深くて甘い真夜中に
「ごちそうさまでした!」
「お粗末様でした」
週末の榎木家、しかし今日の榎木家は大黒柱の春美が不在。
金曜から明日土曜にかけて、出張に出ているのだ。
そこで急遽決まった「お泊り会」。
一加、マー坊、ヒロが榎木家へお邪魔していた。
そして、勿論藤井も。
「一加ちゃん、ヒロ。先にお風呂入っておいで。その後、マー坊と実ね。実、二人にタオル渡してお風呂場案内してあげて」
「はーい」
食べ終えた夕飯の食器をシンクに運びながらテキパキと先を誘導する拓也に、ちびっこ達はハナマルなお返事をした。
「今日後藤は?」
「うーん、やっぱり明日も部活だからムリって。ヒロのことよろしくって頼まれてるよ。ゴンちゃんも来れたら楽しかったのにね」
食器を洗いだした拓也に、藤井は残りの食器を渡して脇に立つ。
拓也がスポンジで汚れを落とした皿をシンクの中で積み重ねているのを見て「流していいか?」と訊いた。
「え、ううんいいよ。藤井君は座っててよ」
「お世話になってるんだし、これくらいは手伝ってもいいだろ」
「そんな、手伝ってもらう程じゃ……」
「それじゃ俺が気が済まないの。それに二人でやれば早く終わるだろ?」
「うん…じゃあ、お願い」
ふんわり笑んで拓也は少し横にずれた。
藤井がその隣に立って、他愛のない話をしながら二人で皿洗い。
一人リビングでボーッと待っているよりも、こうして一緒に何かをしながら話をする方が断然いい、そう思いながら、拓也から泡のついた皿を受け取る藤井だった。
「『いつかそれが日常になったらいいなー』とか思ったでしょ、昭広兄ちゃん」
「…………」
思いも寄らなかった突然の一加の言葉に、藤井のドライヤーを持つ手がピタリと止まった。
「あっつ! 熱いよ、昭広兄ちゃん!」
「おっわっわりっ!?」
ドライヤーの温風は一か所に当てられ続けるととても熱い。
「乙女の大切な髪に、何てことすんのよ!」
「だったら自分でやれよ!」
「嫌よ。自分でやったら、上手く中の方まで乾かせられないもん」
ギャーギャー始まったいつもの兄妹げんか。
ドライヤーの轟音を隔てたその声は、二人が思っているよりも大きい。
その光景をもはや微笑ましく見ながら、拓也は一加の脇に麦茶を淹れたグラスを置いた。
「藤井君が一加ちゃんの髪の毛乾かしてあげてるなんて意外だなー」
「いつもは俺じゃねーよ。お袋か浅子姉か……二人とも手が離せない時は俺がやる時もあるけど」
「ヒロは? 一加ちゃんの次にドライヤー使う?」
ヒロにも麦茶を渡しながら声を掛ける。
「ううん。しぜんかんそう」
「まっ、ヒロちゃん相変わらず野生児ね。そんなんじゃ女子力上がらないわよ」
女子力に関しちゃ私の方がまだまだ上ね! と言われて、ヒロも黙ってはいない。
「うるさい、ぶーす」
「人にやらせておいて、お前はそういうこと言うな」
「痛ーいっ昭広兄ちゃんぶたないでよ!」
ケンカの輪がますます広がり、拓也はストップをかけた。
「はい、そこまでー。ヒロ、よかったら、僕がドライヤーかけてあげようか? たまにはいつもと違うことしてみてもいいんじゃない?」
ニッコリ笑って一加の髪を乾かし終えたドライヤーを藤井から受け取りながら提案をする。
「……ん」
ちょっと照れた様子で返事をするヒロに、「こっちおいで」と手招きをして拓也は自分の前にヒロを座らせた。
「グッジョブお兄様! そのままヒロちゃんを誘惑しちゃってくれれば、実ちゃんは私だけのものになるわ…っ!」
「ふざけんな。バカなこと言ってんじゃねーよ」
拓也とヒロの背後でガッツポーズを見せる一加に、藤井は呆れた言葉を返す。
「あら、拓也お兄様のあのフェミニストっぷりは相当ポイント高いわよ。素でやっちゃうんだから、学校でもかなりモテてるはず……」
「……まーな」
教室へ向かうであろう同じクラスの女子が、手に重そうな教材を持っていたりすると代わりに持ってあげたり。
女子だけでなく男子相手でも、ドアを開けたりなどさりげなくサポートをしたりする。
それは純粋に親切心からくる行動なのだが、拓也の持前の雰囲気でそれが計算と感じさせたり押しつけがましかったりするわけじゃないから、相手にコロリと好感度がプラスされる。
その積み重ねで、仄かな想いを育んでしまう女子は(男子も)実は多い。
「ある意味、罪作りよねお兄様」
「小3にしてその洞察力はすげぇと思うぞ一加」
「まあね。伊達に勉強はしてないわよ」
一加は真剣な表情で答えた後、ニヤリと笑った。
「昭広兄ちゃんの『クール』は、裏を返せば『無関心』。最初はいいけど、やっぱそれだけじゃ長くは続かないわ。それに比べてやっぱり拓也お兄様は完璧!」
「俺は自分の興味ないことはどうでもいいんだよ」
「うん。だから、関心度マックスな拓也お兄様には執着するんでしょ?」
「…………」
ホントにコイツは齢九つの子供なのだろうか……。
保育園児の頃からマセた部分は多いにあったけども。
そう思わずにはいられない我が妹をぐうの音も出ない様子で眺める。
「何話してるの?」
ヒロの髪の毛を乾かし終えた拓也は、ドライヤーのコードを巻きながら二人を振り返った。
「一加の恋愛講座ー♪」
「え…」
「何言ってんだよ」
軽く一加の頭を小突きながら「終わったのか?」と訊くと「うん。女の子の髪乾かすなんて初めてだから、緊張しちゃった」と笑いながら答える。
「僕と実は殆ど自然乾燥だからドライヤーって滅多に使わないからさ。女の子いるとやっぱり違うね。妹って可愛い」
ニコニコ笑みながらドライヤーを片付けに部屋から出る拓也を見送り、一加は兄を見返す。
「その内、本当にどっかの女子に拓也お兄様取られるかもよ」
「うるさいな」
そうこうしている内に実とマー坊も風呂から上がり、暫く6人でトランプやゲームを楽しんだ後、ちびっこたちの就寝時間を迎えた。
「お粗末様でした」
週末の榎木家、しかし今日の榎木家は大黒柱の春美が不在。
金曜から明日土曜にかけて、出張に出ているのだ。
そこで急遽決まった「お泊り会」。
一加、マー坊、ヒロが榎木家へお邪魔していた。
そして、勿論藤井も。
「一加ちゃん、ヒロ。先にお風呂入っておいで。その後、マー坊と実ね。実、二人にタオル渡してお風呂場案内してあげて」
「はーい」
食べ終えた夕飯の食器をシンクに運びながらテキパキと先を誘導する拓也に、ちびっこ達はハナマルなお返事をした。
「今日後藤は?」
「うーん、やっぱり明日も部活だからムリって。ヒロのことよろしくって頼まれてるよ。ゴンちゃんも来れたら楽しかったのにね」
食器を洗いだした拓也に、藤井は残りの食器を渡して脇に立つ。
拓也がスポンジで汚れを落とした皿をシンクの中で積み重ねているのを見て「流していいか?」と訊いた。
「え、ううんいいよ。藤井君は座っててよ」
「お世話になってるんだし、これくらいは手伝ってもいいだろ」
「そんな、手伝ってもらう程じゃ……」
「それじゃ俺が気が済まないの。それに二人でやれば早く終わるだろ?」
「うん…じゃあ、お願い」
ふんわり笑んで拓也は少し横にずれた。
藤井がその隣に立って、他愛のない話をしながら二人で皿洗い。
一人リビングでボーッと待っているよりも、こうして一緒に何かをしながら話をする方が断然いい、そう思いながら、拓也から泡のついた皿を受け取る藤井だった。
「『いつかそれが日常になったらいいなー』とか思ったでしょ、昭広兄ちゃん」
「…………」
思いも寄らなかった突然の一加の言葉に、藤井のドライヤーを持つ手がピタリと止まった。
「あっつ! 熱いよ、昭広兄ちゃん!」
「おっわっわりっ!?」
ドライヤーの温風は一か所に当てられ続けるととても熱い。
「乙女の大切な髪に、何てことすんのよ!」
「だったら自分でやれよ!」
「嫌よ。自分でやったら、上手く中の方まで乾かせられないもん」
ギャーギャー始まったいつもの兄妹げんか。
ドライヤーの轟音を隔てたその声は、二人が思っているよりも大きい。
その光景をもはや微笑ましく見ながら、拓也は一加の脇に麦茶を淹れたグラスを置いた。
「藤井君が一加ちゃんの髪の毛乾かしてあげてるなんて意外だなー」
「いつもは俺じゃねーよ。お袋か浅子姉か……二人とも手が離せない時は俺がやる時もあるけど」
「ヒロは? 一加ちゃんの次にドライヤー使う?」
ヒロにも麦茶を渡しながら声を掛ける。
「ううん。しぜんかんそう」
「まっ、ヒロちゃん相変わらず野生児ね。そんなんじゃ女子力上がらないわよ」
女子力に関しちゃ私の方がまだまだ上ね! と言われて、ヒロも黙ってはいない。
「うるさい、ぶーす」
「人にやらせておいて、お前はそういうこと言うな」
「痛ーいっ昭広兄ちゃんぶたないでよ!」
ケンカの輪がますます広がり、拓也はストップをかけた。
「はい、そこまでー。ヒロ、よかったら、僕がドライヤーかけてあげようか? たまにはいつもと違うことしてみてもいいんじゃない?」
ニッコリ笑って一加の髪を乾かし終えたドライヤーを藤井から受け取りながら提案をする。
「……ん」
ちょっと照れた様子で返事をするヒロに、「こっちおいで」と手招きをして拓也は自分の前にヒロを座らせた。
「グッジョブお兄様! そのままヒロちゃんを誘惑しちゃってくれれば、実ちゃんは私だけのものになるわ…っ!」
「ふざけんな。バカなこと言ってんじゃねーよ」
拓也とヒロの背後でガッツポーズを見せる一加に、藤井は呆れた言葉を返す。
「あら、拓也お兄様のあのフェミニストっぷりは相当ポイント高いわよ。素でやっちゃうんだから、学校でもかなりモテてるはず……」
「……まーな」
教室へ向かうであろう同じクラスの女子が、手に重そうな教材を持っていたりすると代わりに持ってあげたり。
女子だけでなく男子相手でも、ドアを開けたりなどさりげなくサポートをしたりする。
それは純粋に親切心からくる行動なのだが、拓也の持前の雰囲気でそれが計算と感じさせたり押しつけがましかったりするわけじゃないから、相手にコロリと好感度がプラスされる。
その積み重ねで、仄かな想いを育んでしまう女子は(男子も)実は多い。
「ある意味、罪作りよねお兄様」
「小3にしてその洞察力はすげぇと思うぞ一加」
「まあね。伊達に勉強はしてないわよ」
一加は真剣な表情で答えた後、ニヤリと笑った。
「昭広兄ちゃんの『クール』は、裏を返せば『無関心』。最初はいいけど、やっぱそれだけじゃ長くは続かないわ。それに比べてやっぱり拓也お兄様は完璧!」
「俺は自分の興味ないことはどうでもいいんだよ」
「うん。だから、関心度マックスな拓也お兄様には執着するんでしょ?」
「…………」
ホントにコイツは齢九つの子供なのだろうか……。
保育園児の頃からマセた部分は多いにあったけども。
そう思わずにはいられない我が妹をぐうの音も出ない様子で眺める。
「何話してるの?」
ヒロの髪の毛を乾かし終えた拓也は、ドライヤーのコードを巻きながら二人を振り返った。
「一加の恋愛講座ー♪」
「え…」
「何言ってんだよ」
軽く一加の頭を小突きながら「終わったのか?」と訊くと「うん。女の子の髪乾かすなんて初めてだから、緊張しちゃった」と笑いながら答える。
「僕と実は殆ど自然乾燥だからドライヤーって滅多に使わないからさ。女の子いるとやっぱり違うね。妹って可愛い」
ニコニコ笑みながらドライヤーを片付けに部屋から出る拓也を見送り、一加は兄を見返す。
「その内、本当にどっかの女子に拓也お兄様取られるかもよ」
「うるさいな」
そうこうしている内に実とマー坊も風呂から上がり、暫く6人でトランプやゲームを楽しんだ後、ちびっこたちの就寝時間を迎えた。
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