Birthday 2023
「ロー、なんか欲しいモンあるか?」
少し掠れ気味の優しい声が降ってくる。心地好い気怠さに浸りベッドに横になったままぼんやりしているおれの髪を撫でながら。
「……水」
「あ、ああ。そうだな、喉乾いたよな」
取ってくる。そう言ってコラさんは素早く寝室を出て行った。おそらく彼が知りたかったおれの欲しいものはそういう事ではないのだろうとわかっていたけれど、喉が渇いていて水が飲みたいのも事実だったので間違った回答はしていない。ただ、ちょっと焦らしているだけだ。
水差しとグラスを持ってすぐに戻ってきたコラさんはおれの身体を支えて起き上がらせてくれた上で、水を注いだグラスをしっかり手渡してきた。冷たい水が喉を通る気持ち良さ。火照った肉体に染み入る水分にホッと息を吐く。
「ローが今欲しいものってなんだ?」
おれの様子を窺っていたコラさんは、少し躊躇いながらも再び同じ質問を投げてくる。今一番欲していたのは水分だ。それが満たされたら次は。
「今すぐ欲しいのは、キスだな」
ヘッドボードにグラスを置いて、そのままその腕をコラさんの首に回す。彼の頭を引き寄せて唇を奪う。情事の最中にも数えきれないくらいしたはずなのに、まだ足りない気がするのだ。
「いや、そうじゃなくてよ」
唇が離れた隙を狙ってコラさんは何か苦情を言いたげだが無視だ。たっぷり愛を注がれて心も胎も満たされて余韻に浸っていたい時にする質問じゃないんだよな、それは。どうせセックスした後のぼんやりしているおれなら欲しいものを素直に言うだろうと言う思惑からの質問なのだろうが簡単に策にハマるのも癪だ。それに、おれの事で頭を悩ませる恋人がいるんだという事実はとても心を躍らせる。
「こらさん、もっと」
目を閉じて、再び口付けを強請った。直前のはおれの方からしたから、次はコラさんからしてほしくて、健気に待つ。観念したのかおれの魅力に抗えなかったのか、コラさんの唇はおれの瞼に吸い付いて、そこから頬にこめかみに、顔中に。そして最後に唇に。沢山のキスを贈られておれはもう大満足だ。
そのまま、おれを撫でる大きな手とぬくもりと大好きなにおいによって眠りへと誘われる。欲しい回答を得られなかったコラさんには悪いけれど、今夜もたっぷりおれの事を考えながら眠ってほしい。今夜も、これからしばらく先のおれの誕生日当日まで、ずっと。おれの事だけ考えてくれてればいいんだ。
*****
もうすぐ誕生日だな。9月に入って間もなく、コラさんはそう言い始めた。まだ一ヶ月もあるのに、だ。子供の頃から何度も祝ってもらっているから、今更サプライズや大げさなモンはいらないとここ数年は互いに欲しいものやしてほしいことを申告するようになっていた。だが今年は何となく欲しいものは言わずにいた。特別に何か欲しいものがあるわけでもなかったし。それよりもコラさんが今のおれに贈りたいと思ってくれるものが何なのかの方が気になった。
「コラさんが考えておれにプレゼントしたいと思ったものをくれりゃァいいんだ」
そう答えてから半月ほどコラさんは悩んでいたし、電子機器のパンフレットや普段買わないようなファッション雑誌とにらめっこしている時もあった。それでもどうやら答えに辿り着けず、そこからさらに半月はおれに欲しいものを言わせようとあの手この手を使ってくるのだ。
まだ食べたことが無くていつか食べてみたいと思っているものは無いか。そろそろ寒くなるが新調したい防寒具やアウターは無いか。旅行に行くならどこがいいか。日常会話を装って探りを入れてくるが、そういうときのコラさんの話の切り出し方は極端なほど不自然だ。そこがまた彼の可愛い所でもあるのだが。
そうして毎日、一緒に暮らしているのだから当たり前だが、家にいる時も仕事に出ている時もずっとずっとおれの事を考えているコラさんの出来上がりというわけだ。それがおれの欲しいものなんだって、きっとコラさんは気付いていないだろう。
*****
サンタクロースが来るにしては早すぎないか?たしかそんなおっちょこちょいなサンタの歌があったはずだが。そう内心でツッコミを入れてしまったのは、誕生日当日の朝の事だった。
ひんやりとした寝室で一人きりで目覚めた。コラさんは休みが取れなかった為、早朝に出勤しているはずだ。肌寒く感じるのはその所為だろうと思う。
気付かれないようにこのベッドを降りて二人の寝室から出て行った恋人を、仕方ないとも思うが恨めしいとも思う。寂しさゆえに投げやりな気分になりながら、このまま二度寝でもしてやろうかと時間を確認すべく時計を見た。その目の端に、見慣れない箱を捕らえる。枕元に置かれていたのは、綺麗に包装されたギフトボックス。まぁ、おれの家ではプレゼントはクリスマスツリーの下に置かれていたが。
「サンタと間違われても知らねェぞ」
笑いながら箱を持ち上げる。軽くはない。持ち上がらないほど重すぎるわけでもない。両掌に乗せて少しはみ出す程度の大きさ。ワクワクしながらリボンを解き、包装紙を剥がしていく。
開いた箱から出てきたのは革のカバーのかかった手帳と万年筆、インクの瓶だった。渋くてかっこいい色とデザインのチョイス。手帳を開けばカバーの内側にイニシャルの刻印が入っている。
大人っぽい贈り物に、つい感動してしまう。コラさんはおれを子供のころから知っているからか、または縮まることのない年齢差からか、どうしてもおれを子ども扱いしてくる時がある。甘やかされるのも嫌いではないので全部が全部不満だというわけでもない。対等な人間としてきちんと話をすることだって勿論ある。それでも時折、線引きされているような感覚に悔しさを覚え歯噛みすることがあるのだ。
そんなコラさんが、今のおれにと選んでくれたものが手の中にある。浮かれた気分でベッドを降りて、贈り物を包装紙やリボンごとまとめて抱えてリビングへ。まるで本当にクリスマスの朝みたいな気分だ。
途中、廊下でひらりと小さな紙が落ちた。両手がふさがっていてすぐには拾えなかったので一度リビングのローテーブルにプレゼントを置き、落ちた紙を拾いに戻る。裏返しで落ちていたのを拾いながらひっくり返す。製品の手入れ方法でも書いてある紙なのだろうと勝手に思い込んでいたが全くの見当違いだった。
コラさんからの、メッセージカードだったのだ。
『ローへ
——誕生日 おめでとう 愛をこめて——
ロシナンテ』
シンプルなメッセージの中に、たくさんの愛情が込められているのがわかる。おれは知っているんだ。彼がどれだけおれの事を考えてくれているか。小さなそのカードは、さっそく手帳のカバーについているポケットに滑り込ませた。彼の気持ちごと、大切にするのだと決めて。
*****
「なんか欲しいモンあるか?水飲むか?」
誕生日の夜、日付が変わった直後に既視感のある会話。
「水、飲みてェ」
「わかった、取ってくるからちょっと待ってろ」
ついついニヤけてしまいながら、寝室を出る背中を見送る。
早上がりのコラさんと駅で待ち合わせして、予約してくれていたレストランでディナーを楽しんだ。ナイトクルーズ……船の方かヘリの方かは訊けなかったが、それとレストランと迷ったそうだ。レストランをチョイスしてくれていて良かった。心の準備の無い状態での空の旅は懲りているし、船の方は少し興味もあるが今日じゃなくていい。
そうして腹が膨れたら帰ってきて戯れる時間だ。風呂も一緒に入ったし、ベッドの上でも存分に触れ合って愛を囁き合った。思い出すだけでまた頬が、身体が火照ってくるほどに。
急いで戻ってきたコラさんに支えてもらいながら上体を起こし、水を飲む。体中に広がった甘い痺れの余韻がおれの思考を溶かしている。少しずつグラスを傾けているつもりが、飲むスピードに見合っていなかったのか口に入りきらなかった水がグラスの端から零れた。
「珍しいな、おれのドジが感染っちまったか?」
笑いながらコラさんがティッシュで零れた水分を拭ってくれる。幼いころ、食事の後に口の周りが汚れていたのを拭ってくれたのを思い出した。
「コラさん」
ティッシュを丸めて屑籠に投げ入れたコラさんを呼ぶ。欲しいものを訊いてほしい。そう目で訴える。そしたらおれは『コラさん』って答えるんだ。そう決めて、愛しい恋人を見つめる。
頭のてっぺんからつま先まで存分に愛されてじゅうぶんに満ち足りているはずなのに、もっともっと欲しいのだ。満たされればさらに貪欲になっていく。それが我慢できないのは、おれが子供だからだろうか大人だからだろうか。
コラさんの顔が近付いてくる。唇と唇がくっつく直前まで来て、それから。
「おれも、ローが欲しい。もっと、な」
吐息混じりの声が耳に届くと同時に再び数えきれないくらいの数の口付けが始まった。そうか、おれがコラさんを欲するように向こうだっておれを欲しているのか。それなら仕方がない。このまま、また二人分の欲と熱を混ぜて溶かしてしまおう。
少し掠れ気味の優しい声が降ってくる。心地好い気怠さに浸りベッドに横になったままぼんやりしているおれの髪を撫でながら。
「……水」
「あ、ああ。そうだな、喉乾いたよな」
取ってくる。そう言ってコラさんは素早く寝室を出て行った。おそらく彼が知りたかったおれの欲しいものはそういう事ではないのだろうとわかっていたけれど、喉が渇いていて水が飲みたいのも事実だったので間違った回答はしていない。ただ、ちょっと焦らしているだけだ。
水差しとグラスを持ってすぐに戻ってきたコラさんはおれの身体を支えて起き上がらせてくれた上で、水を注いだグラスをしっかり手渡してきた。冷たい水が喉を通る気持ち良さ。火照った肉体に染み入る水分にホッと息を吐く。
「ローが今欲しいものってなんだ?」
おれの様子を窺っていたコラさんは、少し躊躇いながらも再び同じ質問を投げてくる。今一番欲していたのは水分だ。それが満たされたら次は。
「今すぐ欲しいのは、キスだな」
ヘッドボードにグラスを置いて、そのままその腕をコラさんの首に回す。彼の頭を引き寄せて唇を奪う。情事の最中にも数えきれないくらいしたはずなのに、まだ足りない気がするのだ。
「いや、そうじゃなくてよ」
唇が離れた隙を狙ってコラさんは何か苦情を言いたげだが無視だ。たっぷり愛を注がれて心も胎も満たされて余韻に浸っていたい時にする質問じゃないんだよな、それは。どうせセックスした後のぼんやりしているおれなら欲しいものを素直に言うだろうと言う思惑からの質問なのだろうが簡単に策にハマるのも癪だ。それに、おれの事で頭を悩ませる恋人がいるんだという事実はとても心を躍らせる。
「こらさん、もっと」
目を閉じて、再び口付けを強請った。直前のはおれの方からしたから、次はコラさんからしてほしくて、健気に待つ。観念したのかおれの魅力に抗えなかったのか、コラさんの唇はおれの瞼に吸い付いて、そこから頬にこめかみに、顔中に。そして最後に唇に。沢山のキスを贈られておれはもう大満足だ。
そのまま、おれを撫でる大きな手とぬくもりと大好きなにおいによって眠りへと誘われる。欲しい回答を得られなかったコラさんには悪いけれど、今夜もたっぷりおれの事を考えながら眠ってほしい。今夜も、これからしばらく先のおれの誕生日当日まで、ずっと。おれの事だけ考えてくれてればいいんだ。
*****
もうすぐ誕生日だな。9月に入って間もなく、コラさんはそう言い始めた。まだ一ヶ月もあるのに、だ。子供の頃から何度も祝ってもらっているから、今更サプライズや大げさなモンはいらないとここ数年は互いに欲しいものやしてほしいことを申告するようになっていた。だが今年は何となく欲しいものは言わずにいた。特別に何か欲しいものがあるわけでもなかったし。それよりもコラさんが今のおれに贈りたいと思ってくれるものが何なのかの方が気になった。
「コラさんが考えておれにプレゼントしたいと思ったものをくれりゃァいいんだ」
そう答えてから半月ほどコラさんは悩んでいたし、電子機器のパンフレットや普段買わないようなファッション雑誌とにらめっこしている時もあった。それでもどうやら答えに辿り着けず、そこからさらに半月はおれに欲しいものを言わせようとあの手この手を使ってくるのだ。
まだ食べたことが無くていつか食べてみたいと思っているものは無いか。そろそろ寒くなるが新調したい防寒具やアウターは無いか。旅行に行くならどこがいいか。日常会話を装って探りを入れてくるが、そういうときのコラさんの話の切り出し方は極端なほど不自然だ。そこがまた彼の可愛い所でもあるのだが。
そうして毎日、一緒に暮らしているのだから当たり前だが、家にいる時も仕事に出ている時もずっとずっとおれの事を考えているコラさんの出来上がりというわけだ。それがおれの欲しいものなんだって、きっとコラさんは気付いていないだろう。
*****
サンタクロースが来るにしては早すぎないか?たしかそんなおっちょこちょいなサンタの歌があったはずだが。そう内心でツッコミを入れてしまったのは、誕生日当日の朝の事だった。
ひんやりとした寝室で一人きりで目覚めた。コラさんは休みが取れなかった為、早朝に出勤しているはずだ。肌寒く感じるのはその所為だろうと思う。
気付かれないようにこのベッドを降りて二人の寝室から出て行った恋人を、仕方ないとも思うが恨めしいとも思う。寂しさゆえに投げやりな気分になりながら、このまま二度寝でもしてやろうかと時間を確認すべく時計を見た。その目の端に、見慣れない箱を捕らえる。枕元に置かれていたのは、綺麗に包装されたギフトボックス。まぁ、おれの家ではプレゼントはクリスマスツリーの下に置かれていたが。
「サンタと間違われても知らねェぞ」
笑いながら箱を持ち上げる。軽くはない。持ち上がらないほど重すぎるわけでもない。両掌に乗せて少しはみ出す程度の大きさ。ワクワクしながらリボンを解き、包装紙を剥がしていく。
開いた箱から出てきたのは革のカバーのかかった手帳と万年筆、インクの瓶だった。渋くてかっこいい色とデザインのチョイス。手帳を開けばカバーの内側にイニシャルの刻印が入っている。
大人っぽい贈り物に、つい感動してしまう。コラさんはおれを子供のころから知っているからか、または縮まることのない年齢差からか、どうしてもおれを子ども扱いしてくる時がある。甘やかされるのも嫌いではないので全部が全部不満だというわけでもない。対等な人間としてきちんと話をすることだって勿論ある。それでも時折、線引きされているような感覚に悔しさを覚え歯噛みすることがあるのだ。
そんなコラさんが、今のおれにと選んでくれたものが手の中にある。浮かれた気分でベッドを降りて、贈り物を包装紙やリボンごとまとめて抱えてリビングへ。まるで本当にクリスマスの朝みたいな気分だ。
途中、廊下でひらりと小さな紙が落ちた。両手がふさがっていてすぐには拾えなかったので一度リビングのローテーブルにプレゼントを置き、落ちた紙を拾いに戻る。裏返しで落ちていたのを拾いながらひっくり返す。製品の手入れ方法でも書いてある紙なのだろうと勝手に思い込んでいたが全くの見当違いだった。
コラさんからの、メッセージカードだったのだ。
『ローへ
——誕生日 おめでとう 愛をこめて——
ロシナンテ』
シンプルなメッセージの中に、たくさんの愛情が込められているのがわかる。おれは知っているんだ。彼がどれだけおれの事を考えてくれているか。小さなそのカードは、さっそく手帳のカバーについているポケットに滑り込ませた。彼の気持ちごと、大切にするのだと決めて。
*****
「なんか欲しいモンあるか?水飲むか?」
誕生日の夜、日付が変わった直後に既視感のある会話。
「水、飲みてェ」
「わかった、取ってくるからちょっと待ってろ」
ついついニヤけてしまいながら、寝室を出る背中を見送る。
早上がりのコラさんと駅で待ち合わせして、予約してくれていたレストランでディナーを楽しんだ。ナイトクルーズ……船の方かヘリの方かは訊けなかったが、それとレストランと迷ったそうだ。レストランをチョイスしてくれていて良かった。心の準備の無い状態での空の旅は懲りているし、船の方は少し興味もあるが今日じゃなくていい。
そうして腹が膨れたら帰ってきて戯れる時間だ。風呂も一緒に入ったし、ベッドの上でも存分に触れ合って愛を囁き合った。思い出すだけでまた頬が、身体が火照ってくるほどに。
急いで戻ってきたコラさんに支えてもらいながら上体を起こし、水を飲む。体中に広がった甘い痺れの余韻がおれの思考を溶かしている。少しずつグラスを傾けているつもりが、飲むスピードに見合っていなかったのか口に入りきらなかった水がグラスの端から零れた。
「珍しいな、おれのドジが感染っちまったか?」
笑いながらコラさんがティッシュで零れた水分を拭ってくれる。幼いころ、食事の後に口の周りが汚れていたのを拭ってくれたのを思い出した。
「コラさん」
ティッシュを丸めて屑籠に投げ入れたコラさんを呼ぶ。欲しいものを訊いてほしい。そう目で訴える。そしたらおれは『コラさん』って答えるんだ。そう決めて、愛しい恋人を見つめる。
頭のてっぺんからつま先まで存分に愛されてじゅうぶんに満ち足りているはずなのに、もっともっと欲しいのだ。満たされればさらに貪欲になっていく。それが我慢できないのは、おれが子供だからだろうか大人だからだろうか。
コラさんの顔が近付いてくる。唇と唇がくっつく直前まで来て、それから。
「おれも、ローが欲しい。もっと、な」
吐息混じりの声が耳に届くと同時に再び数えきれないくらいの数の口付けが始まった。そうか、おれがコラさんを欲するように向こうだっておれを欲しているのか。それなら仕方がない。このまま、また二人分の欲と熱を混ぜて溶かしてしまおう。
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