Protea
ヒロインの名前
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時刻は18時を回る。窓の外には川に浮かぶ観光船の電飾が点々と輝く金曜日の夕べ。靄がかった川に赤く彩られながら落ちてゆく夕日の景色は、デリンジャーで出されるカクテルの色に似ている。ミスサイゴン。スピリッツにライムを絞り込み、甘みの強いリキュールを数滴たらしたカクテルだ。そのカクテルを薺は好んで飲んでいた。
「お土産!」
牧は薺のデスクに小さな水色の包みを置いた。
「良かったよ、ブルワリー。隣にカフェあったから、そこのクッキー」
「ありがとうございます。コーヒーピールのクッキー、珍しいですね。牧さん、誰と行ったんですか?クラフトビール好きじゃなかったら、あまりかな?って後になって思っちゃって…」
「お客さん」
「え、お客さん?大丈夫でした?」
「ビール好きな人で趣味でビールマイスターの資格取ってる。すごく気に入ってもらえたし、今後にも繋がる話もできたよ。川瀬のおかげ」
「今日はコーヒー買いに行ったんだ?」
牧はコーヒーカップを見て言った。さらに季節は進み、コーヒーもアイスからホットに変わった。カップも季節のイベントにあわせて仕様が変わる。ハロウィン仕様なのか蜘蛛の巣が貼られたデザインになっていた。
「ランチ外行って、コーヒーまで飲みきれなかったからテイクアウトにしてもらったんです」
「そっか、すっげー喋ってそうだもんな。なんの話してんの?」
「牧さんの話」
いたずらな表情で薺が言う。
「俺?」
「普段厳しい牧さんが、好きな人にだけ見せる甘い一面ってどんなって?」
「なんだそれ?」
「嘘です。でも仕事の話以外ですね。だいたい」
牧は薺のデスクに置いてあるテイクアウトカップを手に取り、洒落てるなと言いながらまわして眺めた。
ー薺は彼と別れてから、ずっと辛そうだったんです。もう流石に引きずってないと思うけど、前ほどのキラキラがなくなったなって。でもここのところ楽しそうで。それは牧さんのおかげかもって思ってますー
先週のデリンジャーでのエリカの話。あながち自分の話題が出たのも嘘ではないのかもしれない。
「そのお店、ここからも見えますよ。Numaer Saltの隣」
薺は一歩牧に近づいて、店のある位置を指差した。淡い光が滲んで見える。ふと薺に視線を流すと、窓の外を見ていたはずの彼女と目が合った。
「似てると思わない?この窓からの景色と、あの校舎からの景色」
牧は取るに足らないような話をする。でもそこには誰にもわからない、2人だけが知っているようなことを含ませた。
「少し」
日が落ちると暗闇に紛れ水平線がぼやけて行く街の雰囲気は、校舎の窓から見えた景色に似ている。でもそれはどこにでもあるありふれた景色だ。
似ているというには無理があるようにも思える。過去に同じ景色を見ていたということを確認したくて、思い知らせたくて、牧は薺に同意を求めた。何があったわけでもないのに、今日はそんな風に気持ちが走る。上司がそう思わないか?と問えば部下は、と言うか薺は、必ず肯定する。それも織り込み済みで聞いてしまった。
何をやっているんだと牧は思った。それこそ高校時代は絶対的王者で、帝王という異名まで持っていたのに。大人になればなるほど守りに入ってしまう。
「川瀬、この後飲みに行かない?話したいことがある」
手段なんて初めからひとつしかない。正々堂々と行けばいい。
「はい」
薺の返事を待って牧は、
「場所はデリンジャー。先に行って待ってて」
先日行ったばかりのバーを指定した。
「わたしも、話したいことあります…」
薺が間を大きくあけ、静かにそう言った。
牧は身の回りを片付け、会社を後にする。夕闇が港に溶け込み、水面には会社のビル夜景の光がうつる。近年このリバーサイドではビクトリアハーバーを模したようなイベントも行われている。賑やかすぎるネオンサインを横目に牧は薺の待つデリンジャーへ急いだ。桟橋を行き交う船の灯りが残映になる。
「お土産!」
牧は薺のデスクに小さな水色の包みを置いた。
「良かったよ、ブルワリー。隣にカフェあったから、そこのクッキー」
「ありがとうございます。コーヒーピールのクッキー、珍しいですね。牧さん、誰と行ったんですか?クラフトビール好きじゃなかったら、あまりかな?って後になって思っちゃって…」
「お客さん」
「え、お客さん?大丈夫でした?」
「ビール好きな人で趣味でビールマイスターの資格取ってる。すごく気に入ってもらえたし、今後にも繋がる話もできたよ。川瀬のおかげ」
「今日はコーヒー買いに行ったんだ?」
牧はコーヒーカップを見て言った。さらに季節は進み、コーヒーもアイスからホットに変わった。カップも季節のイベントにあわせて仕様が変わる。ハロウィン仕様なのか蜘蛛の巣が貼られたデザインになっていた。
「ランチ外行って、コーヒーまで飲みきれなかったからテイクアウトにしてもらったんです」
「そっか、すっげー喋ってそうだもんな。なんの話してんの?」
「牧さんの話」
いたずらな表情で薺が言う。
「俺?」
「普段厳しい牧さんが、好きな人にだけ見せる甘い一面ってどんなって?」
「なんだそれ?」
「嘘です。でも仕事の話以外ですね。だいたい」
牧は薺のデスクに置いてあるテイクアウトカップを手に取り、洒落てるなと言いながらまわして眺めた。
ー薺は彼と別れてから、ずっと辛そうだったんです。もう流石に引きずってないと思うけど、前ほどのキラキラがなくなったなって。でもここのところ楽しそうで。それは牧さんのおかげかもって思ってますー
先週のデリンジャーでのエリカの話。あながち自分の話題が出たのも嘘ではないのかもしれない。
「そのお店、ここからも見えますよ。Numaer Saltの隣」
薺は一歩牧に近づいて、店のある位置を指差した。淡い光が滲んで見える。ふと薺に視線を流すと、窓の外を見ていたはずの彼女と目が合った。
「似てると思わない?この窓からの景色と、あの校舎からの景色」
牧は取るに足らないような話をする。でもそこには誰にもわからない、2人だけが知っているようなことを含ませた。
「少し」
日が落ちると暗闇に紛れ水平線がぼやけて行く街の雰囲気は、校舎の窓から見えた景色に似ている。でもそれはどこにでもあるありふれた景色だ。
似ているというには無理があるようにも思える。過去に同じ景色を見ていたということを確認したくて、思い知らせたくて、牧は薺に同意を求めた。何があったわけでもないのに、今日はそんな風に気持ちが走る。上司がそう思わないか?と問えば部下は、と言うか薺は、必ず肯定する。それも織り込み済みで聞いてしまった。
何をやっているんだと牧は思った。それこそ高校時代は絶対的王者で、帝王という異名まで持っていたのに。大人になればなるほど守りに入ってしまう。
「川瀬、この後飲みに行かない?話したいことがある」
手段なんて初めからひとつしかない。正々堂々と行けばいい。
「はい」
薺の返事を待って牧は、
「場所はデリンジャー。先に行って待ってて」
先日行ったばかりのバーを指定した。
「わたしも、話したいことあります…」
薺が間を大きくあけ、静かにそう言った。
牧は身の回りを片付け、会社を後にする。夕闇が港に溶け込み、水面には会社のビル夜景の光がうつる。近年このリバーサイドではビクトリアハーバーを模したようなイベントも行われている。賑やかすぎるネオンサインを横目に牧は薺の待つデリンジャーへ急いだ。桟橋を行き交う船の灯りが残映になる。