学校編
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教官の機嫌が良い。
いつもだったら注意される、ワンテンポ遅れた気を付けにも何も言わなかったし、教場全体で「これは何かある」と勘づいている者も少なくなかったと思う。鬼塚教官のスパルタっぷりは周知されていたので、とんでもない訓練が課せられるのでは――と危惧していたが、理由は一限の座学で明らかになった。
中間テストの結果が出たのだ。
少し緊張しながら結果を受け取ったが、案外悪くはなかった。なんだ、案外やればできるじゃん。――と、実際の人生の二倍を生きている割にそれはもう鼻高々としていた。どうやら、教場の平均点が他の教場よりとびぬけて良いらしく、今日のご機嫌っぷりはそのお蔭らしい。テスト様様だ。
「お、こっちもご機嫌か」
テストの結果を持って、伊達が男らしく席に着く。どうやら今の台詞は私に掛けたようだ。私は得意げに口角を上げて、「まあね」と言った。術科では劣るかもしれないが、総合は全体でも一桁の順位だ。割かし自信を持って笑うと、伊達のもとに集まってきた班員たちが次々に声を上げ始めた。
「そういえば、萩原に教えてもらってたっけ」
「え、なになに。そんなに良かったの」
と、諸伏と萩原が興味深そうに私の手元を覗きこむ。私は順位をサっと裏返すと、「情報には情報だろ」と手を差し出す。諸伏は情報って、と苦笑いしながらだが、小さなかみっぺらを渡してくれた。
「え、四位!?」
私はぎょっとして、何度も数字と諸伏を見比べてしまった。「声が大きいよ」諸伏はしぃ、と人差し指をたてて笑った。なんてことだ、こんなお人よしそうなのに(――それとテストは関係ないが)とんだ強敵である。
「それに、どうせ二位は伊達班長だろ」
「ん、ああ。また二位だよ、参った」
「ま、マジかあ~……」
ゴリラキャラは脳筋でいてくれよ。その太い腕を恨めしくペチペチと叩くと、伊達は声を上げて笑いながら宥めてくれた。しかし――伊達が二位ということは、だ。ギギギとブリキ人形のように首を動かすと、他人の結果などに興味ありません、と澄ました表情と視線が合った。
「じゃ、今回も首席はゼロか」
松田が事も無げに言い放つ。降谷は「まあ」と別に喜びもしないままそれを肯定した。なんだ、こいつら。確かに目につくような訓練が優秀なのは知っていたが、まさか試験内容まで優秀とは思わないじゃないか。
隠されることなく、ぺらっと置かれた松田の試験結果は、総合順位こそ私より下だが、部分的な科目では三つほど一位を取っているものがある。
私は最後の希望を込めて萩原のほうをバっと振り向いた。彼は私の視線に気が付いたらしい。へらっと表情を変えると、私の方に順位表を見せて、指で「これこれ」と示した。総合順位、科目順位――。
「萩原あ~!」
私は逃げ場を見つけたように、萩原のほうに飛びついた。私とニアミスの順位表なのかと思うほどに、殆ど同じような点数をしている。萩原のほうが、私の一つ下の順位だ。「あいつら天才だ……」とめそめそ制服にしがみつくと、彼はわざとらしく「本当だよねぇ、怖えなあ~。よしよし」と小さい子をあやすように受け止めてくれた。
こんなに暑いのに、その制服からは男っぽい汗臭さがないのが凄いと思った。スッキリした制汗剤と、僅かにメンソールの香りがする。こいつ、また吸ったな――と私は心の中で確信した。
萩原は私の肩をポンポンと叩きながら、愉快そうな声色で耳打ちをする。視線がそちらに向いていなくても、口角がニッコリとしているのが分かるようだ。
「ふ。ねえ、諸伏ちゃんのほう見て」
はて――私は萩原に言われるがままに、諸伏の立っていたほうに視線だけを向ける。それから、萩原と私が噴き出すまではほぼ同時だったと思う。
彼が、諸伏が――ありありと伝わるほど、ムスっと表情を暗ませていたからだ。柔らかくしていないと、その目つきは本当に強く見えるものだと感じる。
「高槻さん、もう少し自覚持って」
呆れたように吐き出された言葉に、私はうんうんと笑顔で諸伏のほうにくっついてみる。彼はそのむっすりとさせてた表情をパっと変えて、とたんに顔を赤くして慌て始めた。どうにも押されるのに弱いらしい諸伏は、嫌だと突っぱねることこそなかったものの、露骨に体を強張らせていた。
「だから、自覚……! 怒るよ」
「へぇ~、怒っちゃうんだ?」
「放っとけよ、ヒロ。高槻が調子乗ってる」
確かに、少し調子に乗りすぎたかもしれない。
諸伏のことはまだエロいと思ってはいるけれど、萩原に打ち明けてしまったことで、心がすかっとしたことは確かだった。なんとなく〝エロいって友達にも思うことはあるもんな〟という結論が心の中で出ていたので、つい下心丸出しに近寄ってしまう。
もしかしたら、今こちらを睨むグレーの瞳にはそれを見透かされていたかも――だなんて思うのだ。彼らの仲の良さは、ここ数か月で私たちにも伝わるほどのものだったから。降谷に足りないものは諸伏が、諸伏が抜けているものは降谷が持っている――そんな、良き友人に思えた。
顔を赤くした諸伏に「ごめんね」と軽く謝ると、彼は苦笑いを浮かべた。あれだけセクハラ親父のように絡んだにも関わらず、彼は人の好い顔で「良いよ」と頷く。
「試験も終わったし、今度またぱーっとやるか」
そう提案したのは、伊達だった。私が良いねと食いつくと、諸伏と降谷が分かりやすいほどアイコンタクトをして、顔を引き攣らせている。――正直、申し訳がない。
「あー、じゃ、今度は大人だけでも」
以前面倒を掛けたのは確かなので、両手を軽く振って彼らに譲ろうとした。居酒屋にはいきたいけれど――どうせお酒、飲めないし。私の参加で彼らの楽しみを奪ってしまうのは忍びなかった。
「盆休みあんだろ。べつに、夜じゃなくても良い」
どっかりと椅子に座った松田が、下敷きで汗の滲んだ額を扇ぎながら言った。それに対して萩原が、確かにと頷く。
「良いじゃん。トロピカルランドとかどうよ」
「ハァ? この面子で行くとか冗談だろ」
「モチロン女の子も誘うっての。男だけで行くわけねえだろ」
萩原が、ふっと振り向いて、こちらに耳を澄ませていた女生徒に向かって「ねー」と首を傾げる。恐らくこのイケメン達との出会いを狙っていただろう者も、ちょうど出くわしたものも揃ってハートの付きそうな声色で「ねぇ~♡」と返した。
「ってわけで、良いじゃん。教場の皆でトロピカルラーンド」
にこっと、伊達のほうに向かって笑いかけると、彼はニっと頷く。そういうことを好みそうな性質でもないよう見えるが――気を遣ってないかと言えば、「彼女も連れていくかなあ」と言われた。彼女持ちか、心配して損した。
盆休みには、寮が閉まるので、当然遠かろうが近かろうが全員実家に帰らざるをえないのだ。たった一週間、されど一週間。入校してから長期休暇のなかった生活に、ようやくのこと連休が訪れる。
まだ一か月も先のことになるが、今から待ち遠しいと感じる初夏のことだ。外では、憎らしいほどに蝉がしゅわしゅわと騒いでいた。
盆休みの予定はそれしか決まっていなかったけれど、心が踊っている。それは、きっと友人と呼べる彼らと行く場所だからだ。クサく言えば、仲間とも――。それが、なんだか嬉しくて、眩しい窓の外を眺めた。