秘密から始まる青い春
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
使われていない もうひとつの音楽室
人気のないそこからピアノの音と
あの 歌声が
聴こえてくる
『あ、月島くん』
そっとドアから覗くと
僕に気付いた歌声の主がその声で僕の名前を呼んでくれる
「早いね、もう来てたんだ」
『あんまり遅くまで弾いててバレたら大変だからね』
だから早めに来てるんだー、と片手をグッと伸ばし屈伸をしている
「そんなに好きなんだ、ピアノ」
『うーん、ピアノがって言うより音楽が好きなんだよ』
くるりとピアノに向き合った彼女は、
『じゃあ、月島くんが部活に遅れないように』
弾くね、と言う言葉の代わりに瞼を伏せ、ひと呼吸の後、彼女の細くしなやかな指先が鍵盤を弾いた
ピアノの音色に透き通るような透明感のある歌声
僕は近くに放置されている椅子をいつものように陣取ると、少しの間目を閉じ、彼女の紡ぐ音に酔いしれた
始まりは高校入学
クラスでの自己紹介だった
とてつもなく面倒臭く
どうでもいい恒例行事
順番に紹介していく中、僕はただ右から左に受け流し外を眺めていた
『苗字・・名前です』
凛と、耳に響いたその声に
ぼんやりと雲を追っていた視線が思わず泳いだ
そこには後ろ姿しか見えないが、少し華奢そうな体と黒髪を結んでいる女子の姿
初めて彼女、苗字 名前を認識した瞬間だ
彼女の声は良く通る
どこで喋っていても たぶん分かる
僕だけなのかもしれないけど
それからと言うもの、僕にとって国語の時間は至福の時
彼女が教科書を読むたびに、僕は目を閉じ聴き入る
人の声でこんなにも心が安らぐなんて、自分でも驚く
彼女が言葉を紡ぐたびいつまでも聴いていたい衝動に駆られた
だけど彼女は何故かクラスの連中と馴染もうとしない
僕が言うのもなんだけど
休み時間も、昼休みもお弁当をひとりで食べている
不思議に思いながらもそんな日々を送っていたある日
「ツッキー!ゴメン!委員会があるから部活少し遅れて行くよ」
両手を合わせ申し訳なさそうに言う山口
「別にいいよ」
うるさくなくてと言う言葉は聞こえなかったのか
じゃ、また後で!と颯爽と去って行く後ろ姿をため息混じりに見送る
部室に行こうと振り返った先に苗字が廊下の角を曲がる姿が目に入った
曲がった先には今は使われていない教室や音楽室
興味をそそられない、なんて嘘になるデショ
少しだけ、足音を気にして後を追った
「いない・・」
彼女を見失って廊下で立ち竦んでいると、ピアノの音が聴こえてきた
導かれるように音のする方へ足を進めると辿り着いた場所は音楽室
覗いてみると彼女が鍵盤を弾きながら歌を歌っている
とても素人とは思えない演奏と
ピアノの音色にのせてとても映える歌声
僕は部活に行くのも忘れ、しばらく聞き入っていた
ピン・・と最後の音を奏でると彼女が静かに鍵盤から手を離す
声をかけようか・・
そんなことを考えていた時
邪な考えが僕の頭に浮かんだ
こんなチャンス、逃すわけにはいかない
「こんな所で、何やってんの?」
ハッと、こちらを振り向く苗字の瞳に僕が映り込む
『え、つ・・つきっ・・!』
動揺を隠せない苗字はオロオロと瞳を泳がせ僕から視線を外した
「ここさ、一応立ち入り禁止の場所デショ」
言いながら彼女に近づく
「しかもそんな場所で好き勝手にピアノ弾いたりしちゃってさ」
畳み掛けるように言葉を吐きながら
「バレたらさ、マズいよね」
彼女の前で歩みを止めた
苗字は僕を見上げ、椅子の上で青ざめ固まっている
潤んだ瞳が長めの前髪から覗いて今にも溢れ落ちそうだ
『ごっ・・ゴメンなさ・・!』
「交換条件」
『えっ・・』
「僕も鬼じゃないし、もし僕の話し聞いてくれるなら、考えないこともないよ」
ニコッと笑って
「どう?苗字 名前さん」
腰を屈め、彼女の瞳を捕らえた
あれから1カ月が経とうとしている
僕が出した条件
それは週2回ここでピアノを弾くこと
もちろん僕が居る前で
それを守ってくれるなら僕が見たことは黙っておく
これが彼女との交換条件
彼女との 秘密の契約
あの時
驚いた表情の彼女の口からまず零れ出た言葉は
『なん・・で?』
だった
それもそのはずだ
たぶん僕のことぐらいはわかるだろうが、喋ったことのない相手に、いきなりこんな条件を出され不思議で仕方ないだろう
そしてその条件で僕がなんの得をするのか
彼女にわかるはずもない
「苗字さんは深く考えなくていいよ」
ピアノに軽く触れる
「苗字さんに出来るのは」
「僕を受け入れるか、受け入れないか」
それだけ、と未だに固まっている彼女にもう一度投げかけた
彼女の答えは もちろん
『わ、わかった・・』
俯きながら小さく呟いた
演奏が佳境を迎える
ふと、瞼を開ければ
彼女の小さな背中が目に入る
あんなに小さくて華奢なのに
どうやったらこんなダイナミックな演奏が出来るんだろうか
そんなことを思っていると
最後の音が弾かれ
すべての音が止まった
『で・・どうで、した?』
伺うように振り向いた彼女はいつものように聞いてくる
「どうって、いいんじゃない?そもそも僕素人だし」
肩を竦めながらいつものように返事を返した
『・・そっか』
少し残念そうな笑顔を浮かべながら答える彼女に僕はじゃあ、と腰を上げる
「苗字さんも早く帰りなよ、バレないうちに」
ドアノブに手をかけると
『あ、あの!』
またいつものように彼女の声が僕を呼び止める
この後のセリフは決まってる
『部活・・頑張ってね』
ほら、苗字のセリフはわかってる
『それから・・いつも、聴いてくれてありがとう』
「・・!」
思いもよらぬ言葉に思わず、声を失った
「・・何言ってんの?そこはバラさないでありがとう、じゃないの?」
『あ・・そう、かもね』
困ったように笑って耳たぶを触る
「・・じゃあ、行くよ」
手を振る彼女を背に扉を閉め部室へ向かう
だけど、その足が無意識に止まった
その声でその笑顔でいつものセリフじゃないことを言うの
「反則デショ・・」
ボソっと呟いた声は誰も居ない廊下に消えていった
人気のないそこからピアノの音と
あの 歌声が
聴こえてくる
『あ、月島くん』
そっとドアから覗くと
僕に気付いた歌声の主がその声で僕の名前を呼んでくれる
「早いね、もう来てたんだ」
『あんまり遅くまで弾いててバレたら大変だからね』
だから早めに来てるんだー、と片手をグッと伸ばし屈伸をしている
「そんなに好きなんだ、ピアノ」
『うーん、ピアノがって言うより音楽が好きなんだよ』
くるりとピアノに向き合った彼女は、
『じゃあ、月島くんが部活に遅れないように』
弾くね、と言う言葉の代わりに瞼を伏せ、ひと呼吸の後、彼女の細くしなやかな指先が鍵盤を弾いた
ピアノの音色に透き通るような透明感のある歌声
僕は近くに放置されている椅子をいつものように陣取ると、少しの間目を閉じ、彼女の紡ぐ音に酔いしれた
始まりは高校入学
クラスでの自己紹介だった
とてつもなく面倒臭く
どうでもいい恒例行事
順番に紹介していく中、僕はただ右から左に受け流し外を眺めていた
『苗字・・名前です』
凛と、耳に響いたその声に
ぼんやりと雲を追っていた視線が思わず泳いだ
そこには後ろ姿しか見えないが、少し華奢そうな体と黒髪を結んでいる女子の姿
初めて彼女、苗字 名前を認識した瞬間だ
彼女の声は良く通る
どこで喋っていても たぶん分かる
僕だけなのかもしれないけど
それからと言うもの、僕にとって国語の時間は至福の時
彼女が教科書を読むたびに、僕は目を閉じ聴き入る
人の声でこんなにも心が安らぐなんて、自分でも驚く
彼女が言葉を紡ぐたびいつまでも聴いていたい衝動に駆られた
だけど彼女は何故かクラスの連中と馴染もうとしない
僕が言うのもなんだけど
休み時間も、昼休みもお弁当をひとりで食べている
不思議に思いながらもそんな日々を送っていたある日
「ツッキー!ゴメン!委員会があるから部活少し遅れて行くよ」
両手を合わせ申し訳なさそうに言う山口
「別にいいよ」
うるさくなくてと言う言葉は聞こえなかったのか
じゃ、また後で!と颯爽と去って行く後ろ姿をため息混じりに見送る
部室に行こうと振り返った先に苗字が廊下の角を曲がる姿が目に入った
曲がった先には今は使われていない教室や音楽室
興味をそそられない、なんて嘘になるデショ
少しだけ、足音を気にして後を追った
「いない・・」
彼女を見失って廊下で立ち竦んでいると、ピアノの音が聴こえてきた
導かれるように音のする方へ足を進めると辿り着いた場所は音楽室
覗いてみると彼女が鍵盤を弾きながら歌を歌っている
とても素人とは思えない演奏と
ピアノの音色にのせてとても映える歌声
僕は部活に行くのも忘れ、しばらく聞き入っていた
ピン・・と最後の音を奏でると彼女が静かに鍵盤から手を離す
声をかけようか・・
そんなことを考えていた時
邪な考えが僕の頭に浮かんだ
こんなチャンス、逃すわけにはいかない
「こんな所で、何やってんの?」
ハッと、こちらを振り向く苗字の瞳に僕が映り込む
『え、つ・・つきっ・・!』
動揺を隠せない苗字はオロオロと瞳を泳がせ僕から視線を外した
「ここさ、一応立ち入り禁止の場所デショ」
言いながら彼女に近づく
「しかもそんな場所で好き勝手にピアノ弾いたりしちゃってさ」
畳み掛けるように言葉を吐きながら
「バレたらさ、マズいよね」
彼女の前で歩みを止めた
苗字は僕を見上げ、椅子の上で青ざめ固まっている
潤んだ瞳が長めの前髪から覗いて今にも溢れ落ちそうだ
『ごっ・・ゴメンなさ・・!』
「交換条件」
『えっ・・』
「僕も鬼じゃないし、もし僕の話し聞いてくれるなら、考えないこともないよ」
ニコッと笑って
「どう?苗字 名前さん」
腰を屈め、彼女の瞳を捕らえた
あれから1カ月が経とうとしている
僕が出した条件
それは週2回ここでピアノを弾くこと
もちろん僕が居る前で
それを守ってくれるなら僕が見たことは黙っておく
これが彼女との交換条件
彼女との 秘密の契約
あの時
驚いた表情の彼女の口からまず零れ出た言葉は
『なん・・で?』
だった
それもそのはずだ
たぶん僕のことぐらいはわかるだろうが、喋ったことのない相手に、いきなりこんな条件を出され不思議で仕方ないだろう
そしてその条件で僕がなんの得をするのか
彼女にわかるはずもない
「苗字さんは深く考えなくていいよ」
ピアノに軽く触れる
「苗字さんに出来るのは」
「僕を受け入れるか、受け入れないか」
それだけ、と未だに固まっている彼女にもう一度投げかけた
彼女の答えは もちろん
『わ、わかった・・』
俯きながら小さく呟いた
演奏が佳境を迎える
ふと、瞼を開ければ
彼女の小さな背中が目に入る
あんなに小さくて華奢なのに
どうやったらこんなダイナミックな演奏が出来るんだろうか
そんなことを思っていると
最後の音が弾かれ
すべての音が止まった
『で・・どうで、した?』
伺うように振り向いた彼女はいつものように聞いてくる
「どうって、いいんじゃない?そもそも僕素人だし」
肩を竦めながらいつものように返事を返した
『・・そっか』
少し残念そうな笑顔を浮かべながら答える彼女に僕はじゃあ、と腰を上げる
「苗字さんも早く帰りなよ、バレないうちに」
ドアノブに手をかけると
『あ、あの!』
またいつものように彼女の声が僕を呼び止める
この後のセリフは決まってる
『部活・・頑張ってね』
ほら、苗字のセリフはわかってる
『それから・・いつも、聴いてくれてありがとう』
「・・!」
思いもよらぬ言葉に思わず、声を失った
「・・何言ってんの?そこはバラさないでありがとう、じゃないの?」
『あ・・そう、かもね』
困ったように笑って耳たぶを触る
「・・じゃあ、行くよ」
手を振る彼女を背に扉を閉め部室へ向かう
だけど、その足が無意識に止まった
その声でその笑顔でいつものセリフじゃないことを言うの
「反則デショ・・」
ボソっと呟いた声は誰も居ない廊下に消えていった
1/27ページ