警察編 ①
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「思わせぶりすぎ」
ずぞぞ、と爽快に麺を啜り、うんざりしたような声色が抑揚なく言い放った。ごくん、と飛び出た喉ぼとけを鳴らしてから、箸を行儀悪く振り回しながら松田はため息をつく。
「遠回しすぎだし、フるならフれよ。考えるってイコール付き合うことを考えるって意味だって分かってんのか」
「んなずけずけと……」
「今まで告られた時どうしてたんだよ」
「そりゃ、全部断ってたけど」
私も後味悪く、ざくざくとした天ぷらの衣に歯を立てた。もう一度つゆにつけて味わいながら、松田の方をちらりと見上げると、彼は最近にしては珍しくサングラスをかけていない目元をジトっとさせた。
「ま、アイツもアイツだな。だからさっさと告れっつったんだ。どうせフられるんだから」
「妙に正論なのが腹立つな~……」
確かに、告白を受け入れる気はなかったけれど、そうもキッパリ言われると萩原に申し訳ない気持ちになってしまう。――し、その〝申し訳ない〟という気持ちにさえ罪悪感があった。
松田に相談を持ち掛けたのは、萩原が「松田に聞いたんだろ」と言っていたこと。そして、彼が恐らく一番両者を理解している人間だと思ったからだ。今まで告白された男に思い入れがあったことなどなかったし、向こうもそれほどの想いを持っていなかったから、断るのも容易かったのに。
「付き合ってみれば」
「え? 萩原と?」
「どーせ諸伏はいねえし。良いだろ、お前ら仲良いし。損する奴はいねえよ」
「……するでしょ。萩原、すごい……泣きそうな、顔、してたし……」
私がじゃあよろしくと付き合って、もし本当に好きだというなら、苦しいと思う。私だったら耐えられない。好きになってと願ってしまうだろう。歯切れ悪く答えたら、松田は湯呑に注がれたほうじ茶を流し込みながら、軽く息をついた。
「――アイツは、何でもいいんだよ。お前の傍にいられんなら」
面倒くさそうにはしていたが、どこか優しい声色が言った。いつもはガキのような口調なのに、こういう時は年上らしく、声色からしょうがない、という想いが聞き取れた。そんなものだろうか。私はまだ――諸伏のことが、好きという気持ちがあるのに。
「じゃ、フれば。ついでにロン毛嫌いだから無理っつってやれ。多分髪切るから」
「悪魔だ~……人の皮被った悪魔……」
「は、今さらか」
そうニヒルに笑う彼が、萩原のことを誰より案じているのは知っている。
じゃなきゃあ、私にあんなことを忠告してこなかっただろう。普段飄々としている分、彼のあんな顔を見ているのは私でも辛くて、隣で見てきた親友にとってはもっとかもしれない。
確かに、答えをずるずると引きずって、萩原が前を向けないのなら、それは本意ではなかった。
「次会ったら、もっかい話してみる。今度は……ちゃんと考えていく」
「おー。……お前もな、それが済んだら前向けよ」
ぽん、と軽く髪に細い指先が触れた。彼が案じていたのは、萩原だけではない。それを物語るような優しい力の込め方に、私はじいんと心に温もりが広がるのを感じた。「じんぺ~……」、と感動してその幼い目つきを眺めると、彼は片目をぎゅっと細めて露骨な表情を浮かべる。ベェ、と薄い舌べろが飛び出た。
話も結論へ向かい、デザートの茶碗蒸しを掬って口に運ぼうとした時、ふとバイブ音が響く。互いに鞄を確認すると、松田が携帯を持って席を立った。手が軽くこちらに振られたので、私も良いよという意味を込めて頷いた。
松田が席に帰ってきたのは、暖かかった茶碗蒸しが完全に温く冷えてしまったころだ。随分と長電話だったので、彼女かと尋ねたら、ふるふると首を横に振られる。松田は少し考えてから、席に着くと声のトーンを落とした。
少し掠れたような彼の声色は、囁くようになると益々むず痒いような声になる。
「最近、多いんだよ。このへんで、悪戯程度の爆弾が仕掛けられんの」
「……爆弾?」
「いつも妙な文体で予告が入って――んなにデカい爆弾じゃあないんだが。一人間近にいたら負傷するくらいのちいせえヤツさ」
「あ、それ知ってる」
私の担当地区でも、何度か話題になったものだ。
それほど見つかりにくいものではなくて、パトロールしていれば誰かが気づくような場所に仕掛けられているのだ。私たちはそこから住民が近寄らないように避難をさせるくらいなので、直接爆弾を見たことはなかったが。
「悪戯なのかな」
「だと、良いけどな。そのせいで最近、俺も萩も引っ張りだこだよ」
松田は愚痴を呟きながら茶碗蒸しを食べて、冷めた食感に「つめてえ」と唸った。匙をぷらぷらとさせて、柔い食感を喉に押し込む。彼は匙の先を軽く食んだまま、その鋭い目つきを周囲に向けて、聞こえないような声で言った。
「……ただ、威力は大したことねえんだけどな。仕掛けが厄介だ」
「へえ……ってなると、いよいよ悪戯じゃない?」
「――か、もっとでっけぇネタの予行練習か」
頬杖をついて、口元を隠すように松田はぼやく。
――もっと大きいネタ。つまり、今仕掛けられているものは威力の大きな爆弾の試運転のようなもの、ということだ。私は口だけで「まさか」と言った。松田はぐぐ、と伸びをしながら「だといいな」と。
「そんな映画みたいなこと、ある?」
「さあ。……まあ、勘だ。爆弾処理がどうこう言ったところで、捜査には発展しねえしな」
いや、そんなことはないだろう。
実際に彼らは一年目といえど、爆弾処理班のエースとして腕も認められているのだ。きっと、今は都内にいる誰よりも爆弾と直面している人間かもしれない。松田は上の人間だからといって進言しないような性格でもないので、恐らく本当に証拠がないのだ。
――萩原も、そう思っているのか。
ふと、彼のことが気に掛かった。私は言葉にはしなかったけれど、どうやら言い辛そうな表情をしていたようで、目の前の彼は細くため息をつきながら頷いた。
「言わねえけど、思ってんだろうな。お前のパトロール内だろ、何かあっても近づくんじゃねえぞ」
「そういうわけにもいかないでしょ。爆弾の知識は少ないかもしれないけどさ」
「触ったりするなってんだ。妙なトラップばっかくっついてるからな。死にはしなくても、間近で喰らったら腕くらいぶっとぶぞ」
そう言われて、私は背筋をゾっと震わせる。警察学校でも、授業のなかで何度か爆弾や火傷の処置について習ったが、それが身近にあると思うとまた恐怖心が違う。特に、松田や萩原がそれに直面していると思えば、尚更だ。
処理をしていて、すぐそばで爆発したらどうするのだろう。彼らがもし殉職だなんてことになったら――縁起でもないことを想像して、一人身震いした。
「バカ、俺らはンなに間抜けじゃねえ。トラップっつっても、俺や萩にかかれば三分ありゃ十分なんだよ」
「……分かった。昔から手先だけは器用だもんな」
「だけは余計」
私が納得して笑うと、松田は不機嫌そうに小さく舌を打った。厳しい警察の縦社会でも、異例を認められるほどの才能の持ち主だ。きっと、大丈夫。私は食べ終えた茶碗蒸しの蓋を逆さに乗せて、自身に言い聞かせる。
「陣平も、気を付けて。萩原にも……伝えておいてもらえないかな」
「無理。自分で言え。可愛い子ぶって言うの、得意だろ」
松田がニヤリと笑うので、私は額を押さえた。そんなに気軽に言えなくなったから、頼んだのに。彼はそれも見越してこう言うのだ。
――でも、ちゃんと話さないと。
逃げてばかりはいられないな。私は次会うときに、一緒に仕事のことも伝えようと考えながら、店の切れかけた蛍光灯を見上げた。チカ、チカ、と何度か瞬くような灯りが、思い浮かべた萩原の呆然と流した涙を思い出させた。