お付き合い始めました!
それにいち早く気づいたのは一加だった。
初恋は早く4歳の時、相手は年下2歳児。そして、それから4年を経た今でもその恋心を育んでいるわけだが、そのテに関しては興味津々、情報源としては良いのか悪いのか少女まんがでシミュレーション、そのせいかこと「恋愛」に関しては、リアルでもなかなかの洞察力を発揮していた。
そんな彼女が、良く言ったらクール悪く言ったら物事に無関心な、すぐ上の兄のちょっとした変化を察知するには、何ら不思議ではなかった。
「昭広兄ちゃん、何かいいことあった?」
「……は?」
学校から帰ってきてそのままキッチンへ行き、冷蔵庫を開けお茶と牛乳で一瞬悩んだが後者に決め一飲みする藤井の姿を、リビングのソファーに座りクッションを抱えた状態でじぃっと眺めて一加は言った。
「別に。なんで」
「……ここ最近、昭広兄ちゃん機嫌がいい」
確かにいいことはあった。
あの恋愛には無頓着で鈍感な拓也と想いが通じ合ったのはここ数日前の話。
ただ、それでどうなったかと言うと、特に変わったことはない。
高校入学後、登下校はそれ以前から何となく一緒にしていたわけだし、同じ中学出身の友達同士で同じクラスとなれば、日中も一緒にいるのもごくごく自然な成り行きだった。
藤井としては、家でも学校でも、今までと変わらず過ごしてきたつもりだ。
「んなことねーよ。いつもと変わんねえし」
詮索されるのもヘンなことに巻き込まれるのも厄介だ。
そう思った藤井は、牛乳のパックを冷蔵庫にしまいながら憮然と答えると、鞄を持って部屋へ行こうとした、が。
「じゃあ、拓也お兄様に訊いてみよーっと」
一加がソファーから立ち上がり、リビングに置いてある電話の子機を手に取ろうとするが早いか、藤井は間一髪でそれを取り上げた。
「……拓也お兄様に訊かれちゃマズイこと?」
「マズくは、ない、けど」
「でも、そういう言い方するってことは、拓也お兄様は知ってることなんだ」
ぐいぐいと探りを入れてくる一加に、藤井は押され気味になる。
「そして、これだけ機嫌の良さが持続するってことは『一時的ないいこと』じゃなくて、それ自体が『いい状況』ってことよね。それって、恋人でもできた?」
「何言って……」
ギクリとしつつも、ポーカーフェイスを保ちつつ。
「これまでの昭広兄ちゃんの女の子への態度から察するに、好きでもない子から言い寄られるのは喜ぶどころかウザがるわ。その辺友也兄ちゃんとは正反対よね。でも、そうじゃないってことは、即ち昭広兄ちゃんも相手のことが好きだったってこと! え、昭広兄ちゃん、好きな人いたの!?」
「自分で勝手に分析しといて、最後オカシイだろそれっ」
「だって他人に全く興味を示さない昭広兄ちゃんが好きな人って信じらんない!」
電話の子機を握り締めたまま、いつものような口ゲンカを繰り広げていると、末弟の正樹がリビングに入ってきた。
「二人とも何騒いでるんですかー。煩くて宿題なかなか進まないですよーもう」
「だって、昭広兄ちゃんに好きな人っ」
「一加っ」
「あ、それって、拓也お兄ちゃんですよね」
二人の勢いがピタリと止まる。
「今、なんて……?」
「え、昭広兄ちゃんの好きな人は、拓也お兄ちゃん」
「ちょっと待て。その自信はどっから来てる?」
半信半疑の一加と焦りを漂わせる藤井の二人に迫られて、正樹は怯えながらも答えた。
「昭広兄ちゃん、部屋での電話無防備すぎですよ。僕同じ部屋なのに」
「え、だってお前寝てんじゃん」
「ベッドには入ってるけど、10時過ぎはまだ起きてる時ありますよ、実は。毎日じゃないけど」
ぬかった。
ベッドに入っている弟は既に寝ているもんだと思い込み、割かし普通に部屋で携帯で話していた。
話す内容は他愛のないことや次の日の学校のことが主だが、やはりそういう関係になったら、少なからずそういう雰囲気な会話もあったりなかったり。
「やっぱりー! じゃあ、将来は拓也お兄様が我が家に!」
「一加ちゃーん、まだ早いですよ、そんな話ぃ。でも、拓也お兄ちゃんが義理のお兄ちゃんになったら嬉しいー」
「そうよねそうよね。あ、でも私は将来実ちゃんと結婚するから、どちらにしても拓也お兄様は私の義理のお兄様になるんだけど」
当の本人を放置して盛り上がる二人に暫し呆然としていたが、ハッと我に返り会話に割って入る。
「おいっ好き勝手に何言ってやがる。一加『やっぱり』って何だ」
「え、だって、ハッキリ言って、二人でいる時の雰囲気、前から並々ならぬ感じだったモン」
そんなこんなで藤井家の弟妹たちにあっさりとバレてしまったのだが。
「母さんたちや他の兄姉には言うなよ。分かったな」
「えー、拓也お兄様なら何も心配いらないと思うけどー」
「い・い・か・らっ」
男女のカップルってワケではない。
いくら両親が楽観主義と言っても、やはりそんな容易ではないだろう。
いや、そんな重く考えなくても、思春期盛りの恋愛事情が親にバレるなんて、普通にイヤに決まっている。
「昭広兄ちゃん。困ったことがあったら、私がいつでも相談にのるからねっ」
片目を瞑って言う一加に「興味津々」と顔に書いてあるのが見えた気がして、溜め息を吐きつつ藤井は男子部屋へ向かった。
その夜――。
「ねえ、お母さん。お父さん」
「何?」
「何だい?」
まだ帰って来ていない浅子を除いての夕飯。
友也は大学の近くで一人暮らし、明美は結婚して家にはいない。
一加は唐突に両親に向かって問うた。
「拓也お兄様って、どう思う?」
その瞬間、藤井は口にしていた味噌汁を噴き出した。
「やだ、昭広、汚いわね」
「い、いち、かっ」
「拓也お兄様って、榎木君のことかい?」
ゴホゴホとむせ返ってる藤井をよそに、一加は父親の問いかけに「そう」と答える。
「榎木君は、子供の頃からしっかりしていて感心するよ。環境が彼をそうしてしまったんだろうけど……だからかな、昭広には彼のいいところを見倣ってほしいし、折角進学先も同じで縁があるんだ、そうしながら、彼が困っている時なんかは、支えてあげられるような友人になって欲しいと思うよ」
父親が真剣に答えた後、母親も答えた。
「そうね。幼い頃から辛いことも大変なことも経験してきた子だもの。母さんは榎木君のまっすぐなところ、好きよ。昭広には、大事にしてもらいたい友人の一人だわ」
両親の自分の好きな人に対する評価を知り、藤井は表情を隠すように俯き気味に白米を頬張る。
(これが「付き合ってる相手」となったら、また別の話になるんだろうけど――……)
拓也個人に対しては、最高の評価ではなかろうか。
「僕も拓也お兄ちゃん好きですー」
「私も! 友也兄ちゃんや昭広兄ちゃんよりずっと優しくてお料理も上手だし、ホント実ちゃんが羨ましいわ~」
正樹と一加がいつもの調子で言い出したので、藤井もそれがキッカケとなり、「うるせーな」と言葉を発した。
(よかったね、昭広兄ちゃん)
「…………」
目配せしてそんなことを言いたそうな一加の表情を見て、このマセた妹には一生敵わない気がする――そう思った藤井だった。
初恋は早く4歳の時、相手は年下2歳児。そして、それから4年を経た今でもその恋心を育んでいるわけだが、そのテに関しては興味津々、情報源としては良いのか悪いのか少女まんがでシミュレーション、そのせいかこと「恋愛」に関しては、リアルでもなかなかの洞察力を発揮していた。
そんな彼女が、良く言ったらクール悪く言ったら物事に無関心な、すぐ上の兄のちょっとした変化を察知するには、何ら不思議ではなかった。
「昭広兄ちゃん、何かいいことあった?」
「……は?」
学校から帰ってきてそのままキッチンへ行き、冷蔵庫を開けお茶と牛乳で一瞬悩んだが後者に決め一飲みする藤井の姿を、リビングのソファーに座りクッションを抱えた状態でじぃっと眺めて一加は言った。
「別に。なんで」
「……ここ最近、昭広兄ちゃん機嫌がいい」
確かにいいことはあった。
あの恋愛には無頓着で鈍感な拓也と想いが通じ合ったのはここ数日前の話。
ただ、それでどうなったかと言うと、特に変わったことはない。
高校入学後、登下校はそれ以前から何となく一緒にしていたわけだし、同じ中学出身の友達同士で同じクラスとなれば、日中も一緒にいるのもごくごく自然な成り行きだった。
藤井としては、家でも学校でも、今までと変わらず過ごしてきたつもりだ。
「んなことねーよ。いつもと変わんねえし」
詮索されるのもヘンなことに巻き込まれるのも厄介だ。
そう思った藤井は、牛乳のパックを冷蔵庫にしまいながら憮然と答えると、鞄を持って部屋へ行こうとした、が。
「じゃあ、拓也お兄様に訊いてみよーっと」
一加がソファーから立ち上がり、リビングに置いてある電話の子機を手に取ろうとするが早いか、藤井は間一髪でそれを取り上げた。
「……拓也お兄様に訊かれちゃマズイこと?」
「マズくは、ない、けど」
「でも、そういう言い方するってことは、拓也お兄様は知ってることなんだ」
ぐいぐいと探りを入れてくる一加に、藤井は押され気味になる。
「そして、これだけ機嫌の良さが持続するってことは『一時的ないいこと』じゃなくて、それ自体が『いい状況』ってことよね。それって、恋人でもできた?」
「何言って……」
ギクリとしつつも、ポーカーフェイスを保ちつつ。
「これまでの昭広兄ちゃんの女の子への態度から察するに、好きでもない子から言い寄られるのは喜ぶどころかウザがるわ。その辺友也兄ちゃんとは正反対よね。でも、そうじゃないってことは、即ち昭広兄ちゃんも相手のことが好きだったってこと! え、昭広兄ちゃん、好きな人いたの!?」
「自分で勝手に分析しといて、最後オカシイだろそれっ」
「だって他人に全く興味を示さない昭広兄ちゃんが好きな人って信じらんない!」
電話の子機を握り締めたまま、いつものような口ゲンカを繰り広げていると、末弟の正樹がリビングに入ってきた。
「二人とも何騒いでるんですかー。煩くて宿題なかなか進まないですよーもう」
「だって、昭広兄ちゃんに好きな人っ」
「一加っ」
「あ、それって、拓也お兄ちゃんですよね」
二人の勢いがピタリと止まる。
「今、なんて……?」
「え、昭広兄ちゃんの好きな人は、拓也お兄ちゃん」
「ちょっと待て。その自信はどっから来てる?」
半信半疑の一加と焦りを漂わせる藤井の二人に迫られて、正樹は怯えながらも答えた。
「昭広兄ちゃん、部屋での電話無防備すぎですよ。僕同じ部屋なのに」
「え、だってお前寝てんじゃん」
「ベッドには入ってるけど、10時過ぎはまだ起きてる時ありますよ、実は。毎日じゃないけど」
ぬかった。
ベッドに入っている弟は既に寝ているもんだと思い込み、割かし普通に部屋で携帯で話していた。
話す内容は他愛のないことや次の日の学校のことが主だが、やはりそういう関係になったら、少なからずそういう雰囲気な会話もあったりなかったり。
「やっぱりー! じゃあ、将来は拓也お兄様が我が家に!」
「一加ちゃーん、まだ早いですよ、そんな話ぃ。でも、拓也お兄ちゃんが義理のお兄ちゃんになったら嬉しいー」
「そうよねそうよね。あ、でも私は将来実ちゃんと結婚するから、どちらにしても拓也お兄様は私の義理のお兄様になるんだけど」
当の本人を放置して盛り上がる二人に暫し呆然としていたが、ハッと我に返り会話に割って入る。
「おいっ好き勝手に何言ってやがる。一加『やっぱり』って何だ」
「え、だって、ハッキリ言って、二人でいる時の雰囲気、前から並々ならぬ感じだったモン」
そんなこんなで藤井家の弟妹たちにあっさりとバレてしまったのだが。
「母さんたちや他の兄姉には言うなよ。分かったな」
「えー、拓也お兄様なら何も心配いらないと思うけどー」
「い・い・か・らっ」
男女のカップルってワケではない。
いくら両親が楽観主義と言っても、やはりそんな容易ではないだろう。
いや、そんな重く考えなくても、思春期盛りの恋愛事情が親にバレるなんて、普通にイヤに決まっている。
「昭広兄ちゃん。困ったことがあったら、私がいつでも相談にのるからねっ」
片目を瞑って言う一加に「興味津々」と顔に書いてあるのが見えた気がして、溜め息を吐きつつ藤井は男子部屋へ向かった。
その夜――。
「ねえ、お母さん。お父さん」
「何?」
「何だい?」
まだ帰って来ていない浅子を除いての夕飯。
友也は大学の近くで一人暮らし、明美は結婚して家にはいない。
一加は唐突に両親に向かって問うた。
「拓也お兄様って、どう思う?」
その瞬間、藤井は口にしていた味噌汁を噴き出した。
「やだ、昭広、汚いわね」
「い、いち、かっ」
「拓也お兄様って、榎木君のことかい?」
ゴホゴホとむせ返ってる藤井をよそに、一加は父親の問いかけに「そう」と答える。
「榎木君は、子供の頃からしっかりしていて感心するよ。環境が彼をそうしてしまったんだろうけど……だからかな、昭広には彼のいいところを見倣ってほしいし、折角進学先も同じで縁があるんだ、そうしながら、彼が困っている時なんかは、支えてあげられるような友人になって欲しいと思うよ」
父親が真剣に答えた後、母親も答えた。
「そうね。幼い頃から辛いことも大変なことも経験してきた子だもの。母さんは榎木君のまっすぐなところ、好きよ。昭広には、大事にしてもらいたい友人の一人だわ」
両親の自分の好きな人に対する評価を知り、藤井は表情を隠すように俯き気味に白米を頬張る。
(これが「付き合ってる相手」となったら、また別の話になるんだろうけど――……)
拓也個人に対しては、最高の評価ではなかろうか。
「僕も拓也お兄ちゃん好きですー」
「私も! 友也兄ちゃんや昭広兄ちゃんよりずっと優しくてお料理も上手だし、ホント実ちゃんが羨ましいわ~」
正樹と一加がいつもの調子で言い出したので、藤井もそれがキッカケとなり、「うるせーな」と言葉を発した。
(よかったね、昭広兄ちゃん)
「…………」
目配せしてそんなことを言いたそうな一加の表情を見て、このマセた妹には一生敵わない気がする――そう思った藤井だった。
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