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drake × zoro

『思春期事変』
先天にょたゾ
高校生でタメ
まだ付き合ってない
写真部×剣道部
剣道の知識は皆無です


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 居残り練習を終えた頃には、辺りはすっかりと静かになっていた。大半の人間は帰ったのだろう。サッカー部の声も野球部の音もしない。少し遠くから、吹奏楽部の何かしらの楽器の音が聞こえるくらいだった。汗をかいた身体は試合中や練習中はさほど気にならないが、落ち着くと途端に少々不愉快になるのだから不思議なものだ。それだけ集中できている、ということだろうか。
 傾き始めた陽が、大きくはない窓から強烈に射し込んできて眩しい。さっさと脱いでしまおうと竹刀や防具を片付けてから、少し考えて裏庭へ向かった。今の季節、この時間帯なら、水浴びは許容範囲内だろう。



 課題写真を部室のパソコンに移すついでに、今まで撮った写真を見返す。どうにもワンパターンな気がして、少し落ち込んだ。好きなものを好きなように撮っているはずなのに、直接目で見た感動を伝えるには今のままでは技術もセンスも足りていない。風景ばかりを撮っているから、ここは被写体を一つに絞って近接撮影に力を入れてみようか。今の時間なら西日に照らされた花が綺麗に撮れるかもしれない。今は何色の花が、咲いているだろうか。
 カメラを手に玄関へ行き、外靴に履き替え裏庭を目指す。外部活が終わった今なら誰もいないだろう。そう思ってなんの躊躇いもなく角を曲がった瞬間、時が止まったような錯覚に陥った。
「あ、やべ」
 その声で金縛りが解けたかのように、くらりと身体が傾ぐ。ドッと押し寄せる熱や言葉、感情が頭の中で、喉の奥でこんがらがり、爆発しそうだった。何が正解かわからないまま、本能のままにどうにか踏ん張りかつてないほどの力で地面を蹴り、その場から逃げ出した。
 慌ただしくなんとか靴を履き替え部室まで一気に駆ける。廊下を全速力で走るのなんて初めてだった。辿り着き、扉を閉め、背を預けてずるずると座り込む。心臓が痛い。苦しい。走ったから、だけではない。
 射し込む陽に照らされた、彼女の、ロロノアの裸が、脳裏に焼き付いて離れない。袴は穿いたままで、上だけを晒すその姿は姿勢の良さや鍛えられていることも相俟って、凛としていた。とても、美しかった。それなのに、芸術品のようだと思ったくせに、じわじわと汚い欲が湧き上がってくる。
 文字通り頭を抱えて身体をなるべく小さくして、薄汚い熱をやり過ごそうと試みるも、あまり意味をなさない。まだ落ち着いていない呼吸が、兆してしまっている下腹部が、恨めしい。
 こんな自分が彼女を、撮りたいなどと。
 クラスだって違う。きっとロロノアはおれのことを知らない。名前は勿論、顔だってさっき初めてみたか、認識したレベルなんじゃないか。クラスでも目立たず地味な自分と違って、彼女のことは誰もが知っている。入学式で下品な絡み方をしてきた上級生を人前で堂々と諌め煽り、あまつさえ軽く捻る程度のことはやってのけた。男女問わずモテることも知っている。自分はただ、少し離れたところから盗み見るくらいしかしていない。自分がお近付きになろうなどと、思ってはいけない。余計にそう感じると同時に、整ってきた呼吸で溜息を吐く。疲れた。もう帰りたい。
 ノロノロと立ち上がり、帰宅の準備をする。今日はさっさと寝てしまおう。などと考えていたらガラリと扉が開き、顧問が来たのかと振り返る。鍵を返しに行く手間が省けた、と思った。
「お、いた」
 ひゅっと喉が鳴り、折角落ち着き始めた心臓がまた忙しなくなる。何故、ロロノアがここにいるのか。制服に身を包んでいてもそのスタイルの良さはよくわかり、先の光景がフラッシュバックしそうに慌てて掻き消した。
「な、何も覚えてない!おれは何も覚えてないから!」
 耐え切れず巻くし立てれば、ロロノアはきょとりと目を丸くしてから吹き出すように笑い出す。こんな状況なのに、無邪気に笑う彼女を可愛いと思う余裕はあるらしい。
「見てない、とは言わねぇんだな」
「それは、無理があるだろ……」
「確かに」
 まだ少し笑いの余韻を引き摺りながら、ロロノアがつかつかとこちらへやって来る。数センチ引いた足をどうにか制止し、目の前まできたロロノアを、見下ろした。女子の中では背の高い方ではあるが、それは自分も同じだった。
「な、なんの用だ?」
「さっきの、誰にも言わないでくれ」
 頼む、とおれに向かって手を合わせる姿に、一瞬思考が止まる。むしろ言いふらすなんていう選択肢がなかった。
「……言うわけないだろ。言ったら、おれは変態扱いだ」
「それもそうか。いやでも助かる。ありがとな」
 この距離で、自分に向けられる笑顔の破壊力を思い知らされる。胸元を握り締め、服にシワを作ることで湧き上がる何かを抑え付ける。
「前顧問にめちゃくちゃ怒られたから、またやったなんてバレたらえらい目にあっちまう」
「あ、当たり前だろ。誰が見てるか、誰が来るかもわからないのに」
「暑いんだから仕方ないだろ」
「……見られることに抵抗はないのか?」
「ねぇな。恥じるような鍛え方はしてない」
 自信満々にそう言ってのけるロロノアが、心配で仕方がない。確かにしなやかで美しい、締まった上半身をしていたが。危ない奴に見つかりでもしたらと、考えてしまう。
「普通に犯罪だぞ」
「いや必要もねぇのに自ら晒して人前になんか出るかよ」
「せめて、下着は外さない方が」
「なるほど、その手が」
「いやそれでも駄目だからな?……怖い目に遭ったら、どうするんだ」
「そこいらの男にだって負けねぇよ」
 得意げに胸を張る彼女は、余裕そうで、油断している。胸元からそっと手を離すと、やはりシワができていた。あれほど落ち着きのなかった心臓が、いつの間にか平常心になっている。それと同時に、腹の底がすっと冷えるような感覚が広がる。彼女が為す術なく乱暴にされるところを瞬時に想像してしまう自分の気持ち悪さに、嫌悪してしまう。
 一歩、距離を詰めて肩を押し、テーブルに背を預ける形で抑え付ける。油断していたから、本当に容易く見下ろせた。何が起こったのかわかっていないロロノアは一瞬呆けた顔をしてから、怪訝を浮かべた。
「なんのつもりだ?」
「そこいらの男には、負けないんだろ?」
 鼻先が触れそうな距離で、思ったよりも低い声が出た。ようやく察したロロノアが抜け出そうとするが、男女の力の差とあとはちょっとした工夫で全力で阻止する。言うだけあって確かに力は強いが、こちらも鍛えているので負ける訳にはいかなかった。何より、わかってもらうためには負けてはならない。
「っなにが目的だ」
「……さっきの、顧問にばらされたくなかったら」
「……なかったら?」
「大人しくできるだろ?」
 目を丸くしてから、怒りと悔しさをない混ぜにしたような顔をしてロロノアは一度深呼吸をすると、目を閉じた。手のひらから身体の強ばりが伝わり、罪悪感で少し胸が痛む。
「好きにしろ」
 潔過ぎて、こちらが面食らった。思わず出た大きな溜息にロロノアが目を開けたので、どうすれば伝わるかと少し思案する。
「ロロノア」
「なんだよ」
「まず一つ目、そこいらの男には敵わない奴もいる。わかったな?」
「……おう」
 意図が伝わったのかロロノアの身体から力が抜けたのがわかり、安堵する。嫌な思いをさせたことは、謝らなければならない。
「二つ目、脅しのネタにされるようなことはしない。いいな?」
「……わかった」
 拗ねた子供のような声音で応えるロロノアにとりあえず伝わったと判断し、謝罪しようと改めて見下ろしてその近さに今更気付き直ぐに距離を取ろうとするも、それは叶わなかった。手首を離した途端に腕が伸びてきたかと思えば、直ぐにまた同じ距離と似たような体勢に戻される。余裕のなさは、逆転していた。
「ビビらせんな」
「……嫌な思いさせて悪かった」
「すげぇ裏切られた気分だったんだぞこっちは」
「ご、ごめん」
「お前に襲われんのは死んでも御免だし許さねぇけど、お前に抱かれんのは嫌じゃねぇと思ってたのに」
「は」
 何を言われたのか、理解できない。そもそも現状も、理解できない。彼女の手首を抑え付けていた手は今や、これ以上距離が縮まないよう踏ん張るためにテーブルを抑え付けている。距離は先ほどと変わらないが、身体の密着面が多い。なんせ、逃がさないようになのか足が胴に、巻き付けられている。さっきのロロノアもこんな気持ちだったのだろうか。これは本当に申し訳なくなってきた。いや、これは少し違くないか。
「お前みたいにバカ真面目で誠実でウブなくせに、こんな大胆なことしてくる奴、見たことねぇ」
「これは、その」
「忠告、だろ?心配してくれた訳だ」
「……出過ぎた真似をした」
「お前のこと嫌いになるかと思ったぜ?ドレーク」
 耳元で名前を囁かれ、一気に心拍数が上がる。今この状況を見られたら確実に勘違いされるな、と冷静な部分が慌てているが、それ以上の衝撃のせいで身体は動かなかった。
「名前、なんで」
「お前結構目立つからな」
「そんなまさか」
「その図体で何言ってんだ」
「いや!そんなことよりさっきの……!」
「どれだ?」
 小首を傾げる姿も可愛いが、何故そんな簡単に流せるのか。簡単に口にできるからか。こんなことを聞くのは気持ち悪いだろうかという葛藤は、投げ捨てた。なんせ、聞き流すには衝撃的過ぎる。
「だ、かれるのいやじゃないって、なんで…………?」
「大事に優しく抱いてくれそうだなと」
「当たり前だろ!!」
 何を当然のことを。眼前のロロノアが満足気に笑っているのを見て、何かのお眼鏡にかなったことだけは察した。
「なら、付き合ってくれよ」
「はあ?!」
「恋人がいるって言えば簡単に諦めてくれるだろうし」
「ああ、そう言う」
「とりあえずお前がおれを抱きたいと思うまではおれも頑張るから。なあ、いいだろ?」
 無邪気に笑う姿に、駄目な訳ないだろうと応えたいがこんな時に限って、いやこんな時だからこそ、耳聡い自分に苦笑と同時に拍手を送りたくなる。
 知らぬ間に胴に巻き付いていた足は降ろされていたのでこれ幸いにとロロノアを無理矢理抱え、一瞬だけ抱っこする形を取った後に椅子に座らせる。と、同時に扉が開き顧問が現れたので、なんとか事なきを得た。

「なあ、返事寄越せよ」
 夕陽が沈み始めた通学路を、ロロノアと並んで歩く。あの後、片付けを速攻で済ませ顧問に戸締りを頼み、ロロノアに引き摺られるまま部室まで連れて行かれ帰り支度を待ち、そして今に至る。まだ暗くなっていないとはいえ、一人で帰すのは気が引けた。いや、おれが一緒にいたいだけかもしれないが。返せなかった言葉を、どう返したものか。待ちながら、歩きながら考えていたが、上手くまとまらない。
「ロロノア」
 立ち止まると、ロロノアも足を止めてこちらを向いてくれる。静かな道路は時折車が通るだけで、あとは遠くの音が聞こえてくるだけだった。一度静かに深呼吸をしてから、自分を励ますように拳を握る。
「付き合うのはいい。ただ、その、だな……これだけはちゃんと、伝えておきたい、ことがある」
「なんだ?」
「おれ達はまだお互いのこと、よく知らないだろ。だから、ロロノアがおれに失望する可能性も、あると思う。でも、なるべく、そうならないよう頑張るから……ちゃんと、好きになってもらえるよう努力するから、その……よろしくお願いします」
 肝心のことを口にできないまま、もたもたと言葉を締め括るとロロノアは腕を組み思案顔になる。
「ドレークがおれに失望する可能性もあるのか」
「それは、ほとんどないと思う」
「おれはもう結構お前のこと好きだから、おれの方こそ努力が必要だな?」
 おれが言えなかったことをさらりと口にされ、敵わないことを再認識させられる。この真っ直ぐな瞳と、その芯の強さが、本当に。
「……おれはもうだいぶロロノアのことが好きだから、そのままでいくれていい」
「だいぶじゃ満足できねぇから、努力はするさ」
 ああ、本当に、敵わない。



「いつか、ロロノアの写真を撮ってもいいだろうか」
「いいぞ。脱いで欲しかったらいつでも言え」
「違う!」



(2025/01/02)
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