他校
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風薫る、幸せな速度
着替え終わって更衣室から出ると、夜久くんが自転車に跨る所で
「夜久くんお疲れ様!」
後ろから声を掛けると「おうっ!」と元気に振り向いてくれた
「苗字も帰んのか?」
『うん、帰るよ』
近くまで寄った私に
「なら、乗ってくか?」
自転車の後ろを指差しながら、ニッと笑う夜久くんに、どうしようもない程気持ちが高鳴った
「おっしゃ!しっかり掴まってろよっ!」
うん、と返事をする代わりに彼の裾をぐっと握る
「行っくぞー!」
夜久くんがペダルを踏み込む
ぐんっと身体が反動で後ろに傾くから、慌ててもう少し強く彼の体にくっついた
風で髪が靡いて、そっと夜久くんの肩越しに前を覗くと
風の塊が顔に、頬に当たって、目を細めるけど
爽やかなソレは、とても気持ちいい
『ねぇ!なんで後ろ乗せてくれたの?』
坂道の所為もあって、スピードの上がる自転車は風を切り、その音に後ろからだと、聞こえにくいと思った私は耳元で大きな声で尋ねた
「そんなもんっ、苗字が乗りたそうにしてたからに決まってんだろ!」
夜久くんは楽しそうに笑いながら、少しコチラを見てそう言った
その返事に私も笑う
彼の言う通りだったからだ
夜久くんが気持ち良さそうに風を浴びながら去って行く姿に、眩しいくらい輝いている彼に、羨ましくてトキメいて…
乗せてもらいたいなって、いつも目で追っていたから
でも今は彼と同じ風を感じ、同じ流れる風景を見ている
こんなこと、いつもと変わらない風景のはずなのに、どうしてこんなにもキラキラしてて、新鮮に見えるんだろう
私と背丈の変わらない彼の身体は、後ろからでも分かるほどガッシリしている
後ろに私が乗ってるのに、そんな事ツユとも感じさせない程、力強くペダルを踏む夜久くん
やっぱり男の子だなぁ…
頬を撫でる風は少し冷たく感じるのに、夜久くんの背中から発せられる熱は、比例するかのように暖かく
その対照的な温度に 自分と違うカラダに
もっと触れてしまいたくなる
だから私は、間違えないように気付かれないように、唇を噛み締めた
堪らず空を仰ぐと、茜色の空に薄っすらと藍色が混ざって、その中に小さく星が瞬いていた
ああ、何でこんなにも幸せなはずなのに…
私は彼のモノじゃないんだろう
彼だけの大切なヒトになりたい
出来たらひとり占め、したい……
どうしたら……出来る?
そっと 触れるか触れないかぐらいの間で
夜久くんの背中におデコをくっ付けた
自転車を漕ぐ彼の身体が左右に揺れる
このまま…
このまま…
夜久くんの身体に溶けてしまいたい……
『ありがとう、送ってくれて』
自転車を降りて髪を直しながらそう言うと、夜久くんは「気にすんなっ」とニカッと笑う
彼の笑顔はズルい
こんなにも私の心を締め付けてくるんだから
『じゃあ、また明日!気をつけて帰ってね』
これ以上一緒に居たら、可笑しなことを口走りそうだ
笑顔で手を振って、踵を返そうとした私に
「なぁ、苗字」
彼の声が呼び止める
「明日も、待ってっから」
『えっ…』
振り向いた先には、試合の時に見せるような真剣な瞳の夜久くんが私を見据えていて
「だから…明日も今日みたいに待っててやるから」
また後ろ乗れよ、それだけ言い残すと彼は自転車を反転させた
「じゃあ、また明日な!」
呆然と立ち尽くす私に目もくれず、夜久くんはいつもの様に自転車を走らせ、彼方へと去って行く
明日…明日も待っててくれるって…言った…
見えなくなった彼の姿を追う様に、視線を向けていたけど
ハッと、彼の真意に気付いて口を両手で覆った
今日みたいにって…!
もしかして、さっきのも偶然じゃなくて…夜久くん、私のこと待っててくれたのっ…?
その想いに気付いた時、体中の体温が上昇して、涙が溢れそうになるほど、胸の奥で感情が弾ける
夜久くんっ…
夜久くんっ…!
私……夜久くんのこと…
『…スキっ』
堪えきれなかった言葉が
ポツリと溢れ
夜久くんが消えて行った方角から
優しい風が私を撫でていった
2020.6.23