深くて甘い真夜中に

リビングから奥に続き間になっている部屋に敷き詰めた布団。
手前からヒロ、実、一加、マー坊と並んで眠る姿を眺める。

「やっと寝たか」
「もう11時だもん。流石に限界でしょ」

一度9時ごろに寝るように促しはしたが、やはりいつもと違う状況に興奮するようで、じゃあせめて寝室で遊べと寝床を用意した続き間に押し込めたところ、布団の上でボードゲームを楽しんでいたようだが、漸く睡魔に身を委ねたのは10時半過ぎだった。

「寝顔、まだまだ無邪気で可愛いね」
「いつもこんくらい大人しかったら、可愛げもあんのにな」
「またぁ……、一加ちゃんやマー坊が大人しかったら、きっと藤井君退屈しちゃうよ」
クスクス笑いながらそっとふすまを閉める。
「まあ確かに、しとやかさや寡黙なタイプは、うちの家系にゃ期待できないわな」

言いながら、藤井は拓也に視線を合わせた。
瞬間、今ほどまでとは違う含みを帯びた空気の変化を感じ、拓也はドギマギした。

「……あ、藤井君……今日はみんないるから……」
「でも、俺も限界」

戸惑いから視線を逃がす拓也を、やんわりと抱きすくめる。

「二階。お前の部屋なら大丈夫だろ」

元々、藤井は拓也の部屋に泊まってもらうつもりだった。
だから、状況にもよるだろうとは思ってはいたけども、可能ならばそういうことに対してスルー出来る程、無邪気な子供じゃないし達観した大人でもない。

「……、お手柔らかに、お願いします」
「了解」

リビングの電気を消して、二人で静かに階段を上った――――。





(―――あ、)
フワフワとした感覚。
(これは……夢だ)

夢にもいろいろあって、「夢」と分かる時もあれば、起きた時現実と区別がつかない程リアルな時もある。

学校。賑やかな教室。周りにはいつもの友人たち。変わらない風景。
(でも、何か違和感……)
拓也が藤井に声を掛けようとした時、違う方向から彼を呼ぶ声が聞こえた。
ビクリとなる。
その声は、知っているような知らないような、自分とは違う可愛らしい高い声。
仲間たちに軽く手を振って、藤井はその声の方へ向かった。
嫌な予感がよぎる。
(多分、きっと、もう僕は藤井君の隣にはいられない――)

「……ぃ、やだ……っ」
「榎木!」

はっと我に返った。

「大丈夫か?」
「……ふ、じー……くん?」

額には冷たい汗、こめかみには流れる涙の感触が分かる。
隣で起き上がっていた藤井に支えられながら、拓也も上体を起こした。

(夢……夢、見てた。えっと、今これは)

「夢……?」
「夢じゃねーよ。まだちゃんと覚めてねーか?」

心配そうな表情で拓也の顔を覗き込む藤井に、拓也は恐る恐る手を伸ばして藤井を弱々しく抱きしめた。

「ほんとだ……ふじいくんちゃんといる……」
「榎木……」

その存在を確かめるように、背中に回した腕にぎゅっと力を込める。

「どんな夢、見たんだ」
「…………」

藤井は安心させるように、拓也の背中を軽くポンポンと撫でながら訊いてみるが、拓也はなかなか口を開かない。
そこで「拓也」と名前を呼んでみたところパッと顔を上げて、しかしまた俯いて、それでもやっと言葉が返ってきた。

「笑うよ」
「笑わない」
「絶対?」
「絶対」

背中にある拓也の手が、藤井のシャツを握り締めたのが分かった。

「藤井君が、他の誰かと一緒にどこかに行っちゃう夢……」
「……そんなこと、あるわけねーし」

普段全く気にはしていないが、深層心理では幼い日に受けたトラウマは消えることはない。
母の事故死。弟の事故。
どんな形でも、大切な人が突然自分の目の前からいなくなる恐怖と不安は、ずっと根底にあるのだろう。

「お前さ、しょっちゅう悪夢見んの?」

藤井が、拓也が眠りながら泣く姿を最初に目撃したのは、小6の時だった。
尤もあの時は藤井は拓也の夢の内容を知っているわけではないので、その姿だけを見て「悪夢」と決めつけてしまうのは仕方のないことだった。
その後、付き合い始めてから体調を崩して寝込んでいる時にもうなされる拓也に一回遭遇している。

「え……? そんなことはないと思うけど……」

でも、ごく稀に、夢見が悪い時が確かにある。
そういうトラウマが、ふと夢に現れるのかもしれない。

「前にも言ったけど、お前置いてどっか行くなんてねえし」
「うん」

会話をしていく中で、自分の腕の中で拓也の力がだんだん抜けて不安からの緊張が解けていくのを藤井は感じた。

「でも、そこまで不安なら、」
「え?」
軽く短いキスをして。
「もう一回、しとく?」
「な……っ」
急な展開に真っ赤になる拓也。
「何でそうなる……藤井君!」
「俺はどこにも行かないって証しー」
言葉と一緒に額や頬に触れる唇の感触のくすぐったさに拓也は首を竦めると、軽く溜め息を吐いた。
「今、何時」
「今……3時過ぎ、だな。朝までにはまだ時間あるぜ?」
枕元に置いておいたケータイに手を伸ばして時間を確認する。
照明を落とした薄暗い部屋の中で、ケータイの明かりは眩しく感じた。
「どうする?」
「どう、って」
口では拓也の意志を訊くようなことを言っても、手と唇の動きが有無を言わせないと言っている。
「藤井君、意地悪だ」
不機嫌そうな表情をして見せるのと裏腹に、もう一度腕を藤井の背中に回した。
それは受け入れのサイン。
互いに視線を合わせて微笑んで。
惹き合うように唇を重ねた――――。





「おはようございまーす」
「おはよう」

ちびっこ達がゾロゾロとリビングに起きてきた。
やはり子供が就寝するには遅すぎる時間だったせいか、朝はのんびり既に9時。
その間に、拓也は朝食の準備を整えていた。

「簡単なもので悪いんだけど」

こんがり焼けたトーストに目玉焼き、ボイルしたウインナー、千切りキャベツにプチトマトが添えられたワンプレート。
スープマグにはインスタントのコーンポタージュ。
ドリンクはお好みで牛乳かオレンジジュースを。

「わー。カフェみたーい」

テンションの上がった一加の感嘆の声。

「一加ちゃん、カフェ知ってるの?」
「少女まんがでよく見るの。一加もいつか、カフェでモーニングしたいなーって」
「そうなんだー。女の子は夢があっていいなー」

藤井は一加のマセた会話にウンザリとした溜め息を吐きながら、それにニコニコと笑んで付き合う拓也に声をかけた。

「榎木、この皿リビングに運べばいい?」
「あ、じゃあ、子供たちのはリビングの方で、僕たちはキッチンのテーブルで食べよっか。実、みんなの分のフォーク持ってって」
「んー」
「はーい」

朝食を賑やかに食べて、暫くまったりしたら、一度解散することにした。

「お世話になりました」
「お泊まり楽しかったですー」
「またおいでね。ヒロ、今度はゴンちゃんも一緒に来れるといいね」
「ん」

帰り支度をして、玄関へ向かう。
ヒロは一人なので、拓也と実で後藤の家まで送ることにした。

「俺は、後藤いない方が都合いいんだけど」
藤井が拓也にコソリと言う。
「藤井君。それとこれは、別の話」
そんな藤井に、拓也は敢えてニッコリと笑顔を返した。
そんな冗談を言い合っても(藤井の方は冗談でもないのだが)、すぐにプッと吹き出し、クスクスと笑い合う。

「一応安心、した?」
「うん」


また一人泣けてしまう夜もあるかもしれないけれど。
手を伸ばせば安心できる存在がある。
それは、強い支えとなるから――――。


☆――――――――☆
「甘くて深い10のお題 Ver.9」より
"10.深くて甘い真夜中に"
Title拝借:heaven's様


-2014.12.10 UP-
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