Snow Drop

ヒロインの名前

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ヒロインの名前

 四角い石張りの門柱を抜け、緩やかな勾配を登るとの住むマンションのエントランスがある。そこで流川に声をかけられた。突然のことには驚く。
「どうしたの?」
 と問えば自分に話があると流川。マンションのエントランスに流川と並んでいる…不思議な光景だとは思う。

 通りを曲がった先には、レンガ作りの産院がある。そこに併設された広場はこの時間は人気もなく穴場だ。広場には金網で仕切られたバスケットのリングもある。会話に困ったら、そこでシュート練習でもしてつなげばいい。ここよりマシだ。行けばなんとかなるだろう。は流川をそこまで連れ出した。

 予期せぬ場所で会うというのは必要以上に緊張してしまう。まして自分が惹かれている相手となればなおさら。
 なぜ流川は自分の家を訪ねて来たのだろう。そして何故自分の家を知っていただろう。三井から聞いていたという可能性もあるけれど。
 一方でこれから特別な出来事が起こるような期待をどこかに潜めながら、は流川の言葉を待った。

 いつも通りといえばそうなのだが、流川は何も言わない。バスケットのリングを眺めているように見えるが、実際には“眺めているふり”をしているだけなのかもしれない。
 いよいよ自分から話しかけなくてはならないと、隣に並んだ時、流川の前髪が風に翻った。

「大丈夫なの?」
 薄く微かに残る程度だが、傷跡があった。完治したも同然の傷跡。それなのに不穏な気持ちにさせられる。インターハイの試合中に何があったのだろう。どんなに深く息を整えても、声が震えてしまう。

 流川は意外にもよく傷を作ってくる。

「初めて会ったときは額から血を流してたし、それから1ヶ月もたたないうちに、体育館で大喧嘩して。自転車ごと車に突っ込んだり?いつも怪我ばっかり。男の子ってこんなもん?なんだか危なっかしくて心配。それも頭とか目とか。こっちが嫌になっちゃう…」
 声どころか、ついには足元までも震えてくる。あまりくどくど言ったら嫌がられる。うるせーとかどあほうとか一喝されるに決まっている。でも止まらない。彼に対し何の権利も持たない自分が何を言っているのだろう。途中から自分でも呆れた。
 
「大丈夫。いい薬もらった」
「誰にもらったの?それ大丈夫なやつ?」
「名前は…忘れた。多分、東西南北のどれか…か..な?」
 面倒そう流川は答えた。流川にしたら今更なことなのだろう。

「もういい?」
 何が?…と、そう返す前には抱きしめられた。
ーもう抱きしめていいか?ー
 という意味だったのか。言葉が足りないせいでいつも自分ばかりがドキドキさせられる。どうしても自分に都合の良い物語を作ってしまう。

「なんか言ってよ」
 感情が追いつかず泣きそうになる。
「探してた」
 主語も目的語もない。

「インハイ帰ってきたから報告。負けたけど。あと…こんだけ舞台は整えられてんのに、なんでおめーだけがいねーの?って思った」

「好きだ」
 立っていられないほどの衝撃。言葉に添えられた熱っぽい眼差しをはまともには受けられない。無口で無愛想にしているくらいが流川はちょうどいいとは思った。

 静かな午後、夏が終わるのだ。
 子どもの声も蝉の鳴き声も聞こえない。むせ返るような夏の熱気はもうなく、青く抜けた空に、秋を思わせる風が吹く。なのに耳まで熱くなる。

「ほんとに痛くない?」
 流川の前に回っては言う。瞼に触れると、流川は反射的に目を閉じた。
 その隙に、は、ーわたしも好きーそう言う代わりに、精一杯の背伸びをして、流川にそっとキスをした。
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