VS
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ねえ監督生、知ってる?」
そう言って語り出した親友の話よると。麓の街で近々開催されるというお祭り──そこへ意中の相手、もしくは最も親しい人物と二人きりで遊びに行くと近い内に恋人が出来るらしい。
正直なところ、そんな迷信じみた話を信じるなどエースらしくないな、と言うのが一番先に出た感想だった。まあ、こんな事を言えば拗ねてしまうに違いないから伝えはしないけれど。
「っつーわけなんで、頼む!」
「えっ?」
「いや、分かってるとは思うけどさ。もちろんオレが狙ってんのは後者な」
「そりゃそうだけど、でも私……」
「なあ、頼むって〜!オレとユウの仲じゃん?……ほんっと、この通り!」
ぱちん、と小気味よい音を立てて合わせられた手のひら。エースがここまで食い下がってくるのはかなり珍しい。そこまでして恋人が欲しいだなんて意外というか、そもそも、今は恋人を作る気がないって前に言ってなかったっけ?
いや、それよりも。私には大切に思うひとがいるわけで。親友だとしても、男女二人きりで遊びに行くのは如何なものか──でも、先輩って、あまり嫉妬とかしなさそう。それに相手は他でもないエースだし。先輩はエースの人となりも、私とエースの仲の良さもよく知っている。
あれこれと思案をしながら脳内に愛しいひとを浮かべて、眉をしかめた。悩ましい。
「……うーん、先輩に聞いてみるね」
「っし!サンキュ~、マジで助かる」
「もちろん許可を得てからだよ、結果はまた後で伝えるね」
「ん、頼むわ」
*
「……は?」
「えっと、その」
次の休日にエースと出かけても良いかと尋ねたところ、思い切り眉を顰めた先輩に、慌てて言葉が足りていなかった事を謝罪する。
冒頭の話を交えた説明をすると、先輩は腑に落ちたように頷いて、顎に手を添えた。
こんな時にこんな事を思ってしまうのはなんだが。なんというか、とてもサマになっている。真っ先に浮かんだかわいい、という言葉はどうにか飲み込んで。
「は~……そんな可愛い顔してもムダッスよ!」
肩に先輩の顎が乗せられる。ぐるるる、と喉が鳴った。やっぱり、かわいい。
「ごめんなさい、……やっぱり、嫌ですよね」
確かに、私は先輩の気持ちをちゃんと考えられていなかった。だって、もし逆の立場だったら、嫌に決まっている。たとえ出かける相手がラギー先輩の古くからの知り合いだったとしても、複雑な気持ちでいっぱいになるだろう。無意識に先輩のふわふわの髪の毛に指を差し入れ梳かすように撫でていると、近くから聞こえるごろごろ音のボリュームが先程よりも上がる。か、かわいい。
「……一応聞いておきますけど。アンタはオレの?」
「こ、恋人、です」
「そうッスね。んで、恋人がいながら他の男と“カップル”ごっこをして遊ぼうって?」
「いやいやいや、とんでもないです!もちろんラギー先輩が嫌なら断ろうと思って聞きました、それで、」
すぐそばからシシシッ、と先輩特有の笑い声が聞こえ、それにほんのちょっとだけ安堵する。
「じょーだん。いーッスよ、べつに」
「ラギー先輩……その、先輩。私はエースのことを大切な親友だと思っていて。それはエースも同じで、私のことなんて一ミリたりとも女だと思ってないので……先輩が心配するようなことは、一ミリもないです」
「…………鈍感も、そこまでいくといっそ清々しいッスねえ」
「先輩……?」
「んーん。あー、ただ約束してほしいコトが二つあるんスよね。いい?」
「もちろんです」
「ありがと。……じゃあまず、遊んだ後は現地解散でよろしく」
「はい、わかりました」
「ん、いい子。で、もうひとつのお願いなんスけど──」
*
お祭りを見て回っている間、いつものエースからは考えられないくらい丁寧なエスコートをしてくれて。
会話の内容はいつものように、ふざけたものや当たり障りのないものばかりなのに、とてもさりげなく気を遣ってくれていた。まるで、自分がプリンセスなのではないかと錯覚してしまいそうなくらいの扱いを受けて、少しだけ、緊張する。
今日ずっとそばにいたのはエースなはずなのに、まるで違う男の子のように思えた。ラギー先輩というかけがえのない存在がいなければ、恋人同士だと錯覚してしまう程の距離感だったから。
「ユウ」
エース越しに見える薄暗くなり始めた空に、盛大な音と共に花火が打ち上がる。
逆光になっているエースの顔は、すごく真剣な表情で。頬は、彼の髪の色に負けないくらいの赤みを帯びていた。
あ、あれ。これって、なんか。
「……ねえ、ユウ。この後さ、」
「はーい、ストップ」
両肩をふわりと掴まれ、それが私の目の前で伸び交差したかと思うと、背後から肩を抱かれる。更に抱き寄せられると、ぴったりとくっついた。ああ、やっぱり先輩のにおい、好きだな。
「約束通り迎えに来たッスよ、ユウくん」
やがて両腕が下降していき腰周りに巻き付けられると、一度だけしっかりと抱きしめられてからくるりと後ろを向かされる。
「んじゃ、気を付けて帰るんスよ~。エースくん」
「…………うぃーす」
それだけ言うと颯爽と歩き始めるので、私もついていく。顔だけを後方に向けて、エースに手を振る。何処か力なく振り返された手のひらを確認してから下ろそうとした私の手は、流れるように絡め取られてしまう。そしてそこに力が込められたかと思うと、やさしく引かれ、先輩の胸元に顔を押し付けてしまう形で倒れ込んだ。
「わっ、せんぱ、まだエースが近くにいるのに……!」
抱きしめられる力が、強まる。
「他の男の名前、呼ばないで」
それって、という言葉が私の口から飛び出る前に、すかさず唇を塞がれる。何度も角度を変えては口付けられ、息がもたない。すがるように掴んでいた服の裾を強く引くことで、ようやく私たちの間に距離がうまれた。
「……っん、……もう、そんなに嫌だったなら、行かなかったのに……!」
「……だって、余裕のない男はかっこ悪いじゃないッスか」
拗ねたように突き出された唇。ここ数日たくさん我慢してきた「かわいい」という言葉を遂に漏らしてしまえば、じとりと細められた二つの青色が近付いて。鮮やかな花火の下で、私たちの影が重なった。
23/07/20