恋糸一本伝達術
きっかけは、実が学校から持ち帰ったそれだった。
理科だか図工だかで作って遊んだというそれは、確かに自分も幼い頃に作って遊んだ記憶がある。
「わぁ、懐かしー」
「にいちゃん、これであそぼー」
学校から帰る兄を待ち構えていた弟は、兄の「ただいまー」という声を聞くと手に何かを持って意気揚々と玄関へ迎え出た。
それは、凧糸で繋がった二つの紙コップ。
「糸電話、か」
「藤井君」
拓也の後ろから一緒に玄関に入った藤井は、実の手の中身を見て言った。
「懐かしいよね。僕も作って遊んだなー」
取り敢えず、家の中に入れてよと、急かす実を宥めて拓也は玄関を上がった。
「実、これで何で会話できるか、知ってるか?」
「ううん~どうして?」
きょとんと、大きな瞳をくりんとさせて藤井を見上げる実は、拓也とはまた違った可愛らしさだ。
リビングへ向かいながら、藤井と実の仲の良さげな会話を拓也は微笑ましく背中越しに聞く。
「藤井君、麦茶でいい?」
「おぉ」
リビングにカバンを置いて、お茶を淹れるべくキッチンへ。
一緒に課題をするつもりだったが、この様子だと暫く実に付き合わないと気が済まなさそうだ。
まあまだ提出期限まで時間があるから、そんな急がなくてもいいか、と拓也も軽く考え、トレイに麦茶を注いだ3人分のグラスを載せてリビングに戻った。
「ほら、糸、震えてるだろ?」
「ホントだ!!」
座卓テーブルを挟んで藤井が紙コップを耳に当て、実がコップに向かって話しながら、糸を見つめて興奮している。
「こうやって糸を震わせて、音声が伝わるんだよ」
「へー、すごーい」
律儀にも糸電話を介しながら説明する藤井に何となく笑みが零れ、クスクス笑いながら麦茶の入ったグラスを藤井の前に置いた。
「お待たせ。藤井君、実の相手ありがとう」
お礼を言う拓也に、藤井もまた「そんな大したことじゃねえだろ」と言いながらいただきますと、それに口をつけた。
「すごーい。ふしぎー。なんで糸がふるえると声がきこえるの」
「それは、もう少し大きくなったら、学校で習うから。今の実じゃ難しいよ」
簡単な説明でも小学校中学年程度の理科、更にそこから深いところまで突っ込むと、中学レベルの物理的な話になる。
まだ小学一年の実には、ここまでの説明だけで、十分興奮できる事象だ。
糸電話で遊びながら暫くすると、玄関の引き戸が開く音がした。
「みのるー、あそぼーぜー」
「あ、太一だ」
実がリビングから玄関へ顔を出すと、向かいの家の木村太一が引き戸を開けて待っていた。
「行ってきていい?」
「うん。夕飯までには帰っておいでよ」
「わかってるー」
言うが早いか、既に玄関へ向かって走る実の後を追って気をつけてね! と声をかけて拓也は二人を見送る。
「猪突猛進だなぁ……」
バタバタと出て行った実に半ば呆れたように呟きながら部屋へ戻り、騒がしくてごめんね、と散らかったままの糸電話を片付けようと手に取ると、藤井が手を差し出した。
「1個、貸して」
「? はい」
言われるまま片方渡すと、藤井は「もしもーし」とコップに向かって話し始めた。
「え、糸電話するの」
「たまには童心に帰ってみるのもいいだろ」
「時々、藤井君が分からない時あるよ、僕……」
「まあまあ」
本当は常に分からないことだらけだけど、と内心思いながらも藤井の対面に座りながら拓也は紙コップを耳に当てる。
「榎木君、今日の夕飯は何ですか」
(あ……)
何だか耳がくすぐったい。
紙コップを持つ手と触れている耳たぶに、僅かに振動が伝わる。
「んーと、茄子の肉味噌炒めとおひたしです」
「卵焼きは?」
「今夜の予定にはありません」
「食いてぇなぁ、明日の弁当に入れてきて」
「……いいけど、」
コップから伝わるくぐもった藤井の声と優しい振動に何故だか心が落ち着かない。
「ねえ、これって糸電話の必要ある……」
拓也はそんな気持ちを悟られないように、わざと口元からコップを離し顔を上げると同時に、藤井はくいっと張られた糸を引き寄せた。
「わっ、……っ」
引っ張られた次の瞬間には至近距離。
そして拓也が反射的に目をつぶるのと、藤井が唇を塞ぐのも――同時。
「――でも、楽しかったろ?」
「……うん」
そっとキスを解いて言う藤井に、俯きながら返事をする拓也だったが。
「でもっ、こんな使い方は普通しませんっ」
照れ隠しに声を荒げてみたものの。
「だって、普通に会話するだけなら、ガキと一緒」
「な……っ」
紙コップを重ねて糸電話を片付ける藤井の飄々とした態度に絶句していると。
「ほら、実がいないうちに、できることやっちゃおうぜ」
「え……っ!?」
「課題」
「あっ」
思わず違うことを考えてしまった自分に羞恥を覚え赤面する拓也に、内心してやったりと思う藤井は口端を上げる。
「か、いちゃいちゃ。どっちする?」
「~~~~っ」
後は、ご想像にお任せあれ。
-2015.05.12 UP-
理科だか図工だかで作って遊んだというそれは、確かに自分も幼い頃に作って遊んだ記憶がある。
「わぁ、懐かしー」
「にいちゃん、これであそぼー」
学校から帰る兄を待ち構えていた弟は、兄の「ただいまー」という声を聞くと手に何かを持って意気揚々と玄関へ迎え出た。
それは、凧糸で繋がった二つの紙コップ。
「糸電話、か」
「藤井君」
拓也の後ろから一緒に玄関に入った藤井は、実の手の中身を見て言った。
「懐かしいよね。僕も作って遊んだなー」
取り敢えず、家の中に入れてよと、急かす実を宥めて拓也は玄関を上がった。
「実、これで何で会話できるか、知ってるか?」
「ううん~どうして?」
きょとんと、大きな瞳をくりんとさせて藤井を見上げる実は、拓也とはまた違った可愛らしさだ。
リビングへ向かいながら、藤井と実の仲の良さげな会話を拓也は微笑ましく背中越しに聞く。
「藤井君、麦茶でいい?」
「おぉ」
リビングにカバンを置いて、お茶を淹れるべくキッチンへ。
一緒に課題をするつもりだったが、この様子だと暫く実に付き合わないと気が済まなさそうだ。
まあまだ提出期限まで時間があるから、そんな急がなくてもいいか、と拓也も軽く考え、トレイに麦茶を注いだ3人分のグラスを載せてリビングに戻った。
「ほら、糸、震えてるだろ?」
「ホントだ!!」
座卓テーブルを挟んで藤井が紙コップを耳に当て、実がコップに向かって話しながら、糸を見つめて興奮している。
「こうやって糸を震わせて、音声が伝わるんだよ」
「へー、すごーい」
律儀にも糸電話を介しながら説明する藤井に何となく笑みが零れ、クスクス笑いながら麦茶の入ったグラスを藤井の前に置いた。
「お待たせ。藤井君、実の相手ありがとう」
お礼を言う拓也に、藤井もまた「そんな大したことじゃねえだろ」と言いながらいただきますと、それに口をつけた。
「すごーい。ふしぎー。なんで糸がふるえると声がきこえるの」
「それは、もう少し大きくなったら、学校で習うから。今の実じゃ難しいよ」
簡単な説明でも小学校中学年程度の理科、更にそこから深いところまで突っ込むと、中学レベルの物理的な話になる。
まだ小学一年の実には、ここまでの説明だけで、十分興奮できる事象だ。
糸電話で遊びながら暫くすると、玄関の引き戸が開く音がした。
「みのるー、あそぼーぜー」
「あ、太一だ」
実がリビングから玄関へ顔を出すと、向かいの家の木村太一が引き戸を開けて待っていた。
「行ってきていい?」
「うん。夕飯までには帰っておいでよ」
「わかってるー」
言うが早いか、既に玄関へ向かって走る実の後を追って気をつけてね! と声をかけて拓也は二人を見送る。
「猪突猛進だなぁ……」
バタバタと出て行った実に半ば呆れたように呟きながら部屋へ戻り、騒がしくてごめんね、と散らかったままの糸電話を片付けようと手に取ると、藤井が手を差し出した。
「1個、貸して」
「? はい」
言われるまま片方渡すと、藤井は「もしもーし」とコップに向かって話し始めた。
「え、糸電話するの」
「たまには童心に帰ってみるのもいいだろ」
「時々、藤井君が分からない時あるよ、僕……」
「まあまあ」
本当は常に分からないことだらけだけど、と内心思いながらも藤井の対面に座りながら拓也は紙コップを耳に当てる。
「榎木君、今日の夕飯は何ですか」
(あ……)
何だか耳がくすぐったい。
紙コップを持つ手と触れている耳たぶに、僅かに振動が伝わる。
「んーと、茄子の肉味噌炒めとおひたしです」
「卵焼きは?」
「今夜の予定にはありません」
「食いてぇなぁ、明日の弁当に入れてきて」
「……いいけど、」
コップから伝わるくぐもった藤井の声と優しい振動に何故だか心が落ち着かない。
「ねえ、これって糸電話の必要ある……」
拓也はそんな気持ちを悟られないように、わざと口元からコップを離し顔を上げると同時に、藤井はくいっと張られた糸を引き寄せた。
「わっ、……っ」
引っ張られた次の瞬間には至近距離。
そして拓也が反射的に目をつぶるのと、藤井が唇を塞ぐのも――同時。
「――でも、楽しかったろ?」
「……うん」
そっとキスを解いて言う藤井に、俯きながら返事をする拓也だったが。
「でもっ、こんな使い方は普通しませんっ」
照れ隠しに声を荒げてみたものの。
「だって、普通に会話するだけなら、ガキと一緒」
「な……っ」
紙コップを重ねて糸電話を片付ける藤井の飄々とした態度に絶句していると。
「ほら、実がいないうちに、できることやっちゃおうぜ」
「え……っ!?」
「課題」
「あっ」
思わず違うことを考えてしまった自分に羞恥を覚え赤面する拓也に、内心してやったりと思う藤井は口端を上げる。
「か、いちゃいちゃ。どっちする?」
「~~~~っ」
後は、ご想像にお任せあれ。
-2015.05.12 UP-
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