ウィザードの世界

 

「……分かった」

「ハルト…」

「こよみ、彼女もファントムに会ってるし倒してもいる。説明くらいはしないと…」

「………それもそうね」


兄の言葉に納得するこよみ。
妹に少し微笑んでから、ハルトは説明を始めた。

昔、この世界には魔力を持った人間────ゲートから生まれる絶望の化身────ファントムにより築かれた国があった。
その国では人間は奴隷であり、新たなファントムを生み出すための苗床であった。
捕らえたり、奴隷から生まれた人間はゲートでなければ奴隷にし、ゲートであれば絶望させて同胞を生み出す。
その行為が繰り返されていた。

ある日、二体のファントムが生まれた時。
国の勢力は勢いよく増していった。
二体のファントムはカーバンクルとドラゴン……ファントム達にとって、とてつもなく都合が良い力を持っていた。
ゲートではない人間を絶望させ、ファントムへと変えるという力を。

ドラゴンはファントムにしては珍しく平和を愛し、その国と自らの力を嫌い、人間達を守ろうとした。
けれど数多のファントムを従わせ、力を利用していたカーバンクルとの戦いに敗れ、縛られてしまう。
ファントムを生み出すための道具として…。


「……確かにファントムからすれば、ドラゴンのその力は魅力的だろうな。だが敵対したのに何で殺さなかったんだ?カーバンクルも同じ力なのに」

「カーバンクルはその力を意識的に使えるけど、ドラゴンは違ったわ。意識的に使ったり使わなかったりが出来なくて、その場にいるだけでも人間を絶望させてしまい、ファントムに変えてしまうの」

「…なるほど、だからですか」


疑問を独り言として呟くと、こよみが補足も兼ねてるのか説明してくれた。
納得しているとハルトが説明を続ける。

ある時に捕らえた人間を、いつものように拘束したドラゴンの近くに置いた。
だが、人間は絶望に抗い、なかなかファントムを生み出さなかった。
むしろドラゴンを助けようとしていた。


「そして助けられたドラゴンと助けた人間……魔法使いは、魔法使いの仲間達と一緒にファントムの国と戦って勝った。生き残ったり、負けを悟ったファントム達は最後の力を振り絞って魔法使い達の精神………俺達で言うアンダーワールドに逃げ込み、ドラゴンは自分を助けた魔法使いのアンダーワールドに自分から封印されることでファントムの国は壊滅したんだ」


ハルトがそう、説明を締め括る。
こよみは静かに目を伏せ。


「ゲート………魔力を持った人間達は、そのファントムがアンダーワールドに入り込んだ魔法使い達の子孫なの。ただ、長い時をファントムはアンダーワールドにいたからか、いつからか魔力とファントムが一体化し」

「今では魔法使い達は絶望し、ファントムを生み出しそうになり………それを抑え込んだ者のことを指すようになった。俺はそのタイプだよ」


ハルトは綺麗で、どこか悲しそうな微笑を浮かべて左手を顔の横に掲げる。
手の甲をこちらに向けた、その手の中指にはウィザードのマスクを模したような赤い宝石の指輪────ウィザードリングが嵌められている。
ウィザードリングの宝石が店内の明かりの光を反射し、煌めく。


「なるほど…」

「今度は俺からも聞きたい。君が何でこの世界に来たのか」


そのハルトからの言葉に、月音の顔が強張る。
密かに呼吸を深め、無理矢理に自分を落ち着かせる。
大好きな喫茶店のことや、文化的にはそれほど変わらないだろうが異世界に来たことで、テンションが上がっていた。
だが、昨日のことは忘れていない。
いや、忘れることは出来ない。
日常を壊された、あの光景と絶望は…。
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