文化祭

少し恥ずかしそうにしながらも、意を決したのかマイクの先端を口元に近づける。
繊細で静かなピアノと、壊そうとするかのように激しいギターやドラムの音が鳴り響き、重なる気は無いというように好き勝手する。
けれど、彼女の背後で映る映像───どうやらアニメ映像のようだ───主人公らしき少年が、ヒロインの一人らしき純白を纏う少女へと駆け寄り、必死に手を伸ばした瞬間。
三つの音は調和を始め、純白の少女も必死に手を伸ばした時にはギターとドラムはピアノを支えるように静かに響く。
二人の手が届き、繋がれそうになった瞬間にそのアニメのロゴとタイトルが浮かび、今度はピアノが支えるようになってギターとドラムが再び激しくなる。
歌詞が浮かぶと、リズムを取るために体を揺らしていた月音が近くにある本格的なカラオケの機械でそれを見て一瞬だけ、動きを止めてから。


「…くらき闇に繋がるchain
戒められ 囚われて
解放はなされることはない」


そのゴシックな見た目からは想定もつかないような、ハスキーな声で歌い始めた。
ワイヤレスなマイクなためか、動くには支障がないらしい。
先ほどから歌いながら、リズムを取るように体を揺らすことをやめない。
低く甘い歌声と、どこかダークな歌詞が合うのか。
はたまた、そのアニメのヒロインのコスプレ効果か。
体育館内は盛り上がる。


「さぁ、行こうか あの場所へ
僕と君しか知らないあそこへと」


月音がくるりと回りながら横に移動すると、腰のレースマントがふわりと空気を孕んで翻る。
唇は口紅を塗られたのか紅くなっていて、目元をマスクで隠されてるせいか分からないがどこか艷っぽい。
紅い唇が笑みを形作る。
どうやら楽しくなってきたようだ。


「壊そう 無くそう
がんじがらめなchainを…!
掴もう 逃げよう
総てを破壊breakしててでも!」


アニメ映像は涙を流す純白の少女を、主人公の少年が優しく抱き締める。
それに呼応するように、月音も自分の胸にマスクを持っていない方の手を当ててから、差し出すように伸ばしてくる。
ぐっ、と何かを掴む仕草をしてから振り払うように動かした。


自由みらいを勝ち取ろう……!」


ラストまで歌いきると、マスク越しでも分かるほどの笑顔を浮かべて一礼した。
そしてすぐに舞台袖へと引っ込んでいった。
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