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セルフ三次創作

喫茶Reposerでのある日の事である。
その日は珍しくしんしんと雪の降る日で、カフェタイムに差し掛かろうかと言うのに、店内には一人の常連客のみで実に静かである。
スピーカーから流れてくるゆったりとしたクラシックの音色が、店内に満ちていくばかりだ。
常連客はカウンター沿いにある五つの席の真ん中に、長い足をもて余し気味に座っている。
少年の様に目を輝かせて、注文した珈琲が出てくるのを待っていた。
理科の実験道具にしか見えない器具がこぽこぽと芳しい香りを放ちながら珈琲を抽出する様を瞳に映す彼に、これはサイフォン式と言うのだと教えた店主は眼帯の奥で穏やかに笑っていた。
「永人さん、僕の時はいつも珈琲頼みますよね」
「ああ、そうだな。光一の時で無いとこれは見れんからな」
「友春さんには珈琲は頼まないんですか?」
「うん?いや、単純に珈琲はきみが淹れた方が美味しいし、紅茶は友春が淹れた方が美味しいからと思ってな」
「そうですか」
くつくつと笑うと、光一と呼ばれた店主の青年は鶴崎と呼んだ常連客に抽出したばかりの珈琲を差し出した。
真白のカップは素朴な出で立ちだが、大柄な彼に合わせて少し大きい物である。
骨ばった細長い指先で、砂糖の入ったポットを開けると立方体の塊を四つほど放り込む。
遠慮がちにスプーンでくるくると回す様を見ていた店主は、また少しだけ笑った。
「ほんとに甘いのが好きですよね」
「あはは、そうだな。別に甘党と言うわけじゃ無いんだが、これだけはなんでか」
はは、と照れ臭そうに頬を掻き、伺うように店主を見やる。
「やっぱり、提供する側としては気分が悪いか?」
問われて、店主は少し考え込む。
「いや、僕は特別何か思いませんけど。他のお店で嫌な顔でもされましたか?」
「ああ、いやそういう訳じゃないんだ。いい歳した男が、と言うのはよく言われるからな。店としてはどうなのかと」
「そういうの気にしない人だと思ってました」
「……きみな、俺だって多少は」
「ふふふ、いえ。ごめんなさい。それでも珈琲が外で飲みたいなら、別に構わないんじゃないですか?」
「そうかい?」
「はい。でも、それだけ気にしてるのに紅茶では駄目なんですね」
「え?」
「紅茶はいつもお砂糖は入れないでしょう?」

不思議そうに鶴崎を見ながら店主が問えば、彼は当然のように口を開いて言うのである。
「紅茶は、友春が淹れた物が一番美味いから。余所ではあまり飲まないな」
「ああー、それはちょっと傷つくなー」
「え?そ、そんなまずい事言ったか?」
よよよ、と大袈裟な振りでよろめいた店主に驚くと、鶴崎はカウンター越しに手を伸ばそうとしかける。
店主はくすくすと笑って「冗談です」と返し、だが、眉を下げて困ったように笑う。
「僕の淹れた珈琲は替えが利くけど、友春さんが淹れた紅茶は替えが利かないと言う事でしょう?」
「……あー、……あー成程。そうだな、そう聞こえるな」
「いや、良いですけどね。僕もまだまだ勉強しないと駄目だなぁ」
「べ、別にそんな替えが利くなんて思っては無いぞ!無いんだが……あー、言い方が悪かったな、すまない」
「あ、いえいえ。僕も調子に乗りました、ごめんなさい」

苦笑しながら言葉を聞いていた鶴崎は、甘い珈琲を啜り始める。
丁度、そんな時、雪と一緒に店に入って来たのは備前であった。
マフラーを巻き、手袋も嵌めて買い物袋を抱えてはいるが、存外薄着だ。

「ただいま、光一。……おや、鶴崎じゃないか。来ていたのか」
「お邪魔している。雪を積もらせてるのに、薄着じゃないか?」
「そうか?これでも割と暖かいんだがな」

言いながら雪を申し訳程度に払い除けて、カウンターに買い物袋を置いた。

「寒い中有難う、友春さん。何か飲みますか?」
「うん?あー……」

鶴崎の隣に腰かけた備前は、ちらりと友人のカップを見やり、それから店主に笑い掛ける。

「俺も、珈琲を貰おうか」
「分かりました。少しお待ちください」
「ああ」
「……あれ、きみ珈琲なんて飲むのか?」

上着を脱いで適当に背もたれに掛けた備前は、驚き目を丸くする鶴崎に視線をやり、首を傾げる。

「可笑しいか?光一が淹れる珈琲は美味いからな。手透きの時は淹れて貰っているぞ?」
「へー、そうなのか。知らなかったな」
「言った事は無いな。お前も、光一が居る時は珈琲を頼むんだから理由は同じだろう?」
「まあ、そうなんだが」

くつくつ笑いながら、鶴崎はまた甘い珈琲を口に含む。
飲み下し、零れてくるのはまたため息なのだが。
今度は何か、ほっとしたような。そんな吐息だ。

「はい、お待たせしました」
「有難う」

華奢なカップに注がれた珈琲を受け取ると、備前は躊躇い泣く角砂糖を四つ放り込んだ。
当たり前のようにそれをかき混ぜ、口を付ける。
そんな様子を店主は笑ってみていたし、鶴崎はまじまじと見ていた。

「あれ、友春?」
「なんだ?」
「きみも結構、砂糖入れるんだな」

驚いた様子の鶴崎に、備前は「そうか?」と首を捻った。

「永人さん」
「なんだい?」
「今思ったんですけど。僕がなんとも思わないのは友春さんがこうだからですよ」
「……ああー、成程」

二人は顔を見合わせて、くすりと笑った。
備前は優雅な仕草で珈琲を飲みながら、そんな二人の様子を見ている。

「何の話だ?」
「珈琲にお砂糖を沢山入れる話です」
「可笑しいか?鶴崎、お前もそうだろう?」

きょとんとしながら言った備前は、カップをソーサーに置いて改めて二人を見た。

「別に何をどう味わおうが人の勝手だろう?好きに楽しめば良いだけの話だ。俺は光一が淹れた珈琲の薫りが好きだし、それを甘くして飲むのが好きなだけだから、良いだろう」
「ああ、そうだな。全くその通りだ」

鶴崎は何処か楽しげで、店主はくすりと穏やかに笑う。
話の見えない様であった備前は、それでもさっさと切り替えて、また珈琲を啜る。
それは、喫茶Reposerの日常の一幕。

・時間軸的には人生画廊のすぐあとぐらいです。この頃鶴崎は、頻繁にReposerに訪れているし備前はいつでも連絡が取れるように携帯電話をちゃんと所持していた時期。余談ですけど、備前は良い物を身に着けているので、薄くてもちゃんとあったかい物を着ている。
そして鶴崎は、自分が“結構な甘党である”と言うのは今ひとつ自覚が無いのです(笑)
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