Scabiosa

*4月*

「美人ですねって言われるでしょ?」
 彼女はゆっくりと顔をこちらに向けて、目を細めた。

「言われない」
 さっぱりとした言い方がなかなか刺さる。

 彼女は入学式から一週間ほど学校を休んでいた。風邪を拗らせて。で、何故だか俺が担任に命ぜられ、校舎を案内することになった。
 とりあえず適当にーと思っていたのは最初のうちだけ。話していくうちに、このままじゃあバイバイじゃ寂しくなってきて。
 
「じゃあ自分のこと美人って思う?」
 この趣旨の質問を俺は良くされる。こんなこと聞くのは、繋ぎ止める会話にしてはないし、意地悪だし失礼だと思う。
 でもこの季節特有のそわそわと彼女のとなりに並ぶどきどきとが、少しだけ自分を狂わせて、聞いてみたくなってしまった。
 外階段に出てグラウンドを見渡す。木にとどまった桜の花びらは、優しくいつまでも揺れている。
「思わない、自分の好きな顔を自分はしてない。だから他の人はどう思うかは知らないけで、自分では良い顔とは思わないかな」

「同感!それ俺ずっと思ってた」
 彼女が自分と同じ感覚を持っていることに、湧き上がる嬉しさを隠せなかった。

「そう言えば、クラスどう?」
「顔の話のあとそれ?順番おかしい」
「たしかに」
「大丈夫だよ。みんな面白い」
 速度を上げて流れていく綿雲を彼女は見上げた。彼女の横顔を見る。明るい声色とは違い、壊れてしまいそうに儚げだった。不安な春風で砂が舞い、グラウンドにまっすぐに引かれた白線がぼやけていく。

「何かあったら言えよ」
「え?藤真くんに?いいの?」
 
「なんでも聞いてやるからさ」
「でも藤真くんに相談なんてしたら、女子たちの目が怖いわ」
 全然学校来てなかったのに、そういうの察する早すぎじゃね?

「じゃあ、また話そうよ。明日どう?昼休みこの外階段で」
「OK!女子たちの目が厳しくなければね!」
 女子、永遠にめんどくせぇな。おい。

「最初が肝心なのに、無駄に見立ってしまったから、気をつけてるの」
「無駄に目立つ?おもちゃのシークレット出たー!って思ったけどな、俺らは」
「何それ、全然わからない、たとえ下手すぎ」
 切れ味なかなか…だけど、春の午後の心地よさを壊すような、つんけんとした感じはない。それどころか、彼女の声は優しく胸の奥に響いた。

「髪に花びらついてるよ」
 そういって彼女は俺の髪に手をのばした。彼女の盛り上がった艶やかな頬が桜色に染る。少し照れたように見えた。それと同時にまた風が舞い、自然と髪から桜の花びらが落ちた。やわらかい髪質を呪う。雑に髪をかき揚げれば、額には汗が滲んでいた。なんだかんだで緊張してた。代謝いいからかもしれないけど。


 翌日外階段に行けば、彼女の姿は…ない。 
 女子たちの目が厳しかったのか?何か言われたのか?
 とぼとぼと校舎に入り階段を降りると窓辺から白い光が差し込み、薄く靄がかったようになる。そこに昨日よりも楽しそうな笑顔の彼女が現れた。顔の力が緩んで力の抜けた笑顔。

 単にクラスの女子と仲良くなって、俺どころじゃないってことか。
 後ろを振り返ると、彼女は眉を下げ申し訳なさそうに笑った。口で小さくごめんと言って。
 季節が進んだり戻ったりを繰り返すように、これからこんなふうに少しずつ距離が縮んで行けばいい。
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