学校編
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射撃検定には無事教場全員が合格し、貸与式が行われた。想像もつくかと思うが、代表に選ばれたのは降谷、伊達、諸伏で、私たちはほとんど後ろに座っていただけである。それでも、彼らがしっかりと重い銃と警察手帳を受け取る様子を、誰一人目を逸らすことなく見つめていた。――いや、やっぱり、松田だけは見ていなかったかもしれない。
さて、今日は一日講義ではなく、ちょっとしたレクリエーション大会――球技大会が行われる。教場ごとにバレー、バスケ、サッカー等いろいろ選択があるらしいが、鬼塚教場はバレーボールだ。
「まあ、ウチは二大ブロッカーがいるから勝てるだろ」
と、松田は萩原と伊達の背中を軽く叩いた。確かに、教場どころか全体的にも、彼らは長身だ。伊達は縦横共にがっしりとしているが、萩原は手足が長く、バレーボール向きかもしれない。といっても、メンバーはローテーションなので、ずっと前線を張れるわけではない。レクリエーションなので当たり前だが。
伊達班がコート内にいる間は、私はスコア係で、主審の笛に合わせて数字を捲っていた。さすが成績優秀者の集まりというか、全員文句なしに運動神経が良く、松田の言う通り特に萩原は上手かった。あんなに背が高く、細いわけでもないのに、軽々と飛ぶのだ。
「おおー……」
降谷のトスを上手い具合に打った、しなやかな腕。私はつい見上げながら声を漏らす。バレーなんて、前世では手をつけたこともないので分からないが、真っ直ぐに打たれたボールがフロアを勢いよく鳴らして、心地よい。
ずいぶんと長くジャンプしていた気がするが、彼がキュっとシューズを鳴らして着地すると、後ろから降谷と松田が飛び込んできた。その長い髪を(――そういえば、あの髪でどうやって地獄のしごきを耐えたのだろう)ぐしゃぐしゃと掻きまわす。
「ナイス、萩! 偉いぞ」
「いてぇいてぇ、乗んなってふたりして」
その揉みくちゃに、降谷が加わっているのが意外だった。ああやって笑っていると、常に澄ました顔も青年らしさがある。萩原は一通り髪を乱された後、それを整えるように大きな手を櫛にして掻き上げ――ふ、と視線があった気がする。パラっと落ちる髪の束から、大人っぽい目つきが覗いた。
「ナイスー」
そのまま目を合わせておくのも何かと思い、私はヘラっと笑って軽く手を振った。萩原はニっと口角を持ち上げる。ぱくぱく、と何かを呟き――そのままコートへと戻る。
伊達が打った力強いサーブが返ってくる、今度は諸伏が拾った。不規則に高く上がった球を、打つのはまたも萩原の長い腕だった。
さきほどと同じように小君良い音がして、ふわっと着地すると、今度は真っ先に私のほうを振り向いた。そして思い切り私に向かって両手を口につけ、ちゅっと放して見せた。
「き、きざったらしー奴……。あれで怒られないのほんと理不尽じゃね」
「あはは、確かに」
副審から帰ってきたえくぼちゃんが、苦笑いして頷いた。あれで僅かに黄色い声があがるのが憎らしいものの、それを憎いと思わせない愛嬌が萩原にはあった。警察学校の女生徒は、皆普通の女の子ではあるものの、普通の大学生たちに比べればそれなりに硬派なはずだ。それでいてあのモテ具合なのだから、いっそ尊敬に値する。
投げキスに曖昧に手を振っていると、ぴぴっと主審役の生徒からホイッスルが鳴った。
「点とられてやんの」
女の方ばっかり向いてるから、と腹のなかで笑いながらスコアボードを捲る。少し肩を落として萩原が「代わるよ」と言った。どうやら点をとられてローテーションが回ったらしい。
「高槻さん、サーブ打てる?」
「アンダーなら」
諸伏からボールを受け取ると、先ほどの伊達のものとは比べ物にならないほど緩やかな弧を描くサーブを打った。アウトではないので許容範囲だと信じたい。
私は少しうずうずと足を動かした。先ほどの萩原のように、派手に、私も打ってみたい。降谷がボールを拾い、松田の方に上げる。私は軽く手を手招いて、彼にコンタクトを飛ばした。彼は意外そうに目を丸くしたが、しっかりこちらを狙ってトスを上げてくれた。
思い切り地面を蹴っ飛ばして、腕をスイングする。思ったより高い位置にあったボールは爪先を掠めそうになったが、なんとかネットの向こう側に押し込んだ。
「高槻さーん!!」
「かっこいいー!」
ちょうど真下あたりに打ち込んだ弾は跳ねることなく、地面に足を着けた瞬間交代待ちの同期から歓声が飛んでくる。とんでもなくいい気分だ。私はさきほどの萩原の姿を真似て、その子たちにちゅっと投げキスを飛ばしておいた。
その傍らで、萩原が苦笑いしてこちらを見ていた。恐らく動きを真似たことに気づいているのだろう、人差し指が自信を指して、「俺には?」と口が動く。調子のいい奴だなあと感じながら、かわい子ぶって指でペケを作っておいた。
元から運動の勘は良いほうだ。しかし、この――女としての体も、運動神経が良い。昔から鍛えていたし、若く体力があるのだろうが、身長と体格に関わること以外は、予想した通りに動いてくれる。柔軟な体に産んでくれた現在の母に感謝を送った。
「やるな、お前!」
ぐしゃっと頭を潰すように撫でてきたのは降谷だ。少し嬉しかった。彼からは良くも悪くも男女が関係ないのだろう。いつもつーんとしてるだけあって、嬉々とした笑顔は気恥ずかしく、少しだけ顔が熱くなった。
「バレーやってたのか」
「ううん。見様見真似、けっこーイケてた?」
「最高」
松田からも抑揚のない声で褒められて、私は機嫌よく笑う。そして相手チームのボールが飛んできたときに思ったのだ。――萩原のアタックにばかり注目して、ボールの拾い方などすっかり見ていなかったことを。
◇
「まったく、あんな綺麗な顔面キャッチしなくても……」
「わざとじゃないっつの……」
諸伏が保冷剤を持ってきてくれて、私は鼻栓の入った鼻の付け根あたりにそれを当てる。鼻が折れたかと思ったと嘆くと、彼は太く形の良い眉を八の字にして、それは困ったと笑った。
「いやあ、人って案外咄嗟に動けないもんだわ」
「よそ見してたからじゃないか」
「めっちゃ見てたよ」
「そうじゃなくて、その前の話」
私と共に壁際に腰掛けると、彼は胡坐をかき頬杖をついた。何の話かと首を傾げれば、無表情で片手が口の端に触れ、軽くぱっと離される。照れ臭いせいか、あまりに不愛想だから理解するまで時間がかかったが、恐らく投げキスの仕草だ。
「あはは……見てた?」
「あれだけ女の子が騒いでたらな」
「だって、みんなが可愛かったからさあ」
きゃあ~だって、と私が女の子たちのほうに視線を向けたら、諸伏はふっと息をついた。頬杖で見えないけれど、その口元は笑っているような、そんな気がした。しょうがないなあ、という感情が透けて見えるくらい、目元が優しく細められていたからだ。
「高槻さんって、男子っぽいよな。えーっと、変な意味じゃなくって……」
「陣平にも言われた。そんなに〝ぽい〟?」
「ふは、そういうとこも」
諸伏が可笑しそうにくっくと笑う。二人で座っていると、あの夜を思い出した。違うのは、彼の体は震えてなどいないこと。コートのなかにいる鈴奈と目が合う。にこにこと手を振ると、彼女は軽く鼻をつんつんと二回突いた。ぐっと拳をつくって大丈夫だとジェスチャーすると、彼女もニコと口元を緩ませた。
「高槻さんってさ……」
言葉が、そこで煮詰まったように止まった。コートのほうから視線を戻すと、彼はじぃとこちらを見つめている。先ほどまであんなに感情が透けていたのに、急に考えが読めなくなった。何故か心がギクリとして、「なに」と固い声で尋ねる。
「俺、どっかで……見たこと……」
「――あるの?」
予想していた言葉とは違った。てっきり、精神的に男っぽいことを言及されるかと思ったのだが。間が抜けて、つい普通に聞き返す。そりゃあ、同じ都民ではあるから、何か接触があってもあり得ない偶然ではないだろう。実際、私は一度会った諸伏の顔を忘れているわけだ。
「あ、やっぱりナンパだったりする?」
「違うって! いつまで引きずるんだよ、ソレ」
はー、と溜息をついた諸伏に、私は鼻づまりの声で「卒業まではやるかな」と笑った。結局、彼のなかで結論は出なかったようで、諸伏はほんのり蟠りがあるような顔をしている。
「あるような、気がするんだけどなあ……」
困ったように頬を掻く彼は、やっぱり可愛い。感情に嘘はつけず、気づけば私はニコニコと笑っていたと、後に鈴奈から教えてもらった。
さて、今日は一日講義ではなく、ちょっとしたレクリエーション大会――球技大会が行われる。教場ごとにバレー、バスケ、サッカー等いろいろ選択があるらしいが、鬼塚教場はバレーボールだ。
「まあ、ウチは二大ブロッカーがいるから勝てるだろ」
と、松田は萩原と伊達の背中を軽く叩いた。確かに、教場どころか全体的にも、彼らは長身だ。伊達は縦横共にがっしりとしているが、萩原は手足が長く、バレーボール向きかもしれない。といっても、メンバーはローテーションなので、ずっと前線を張れるわけではない。レクリエーションなので当たり前だが。
伊達班がコート内にいる間は、私はスコア係で、主審の笛に合わせて数字を捲っていた。さすが成績優秀者の集まりというか、全員文句なしに運動神経が良く、松田の言う通り特に萩原は上手かった。あんなに背が高く、細いわけでもないのに、軽々と飛ぶのだ。
「おおー……」
降谷のトスを上手い具合に打った、しなやかな腕。私はつい見上げながら声を漏らす。バレーなんて、前世では手をつけたこともないので分からないが、真っ直ぐに打たれたボールがフロアを勢いよく鳴らして、心地よい。
ずいぶんと長くジャンプしていた気がするが、彼がキュっとシューズを鳴らして着地すると、後ろから降谷と松田が飛び込んできた。その長い髪を(――そういえば、あの髪でどうやって地獄のしごきを耐えたのだろう)ぐしゃぐしゃと掻きまわす。
「ナイス、萩! 偉いぞ」
「いてぇいてぇ、乗んなってふたりして」
その揉みくちゃに、降谷が加わっているのが意外だった。ああやって笑っていると、常に澄ました顔も青年らしさがある。萩原は一通り髪を乱された後、それを整えるように大きな手を櫛にして掻き上げ――ふ、と視線があった気がする。パラっと落ちる髪の束から、大人っぽい目つきが覗いた。
「ナイスー」
そのまま目を合わせておくのも何かと思い、私はヘラっと笑って軽く手を振った。萩原はニっと口角を持ち上げる。ぱくぱく、と何かを呟き――そのままコートへと戻る。
伊達が打った力強いサーブが返ってくる、今度は諸伏が拾った。不規則に高く上がった球を、打つのはまたも萩原の長い腕だった。
さきほどと同じように小君良い音がして、ふわっと着地すると、今度は真っ先に私のほうを振り向いた。そして思い切り私に向かって両手を口につけ、ちゅっと放して見せた。
「き、きざったらしー奴……。あれで怒られないのほんと理不尽じゃね」
「あはは、確かに」
副審から帰ってきたえくぼちゃんが、苦笑いして頷いた。あれで僅かに黄色い声があがるのが憎らしいものの、それを憎いと思わせない愛嬌が萩原にはあった。警察学校の女生徒は、皆普通の女の子ではあるものの、普通の大学生たちに比べればそれなりに硬派なはずだ。それでいてあのモテ具合なのだから、いっそ尊敬に値する。
投げキスに曖昧に手を振っていると、ぴぴっと主審役の生徒からホイッスルが鳴った。
「点とられてやんの」
女の方ばっかり向いてるから、と腹のなかで笑いながらスコアボードを捲る。少し肩を落として萩原が「代わるよ」と言った。どうやら点をとられてローテーションが回ったらしい。
「高槻さん、サーブ打てる?」
「アンダーなら」
諸伏からボールを受け取ると、先ほどの伊達のものとは比べ物にならないほど緩やかな弧を描くサーブを打った。アウトではないので許容範囲だと信じたい。
私は少しうずうずと足を動かした。先ほどの萩原のように、派手に、私も打ってみたい。降谷がボールを拾い、松田の方に上げる。私は軽く手を手招いて、彼にコンタクトを飛ばした。彼は意外そうに目を丸くしたが、しっかりこちらを狙ってトスを上げてくれた。
思い切り地面を蹴っ飛ばして、腕をスイングする。思ったより高い位置にあったボールは爪先を掠めそうになったが、なんとかネットの向こう側に押し込んだ。
「高槻さーん!!」
「かっこいいー!」
ちょうど真下あたりに打ち込んだ弾は跳ねることなく、地面に足を着けた瞬間交代待ちの同期から歓声が飛んでくる。とんでもなくいい気分だ。私はさきほどの萩原の姿を真似て、その子たちにちゅっと投げキスを飛ばしておいた。
その傍らで、萩原が苦笑いしてこちらを見ていた。恐らく動きを真似たことに気づいているのだろう、人差し指が自信を指して、「俺には?」と口が動く。調子のいい奴だなあと感じながら、かわい子ぶって指でペケを作っておいた。
元から運動の勘は良いほうだ。しかし、この――女としての体も、運動神経が良い。昔から鍛えていたし、若く体力があるのだろうが、身長と体格に関わること以外は、予想した通りに動いてくれる。柔軟な体に産んでくれた現在の母に感謝を送った。
「やるな、お前!」
ぐしゃっと頭を潰すように撫でてきたのは降谷だ。少し嬉しかった。彼からは良くも悪くも男女が関係ないのだろう。いつもつーんとしてるだけあって、嬉々とした笑顔は気恥ずかしく、少しだけ顔が熱くなった。
「バレーやってたのか」
「ううん。見様見真似、けっこーイケてた?」
「最高」
松田からも抑揚のない声で褒められて、私は機嫌よく笑う。そして相手チームのボールが飛んできたときに思ったのだ。――萩原のアタックにばかり注目して、ボールの拾い方などすっかり見ていなかったことを。
◇
「まったく、あんな綺麗な顔面キャッチしなくても……」
「わざとじゃないっつの……」
諸伏が保冷剤を持ってきてくれて、私は鼻栓の入った鼻の付け根あたりにそれを当てる。鼻が折れたかと思ったと嘆くと、彼は太く形の良い眉を八の字にして、それは困ったと笑った。
「いやあ、人って案外咄嗟に動けないもんだわ」
「よそ見してたからじゃないか」
「めっちゃ見てたよ」
「そうじゃなくて、その前の話」
私と共に壁際に腰掛けると、彼は胡坐をかき頬杖をついた。何の話かと首を傾げれば、無表情で片手が口の端に触れ、軽くぱっと離される。照れ臭いせいか、あまりに不愛想だから理解するまで時間がかかったが、恐らく投げキスの仕草だ。
「あはは……見てた?」
「あれだけ女の子が騒いでたらな」
「だって、みんなが可愛かったからさあ」
きゃあ~だって、と私が女の子たちのほうに視線を向けたら、諸伏はふっと息をついた。頬杖で見えないけれど、その口元は笑っているような、そんな気がした。しょうがないなあ、という感情が透けて見えるくらい、目元が優しく細められていたからだ。
「高槻さんって、男子っぽいよな。えーっと、変な意味じゃなくって……」
「陣平にも言われた。そんなに〝ぽい〟?」
「ふは、そういうとこも」
諸伏が可笑しそうにくっくと笑う。二人で座っていると、あの夜を思い出した。違うのは、彼の体は震えてなどいないこと。コートのなかにいる鈴奈と目が合う。にこにこと手を振ると、彼女は軽く鼻をつんつんと二回突いた。ぐっと拳をつくって大丈夫だとジェスチャーすると、彼女もニコと口元を緩ませた。
「高槻さんってさ……」
言葉が、そこで煮詰まったように止まった。コートのほうから視線を戻すと、彼はじぃとこちらを見つめている。先ほどまであんなに感情が透けていたのに、急に考えが読めなくなった。何故か心がギクリとして、「なに」と固い声で尋ねる。
「俺、どっかで……見たこと……」
「――あるの?」
予想していた言葉とは違った。てっきり、精神的に男っぽいことを言及されるかと思ったのだが。間が抜けて、つい普通に聞き返す。そりゃあ、同じ都民ではあるから、何か接触があってもあり得ない偶然ではないだろう。実際、私は一度会った諸伏の顔を忘れているわけだ。
「あ、やっぱりナンパだったりする?」
「違うって! いつまで引きずるんだよ、ソレ」
はー、と溜息をついた諸伏に、私は鼻づまりの声で「卒業まではやるかな」と笑った。結局、彼のなかで結論は出なかったようで、諸伏はほんのり蟠りがあるような顔をしている。
「あるような、気がするんだけどなあ……」
困ったように頬を掻く彼は、やっぱり可愛い。感情に嘘はつけず、気づけば私はニコニコと笑っていたと、後に鈴奈から教えてもらった。