セルフ三次創作

備前と水野の過去話。
出会ってすぐぐらいになります。

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冬の寒い日だったと思う。
先日、突然我が家に転がり込んできた少年は未だに碌に喋りもせずにこちらを伺うばかりだ。

「……」
「……」

正直に言う。困っていた。
多分中学生ぐらいだと思うのだが、どう考えても怯えられている気しかしない。
何が悪いのだろうか悩んでみても、口を聞いてくれないのだから聞きようも無かった。
食事を出せば食べてくれるし、風呂を勧めれば入ってくれる。
ただ、俺が先に食べて見せないと絶対に食べない、と言う辺りは信用されてないなと思うところだが。
生活に不自由するような要素は無さそうだったが、どうしたらいいのか悩む日々ではあった。

「……どうしたものかな」

部屋の隅で丸くなって微動だにしないのは、その……なんというか、拾ってきた仔猫のようである。
まず警戒心を解かなくては、この先生活なんてどうしようもない。
この少年を押し付けて行った得体の知れない風貌の男もあれから連絡は無いし、多分だが、この先も縁は無いだろう。
少年は俺の甥だと言う話だったが、情報が少なすぎて断定が出来ない。
そもそも、俺は兄が結婚して家を出てからと言う物一度たりとも会った事が無い。
似ていると言えばそうかも知れなかったが、子供が生まれたなんて話も聞いた事がなかった。

(コミュニケーションを取らないといけないんだろうが……苦手だな)

さっさと諦めれば良かったとは思う。
だが、可笑しな事故で肉親を皆亡くした直後だった。
親戚だと言って預けらた少年を、無下に出来る訳も無かった。

「……なあ、名前ぐらい教えてくれてもいいんじゃないか?」

声を掛けてみるが、びくりと肩を跳ねさせるだけだ。

「……そんなに怖いか?」

泣きたくなったが、良い年して泣いてる場合でも無いなと思った。
少々の時間を掛けて悩んだ後、親友兼幼馴染の顔が浮かぶ。
少し前に体を壊すほど大変だった時期に頼らなかった所為で、病室で泣きながら小言を言われたばかりだ。

(……昼過ぎか。仕事の邪魔にならないか考えるところだがな。まあ、良いだろう)

元々弱っていた時にこれでは、また体を壊す。
流石に、今度倒れたらこの少年はどうするんだと思ったのもあった。
なので素直に頼ろうとした、と言う訳である。
家の電話から、幼馴染の携帯電話にコールする。

一度、二度、三度。

コール音が途切れ、留守番電話に切り替わった瞬間だ。

『もしもし、友春?どうした?』

元気そうな声が聞こえて、少し安心した。

「ああ、いや。ちょっと相談があってだな。今、いいか?」
『ん?ああ、大丈夫大丈夫。一瞬待ってくれ』

移動しているのか、周りは賑やかだった。
それが、静かな場所になって、また声が聞こえる。

「本当に大丈夫か?出先なら、掛け直すが」
『大丈夫だって。きみから電話が掛かって来るなんてまずないからな。それで?何かあったのか?』

訊ねられて簡単に近況を話すと、電話の向こうの幼馴染は何とも複雑そうな声で唸った。

『えええ、きみそれ……今日の話か?』
「三日ほど前だな」
『なんでその初日とかに俺に連絡寄越さないかな。一人で抱え込んで倒れたの最近だろ』
「暇が無かった」
『……それで死んだらどうするんだよ。まあ、それはさておき。よしよしわかった。ちょっと待っててくれ』
「……待つ?何かするのか?」
『いや、なにかその少年と打ち解けられるような何かを考えて持っていくさ。まあ俺に任せてくれ』
「は、おい、永人!おい!」

呼んでみたが、多分聞こえてないだろう。
ツー、ツー、と電話の切れた音が虚しく受話器の向こうから聞こえた。

「何を持ってくる気だ、あいつは」

訝しげに見やりながら、受話器を置くと不安げな様子でこちらを見ている少年と目が合う。

「人が増えても大丈夫か?怖ければ、寝室に行っているといい」

大丈夫なのかなんなのかわからないが、少年は其処から動く事は無い。
そうこうしていると、チャイムが鳴った。
玄関の方へ歩いて行くと、後ろの方で走っていく音が聞こえる。
見られていると行動に制限が掛かるのだろうか。

(やれやれ……)

頭を掻いた。なかなか手ごわそうだ。
どうしたものだろう。

「よっ!」

扉を開けると、相変らず図体のデカい幼馴染が笑顔で立っていた。

「……いらっしゃい。早速だが助けてくれ」
「なんか相当参ってるな。まあでも、倒れる前に頼ってくれて良かったよ」

両手に下げた買い物袋が、がさがさと音を発てる。
ちらりと見やったが、やたらと食材が入っている様である。

「……何を買ってきたんだ?」
「ん?飯の材料?友春もまだ病み上がりみたいなもんだろ。取り敢えず食べた方が良い。思ったよりずっと顔色が悪いぞ」
「それはどうも。まあ、上がってくれ」
「ああ、お邪魔しますー」

1LDK程度の部屋だ。
先程まで少年が居たリビングにはもう誰も居ない。
走っていく音が聞こえたし、奥の寝室に身を隠しているのかも知れない。

「あの子は今、奥の部屋に居る」
「寝室?」
「ああ。其処で休ませている。食事は作れば一応食べてはくれるし、生活に必要な知識はあるようなんだが喋ってくれなくてな。口がきけないのかどうかも分からん」
「ふぅん?なんでだろうなぁ。そもそもなんで預かる事になったんだよ」
「……夜に扉を叩く音がして、開けたらずぶ濡れの不審な男が立っていて、その男が背負っていたのが少年だった」
「待て待て待て。最初から詳しく聞いた方が良い話じゃないか?」
「最初から話している」
「え」
「びっくりだろ。まあ兎に角だ。その男が言うには、俺の甥らしい。本当かどうかわからんが、ボロボロだったし見捨てる訳にも行かないし」

買い物袋に入っていた食材を適当に分け乍ら、冷蔵庫に突っ込んでいく。
野菜や肉類のほかに、玉子や牛乳、なんでかメープルシロップも並んでいた。
買い出しにも碌に行っていなかった為、そろそろ空になりそうだった冷蔵庫が潤って何よりだ。

「最初に言ったが、話してくれないからそれ以上の事は知らない。怯えている様だから、せめてもう少し楽に過ごさせてやりたいんだけどな。打ち解け方がわからん」
「はは、大分思い詰めてたんだな。大丈夫大丈夫、俺が来たんだから一緒に考えよう」
「……すまんな」
「友春ー。そこはありがとうって言うところだろ?」

見上げると、笑い掛ける顔が見えた。
ああ、こうしていつも力になってくれるんだ。幼い時から変わらない。

「永人。お前が友人で良かったよ」
「だろだろー?さて、それじゃあ……そうだな、取り敢えずおやつでも作ろうか」

にかりと笑って言ってのけた言葉がイマイチ理解出来なくて、つい繰り返した。

「おやつ?」
「買ってきた物の中に、ホットケーキミックスがあったろ?少年が甘い物好きかどうかわからんが、簡単に出来る物の方がいいなと思って」
「……ああ、それでメープルシロップ」

大学を卒業してからは滅多にないが、学生時分はよく家に泊まりに来ていた。
そこでよく目にしたのだが、この男は兎に角甘い物が好きなのだ。
よくよく思い返してみれば、幼い時からそうだったような気がしなくもない。

「お前ぐらい単純なら助かるんだけどな」
「ええ、なんか酷い事言われてないか」
「すまん、つい心の声が」
「尚酷いな。……はは、まあそれぐらい言えるなら何よりさ。ほら、作ろう?ゆっくりしてたら夕飯と被る」
「……今からか」
「そうそう。思い立ったらすぐ行動」
「……わかったよ」

仕方なしに準備を始める。
大学を卒業してからは怠惰的で廃人のような生活を送っていたから、調理器具たちは仕舞われ続けていた。
……と思えば、また突然ここ数日で出番が増えてきている。
とはいえ、ボウルを出したり泡だて器を出したりするのが久しぶりで、まず洗うところから始めるのが非常に面倒くさい。

「……永人、お前も手伝え」
「俺は少年に挨拶してくるよ。ちょっとの間だから、準備よろしく」
「……お前な」

ひらひらと手を振って、奥の洋室へ向かう。
寝室として使っている部屋にちゃんと少年は居た様で、一方的に話しているような永人の声が聞こえてきた。

(……俺が無理でも、あいつと打ち解けてくれたらいいな)

溜息をついて、さっさと洗い物を済ませた。
ついでに使う食器も洗って、準備をする。
戻ってこないのを気にしつつ、一人で勝手に進めていく事にした。
ホットケーキを焼くのは久しぶりだったが、別に出来ない訳では無い。
ボウルに卵を割入れ、牛乳を入れてよく混ぜる。
それから粉を入れ、よく混ぜたらタネの完成だ。

(……戻ってこないな)

全く戻る気配が無いのが気になったが、先に焼いてしまった方が楽だろう。
フライパンを温めて、油を塗って、種を落とす。
焼き始めると、甘い香りが辺りに広がった。
極力ふっくらと焼いてみたいものだが、仕上がりは可もなく不可も無く。
まあ、でも皿に取るとそれなりに美味しそうじゃないか?

「永人。いい加減戻ってきてくれ」
「ああ、はいはい。すまんな」

呼び掛けると、奥の部屋から顔を出していった。
それからすぐこちらに向かってきたが、驚いたのはその後ろだ。
少年が永人の後を付いて回っているじゃないか。
ちょっと傷ついたが、まあ良しとする。
人数分焼いて、一先ず終わり。
残りは後で片付けるとして、テーブルに運んでメープルシロップとバターも用意して、そうして食卓に着いた。
自分の向かいには少年が居て、間の狭いところに幼馴染が収まっている。
体のサイズから考えても狭そうだと思ったが、本人がそうしたいのなら何を言う事も無いだろう。

「ほら、少年。良い匂いだなー。友春が、きみの為に焼いてくれたんだぞ?甘いのが好きなら、メープルシロップ沢山かけるといい」
「……永人、無理強いするな。困っているだろう」
「そうかい?まあ、でも俺は先に頂こう。作ってくれてありがとうな。頂きまーす」

手を合わせて、にこりと笑う。
バターとたっぷり塗って、メープルシロップも多めに掛けて、幸せそうに食べるのを見届ける。
それから初めて、少年も同じようにしていた。

(やっぱり、様子を見てから食べているな。信用が無いんだろうか)

溜息をつき掛けて、永人と目があった。

「友春ー。きみ、最近そんな顔して食事してるのか?」
「そんな顔?」
「疲れてるなーと思って。さあさあ、きみも食べると良い。美味しいぞー?少年はどうだい?」
「お前が作った訳じゃないだろう」
「悪かったって。まだ食べるだろう?次は俺が焼くから、任せろ」
「まったく」

流石に同じようにして、と言う訳にはいかないが、折角貰ったのだしメープルシロップは少しだけ多めにして久方ぶりのホットケーキを口に運ぶ。
甘い物なんて久しぶりに食べた気がする。
いや、食べ物の味を気にした事自体が久しぶりではなかったろうか。
思ったよりも随分と自分が疲れていたんだなと変に自覚してしまって、涙が出そうだった。

「美味しい?」
「ああ、そうだな……美味しいな」

最近はどうも涙もろくて行けない。
堪えられなくて、ナイフとフォークを置いた。
瞬くと涙が出るので、下を向く。

「頑張ってるなー、えらいな友春」

ぽんぽんと頭を撫でられるが、何か反論する元気も無かった。

「少年。きみも急に預けられて不安だったのかも知れないが、友春も不安だったんだろうさ。悪い奴でも無いし、きみと打ち解けたくて一生懸命にやってたりする。ので、喋れるならちょっとだけでも話してやってくれんか?出来るようになったらでいいから、な?」

少年はどんな顔をしているだろ。
こんな情けない姿を見せては、余計気を使うんじゃないだろうか。
不安だったと言われて成程と思うところもあるが、今はそれどころでも無かった。

「永人。もういいから、大人しく食べてくれ」
「ええー?」

ごしごしと目元を拭って、顔を上げる。

「じゃあ、代わりに少年にしよう」
「は?」

あげると、少年もぼろぼろ涙を零して同じようにして食べていた。

「ほらほら、やっぱり甘い物は最強だな。きみがちゃんと少年を想って作ったのが伝わるんだよ」

良かったなー。と言いながら、少年の頭を撫でている。
少年はされるがままだし、涙を流しているしで、それはそれで大変そうだ。
暫くそうしているのを茫然と見ていて、それから、少年はこちらを見て初めて笑った。

「……あの、ありがとう」

本当に小さな声だったが、確かにそう言った。




それがある冬の日の事。
本当の意味で、生活が始まった最初の日の事。
ホットケーキと、光一と俺と。ついでに幼馴染との思い出である。













同じ様に寒い冬の日の事だ。
は、と目覚めて体を起こす。

「……随分昔の夢だったなぁ」

ベッドの上で、うーんと背伸びをし、水野光一は笑った。

「あの時のホットケーキ美味しかったなぁ」

備前の家に来た辺りの最初の記憶は殆どない。
ただ、あのホットケーキの思い出は強烈に残っていて、今でもあの独特の香りやメープルシロップの香りを嗅ぐと思い出す。

「久しぶりにホットケーキ食べたいな。今から作ったら朝ごはんに間に合うかも」

時計を見たが、まだかなり早い。
備前が起きだすのはまだもう少し先だなと思うと、足取り軽くキッチンへと向かう。
今も時々、気が向いた時に作ってくれはするのだが、今日くらいは自分が振る舞ってもいいだろう。

「僕が友春さんと会った日だもんね。美味しいって言ってくれたらいいなぁ」

そうして、また一日が始まる。
何度目かになる、ささやかな記念日のお祝いとして、善き日になるよう祈りながら。



・あとがき・

勢いで書きました。
備前が言っている、夜中に不審な男が来て云々の話もちゃんとあるのですが、気が向いたらまた。

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