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桃、鈴蘭、花水木。
バラ、パンジー、チューリップ。
私がわかる花なんて似たり寄ったりだ。この世界には花が多すぎる。当然、名前も知らないものばっかりだ。
私はその、知らない花ばかりを目の前に、立ちすくんでいた。
「庄左ヱ門、これ、どうしたの?」
小さな1LDK。家具も何もない、不動産屋に渡されたばかりのような部屋の中に、大量の様々な花が散りばめられている。
隣に同じく棒立ちになっていた庄左ヱ門が、気まずそうに頬をかいた。
庄左ヱ門って、あんまりロマンティックじゃない。
ドラマだったら2話連続でやりそうなシリアスだって、CMに入る前の15分で終えてしまう。
数ヶ月前、この部屋で庄左ヱ門は私の話を聞いて、目をゆっくり瞬かせた。
「転勤先、地元になるんだ」
フラットに反芻された言葉に、私は彼の頭の中でゆっくり内容が整理されていることを知る。
ややこしい考え方の私と違い、彼の思考は単純明快だ。
私の転勤配属先の第一希望が通らなかったこと、それでも面談の結果、希望業務ができると地元の地域を勧められたこと、仕事を諦めたくないこと、でも転勤先はここからだと遠いこと、をだらだらと喋ったが、結局それだけのことだった。
夕食が並んだ卓上テーブルに庄左ヱ門のモノトーンのマグカップがことりと置かれる。
「じゃあ、引っ越すんだね」
私は、忙しなく麦茶をちびちび飲み、頷いた。
なんとなく恋人になって、大学最終学年に就職先が互いに無事に決まって。すぐ会えるね、と声をかけると、庄左ヱ門がうちに来ないの?と返してきたのを思い出す。
「僕が見つけた物件、立地的には結構いいんだけど、一人じゃ広いし、家賃もあんまり納得してないんだ。もしよかったら家事分担して一緒に住まない?」
ええ?と私は少しびっくりしたけど、ま、いいか、と結局は頷いた。そのくらいには庄左ヱ門を信用していたし、実際彼との生活は快適だった。
転勤が定期的にあるのはわかっていたことだった。
この場所でやりたい仕事をする、という第一希望が叶わなかったとき、私は確かに迷った。だけど、自分の希望を無視しきれなかった。
庄左ヱ門が顎に手を当てて、少し空を見る。それからすぐに、指を立てた。
「案がいくつかあるかな。一、遠距離で関係を続ける。ニ、僕と〇〇の勤務先の間くらいに家を借りる。三、関係を、解消する。」
その言葉を聞いた時、庄ちゃんったら冷静ね、とどこからか声が聞こえた気がした。
実際、私が言いあぐねていたことだった。新卒から何年か経った。友人の結婚式にだって行った。地元に戻る。この選択で、私が彼の未来を狭めてしまう可能性を考えていた。
だが、私は彼よりいくばくかはロマンチストだったようで、馬鹿正直に、彼の選択肢に「別れる」項目があるのに衝撃を受けていた。
「私、迷ってて、」
つっかえながら言葉を舌に乗せて、こぼすように音を発すると、庄左ヱ門はうんうん、と頷いた。
「遠距離で定期的に会うのも難しいし、私たちの勤務先の間に家借りると片道1時間は超えるだろうし…」
「だろうね」
庄左ヱ門は麦茶を口に運んだ。
様になるなあとまじまじ眺める。幾つになっても幼いような、それでいて早熟したような、彼の瞳を眺めるのが好きだった。
「別れようか」
私は、その瞳を見ながら、ぼんやりと頷いた。
庄左ヱ門が見つけたベッド、私が選んだカーテン、二人でカタログを広げて見繕った食器たち。
テレビじゃなくてアイパッドでいいや、と肩寄せて映画を見た座椅子、私が着て欲しくて買ったお揃いの部屋着、庄左ヱ門が福引きでもらってきたポット。
ラインが曖昧で、こんな時世の中の男女というものはどうやって身辺整理をしているのだと途方に暮れる。結局、なんでも持っていっていいよと言われたにも関わらず、最小限の荷物しか段ボールに収められなかった。
ベッドが思ったより小さくて驚いたんだよ、と言うと、僕も驚いた、と返ってきた。転げ落ちないかひやひやしたけど、慣れたね、と言われて、に、と口だけで笑い返した。
庄左ヱ門に押さえてもらって、二人で一個に抑えた段ボールにガムテープを貼った。
淡々と進んでいく作業に、少しずつ、胸が苦しくなるのを見て見ぬ振りをして。
玄関に立って、送ってくよ、と言われて、ううん、明日仕事でしょ、タクシー呼んでるから、と返して、
「ありがとね」
そう言うと、
「うん、…ありがとう、〇〇」
と、静かな声が返ってきた。
これだけだったんだろうか、彼の中に占める私への気持ちって。そう思うと、上手く笑えなくなるから、笑顔を貼り付けて手を振りつづけた。
新居はあまり探せていなくて、やっと決めたはいいものの時期が合わずに、庄左ヱ門と別れた後、結局何日か実家に帰ったりしてうろうろ過ごしていた。それからふと、庄左ヱ門の家に置いてきたマグカップが、どうしても欲しくなって、新しく買えばいいのに、近くに寄ったついでにと庄左ヱ門の家に向かった。
新しい彼女がいたら困るかな、その時はマグカップだけもらって退散しようか、いや、やだな、そんなの…
部屋の入り口に立って、しばらく逡巡してから、手が滑った!と言うようにボタンを押した。
「…え?〇〇?」
久方ぶりに驚いた声を聞いた。こんな時、私の方がドギマギしてしまう。
「急にごめんね、い、今大丈夫?」
「うん」
「ま、マグカップ、私の、気になって…」
しどろもどろに言うと、マグカップ?と同じ言葉が返ってきて、あ〜…と歯切れが悪そうな音がする。
「もし無理だったら大丈夫!その、近く寄ったから。まだあったら欲しいなって、気に入ってたし」
女々しい、こんなの未練がましい。少し涙目になっていると、また歯切れが悪そうな呻き声がした。やっぱり帰ろう、そう顔を離すと、彼が〇〇!と叫ぶように私の名前を呼んだ。
「は、はい!」
「…入ってもらって、いい?」
「え、うん…」
それから私が目にしたのは、冒頭でお話ししたように、まっさらな部屋に散りばめられた花園だった。
「……庄ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃないかもしれない」
彼はため息をついた。
「〇〇がさ、前に、酔った勢いで『部屋中花でいっぱいにしたい』って言ったこと、あっただろ」
「そんなことあったっけ!?」
「あった。僕はハッキリ覚えてる。そこで僕は『部屋中は片付けが面倒だから、せめて風呂だけにしようよ』って返した」
確かに。急に庄左ヱ門が風呂をバラ風呂にした珍事件があったのを俄かに思い出した。そう言うことだったのか。
「でも今?それに…部屋に荷物が何にもないよ、どうしたの…?」
「…引っ越そうと思って」
え!と素っ頓狂な叫び声が出る。庄左ヱ門は照れくさそうに笑った。
「だって、〇〇との思い出ばっかりだからさ。…それで、その…マグカップなんだけど、」
「捨てちゃった?」
「…後でなんとかしようと思って、段ボールに詰め込んだ…いま、トランクルームに預かってもらってるんだ、だからすぐには渡せない、ごめんね」
私は目をゆっくり瞬かせた。
「もしかして、もしかしてさ、部屋を花でいっぱいにしたのって、」
「…明日なんだ、退去日。早めに綺麗にしちゃったから、やることなくて。ぼーっとしてたら、居ても立っても居られなくなって、気づけば大量の花を…こう…」
庄左ヱ門が大荷物を抱えるジェスチャーをして蟹歩きのように足踏みした。思わず頬が上がる、その時私はすでに吹き出していた。
そうだ、そうだった。彼のこんなところが好きだった。いつもは涼しい顔で笑っているくせに、思い悩むとすぐ突拍子もないことをしでかすところが。
なんだ、そうか。安心した。私の部屋はまだあなたの中にあったのか。
「私がいなくて、寂しかった?」
「…寂しかった!当たり前だよ」
彼が、丸い目で不貞腐れたように返した。私は大笑いして、彼の肩を叩く。
「私さ、庄左ヱ門のこと、好きだなあ。」
彼が私の両肩を掴む。びっくりして、開けていた口を押さえ見上げると、彼が目を見開いていた。
「僕のこと、好きじゃなくなったわけじゃないんだ」
「そりゃあ、好きだよ、ずっと好きなまんま」
彼が、はぁっと息を吐き出す。力が抜けたように私の肩に頭を乗せて、静かに深呼吸をした。
「…ねえ、やっぱり、別れるのはやめよう。今その選択だけは、したくない」
私は庄左ヱ門の頭を柔らかく抱いて、うん、と頷いた。
なんだかロマンティックだね、珍しい、と囁くと、僕はいつだって真剣なのにね、と、痛いくらい抱きしめ返された。
「さぁさ、花を集めるよ」
「じゃあ、花集めようか」
抱きついたまま、そう言った言葉がちょうど重なって、また、吹き出してしまった。
バラ、パンジー、チューリップ。
私がわかる花なんて似たり寄ったりだ。この世界には花が多すぎる。当然、名前も知らないものばっかりだ。
私はその、知らない花ばかりを目の前に、立ちすくんでいた。
「庄左ヱ門、これ、どうしたの?」
小さな1LDK。家具も何もない、不動産屋に渡されたばかりのような部屋の中に、大量の様々な花が散りばめられている。
隣に同じく棒立ちになっていた庄左ヱ門が、気まずそうに頬をかいた。
庄左ヱ門って、あんまりロマンティックじゃない。
ドラマだったら2話連続でやりそうなシリアスだって、CMに入る前の15分で終えてしまう。
数ヶ月前、この部屋で庄左ヱ門は私の話を聞いて、目をゆっくり瞬かせた。
「転勤先、地元になるんだ」
フラットに反芻された言葉に、私は彼の頭の中でゆっくり内容が整理されていることを知る。
ややこしい考え方の私と違い、彼の思考は単純明快だ。
私の転勤配属先の第一希望が通らなかったこと、それでも面談の結果、希望業務ができると地元の地域を勧められたこと、仕事を諦めたくないこと、でも転勤先はここからだと遠いこと、をだらだらと喋ったが、結局それだけのことだった。
夕食が並んだ卓上テーブルに庄左ヱ門のモノトーンのマグカップがことりと置かれる。
「じゃあ、引っ越すんだね」
私は、忙しなく麦茶をちびちび飲み、頷いた。
なんとなく恋人になって、大学最終学年に就職先が互いに無事に決まって。すぐ会えるね、と声をかけると、庄左ヱ門がうちに来ないの?と返してきたのを思い出す。
「僕が見つけた物件、立地的には結構いいんだけど、一人じゃ広いし、家賃もあんまり納得してないんだ。もしよかったら家事分担して一緒に住まない?」
ええ?と私は少しびっくりしたけど、ま、いいか、と結局は頷いた。そのくらいには庄左ヱ門を信用していたし、実際彼との生活は快適だった。
転勤が定期的にあるのはわかっていたことだった。
この場所でやりたい仕事をする、という第一希望が叶わなかったとき、私は確かに迷った。だけど、自分の希望を無視しきれなかった。
庄左ヱ門が顎に手を当てて、少し空を見る。それからすぐに、指を立てた。
「案がいくつかあるかな。一、遠距離で関係を続ける。ニ、僕と〇〇の勤務先の間くらいに家を借りる。三、関係を、解消する。」
その言葉を聞いた時、庄ちゃんったら冷静ね、とどこからか声が聞こえた気がした。
実際、私が言いあぐねていたことだった。新卒から何年か経った。友人の結婚式にだって行った。地元に戻る。この選択で、私が彼の未来を狭めてしまう可能性を考えていた。
だが、私は彼よりいくばくかはロマンチストだったようで、馬鹿正直に、彼の選択肢に「別れる」項目があるのに衝撃を受けていた。
「私、迷ってて、」
つっかえながら言葉を舌に乗せて、こぼすように音を発すると、庄左ヱ門はうんうん、と頷いた。
「遠距離で定期的に会うのも難しいし、私たちの勤務先の間に家借りると片道1時間は超えるだろうし…」
「だろうね」
庄左ヱ門は麦茶を口に運んだ。
様になるなあとまじまじ眺める。幾つになっても幼いような、それでいて早熟したような、彼の瞳を眺めるのが好きだった。
「別れようか」
私は、その瞳を見ながら、ぼんやりと頷いた。
庄左ヱ門が見つけたベッド、私が選んだカーテン、二人でカタログを広げて見繕った食器たち。
テレビじゃなくてアイパッドでいいや、と肩寄せて映画を見た座椅子、私が着て欲しくて買ったお揃いの部屋着、庄左ヱ門が福引きでもらってきたポット。
ラインが曖昧で、こんな時世の中の男女というものはどうやって身辺整理をしているのだと途方に暮れる。結局、なんでも持っていっていいよと言われたにも関わらず、最小限の荷物しか段ボールに収められなかった。
ベッドが思ったより小さくて驚いたんだよ、と言うと、僕も驚いた、と返ってきた。転げ落ちないかひやひやしたけど、慣れたね、と言われて、に、と口だけで笑い返した。
庄左ヱ門に押さえてもらって、二人で一個に抑えた段ボールにガムテープを貼った。
淡々と進んでいく作業に、少しずつ、胸が苦しくなるのを見て見ぬ振りをして。
玄関に立って、送ってくよ、と言われて、ううん、明日仕事でしょ、タクシー呼んでるから、と返して、
「ありがとね」
そう言うと、
「うん、…ありがとう、〇〇」
と、静かな声が返ってきた。
これだけだったんだろうか、彼の中に占める私への気持ちって。そう思うと、上手く笑えなくなるから、笑顔を貼り付けて手を振りつづけた。
新居はあまり探せていなくて、やっと決めたはいいものの時期が合わずに、庄左ヱ門と別れた後、結局何日か実家に帰ったりしてうろうろ過ごしていた。それからふと、庄左ヱ門の家に置いてきたマグカップが、どうしても欲しくなって、新しく買えばいいのに、近くに寄ったついでにと庄左ヱ門の家に向かった。
新しい彼女がいたら困るかな、その時はマグカップだけもらって退散しようか、いや、やだな、そんなの…
部屋の入り口に立って、しばらく逡巡してから、手が滑った!と言うようにボタンを押した。
「…え?〇〇?」
久方ぶりに驚いた声を聞いた。こんな時、私の方がドギマギしてしまう。
「急にごめんね、い、今大丈夫?」
「うん」
「ま、マグカップ、私の、気になって…」
しどろもどろに言うと、マグカップ?と同じ言葉が返ってきて、あ〜…と歯切れが悪そうな音がする。
「もし無理だったら大丈夫!その、近く寄ったから。まだあったら欲しいなって、気に入ってたし」
女々しい、こんなの未練がましい。少し涙目になっていると、また歯切れが悪そうな呻き声がした。やっぱり帰ろう、そう顔を離すと、彼が〇〇!と叫ぶように私の名前を呼んだ。
「は、はい!」
「…入ってもらって、いい?」
「え、うん…」
それから私が目にしたのは、冒頭でお話ししたように、まっさらな部屋に散りばめられた花園だった。
「……庄ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃないかもしれない」
彼はため息をついた。
「〇〇がさ、前に、酔った勢いで『部屋中花でいっぱいにしたい』って言ったこと、あっただろ」
「そんなことあったっけ!?」
「あった。僕はハッキリ覚えてる。そこで僕は『部屋中は片付けが面倒だから、せめて風呂だけにしようよ』って返した」
確かに。急に庄左ヱ門が風呂をバラ風呂にした珍事件があったのを俄かに思い出した。そう言うことだったのか。
「でも今?それに…部屋に荷物が何にもないよ、どうしたの…?」
「…引っ越そうと思って」
え!と素っ頓狂な叫び声が出る。庄左ヱ門は照れくさそうに笑った。
「だって、〇〇との思い出ばっかりだからさ。…それで、その…マグカップなんだけど、」
「捨てちゃった?」
「…後でなんとかしようと思って、段ボールに詰め込んだ…いま、トランクルームに預かってもらってるんだ、だからすぐには渡せない、ごめんね」
私は目をゆっくり瞬かせた。
「もしかして、もしかしてさ、部屋を花でいっぱいにしたのって、」
「…明日なんだ、退去日。早めに綺麗にしちゃったから、やることなくて。ぼーっとしてたら、居ても立っても居られなくなって、気づけば大量の花を…こう…」
庄左ヱ門が大荷物を抱えるジェスチャーをして蟹歩きのように足踏みした。思わず頬が上がる、その時私はすでに吹き出していた。
そうだ、そうだった。彼のこんなところが好きだった。いつもは涼しい顔で笑っているくせに、思い悩むとすぐ突拍子もないことをしでかすところが。
なんだ、そうか。安心した。私の部屋はまだあなたの中にあったのか。
「私がいなくて、寂しかった?」
「…寂しかった!当たり前だよ」
彼が、丸い目で不貞腐れたように返した。私は大笑いして、彼の肩を叩く。
「私さ、庄左ヱ門のこと、好きだなあ。」
彼が私の両肩を掴む。びっくりして、開けていた口を押さえ見上げると、彼が目を見開いていた。
「僕のこと、好きじゃなくなったわけじゃないんだ」
「そりゃあ、好きだよ、ずっと好きなまんま」
彼が、はぁっと息を吐き出す。力が抜けたように私の肩に頭を乗せて、静かに深呼吸をした。
「…ねえ、やっぱり、別れるのはやめよう。今その選択だけは、したくない」
私は庄左ヱ門の頭を柔らかく抱いて、うん、と頷いた。
なんだかロマンティックだね、珍しい、と囁くと、僕はいつだって真剣なのにね、と、痛いくらい抱きしめ返された。
「さぁさ、花を集めるよ」
「じゃあ、花集めようか」
抱きついたまま、そう言った言葉がちょうど重なって、また、吹き出してしまった。
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