね?そこの意味をはき違えないよーに」
「じゃあ、なんでさー!だったら俺を連れてってよー!」
「今日はさ……ちょっとね。1人で行きたいんだ。野暮用あってさ。……なんで?って顔してるねー?あんまりしつこいと女の子にもてないぞー?」
そう言ってバドの頭をくしゃっと撫でれば、目線こそブスッとしてこっちを見ているけれど―……
「……わかった。俺、大人だから待ってる。でも、次は連れてってくれよな!……って、ししょーいつまでも頭を触らないでくれよ!俺、もう子供じゃないぞ!」
「どーこーがおとなー?まだおねしょの癖治ってないのに?それにマナさんに頭撫でられるの本当は大好きなくせに」
「なっ……あれはラビが漏らしたんだって!俺がおねしゃなんて……!」
コロナの一言でバドの顔色は真っ赤になったり白くなったりと非常に忙しく変わっていく。その慌てぶりとあまりに下手くそな嘘がおもしろくて
「……プッ……あははは……」
「あっ、ししょー笑うなってば!」
朝もはよからあたしのバカみたいな笑い声が家いっぱいに響いたのは不可抗力のようなものである。
「ふう……んじゃ、そろそろ出掛けるね」
「はい、いってらっしゃいマナさん!」
「うん。いってきます、コロナ」
そう言ってコロナの頭を撫でれば
「……コロナだって人のこと言えねーじゃん」
というバドの煽るような声と「うるさい!」というコロナの怒声が聞こえるのでした。
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「……やっぱりここは変わらないんだね」
2人と別れ家を出たあたしは今、デュマ砂漠に来ている。昼の砂漠はバカみたいに強い風が吹き荒れていて、髪や肌に容赦なく赤茶けた砂を叩きつけていった。砂漠というだけあって、ここにあるのは乾いた砂と冷たい岩肌。後は砂漠の少ない水分を糧として植生しているサボテンぐらいなもんである。一言で片付けるなら不毛の大地とかいうやつであろうか?
今回あたしがここに来たのは観光や遊びや鍛冶の材料探しでもない。
バサバサと防砂目的で着ている砂マントが大きくなびく。熱風が踊り狂うその先に……それはあった。
「“ルシェイメア”……やっぱりここに落ちたんだ」
“ルシェイメア”黒竜王アーウィンの手によってこの世界に復活した光鱗のワーム。かつて、このルシェイメアは星より降り、その爪は大地を切り裂いて、7つの都市と3つの森を飲み込み、最後には火山を飲み込んで消滅をしたという。
最も、今ここにあるのはルシェイメアの乾いた骸。もうその光り輝く鱗が青い空を巡る事はない。
なぜ?それは殺したから。
誰を?ルシェイメアを蘇らせたアーウィンを。
誰が?……それは……
「君のおかげでね。ルシェイメアは落ちた」
「ポキール……」
後ろから聞こえてきた声に振り替えると、ド派手な格好をしたマナの賢人と呼ばれ皆に敬われる一人の男が静かに立っていた。
「どういう風の吹き回しだい?君がこんなところへ来るなんて。気でも変わったのかい?」
「んな事、あたしの自由でしょ?ってか、むしろなんで賢人様がこんなところにいるわけ?少しは働いたら?」
そう言ってため息を一つ吐く。あたしの目の前にいるコイツはこの世界の人々を導く役割を担っている賢人の一人……のはずなんだけど……
「僕は語り部だよ。世界の出来事を見聞きしそれを後世に伝える。それが仕事さ」
正直、ただプラプラと遊んでいるように感じるのはあたしだけではないはずだ。一歩間違えれば本当にニートじゃないのか?そんな思いは胸のなかに秘めておこう。うん。
「……彼らに会いに来たのかい?」
「……」
ポキールの言葉にあたしは黙り込んだ。たしかに、あたしがここにきた理由はポキールの言う“彼ら”に関係がある。でも……
「あたしにそんな資格、あると思う?」
そう、あたしにはあの4人に会う資格があるはずがない。だって、あの4人はきっとあたしを許さないだろう。ダナエも、マチルダも、エスカデも、アーウィンも……みんな皆、逝ってしまった。遠くへと。あたしは“あんなにも”4人の関係に首を突っ込んだくせに誰一人として救うことができなかった。
砂漠の風が少し湿ったものへと変わる。湿ったその風は足早にあたしたちの間を駆け抜けて遠くへと去っていった。
「……泣いているのかい?マナ?」
頭上からポキールの声が降り注ぐ。でも、あたしは顔を上げることなんかできなくて―……泣く?……そんなこと……
「……だって、泣いたって何も変わらないじゃん。そんなのただの自己満足だから」
ポツ……ポツ……と、空から何かが落ちてくる。その何かは次から次へと落ちてきて―……足下の赤茶けた砂に吸い込まれては消え、吸い込まれては消え、……やがて深い染みになっていった。
「……そうだね。君が泣いたところで4人は帰ってこないし、救われることもない」
「……」
ポツポツ……しとしと……と、空から降り続けるそれの音がだんだん大きくなる。
「……でも、君はどうだい?自己満足……君はそう言ったよね?でも、泣く事で君の悲しみは少しは流れるんじゃないのかい?……少なくとも君は救われる」
「……でも!あたしは!あたしは……!!」
ポキールのその言葉に弾かれたように顔を上げる。あたしの顔を空から降りてくる何かが当たって流れていった。
「いいかい、マナ?マナの賢人だって、いいや女神ですら人の心が命じたものをねじ曲げる事は出来ないんだ。わかるかい?」
「……」
「君は4人を救うつもりでいた。でも、そもそも救う必要なんてなかったんだ。何故だって?それはあの4人は救いを必要としていなかったからだ」
シトシトと……ザーザーと……それは降り続ける。
「あの4人は生きた。自分の心のままにね。彼らはそれぞれ自分の中にある愛に基づいて行動していた。その結果がどうであれ、彼らは生き抜いたんだよ。そして、君は彼らの愛を見届けた」
「……でも……!だからって、あたしは誰も……!」
頬にさっきから流れていたものとは違うものが流れた。生暖かなそれは次から次へと止まる事なく溢れてきて―……
「あ……あたし……あた……し……」
喉から出てこようとしている言葉をせき止めていった。
「君は最後まで見届けた。それは簡単に出来ることじゃない。
君は君に出来る事をしたんだ。マナ、そんなに自分を責めるんじゃない。これから先、ずっと自責の念に縛られて生き続けていくのかい?そんな生き様に光明があるのかい?」
「……ッ……!」
「いいかい、マナ?よく聞きなさい。君が君自身を愛さなければどうするんだい?愛が君の力になる。君が君自身を愛して誰かを愛すれば、君もその相手も満たされ全ては新しく生まれ変わっていく。でもね、自分すら愛せない人間が一体誰を愛せるというんだ?」
ザーザーと、ザーザー……と、激しい雨が降る。全てを覆うように……流していくように……
「……この場所でこんなに空が泣くのは珍しいね」
ポキールはひどく優美な動作ですっと視線を空へと移した。あたしはそんなポキールの動作をどこか遠くから見ているような……そんな風に見ていた。
「……君はどうするんだい?もう少しここにいる?それとも送ろうか?」
「……ううん。もう少しだけここにいるよ。もう少し……もう少しだけ……」
静かに首を横に振りそう答えた。取り繕うように笑おうとしたけれど、あたしの顔はきっとひどく歪んでいると思う。ポキールの目には今のあたしの姿は酷く滑稽に写ったのだろうか?
「……そう。ならばそれでいい。君の判断に従うよ。でも、忘れないで。
君のイメージが力になる。君の言葉が世界になる」
賢人がいなくなった砂漠の荒野で一人、あたしは立っていた。ポキールの言葉、全部を免罪符にするつもりもあたしがした事を忘れるつもりもないけれど……今だけ……今だけでいいから泣かせて……それくらい願ってもいいでしょう?