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「……雪だ……」
玉森千歳、十二歳。
只今怪奇現象に遭遇。開いた口が塞がらない。
*
先週まできれいに咲いていた公園の紫陽花が枯れ始めて寂しく思う七月半ば。いつもの帰宅許可時間になるまで、下校後自宅付近をぶらぶらと歩いて時間をつぶしていた夕暮れ時。毎日同じ道を通るのもつまらないなあなんて、珍しく思い立った今日のわたしは普段ならまっすぐに進むべき道を右に曲がり、見慣れぬ小道を進んだのだった。
少し横道に逸れるだけで映るは知らない景色ばかり。気分で足を運んだその通りは自宅付近にあるとはいえ、今日まで全く気にも留めたことがなかった。どちらかと言えば田舎に当たるこの辺り一帯は、家屋の並びもまちまちで明かりが少なく薄暗い。すれ違う人もあまり居らず、日が暮れ始めた現在は不気味な雰囲気が漂い始めている。
それらは、けれどわたしのこのちょっとした冒険を盛り上げる一種の演出となって。少しの気味悪さにドキドキしつつ、置き勉常習犯のもはや空っぽと言ってもいいほどに軽い使い古したランドセルを背負いながら、わたしは先へ先へとずんずん足を運んでいった。
後になってみても、ホラー映画の類が大嫌いなわたしがなぜこんなにも暗闇に積極的だったのか、よくわからない。
この日のわたしは、その先の何かを知らずと予感していたのだろうか。それともただ単に退屈な時間の新たな潰し方を見つけられそうな期待感がそうさせたのだろうか。
「……?」
ふと、家々の並びが消えた一角に、小さな神社がポツンと佇んでいるのが見えた。
朱の鳥居はあれども全体的に規模も小さく、近づいてみれば見た目もボロボロ。子どものわたしから見ても長年手入れされていないのだとわかる。けれど生きているか死んでいるかと聞かれれば、粛々と生き延びている――建物に対して可笑しな話だけれど、そう答えてしまうような存在感があった。
それがわたしを惹きつけたのだろうか。ふらりと足が自然に動いて、鳥居を潜る。その神社から目が離せない自分がいた。
「…………」
お願い、してもみてもいいかな。
神頼みなんて、それこそ今まで何度もしてきた。何度も何度も。何度も願った。けれど、ひとつも叶った試しはなかった。だから願うことは無意味だと学んだ。それなのに。
それなのになぜだろう、この神社は叶えてくれるような予感がした。救ってくれるような予感がしたのだ。
わたしを、抜け出せないこの地獄から。
暑さとは別に喉が渇く。ひとつ、息を吸う。
「神様……お願いします、わたしを……わたしをどうか……、」
“助けてください”
けれど、その言葉は、声にはならない。
はくはくと口を動かすもただ空気が漏れるばかり。そうか、わたしは神様にさえこの言葉を発することができなくなってしまったのか。
声を上げられない自身が只管に悲しくて。代わりにこぼれた音はせめてもの請い。
「わたしを……早く夜に連れて行って……っ」
とうに枯れ果てた滲まない瞳をぎゅっと強く、閉じた。
――途端、体に起こる変化。
びっくりして開いた目に映ったのは瞬間まで見ていた神社の変わりない姿。けれど、違う。
白。それは、白に覆われていた。
「……雪だ……」
ここで冒頭に戻る。状況の何一つもわたしには理解できなかった。
見渡せばあたり一面に雪が降り積もっている。周りに立っていたはずの建物や通ってきた道路の何もかもが消えていて、代わりにたくさんの木々が生えている。わたしは一体いつの間に森の中へ来てしまったのだろうか。
何より寒い。寒過ぎる。どうやら体を襲った変化はこの刺すような冷気だったらしい。さっきまで夏を過ごしていたわたしの服装はもちろん半袖のTシャツにスカート。サンダルではなくスニーカーを履いていたことだけは幸いと言えようか、しかし現状が理解できず馬鹿みたいに開いていた口は次第にガチガチと震え始める。
とりあえず、急な環境の変化の謎について考えることは、一旦やめよう。この極寒を凌げる場所へとまずは移動しなければ危ない。
「……全然、見えない……」
夏が冬に変わったように、町が森に変わったように、夕暮れだった空は急激に闇へと変わっていた。おまけに未だ雪はちらつきを見せている。ザクザクと膝程まで積もる雪を必死に掻き分けながら視界不良の中、勘だけを頼りに進んで行く他ない。
夜に連れて行ってほしいと言ったのは確かにわたし自身で、神様へのお願いが初めて叶ったとするならばそれは嬉しい限りだけれど、夜の森で方向なんてわかったものではない。なんというか、神様ももう少しTPOというものを弁えてほしい。
「えっ、」
現実逃避なのかそんなことを寒さで朦朧としていく意識の中で思っていれば、踏み出した地面のがらりと崩れる感触。
気付いた頃には浮遊感に包まれていて。全く、崖の方へ歩いていたなんて、自分の勘とはこんなにも当てにならない。
体の落ちていく最中、だけどあの地獄から解放されるのならここで人生終了としてもいいかもしれない、なんて。そうして、瞼を閉じたわたしはどこか穏やかな気持ちで、ひとり静かに死を受け入れたのだった。
落下していく様を見ていた者には気がつくはずもなく。
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