Scabiosa

*6月*
 広がる雨の匂い。今にも雨が降り出しそう。
分厚い雲が歩くより早い速度で流れている。校舎を出て早足で歩いているうちに、ついにパラパラと雨が降り出した。次第に叩きつけるような雨に変わっていく。ふと先を見ると彼女が…俺は追いかけて声をかけた。
「急に降り出したね」
 彼女が振り返る。
「これじゃ、傘あっても無理だね」
 彼女は手に持った傘を揺らして言った。

 自転車置き場の軒先で彼女と雨宿りをすることになった。あたりは暗く日没後のような雰囲気だ。雨音にかき消され、声が良く聞こえない。彼女の耳元までかがみ話をする。雨がより彼女の香りを際立たせた。
 彼女に引き寄せられるようにして、じっと見つめ、距離を縮める。避けない?どうして?俺はまた少し彼女に近づいた。キスできそうな距離。戸惑いながら唇を近づける。
ー同意なしでキスした場合、どうなるんだろ?ー
 
 パッとグラウンドのライトが点いた。慌て彼女から離れる。雨はいつの間にかしとしと静かに時間を刻むように降っていた。もう一度彼女を見つめると、
「どうしたの?」
 と何も変わらない彼女。
 嘘?さっきの何とも思ってない?少しくらい動揺しても良くないか?
「荷物、持つよ。駅まで」
 そう言って俺は彼女の荷物を取り上げる。代わりに彼女は傘をさしてくれた。肩濡れちゃうよと彼女が近づく。揺れる空気が胸にくすぐったい。でもこの天気とは反対に心地良い。

「ねぇ藤真くん」
 何を言われるのか、もしかしてこの雰囲気のまま告白?期待を寄せて彼女を見る。
「藤真くんて、パーソナルスペース狭いタイプ?」
「え?」
「ああいうこと、誰にでもするの?」
「違っ…」
「やめたほうがいいよ。誤解されちゃう。特に藤真くんみたいな人は。あと顔が綺麗すぎてビビる」

ー誤解してもいいんだけどー
 とはとても言えず、水を跳ねて駅の階段を上っていく彼女の後ろ姿を見送った。まさか俺誰にでも手を出す男って思われてる?
 誤解してる。しちゃいけないほうの誤解。
 避けなかったのは、肯定の意味じゃない。単にビビらせたってだけ?
 なんでいつも上手くいかない?俺はこの曇天よりもさらに重いため息をついた。
(注:同意なしのキスは強制わいせつ罪です。藤真くん、気をつけて)
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