学校編
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「拳銃貸与式ぃ?」
私が素っ頓狂な声を出すと、イヤーマフを軽くズラして松田が頷いた。警察学校のことを調べた時に聞いたことではあったが、少なくとも私は知らされていない。私はリボルバーのシリンダーを開けたまま何だそれと続ける。松田の後列にいた萩原が、苦笑した。
「そりゃ、高槻さん運ばれていなかったもんなあ」
「誰にも聞いてないんですが、教官!」
ぐるっと後ろで傍観している鬼塚教官を振り向くと、彼は素知らぬフリで視線を逸らす。間違いなく、言うのを忘れていただけだ。松田は手慣れた手つきで構えると、真っ直ぐ前の的に向かって拳銃を発砲する。リボルバー五発分、多少のブレはあるもののしっかり的を捉えていた。
「しょーがないよ。あの時は高槻さんが倒れたのと、もうひと騒動あったから……」
「何、なんかあったの?」
「陣平ちゃんが教官と大喧嘩。ま、そのおかげで降谷ちゃんと仲良くなったわけだけど」
「うわー、気になる。ビデオ回しといてよ」
とん、と軽く厚い肩を叩くと、萩原は軽く笑った。松田が二セット目を撃ち込み始める。萩原もその後姿を眺めながら、私の方に口を寄せた。銃声が響く中で、彼の低い声は聞き取りづらい。
「なんでも、射撃検定があるんだと。四セットのうち上位二セット、七十点未満は落第だってね……」
「なるほど。七十点……七十点?」
五連発のリボルバーが二セット、単純に考えて十発分だ。仮に七点の的に十回当ててギリギリ合格、一発的を逸れたら難しいテストだった。声を上げて聞き返すと、萩原も肩を竦めた。
「結構厳しいテストだよね~……お、次は俺か」
萩原がイヤーマフをつけて、前に進み出る。厳しいというわりには、萩原もしっかりと狙いをさだめていた。射撃に関しては、松田よりも軸をブラしていないような気がする。松田もそれに気づいているのか、萩原の様子を見て軽く舌を打っていた。
「アイツ、コツ掴むのが上手い」
「コツの一つでも聞きたいけどな」
「聞くならアッチにしとけ。萩はああ見えて、教えんのヘタクソだから」
私は未だに五、六点を揺らぐ程度なので、ため息をつくと、松田が軽く顎をしゃくった。その方には、諸伏と降谷が見るからに綺麗な姿勢でリボルバーを構えている。二人の撃った弾はしっかりと的の中心に向かって放たれる。どちらも同格レベルに点数が良かったが、諸伏のほうがほんの僅かに中心から逸れている。
「すげ~……銃、使い慣れてるわけじゃないよね」
「案外そうだったりしてな。ハワイで親父に習ったとかで」
ふ、とニヒルな口角が持ち上がった。確かに、そう言われても違和感がないほどの腕前ではあった。しかし私は、ハワイという単語で降谷がアロハシャツを着ている姿を想像してしまった。似合う――サングラスまでつけていたら完璧じゃないだろうか。
「ふっ……」
つい鼻から笑いを零すと、松田が怪訝そうに見つめてきた。何だよ、という言葉に首を振って、私は諸伏たちのほうへ駆け寄った。
諸伏と降谷は丁度四セット終わったあとで、互いに惜しかっただのと話し合っているところだった。私が駆け寄ると、降谷は露骨に「げ」という口をつくってこちらを見る。
「……その顔、傷つく」
「痴女を見たら誰だってこうなる」
「それはゴメンって、前謝ったのに……良いよ、諸伏くんに聞くから」
ぷいっと顔を逸らして諸伏のほうに寄ると、諸伏は「ん?」とにこやかに首を傾げた。心なしか、その瞳がキラキラっと光ったように見える。――ぎゅっと心臓を揉まれたような気持に動揺した。いや、なんだ今の。きゅっと吊り上がった目が、ほんの僅かに柔く細められたことに、私は口を噤んだ。
「そんな、嬉しそうにされても……」
「え!? あ、そんな風に見えたかな。ハハ、恥ずかしいな」
そう頭を掻く姿に、心の中で「否定しろよ」と文句を漏らした。なんだ、この間から自分の様子がおかしい。ぽり、と強めに首を掻くと、私はわざと茶化して言葉を紡いだ。
「なんだよ、可愛い顔して~」
笑いながらその丸っこい頭に手を伸ばす。ぽすぽす、と撫でたら、見た目の通り柔らかな毛が指に絡んだ。私がじゃれていると、降谷が不機嫌そうに「で、どうしたんだ」と投げやりに尋ねる。明らかに気になっていない風ではあったが、私も感情の納め処に困っていたので、そのまま答えることにした。
「そっか、そういえばいなかったよな」
「うん。二人とも射撃うまいでしょ、どうか落第にならないコツを……」
両手を合わせて、自分の射撃スコアを見せる。そこまで酷くはないが、二人の前には相当霞むだろう。諸伏はそのスコアカードを見ると、お、と目を見開いた。
「すごい。一回だけ十点に当たってるじゃないか」
降谷も、本当だとそれに続いた。――そう、一度だけ、ど真ん中に当たったことがある。しかしそれは偶然の産物も良いところで、褒められると逆に申し訳ないような気がした。私はハハハと苦笑いを漏らしながら、説明を続ける。
「アー、それ実はくしゃみ我慢してて……禄に狙えてなかったっていうか」
だから、本当に偶然なんだよね――褒めてもらって申し訳ないところだが、射撃の才能が一ミリでもあると思われても、後で失望されるだけだ。というか、逆に皆はどうしてそこまで上手に当たるのだろうか。祭りの射撃で鍛えたりしたのだろうか。
「だから、一から教えてもらえたら嬉しいんだけど……」
そういうと、諸伏はその吊った目を降谷のほうに向けた。降谷も何か考えるようなそぶりをして、すぐにパチパチと瞬く。すると、諸伏はコクリと何かを察したように頷いた――なんだよ。二人にだけ分かる言葉で話すな。話してすらいないけれども。二人の間をラリーするように視線を往復させながら、私の首はただただ傾いていく。
「高槻さんって、くしゃみを我慢するときにどうなる?」
「……どう、なるって」
何を急に言いだしたのか、真意は読めなかったが、私は口をおさえて少し首を下に下げる。降谷が「それだ」とぶっきらぼうに告げた。弾の入っていないリボルバーを構えて見せると、彼も同じように少し前に首を下げた。
「もう少し前傾姿勢になったほうが良い。今まで左上に上がりすぎていたんじゃないか」
「うん。全部綺麗に左上の五、六点に当たっていただろ、きっと射撃の才能あるよ」
がんばれ、と爽やかな笑顔とともにスコア表を返される。二人はそれだけ言うと、自分の列の最後尾へと帰っていった。あまりにあっさりとしたアドバイスだったので、私はつい口を尖らせる。
そんなことで真ん中を撃ちぬけるなら、射撃検定など誰も苦労をしないのだ。結局は、自分で練習するしかないらしい。そればっかりはしょうがないか。そう思いながら、イヤーマフをつける。
降谷に言われた通り、いつもよりもやや前傾姿勢になってみる。そのぶん、腕に頬がぶにっと当たるような姿勢だった。正面から見たらそこそこ不細工だと思う。そして引き金を引き――私は「え」と声を出してしまった。
十点、次も十点。後ろで見ていた女生徒たちが歓声をあげてくれた。いやいや、たったそれだけのことだ、それだけのことなのに――。私は五発、真ん中に開けてばっと最後尾を振り向く。諸伏は相変わらず少しニコっとしてこっちを見ていたし、降谷はツン、として既に他の者の様子を眺めていた。私が振り向いたのに気づくと、諸伏が軽く拍手をする仕草を送った。
「……あいつらやっぱり、ハワイ育ちかな」
ぽそっと呟くと、それが鈴奈にも聞こえたらしい。鈴奈は降谷のほうを振り向いてから、堪えられない笑いを舌をぺろっと出してごまかしていた。