02
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
"ほら千歳ちゃん、こっちにおいで"
"何もしないから怖がらなくていい"
"一緒に遊ぼう"
"おじさん、今むしゃくしゃしてるんだよ"
「……っ!」
――ズキンッ、
見たくもない顔、聞きたくもない声。
思い出したくないのに過ぎるそれらを搔き消したくて飛び起きれば、瞬間体に走る激痛。わたしは声にならない声を上げた。
「……、なんで……?」
生きている。
悪夢など忘れるほどの痛みに散々悶えてから、落ち着きを少し取り戻した頭はようやく気がつく。そうだ、わたしは死んだはずだ。崖から落下して、あの時わたしは確かに死んだはずなのだ。ではなぜ今こうして痛みを感じているのだろう。
ふと、目に止まったのは自身の腕に巻かれた包帯。確認していけばそれは体中に巻かれていて、その白を順番に辿った視線が最後にたどり着いた左足には、簡易ギプスが固定されている。さっきの痛みで起き上がることを諦めたこの体はどうやらベッドに寝かされているようだ。病院にでも運ばれたのだろうかと考えるも、持ち上げた視界に映ったのは想像していた無機質な部屋とは真逆のログハウスのような作りだった。窓の外には澄んだ青空。雪は止んでいて綺麗な銀世界が見える。
「……いいにおい……」
「あっ、起きた!?」
「……っ、」
ふわりと香った美味しそうなにおいに思わず呟けば、ただの独り言で終わるはずだったそれに返事が返ってきた。驚きに肩を揺らしつつ声の主へと顔を向ける。おおよそ手当をしてくれた人だろうと思って。
「よかったあ、気がついて。体は痛む?ちょうど今スープを温めてるんだけど飲めそう?」
くらり、目眩がした。
検討違いではなさそうだった、けれど。明るく質問をしてきた者は人ではなく。何を隠そう、白熊だった。
はて。白熊は喋れるのだったか。いやそんなはずはない。ではわたしはまだ夢の中にいるのだろうか。よくわからない。何度瞬きを繰り返してもこの目に映っているのは白い熊である。よくわからない。起き抜けのこの脳は現実を受け入れることを拒否している。
「…………」
「大丈夫?ねえ聞こえてる?」
「…………」
「おーい、」
「…………」
「もしかして打ち所が悪かったのかな……」
「何やってんだ、ベポ」
いかにも獣といった感じの手をわたしの眼前でふりふりする白熊。そうだ、いくら言葉を喋ろうが、これが獰猛な種の獣である事実は確かなのだ。それほど大きなサイズではないにしろここまで接近されている構図は捕食待ったなしの状況なのでは、なんて今更ながら危機感が芽生え始める。一度死を受け入れておきながら何だけれど食べられるなんてごめんだ。怖すぎる。わたしは死ぬときは楽に死にたい。
そんなぐるぐると渦巻く脳内でパニック寸前のわたしの耳に、確かに第三者の声が届いた。
「おかえり。あれ、二人だけ?」
「ああ。まだ残って探すってさ」
「鍛錬したあとなのにタフだよなあ。おれなんてもうくたくたなのによ」
扉の閉まる音がして聞こえてきたのは二つの若い声。この子気がついたんだと、報告する白熊に隠れて見えなかったその容姿がひょこひょこっと現れ、わたしと目が合う。二人とも人間だったことには少しだけホッとした。
「どうだ、具合は。何日も目が覚めなくて心配してたんだ」
「…………えっと、」
「お前崖から落ちたんだろ?それほどの怪我で済んだのも不幸中の幸いだな!」
気さくに話しかけてきたうちの一人は、英語で読めないけれどPENGUINと書かれた帽子を被った人。もう一人はキャスケット帽を被った人。見た感じは高校生くらいだろうか、わからないけれどどちらも、わたしの苦手な男性だった。
「まあ歩けるようになるまでには少し時間がかかるだろうけど、」
「……あ、あの、」
「ん?なんだ?」
「その……助けてもらったみたいで……すみません……」
それでも今この場で苦手だからと彼らを敬遠するのはお門違いだろう。わたしがここに居て手当てを受けられている現状の理由は、きっと彼らにあるはずで。雪の上でのびていたわたしを偶然拾ってくれたのかもしれない。何にせよ一言、彼らに手間をかけさせた謝罪くらいは、人としてきちんとしておかなければ。
そう思って発した案外か細く出た声に、けれど返ってきたのは二人と一匹の微妙な顔。お互いに顔を見合わせた彼らにわたしは疑問符を浮かべる。別に何も変なことは言っていない。
「……、いや、気にするな。正確に言えば、お前を助けたのはおれたちじゃない」
「……え?」
「君を手当てしたのはおれたちのもう一人の仲間だよ」
「今は出かけてて居ねえけどな。そのうち帰ってくるだろうから、礼ならその時に言えよな」
わたしを、助けてくれた人がいる。
彼らの言葉で改めて実感したその事実に息が詰まる。じわりと胸に広がった申し訳なさと不安。どうしよう。恩ができてしまった。弱みができてしまった。
まだ眠いなら寝ていろと、ひとり思考を沈ませ始めるわたしに英字帽の人が声をかけてくれる。確かに、まだ少し眠いかもしれない。素知らぬ顔で場に溶け込んでいる白熊と男性二人との対面に緊張していたわたしは、それを自覚すれば押し寄せてきた睡魔に瞼を重くさせた。疲れているなら、よく眠れそうだ。もう悪夢は見たくない。