学校編
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目の前にある、くびれた腰をじいっと食い入るように眺めた。
制服姿ながらにモデル体型が魅力的な鈴奈は、パンツスタイルがよく似合った。ヒップは小さく引き締まっているし、しなやかな脚のラインが布地の上からでも分かる。可愛いし、正直エロいとも思った。
「いやいや、俺は正常だろ……」
こうして眺めている限り、今までと何の代わりのない景色だ。
私は一度ぎゅうと目を瞑り、覚悟を決めてバっと振り返る。教室の隅、降谷の席の傍で机に軽く凭れた立ち姿を眺める。くびれと呼ぶには鍛え上げられた体、ヒップこそ小さいものの、女のものとは違い四角く堅そうな形。長い脚と――それに不釣り合いなほど、気の強そうな顔つきがあどけなく笑っている。うん、間違いなくエロい。
「って、なんで~……!?」
べっちょりと机の上に突っ伏した私を、鈴奈が不思議そうに見ていた。暑い。この暑さに頭をやられてしまったに違いない。お情け程度にブンブンと首を振る扇風機が、僅かに髪を戦がせていった。
机の冷たさで頭を冷静に戻そうと擦り付けていたら、松田が「また何かやってる」と呆れたように見下ろしてきた。くそう、女になったことのない奴には分からない悩みなのだ。
それに比べ、苦笑いしながら、ついでに下敷きで扇いでいってくれた萩原が菩薩かなにかに見える。彼もさすがに夏には鬱陶しいのか、長い髪を後ろに括っていた。女ほどの長さはないので、ぴょんっと小動物の尻尾のように跳ねている。
「てか、女でも髪型規制あんのに、良いのソレ」
「あはは~。ま、怒られたらその時だよ」
飄々としている割に、〝やることはやっている男〟。
それが近頃萩原に対してついた、自分の中のあだ名である。少し仲良くなって分かったことだが、そういう男だ。授業間の喫煙も然ることながら、松田とは異なりそう見せないだけで、意外に悪い奴だ。それでも滅多に教官に怒鳴られているところを見ないので、世渡り上手とも言う。
「で、何が〝なんで〟なの」
大人っぽく垂れた目つきは、まるで何かを楽しむようにニンマリと微笑んだ。私は誤魔化すようにへらりとして「うーん、テストが心配で」と答える。嘘だとは分かっていただろうが、彼は合わせるように一度ニッコリと笑うだけだ。
「俺で良ければ教えようか」
「あー……うん。もうちょっと自分で頑張ってみる」
「そう? ザンネン」
軽く肩を竦めてから、その大きい手が私の肩をぽんぽんと叩いた。そして、屈むようにして私の耳元に近づく。低い声を潜めて、彼は囁くように私に一言問いかけた。
「諸伏ちゃんと、何かあったでしょ」
その名前を聞いて、体がピッタリと石になったように固まった。自然と視線が、諸伏のほうを振り返ってしまう。反応で十分だったのか、彼は人の良さそうな笑みでもう一度「俺とお勉強、どう?」と首を傾げる。
萩原がどういうつもりかは分からなかったけれど、彼が女性に好意を持たれやすいのは知っていた。一人で悶々とするよりはなあと思い直して、机に出ていたテキストを適当に抱きしめた。
「そういえば、訴訟法についてが不安なんだった。お願いしようかな」
「え? 暗記科目は得意だから大丈夫って、いつも殆ど実技に振ってるじゃない」
「…………暗記と理解は違うじゃん? 一応ね、一応」
学習室を共有している鈴奈に指摘されて、誰に見られているわけでもないのに冷や汗が噴き出た。松田は興味なさそうに、一人アイスコーヒーを呷っている。その様子を、萩原は少し食えない笑顔で眺めていた。
◇
萩原と約束をしたのは、その週末のことだ。外泊届を出していたので、実家に帰って着替えてからの集合になった。彼が集合場所に選んだのは女性の好みそうなオープンテラスのカフェで、私は散々TPOにあった服装に迷いながら支度をすることになった。前世ではまず縁のないような場所だったし、今までだって女子高校生だ。友達とカフェくらい行ったことはあるが、そんな小洒落たものじゃなかった。
少しでも大人っぽい服のが良いのではと、ラメの入ったノースリーブのベージュニットを買ってから初めて下ろした。毛の処理が心配で、家を出る直前まで妹に確認を促した。次にもし外食をするなら、ぜひラーメン屋でお願いしたい。
電車を乗り継ぎ、彼の言っていたカフェに着くと、彼は既に店の中で携帯を弄りながら待っていた。大人っぽい人たちがたくさん食事をしているのに、まるで溶け込んで――いや、持ち前の悠々さが増して寧ろ大人びたミステリアスな男に見える。
隣の、高そうなバッグを持った二人組など、色の掛かった視線で萩原のほうをチラチラ見ているのがまる分かりだ。『そいつ、悪い男ですよ~!』と、そこらにビラを撒きたいほどだ。
暫くして、置かれたグラスに口をつけてから、彼はふと視線を持ち上げた。こちらを捉えた瞬間、もとより上がっていた口角がニコっと笑う。ひらひらと大きな掌が振られた。
「おはよ、百花ちゃん。今日は前と雰囲気違うね~、可愛い」
「どーも……ね、本当に? 私浮いてないよね?」
「大丈夫だって。ちゃあんと大人のお姉さんっぽいぜ」
なんだか外国のようなパラソルの席に近づき、コソコソと小声で尋ねると、彼は肘をついてうんうんと頷いてくれた。居酒屋のときはホストのようと形容した服装が、場が少し違うだけでしっくりときてしまう。ロールアップされたパンツから飛び出たごつっとした足首が、テーブルの下でクロスされている。
「暑いでしょ、何か飲む?」
差し出されたメニューに書かれた洒落たフォントに、視線が滑った。コーヒーに種類がありすぎだ。タピオカかレモンスカッシュくらいしか分からないぞ、こちとら。
「スッキリしたやつならこっち……甘いの好きならこっちとか良いかも」
「甘いのはあんまり……。これはジュースみたいな感じ?」
「そうだよ。ちょっと実の入ったソーダみたいなもん」
じゃあそれで。写真もついていないのでよく分からないが、彼は店員を呼び止めて注文をしておいてくれた。ありがたい。いつもだったら『女と来慣れているんだろうな、こいつ。ムカつくぜ』と思うところだが、自分が不安な時には頼もしいものだ。
「そういえばまだ十代だっけ。こういう店はあんま来ないか」
「うん。ぜんっぜん……、え? 大学生ってこんなお洒落な店使うの?」
ついこの間まで、ファミレスやファストフードで半日を潰していたのに。女とは成長が早い。私がしみじみと周囲を見渡していたら、萩原は可笑しそうに肩を揺らす。居酒屋やバーだったら、そこそこ馴染みはあるんだけども(あと、焼き肉とラーメン屋も)。
「良いねぇ、初々しくて」
「萩原は昔からよく来てたの」
「うん。俺の彼女年上ばっかだったからさ」
と、年上。言葉はぽろっと口から飛び出た。私の驚いた様子に、彼は再びクックック、と腹を抱えている。「そんなに驚く……?」一人で確認するようにつぶやくと、またもやツボに入ったように笑い続けた。
「まあ、今はいないけどね」
「あ、そうなんだ」
「じゃなきゃ、百花ちゃんとこんなとこ来ないよ」
さらりと言ってのけるあたり、案外恋人ができれば一途なのだろうか。あれだけ女の子たちにニコニコとしているので、少し意外だ。萩原のことを聞くと、ついつい心の中で引っ掛かっていたことが気になって、探偵がいるわけでもないのに私は声のトーンを落とした。
「ちなみに……諸伏くんは?」
「……いると思う?」
萩原は、一拍溜めて、意地悪そうにニヤっとした。正直、いる姿が容易に想像できる。どうやら萩原は私の返答を意地でも待つつもりらしく、それっきり返事をしないではないか。私はしょうがなしに、「思うけど」と呟いた。
「マジで、あの諸伏ちゃんに? あはは、いるわけねえじゃん」
「ねえ本当? それ萩原が適当にはぐらかされてね!?」
「確かだって。入校するときに恋人の有無を申告したろ。ちゃーんと無しになってたし」
失礼だなあ、と萩原は苦笑いしながら説明した。確かに、自分に恋人がいなくて忘れていたけれど、そんな申告書もあったような気がする。そうか、いないんだ。何故か安堵した心を見透かすように、萩原は頬杖をついてニコリとする。
ちょうど運ばれてきた『アランチャータ・ロッサ』なるものが注がれたグラスが、からんと揺れる。ストローに口をつけるが、オレンジソーダの味しかしなかった。