序
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気づけば山の中だった。
真っ暗で、灯の一つもない。濃い緑の香りだけがやけに鼻についた。
遠くに獣の鳴き声を聞き、桜木ひなこはビクリと肩を震わせた。
この山には獣がいるのか、イノシシや…もしかしたら熊もいるのかもしれない。
真っ暗な山の中をほとんど手探りの状態で木の幹に触れながら恐る恐る足を進めた。暗闇ゆえに何度も転びそうになり、木の枝が肌に傷をつけるが構っていられなかった。上っているのか下りているのかもわからない。本当は無闇矢鱈 に歩を進めるべきではない、と思ったがどうしてもジッとしていられなかった。
それほどに異常な状況だった。
山の中で眼を覚ます前の記憶が確かなら、ひなこは友人と遊んで帰る途中だった。
家の近くの神社の前で友人と別れ、その後の記憶がない。気づけばこの夜の山の中にいた。
己の身に何が起こっているのかわからず、誰かいないのかと家族や友人の名前を呼びながら歩き回ったが答える声はなかった。
「あ」
必死に歩き回っていたひなこの目が微かだが灯の灯る場所をとらえた。もしかしたら、誰か人がいるかもしれない。せめてここが何処だか分かればいい。
ひなこは自身を奮い立たせ、灯に向かって歩き出した。
「いやー、すみません助かりました」
「いいのよぉ、山の中で道に迷うなんて災難だったねぇ」
うちの旦那も今日は帰りが遅くて、と言いながら、この家の住人・ソノは囲炉裏 にかけた鍋から温かい料理をよそってくれた。
「おねぇちゃん、あしたオレが山のふもとまでつれてったげる!」
「本当!?…じゃあよろしくね秋吉くん」
5歳になるというソノの息子がひなこの横でにっこりと笑った。
ひなこが目指した明かりは有難いことに民家だった。擦り傷切り傷だらけで道に迷ったというひなこを、2人は温かく迎え入れてくれた。
(でも、本当にここどこなんだろう)
囲炉裏に茅葺き屋根、先日友人とお茶をしに行った古民家カフェと雰囲気が似ている。
どちらにせよ、今の時代あまり見ることのない建物だ。そしてソノや秋吉も着物である。
言いようのない不安がひなこの胸中を覆った。
ーーガタ
「あ、うちの人が帰ってきたみたい」
外の物音を聞いたソノが腰をあげる。
(……?)
「…お母さんとお父さんお家入ってこないねぇ秋吉くん」
出迎えに外に出たソノがなかなか戻ってこない。旦那さんもだ。ひなこは膝に秋吉を抱きながら首を傾げた。
何かあったのだろうか。秋吉を抱いたまま戸口に向かったひなこは異様な気配に足をとめた。
__ぴちゃり
水音がした。そしてパキ、ポキ、と枝の折れるような音も。
そっと窓から外を覗いて、ひなこは息をのんだ。
暗がりで黒い何かが蹲っていた。その何かはぴちゃぴちゃ、ボリボリと鳥肌の立つような咀嚼音 を響かせながら食事をしているようだった。何を食べているのか。黒い何か越しに見えたのは___ソノだ。
「____ッ!!!」
ひなこは弾かれるように踵を返し急いで戸を閉めた。引き戸の溝に棒を立てかけ、家の中の重そうなものをなるべく戸の前に置いた。きょろきょろと家の中を見渡し、武器になりそうなものは台所の包丁くらいだった。
(何あれ何あれ何あれ何あれ!!!!)
ひなこは一番奥の部屋まで走り、箪笥 の影で秋吉を抱きしめた。
あの黒い何かは人の形をしていたようだった。でも、恐らくその何かに食べられていたのは、あれは____ソノだ。
(人が人を食べてた…ッ!?)
つい先ほどひなこに笑いかけてくれていたソノが光を無くした目で血だまりの中にいた。あれは、きっと、多分もう…。
(死んで…)
「……ッ」
そこまで考えて、吐き気がした。
「おねぇちゃん…?」
「!」
腕の中で秋吉がひなこを不安げに見上げていた。きっと子供ながらにこの空気の異常さを感じているのだろう。ひなこはぎゅっと秋吉を抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫…お姉ちゃんが…」
___________ドオォォン!!
「!!」
大きな音が響いた。恐らく、玄関の戸を破られたのだろう。
「…秋吉くん、いい子だから静かにね」
小声で秋吉に頼むと、秋吉もしーっと自分の口を押えて頷いた。ひなこは側らの包丁を握りしめ、息を殺した。
足音が段々近づいてくる。それと同時に、鈴の音がした。
「とうちゃんだ!」
「え、秋吉くん!?」
「このすず、とうちゃんがたばこ入れにつけてるやつだ!」
ひなこの腕を振り払って駆け出した秋吉の後を追う。確かに、秋吉が向かった先、居間で俯 き気味に佇 んでいるのは着物姿の男だった。
「とうちゃ…」
一瞬だった。何が起こったのか全くわからなかった。ただ、ひなこが気づいたらもう秋吉は血を流して倒れていた。
「秋吉くんッ!?」
小さな身体を抱き起こすが、もう意識がない。首を斬られたのかそこからの出血が多い。
着物姿の男は何も話さないが、呼吸が荒かった。その口から見える歯はやけに尖っていて、纏 う着物は血でべったりと汚れていた。ああ、やはり先刻、ソノを食べていたのはこの男だ。ひなこは秋吉を抱えたまま転がるように外に出た。逃げなくてはソノのようにこいつに殺されてしまう。
しかし、男が簡単にそれを許すはずもなくすぐに追いつかれた。ひなこは足をとめ男に向かって包丁を構えた。
「来ないでくださいッ!あ、あなた秋吉くんのお父さんじゃないんですか…ッ」
男はひなこの言葉に答えることなく、向けられた包丁を腕で弾き飛ばした。
「痛ッ」
痛かった。男の爪がかすったのか、ひなこの腕も頬もいつのまにか切れて、血が出ていた。その痛みは嫌でもひなこにこの状況が現実なのだと突きつけてくる。男は爪についたひなこの血をベロリと舐めた。更にその呼吸が荒くなり興奮しているのがわかった。
怖い怖い怖い怖い。
こんな見知らぬ場所でわけもわからず殺されるのかと思うと涙がこぼれた。
男の腕がひなこに向かって伸ばされる。もう駄目だと思った。___その時だった。
「___水の呼吸、壱ノ型」
静かな声が、響いた。
真っ暗で、灯の一つもない。濃い緑の香りだけがやけに鼻についた。
遠くに獣の鳴き声を聞き、桜木ひなこはビクリと肩を震わせた。
この山には獣がいるのか、イノシシや…もしかしたら熊もいるのかもしれない。
真っ暗な山の中をほとんど手探りの状態で木の幹に触れながら恐る恐る足を進めた。暗闇ゆえに何度も転びそうになり、木の枝が肌に傷をつけるが構っていられなかった。上っているのか下りているのかもわからない。本当は
それほどに異常な状況だった。
山の中で眼を覚ます前の記憶が確かなら、ひなこは友人と遊んで帰る途中だった。
家の近くの神社の前で友人と別れ、その後の記憶がない。気づけばこの夜の山の中にいた。
己の身に何が起こっているのかわからず、誰かいないのかと家族や友人の名前を呼びながら歩き回ったが答える声はなかった。
「あ」
必死に歩き回っていたひなこの目が微かだが灯の灯る場所をとらえた。もしかしたら、誰か人がいるかもしれない。せめてここが何処だか分かればいい。
ひなこは自身を奮い立たせ、灯に向かって歩き出した。
「いやー、すみません助かりました」
「いいのよぉ、山の中で道に迷うなんて災難だったねぇ」
うちの旦那も今日は帰りが遅くて、と言いながら、この家の住人・ソノは
「おねぇちゃん、あしたオレが山のふもとまでつれてったげる!」
「本当!?…じゃあよろしくね秋吉くん」
5歳になるというソノの息子がひなこの横でにっこりと笑った。
ひなこが目指した明かりは有難いことに民家だった。擦り傷切り傷だらけで道に迷ったというひなこを、2人は温かく迎え入れてくれた。
(でも、本当にここどこなんだろう)
囲炉裏に茅葺き屋根、先日友人とお茶をしに行った古民家カフェと雰囲気が似ている。
どちらにせよ、今の時代あまり見ることのない建物だ。そしてソノや秋吉も着物である。
言いようのない不安がひなこの胸中を覆った。
ーーガタ
「あ、うちの人が帰ってきたみたい」
外の物音を聞いたソノが腰をあげる。
(……?)
「…お母さんとお父さんお家入ってこないねぇ秋吉くん」
出迎えに外に出たソノがなかなか戻ってこない。旦那さんもだ。ひなこは膝に秋吉を抱きながら首を傾げた。
何かあったのだろうか。秋吉を抱いたまま戸口に向かったひなこは異様な気配に足をとめた。
__ぴちゃり
水音がした。そしてパキ、ポキ、と枝の折れるような音も。
そっと窓から外を覗いて、ひなこは息をのんだ。
暗がりで黒い何かが蹲っていた。その何かはぴちゃぴちゃ、ボリボリと鳥肌の立つような
「____ッ!!!」
ひなこは弾かれるように踵を返し急いで戸を閉めた。引き戸の溝に棒を立てかけ、家の中の重そうなものをなるべく戸の前に置いた。きょろきょろと家の中を見渡し、武器になりそうなものは台所の包丁くらいだった。
(何あれ何あれ何あれ何あれ!!!!)
ひなこは一番奥の部屋まで走り、
あの黒い何かは人の形をしていたようだった。でも、恐らくその何かに食べられていたのは、あれは____ソノだ。
(人が人を食べてた…ッ!?)
つい先ほどひなこに笑いかけてくれていたソノが光を無くした目で血だまりの中にいた。あれは、きっと、多分もう…。
(死んで…)
「……ッ」
そこまで考えて、吐き気がした。
「おねぇちゃん…?」
「!」
腕の中で秋吉がひなこを不安げに見上げていた。きっと子供ながらにこの空気の異常さを感じているのだろう。ひなこはぎゅっと秋吉を抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫…お姉ちゃんが…」
___________ドオォォン!!
「!!」
大きな音が響いた。恐らく、玄関の戸を破られたのだろう。
「…秋吉くん、いい子だから静かにね」
小声で秋吉に頼むと、秋吉もしーっと自分の口を押えて頷いた。ひなこは側らの包丁を握りしめ、息を殺した。
足音が段々近づいてくる。それと同時に、鈴の音がした。
「とうちゃんだ!」
「え、秋吉くん!?」
「このすず、とうちゃんがたばこ入れにつけてるやつだ!」
ひなこの腕を振り払って駆け出した秋吉の後を追う。確かに、秋吉が向かった先、居間で
「とうちゃ…」
一瞬だった。何が起こったのか全くわからなかった。ただ、ひなこが気づいたらもう秋吉は血を流して倒れていた。
「秋吉くんッ!?」
小さな身体を抱き起こすが、もう意識がない。首を斬られたのかそこからの出血が多い。
着物姿の男は何も話さないが、呼吸が荒かった。その口から見える歯はやけに尖っていて、
しかし、男が簡単にそれを許すはずもなくすぐに追いつかれた。ひなこは足をとめ男に向かって包丁を構えた。
「来ないでくださいッ!あ、あなた秋吉くんのお父さんじゃないんですか…ッ」
男はひなこの言葉に答えることなく、向けられた包丁を腕で弾き飛ばした。
「痛ッ」
痛かった。男の爪がかすったのか、ひなこの腕も頬もいつのまにか切れて、血が出ていた。その痛みは嫌でもひなこにこの状況が現実なのだと突きつけてくる。男は爪についたひなこの血をベロリと舐めた。更にその呼吸が荒くなり興奮しているのがわかった。
怖い怖い怖い怖い。
こんな見知らぬ場所でわけもわからず殺されるのかと思うと涙がこぼれた。
男の腕がひなこに向かって伸ばされる。もう駄目だと思った。___その時だった。
「___水の呼吸、壱ノ型」
静かな声が、響いた。
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