強く、弱い、君を、想う。

――「ほっとけない」。
重なった言葉の意味は、真意は……。

「やっぱり、榎木のこと――」

「あ、かんのせんせー!!」

暫しの沈黙の後、口を開いた藤井の言葉に被さるように寛野を呼ぶ無邪気な声。

「実君。榎木君」
「榎木!!」

振り向くと、拓也と実が手を繋いでこちらに向かって歩いてくるところだった。

「あれ、何で二人一緒なんですか?」

実に引っ張られるように駆け寄ってきた拓也は、不思議そうに藤井と寛野を見た。

「ああ、偶然に会ってね。実君、病院どうでした?」
「あ、はい。喉がちょっと腫れてるけど、それ以外は特に異常もなくて。喉のお薬頂きました。暖かくして食事と睡眠をしっかり摂らせれば、悪化せずに治るだろうって」
「そうか。じゃあ、明日も学校に来れそうだな」
寛野が少し屈んで目線を実に合わせポンと軽く頭を撫でると、実は「うん!」と笑顔で返事をした。

「じゃあ、また明日ね、実君」
「さようなら、先生」
「あ、おいっ」

何事もなかったかのようにこの場を去ろうとする寛野に、藤井は慌てて声を掛けた。

「最初に言っただろう? 『穏やかだった』って。今の君が、彼にとってどんな存在かは一目瞭然だ。でも、前にも言った通り、そうじゃなくなったらいつでも迎えに来るつもりだから、肝に銘じておくように」
「な……っ」
まさか二人が自分のことを話しているとは露にも思わず、珍しい光景だなーと眺めている拓也に、寛野は向き直った。
「あ、そうだ榎木君。この本、面白かったから貸してあげるよ」
鞄を探り、中から文庫本を一冊取り出し拓也に差し出す。
「わっ、いいんですか? 有難うございます」
「返すのはいつでもいいから」
そう言い去っていく寛野を、三人で見送った。

「あ、この作家さん。前別の作品勧められて読んだけど、面白かったんだー。藤井君も読んでみる?」
渡された本を改めて見て、拓也は嬉しそうに言う。
「あー……いいや。純文学苦手」
「もー面白いのになぁ」
ページをパラパラ捲る拓也を人の気も知らねーで……と呆れ気味に見ていたが、ふと気づいた事実。
「それ、どうやって返すんだ?」
「あ……んー、そうだなぁ。やっぱ放課後、小学校に届けに行く、が一番確実かな? あ、それか実に伝言頼んで、時間作ってもらって図書館に来てもらうとか……」
「伝言頼むくらいなら、実に渡して返してもらえよ。それくらい、実にだって出来るよな?」

(アイツ、俺の目の前でさり気なく会う口実作りやがった……)

「うん。できるー」
「ダメだよー。やっぱりちゃんと直接返さなきゃ。失礼だよ」

寛野の抜かりのなさと、迂闊にもそれを許してしまった自分の詰めの甘さ、そしてその攻防に全く気付いていない鈍感な拓也に若干の眩暈を感じながら。
それでも、楽しそうに兄弟仲良く歩く姿を一歩後ろから見ていると、その微笑ましさに素直に心が和む藤井だった。


-2015.03.03 UP-
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