頑固者を甘えさせる方法

枕元に置いたケータイが鳴った。
それはいつも起きる時間にセットしてあるアラーム。
慣れた手つきでケータイを探り、スヌーズを解除する。
「あ……」
一晩経って、随分と身体がラクになったように思う。
「藤井君のお陰だね」
起き上がり、拓也のベッドのすぐ下に布団を敷いて寝ている藤井を見下ろして呟いた。
そして、そっとベッドから下りて藤井に声をかけた。

「藤井君、おはよう。朝だよ」


藤井が部屋を出た後拓也は暫く眠り、次に起きた時に藤井が用意したお粥を食べて薬を飲んだ。
身の回りのことを藤井がサポートしてくれたお陰で、拓也一人だったらただ寝っぱなしで、一晩でここまでの快復はなかったかもしれない。


「でも、今日は学校休めよ。ぶり返したら元も子もないし」
「うん」

検温は微熱。でも暖かくして大人しくしていれば熱も下がりきるだろう。

「ごめんね、こんな朝食で」

藤井の前に置かれた皿にはトーストが2枚とコーヒー。

「目玉焼きくらい作ろうか?」
「いいって座ってろよ。腹満たされればなんでもいいし。つか、途中でコンビニでも寄って適当に食べようと思ってたくらいだし。それよか、お前は?」
「僕はまだ後でいい」

藤井の向かいに座って、湯呑みに淹れたお茶をひと口すする。
「食欲まだないのか?」と心配する藤井に「薬飲まなきゃだし、ちゃんと食べるよ」と付け加えた。

こんがりと焼けたトーストにマーガリンを塗って頬張る藤井を眺めながら拓也は笑う。

「何かヘンだね。藤井君がうちから登校するなんて」
「それを言うなら実もだろ。さっきかけた電話で、一加のテンション ヤバイくらいに高かった」

朝の忙しい時間だとは分かってはいたけれど、大体家族が朝食を取り始めて比較的手が空いている頃合いを見計らって藤井家に電話を入れさせてもらったのだ。

「うん。実もちゃんと寝て朝もしっかり起きたみたいだし。本当、藤井君の家族みんなに迷惑掛けちゃって……」

苦笑しながら言う拓也に藤井は「それは違うぞ」と否定した。

「うちは、そんなこと迷惑だなんて思っていないし、榎木の家の事情も知ってるし。もっと甘えて欲しいくらいだ」
「藤井君……そんな充分だよ。感謝してる。ありがとう」

心からの感謝の言葉と笑顔は、それだけで藤井は満足だと思った。

「さて、じゃあ、そろそろ行くな」

ペロリと平らげ立ち上がると、「うん」と拓也もそれに続いた。

「あ、藤井君、今日放課後、またうちに寄って欲しいな」
「そのつもりだけど、何?」
「今日のノートコピーしてきて欲しいのと、夕飯、食べてってよ。簡単なものしか作れないけど、お礼変わりに」

勿論これでチャラにする気はないのだが、拓也的には何かしたいのだ。

「いいのか? でも、負担にならないか?」
「うん。もう随分ラクだし、熱もそんなにないし。午後には平熱に下がるんじゃないかな。あと、父さんも今夜帰ってくるしね。買い物はまだ控えた方がいいだろうから、大したものは出来ないかもだけど……」

靴を履き終えて立ち上がり様に振り返る。

「気にするなって言ってるだろ。でも、お言葉に甘える」
「うんっ。じゃあ、行ってらっしゃい」
「…………」

笑顔の拓也に見送られるというのは、何ともテンションが上がるというものか。

「藤井君?」
「……行ってきます」

このまま自分も学校をサボりたいという衝動を振り切って玄関を出る藤井だった。


-2016.02.12 UP-
3/3ページ
スキ