頑固者を甘えさせる方法

「拓也お兄様、大丈夫?」
「お見舞い持ってきましたよー」

制服からパジャマに着替え、藤井に急かされるようにベッドへ入った頃、一加と正樹が榎木家へやって来た。

「実がお世話になって迷惑かけるのに、こんなお見舞いまで……」
「気にしないで下さい」
「そうよ、お兄様は、何も心配しないで治すことだけに専念して」

実に連れられて拓也の部屋に来た一加と正樹は、お見舞いの入った袋を藤井に渡した。

「じゃあ、実ちゃんは私たちと一緒にうちへ行きましょー」
「実、着替えや歯ブラシ、ちゃんと持った?」
「うんっ」
「一加ちゃんたちのパパとママの言う事ちゃんと聞くんだよ」
「うんっ」
「それから、えっと……」
「えーのーき」

マシンガンのように実にあれやこれやと言う拓也を制して。

「はい、実連れてとっとと帰る。じゃないと榎木がいつまでも寝ない」
「そうね。じゃあ、お兄様お大事に」
「兄ちゃん、行ってくるね」
「実のことは、任せて下さい」

次々と言って出て行く子供たちに「よろしくねー」と手を振って見送る。
そして気づく、まだ一人部屋に残っている人物。

「……藤井君も一緒に帰るんじゃないの?」
「俺? 俺は看病だろ勿論」


一瞬の沈黙。

「え、い、いいよ! 伝染っちゃっても悪いし…一人で静かに寝てれば熱下がるよ」

当然一緒に藤井も帰ると思っていたから、想定外の事態に拓也は慌てた。
しかし藤井も当然自分は看病をする為に残るつもりでいたし、譲るつもりもない。

「いいから。ほら、実が救急箱出してくれてったし。まずは熱測れって」

拓也の机の上に置かれた救急箱から体温計を出すと拓也にそれを渡す。

「じゃあもう、この際、全部藤井君に甘えちゃうよ」
「そうしろそうしろ」

きっと何を言っても藤井は引き下がらないだろうと察した拓也は、正直怠さも相まってだったら反論を続けたところで不毛だと思い、体温計を受け取ると大人しく脇に挟んでベッドに横になった。



発熱というものは、一度引き起こすとピークを越えないと降下はしない。
夕方は微熱より少し高めだったそれは、今まさにその頃合いらしく38度を超えた。

「榎木、大丈夫か?」
「ん……、からだ、節々痛い」
「だろうな」

ベッドの中にぐったりと横たわる拓也を見て、やはり実を避難させ自分がここに残って正解だったと藤井は思った。
「デコの替えるか?」と額の熱冷ましのシートを新しいものと取り換えてやると、拓也は「冷たくて気持ちいい」と、笑って見せた。

「水分、水かスポドリ飲んだ方がいいだろ。飲めるか?」
一加たちが持って来たお見舞いの中にあったミネラルウォーターとスポーツドリンクのペットボトルを手に取り声をかける。
「飲みたい……けど、起き上がるの辛い。ムリ」
怠そうに身体を竦ませ言う拓也を見てどうしたものかと藤井は考えた。
そして。

無言で頬を触れられて、拓也は瞑っていた目をそっと開けた。
すると、そこには藤井の顔があり。
次の瞬間には唇が塞がれ、そして同時に乾いた口内に液体が含み込まれた。
慌てて嚥下する。
喉を通過した水分は、火照った身体の内外に染みわたるように潤いが広がった。

「っ、ぷはっ」
「ちゃんと飲めたか?」
「飲めた、けどっ」

飲み込み切れずに口端を伝った水を手で拭いながら。

「最後、普通に……キス、だった」
「役得だろ?」
「伝染っちゃっても知らないよ!?」

ヘラリと言う藤井に拓也は怒り半分呆れ半分に抗議する。

「く、口移しとか、信じらんない」

ただでさえ熱で赤い頬が、別の熱をも持っているのを感じて、拓也は藤井からふいと視線を逸らした。
そんな拓也が可愛らしく思えて。

「まあ、伝染ったらその時はその時だし」
「?」

何かを言い掛けた藤井に、一度逸らした視線を戻す。

「こんな風な看病の仕方は、お前にしかできねーし」
「…………っ、」

途端、拓也は頭から布団を被った。
どんな顔をしたらいいのか、というよりも、自分が今どんな顔をしているのか分からない。

「榎木ー?」

藤井も藤井とて、そんな拓也の反応に、思わず出た本音だが地雷踏んだか? と思い呼んでみるが、布団をすっぽり被ってしまった拓也は返事をしない。

「……、ちょっとトイレ借りるな」

このまま少し眠らせた方がいいなと思った藤井は一度部屋から出ようと、立ち上がった。

「藤井くん……」

すると、布団の中からか細い声が聞こえた。

「ありがとう」

顔は出さずに言われた感謝の言葉は小さかったけれど、藤井にはしっかり届いた。

「おう、それと」
「わっ」
「ただでさえ火照ってるんだから、布団被ってっとのぼせるぞ」

クイッと軽く布団を引っ張って顔を出させた。
そこには予想通りの赤面した困り顔。
その表情に何とも言いえぬ満足感を覚えながら、じゃ、ちょっと行ってくると、部屋を出た。

「も、もう、藤井君のばかぁ」

ドアに向かって呟いてみるも、こっそり言ったそれはただの独り言。

(だって、看病させて申し訳ないとか恥ずかしいとかあるけど、それ以上に嬉しい、って思っちゃったんだもん……嬉しかったんだ)

迷惑かけている身で何を言ってるんだとは思うけど。
今だけ、少しだけ、素直に喜びたい。
そう思って、拓也は静かに瞳を閉じた。
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