06
name change
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「鞄ならそう言え。紛らわしい」
「……か、鞄ですみません……?」
明け方に眠りについたわたしが目覚めた時には、窓の外の日は随分と高く昇っていた。完全に寝過ごしてしまった。そう気づくも、動けない身では起きていようが寝ていようが大して変わらないのでは、なんて。呑気な思考しか出来ない寝起きのわたしは、だから初めからこの部屋に居た人の存在に、ボスッと横から飛んできた赤い何かを寄越されるまで気がつかなかった。
彼――わたしを手当てしてくれた少年から受け取ったそれは、あの日わたしが背負っていたランドセルだった。有難いことにわたしと一緒に回収してくれていたようだ。
「それ、変わった形状だな」
「……?そう、ですか……?」
「……おまけに趣味の悪い色だ」
あの時血かと思った、ボソリとそう呟いた彼はどこかばつが悪いような表情をしていた。開口一番にぶつけられた謎の怒りも、その表情も、わたしには原因の検討がつかず。目をぱちぱちとさせていると、するりと話を変えて具合を聞いてきた彼は直ぐに、また近寄りがたい空気を纏った。
枕元に受け取ったランドセルを置いて、彼に体調は悪くない事を報告していると、扉が開く音がする。体に積もった雪を手で払い落としながら顔を出したのは、昨日会った二人と一匹だった。部屋は途端に賑やかなものへと変わる。
「改めて、おれはベポ!こっちはシャチと、ペンギンだよ」
「よろしくな!」
「よろしく」
「……、」
わたしが起きている事に気がついて早々に自己紹介を始めた白熊、もといベポさんは、やはりこの視界に全く馴染まない。けれど特にリアクションも無く接する周りの三人に倣ってわたしも気にしない事に決めた。インコやオウムだって人の言葉を話すのだしそれが白熊というだけの話だと、そう思うことに帰結した。こういうものは慣れなのだ。
その隣に居るキャスケット帽を被った人は、シャチさんというらしい。なんというか、ここに居る誰よりも感じの軽いような気がする。まだ青年になりきれていない所為か、顔にかかるサングラスが若干の違和感を覚える事は黙っておいた方が良さそうだ。
残るもう一人は、ペンギンさんというらしいのだけれど。わたしが読めないその帽子の文字には、もしかして彼自身の名が刻まれているのだろうかと、ふと気がつく。自己主張が激し過ぎやしないか。こんな真面目そうな顔をしているのに、本当に人の趣味とは様々である。
「あ……玉森千歳です。すみませんが、し、しばらくお世話になります……」
そんな三者三様の印象を抱きつつも軽く頭を下げて挨拶を返せば、変な名前だなお前、となぜか一蹴されてしまった。
確かに彼らに比べるとわたしの名前なんて普通過ぎるかもしれないけれど、そもそも三人のそれは名前というよりニックネーム的なものだろうから、全く比べる対象では無いだろうに。ひょっとすると、あれなのか。さっきの流れは、安直に本名ではなくわたしも呼んでほしい愛称を伝えるべきシーンだったのだろうか。
暗に言い直せと言われている気がしないでもない視線を受けて堪らず、ちら、とわたしはつい傍に居た人の顔を伺った。
「……トラファルガー・ローだ」
けれど欲しかった返答は来ず。まるでわたしが催促していると感じ取ったのだろう、まだ名乗っていなかった彼は思い出したかのように、自身の名を口にする。
それは明らかに横文字だった。成程、彼らは外国人の集まりだったらしい。クラスメイトにそういった子が居ない所為か馴染みがないが、道理でみんな変わった名前をしているわけだ。彼らもわたしの名前に違和感を覚えるのも頷ける。
「み、みなさん海外の出身、なんですか」
「ん?ベポ以外は、この北の海出身だぞ」
「……のーす、ぶるー……?」
「おれは偉大なる航路から来たんだよ!」
「ぐらんどらいん…………?」
日本語ペラペラですね、なんて続けようとした陳腐な相槌は、ペンギンさんとベポさんの発した聞き慣れない単語の前に消える。はて、初耳だ。どこかの国の地名だろうか。
「千歳、って言ったか。お前は北の生まれじゃないのか?」
「のーす……、えっと、わたしは日本生まれです、けど、」
「ニッポン?聞いた事のない島だな」
「ああ、おれも知らねえなあ。やっぱり他の海か」
「うみ……、……っえ……?」
日本を知らないというその口が今まさに日本語を話しているというのに、彼らは何の冗談を言っているのだろう。わたしを揶揄おうとしているのなら頓珍漢にもほどがある。正直笑いどころが不明過ぎてとても反応に困る。おまけに島というワードの再来だ。
「なにを……、い、今居る、ここは日本でしょう……?」
つい苦笑いながらそう返せば、けれど尚のこと眉を寄せて首を捻りだすペンギンさんとシャチさん、そしてベポさんにわたしはひくりと口端が引き攣る。彼らと同じように首を捻りたくなったがなぜか全身が硬直したかのように動けない。何だろうか、どうもこちらの方が頓珍漢だと言われているような気がしてならない。
――まるで可視化されたかのように、場に漂う違和をわたしはそこで初めて認識した。
思えば本当はもうずっと前から、勘づいていたような気がする。彼らと対面した時から、もっと言えば奇妙な現象がこの身に起こった時から、頭の奥の奥で、直感的に、ぞわりぞわりと肌を撫で続けるこの説明しがたい違和に勘づいていたような気がする。
「悪いが、お前の故郷のことは誰も知らねえ」
つ、と体を冷や汗が伝う。
ローさんがぴしゃりと言い放った言葉はただの事実であるのに、孕む絶望感がわたしの目の前を暗くする。彼らは、日本の存在を知らない。それは決して知識の有無などではなくて、そんな単純な話ではなくて、おそらく、もっとずっと別の。
「…………、」
認識すればもはや振り払うことなどできない、どうしようもなく感じるこの確かな違和は、きっと。
"とてつもない規模の差異"ゆえのものだと、動かない頭の隅でぼんやりと思った。
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