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Birthday 2023

酒の入ったグラスを布製のコースターに乗せる。落ちそうだった水滴を吸い取ってくれるこのコースターはおれが長年使っているものだ。正方形だがよく見るとちょっと歪んでいる。リバーシブルで片面は無地の深緑色、もう片方は白熊のキャラクターの顔の絵の総柄だ。
これを使っているとローは複雑そうな表情をする。彼が小学生の時に作ったものだからだろう。学校の家庭科の授業で作ったコースターは、小学六年生のローにとっては会心の出来だったのだと思う。丁寧にラッピングまでしておれにプレゼントしてくれたのだ。それがローから貰った最初の誕生日プレゼントだった。
「恥ずかしいから、それ使うのやめろよ」
おれがこのコースターをいまだに使っていることを知ったローは最初にそう言った。だがおれはもちろん聞く耳も持たない。おれが貰ったものをいつ使うかなんておれの勝手だろう。そう返答すればローは押し黙ってしまった。以来、複雑そうな顔でコースターを睨んだりしている。
それでもおれは丁寧に手洗いをして大切に使っている。近所の可愛いクソガキから愛しい恋人になったローと一緒に暮らし始めてからもずっと。

「コラさん、誕生日おめでとう」
日付が変わって最初の言葉。何度聞いても嬉しい言葉だ。ローの声で聴くと特別嬉しい。ローが本当に心から祝い、喜んでくれていることがわかるから。
「ありがとう、ロー。またひとつおっさんになっちまったけどこれからもよろしくな」
毎年の事なのに何度でも感動してしまう名シーンになるのはなんでだろう。心の奥底からの喜びに任せ、貰ったプレゼントとともにローを抱きしめる。生まれてきたこと、ローに出会えたこと、こうして二人が健康でいられること、愛し合えて尊重し合えること。もしかしたら誰かにとっては当たり前のことかもしれないが、おれにとっては奇跡のように尊いことだ。
「プレゼント、開けてみてくれ」
促されて、名残惜しいけれど一旦身を離す。この後いくらでもくっついていられるのに、それでも離れ難い。
しかし、包装された贈り物の中身も気になっている。去年のプレゼントに比べて小さく、片手でも持てる四角い箱。重さもそんなにないようだ。包み紙を開くときに少し破れたが、ドジなおれのわりには綺麗に広げられた。箱を開いたら、中身はコースターだった。
「ずっとそれ使ってるけど、もうくたびれてるし。普段から使えるやつ、おれのとセットで」
布製のおれの宝物のコースターの代わりを用意されてしまった。場面を選んで使えるようにか、珪藻土のコースターと、くぼみのある木製のコースターが二対。デザインも大人っぽく、今どきでおしゃれなのかもしれないが、喜びよりも寂しさが先に来てしまう。
おれが少ししょげているのに、ローはなぜか笑っている。ニヤニヤと。おれがこうなるのも想定内だったのだろう。
「そんなに落ち込むなよ、コラさん。ガキのおれが作ったモンをこんなに長く大事にしてくれてたのは嬉しいんだぜ。気恥ずかしさが無いとは言えねェし、やっぱり今見たら歪だしへたくそに見えるが。大切に使ってくれてありがとう」
グラスの水滴を吸って湿ったコースターを手に取ってローは照れくさそうにしている。そして、そっと隅に置いてあった紙袋から何かフレームを取り出した。小さな額縁。正方形の。そこにローが昔に作ったコースターを重ねている。
「サイズは大丈夫そうだな。これ、洗って乾かしたらこのフレームに入れて部屋にでも飾っておいてくれよ。どうせ捨てたりなんかできねェんだろ」
ローの言葉にうなずいて、コースターとそれ専用の額縁を受け取る。ローの言う通り、おれはこれを捨てたりなんか出来ねェんだ。だってこれは、まだ育ち切る前のローからおれへの愛が込められているんだから。
おれの事が好きだから一番上手にできたやつをくれるって言ってくれた。あの時のローの気持ちごと、ずっと大切にしてきたんだ。それを、ちゃんとわかってくれるローからの贈り物は嬉しい。
「これからもずっと大切にするよ。ロー、ありがとうな」
じわじわと満たされる幸せに目頭が熱くなる。おれが涙目になるのなんて見慣れているローがティッシュを数枚取って目元に当ててくれた。
「あと、良いウイスキーと、真ん丸の球体の氷が用意してあるけど飲むだろ?」
おれの感涙から逃れるように、ローは立ち上がる。照れくさいのかもしれないし、もしかしたらローもおれに釣られて涙腺が刺激されているのを悟られたくないのかもしれない。
「飲みたい。早速貰ったコースターも使いてェしな」
逃げたところでこっちに戻ってくるのは確実なので、今は仕方なく気づかなかった振りをしておく。球体の氷が作れる製氷機は家になかったはずだ。今日の為に用意したのだろうか。おれの為に?考えただけで口元がむずむずしてにやけてしまう。
キッチンへ逃げる背中を視線で追って、幸福を噛み締める。綻びまで愛しい小さい布を撫でた。零したコーヒーのシミが取れなくて小さい白熊のうちの一匹だけ茶色くなっているのも、長年愛用してきた証だ。
ずっとずっと、愛をありがとう。そしてこれからもよろしく。
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