04
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「でんわって何だ」
「えっ……で、電話は電話です、あの……通話ができる……、」
「電伝虫のことか?」
「で、でんでんむし……?」
「違うのか」
なぜ言葉が通じない。会話としては成り立っているはずなのに、二人の間で何かがズレている。
果たして今の時代に電話を知らない日本人が存在するだろうか。それは彼がとんでもない田舎暮らしであるという可能性以外に思い当たらないが、正直そんな可能性は現代においてどう考えても無いに等しい。しかしそうでもなければ、電話とカタツムリを結び付けるというとんでも発想ができるわけがない。そもそも彼は大真面目な顔で話をしている。わたしが彷徨ったあの森も近隣にあるのだろうし万一、有り得るのだろうか。実は日本随一の田舎者である可能性を踏まえて彼とは話をしなければならないのだろうか。
「……まあいい。言っておくが、ここには連絡手段は何も無い」
「え、」
「昼間におれの仲間に会ったと思うが、おれたちがこの島へ来たのは二週間前だ。その間に島をくまなく調べた結果、他に人の居る気配は一切なかった。今寝所にしているこの小屋も随分と前に手放されたものみたいだったしな」
「……」
「つまり、この島を出ないわけには連絡手段なんて手に入らねえ。身寄りに会いたきゃ、まずはその体を治すのが最善策だ」
やはりここは外界からとことん遮断されたど田舎なのだと確信するよりも先に、けれど告げられた言葉を理解すれば、途端にわたしの思考は鈍くなっていく。直ちに連絡が取れなければ、困る。物凄く困る。それなのにこの怪我が治るまで待てと言うのか。
サッと自身の血の気が引いていくのを感じた。
「……」
ただ一本、家族にわたしの安否報告を入れたいだけなのだ。それだけで不要なアクシデントを防げるというのに、それができない。容易であるはずの願いがなぜ叶わない。
どうしたってわたしには目の前の彼が嘘を言っているようには到底思えなくて。確証のないはずの彼の言葉に、感じてしまう説得力は一体何なのだろう。突きつけられた事実だけをただ只管に信じられずにいる。
そもそも、本当にここは一体どこなのだろう。
わからない。島とは何なのか。なぜわたしの育った町は消失してしまったのか。なぜ見知らぬ森に移動していたのか。なぜ夏が冬に、空は夕闇から漆黒へと急変したのか。あの神社は何だったのか。わからない。突飛なことが起こり過ぎている。何もかもわからないで居る自分のこともよくわからなくなりそうだ。
掴み切れない状況。わたしはどうしたらいいのだろう。
「……、」
――ただひとつだけわかっていることは、わたしはあの家に確実に帰らなければいけない、ということだ。
「……おい、」
ギシ、と軋んだベッド。あちこちに走る痛みに耐えながらゆっくりと体を起こす。ほら、静かに動けばあの飛び上がるような痛みは感じない。少しの苦しみくらい我慢できないでどうする。
「おれの言ったことが聞こえなかったのか」
「……っ、かえ、らなくちゃ……」
歯を食いしばり、ゆっくりゆっくりと体を動かして。ベッドから降りるべく、意を決して片足をそろりと床へ下ろす。どこへ向かえば帰れるのか何もわかっていないというのにただただ、帰らなければいけない、という気持ちだけがわたしの脳に動けと指示を出していた。
その無計画さは、後悔にしかならないというのに。
「っ、ああっ……!」
ギプスの嵌められた左足に僅かに体重をかければ瞬間、白む視界。まるで電撃のように走った鋭い痛みは飛び起きたときの比ではなく、全身の力が抜けてわたしはぐしゃりと床に崩れ落ちた。倒れて打ち付けた箇所なんて気にならないほどに左足が激痛に吠えている。
「ぐ……、うぅ……っ」
「お前は何がしたいんだ」
床の上で蹲るわたしに冷たい声が浴びせられる。心底呆れ果てたような彼のその問いに、帰らなくちゃ、早く帰らなくちゃ、と返答とも取れぬうわ言のような呟きを繰り返すわたしの意識は、痛みと使命感にのみ支配されていた。
はあはあと息を整えて再び起き上がろうと試みていれば、どこからか聞こえてきたのは別の吐息の音。盛大な溜息をついたらしい彼はわたしに近づいて腰を屈め、この体を無言で軽々と持ち上げた。唐突に感じた浮遊感にびっくりして一瞬痛みを忘れていると、あろうことか、どさりとベッドへと落とされる。比喩でなくそれはもう容赦なく落とされたのだ。
「いっ……!?」
「左足骨折。他の今痛むところは全て打撲。理解したか?動けるようになるまで少なくとも一ヶ月以上はかかる怪我だ」
「……っ、」
「助けた手前、ある程度回復するまでは面倒をみてやるが、余計な手間はかけさせるな。治った後にお前の好きなようにすればいい。おれたちも用が済めばすぐにこの島を出て行く」
その体を治す気がねえなら話は別だが、そう吐き捨てるようにして彼は静かに、けれど強い圧力を持ってわたしに意思を問う。まるで行った無茶を叱られているような錯覚がした。
そんなわたしからこぼれたのは酷く弱々しいたった一言。どうにもならない現状への諦めと、彼らへの申し訳なさで染まった、すみません、という言葉だけだった。ああ、わたしはどうしたところで、誰かに迷惑をかけてしまうらしい。
彼が明かりを消して部屋を去って行った後もなかなか寝付けず、わたしが眠りについたのは空が明るみ始めていた頃だった。