cherish you...

好きな人の誕生日プレゼントを選ぶのは、楽しいようで難しい。
自分が贈ったもので、その表情が笑顔になるのは自分にとって最高のお返しにもなる。
優しいその人は、きっとどんなものでも嬉しそうに受け取ってくれるに違いないけれども。
やっぱり最高の笑顔を見たいじゃないか。
さて、その笑顔を導く為に、自分は今何をその人の為に選ぼうか。

この春高校生になったばかり。決して多くはないお小遣いでの予算を念頭におきつつ、街中をブラブラしていると、まさにその人が通り向こうに歩いているのが見えた。

「あ! 兄ちゃ…!」

――――げ。

そうだった。今日は朝からいそいそと出掛ける準備をしていた兄を思い出す。
兄の拓也が休日に出かけると言ったら、8割がた相手は幼い頃から知っている藤井昭広という男(残り2割は、後藤だったり、森口だったり、他の友人だったり)。
実もだんだん思春期に入り、兄が大変女子受けをする存在ということに気付いてから、いつ歳の離れた自分の大好きな兄がどこぞの女を「彼女です」と家に連れてくるかと警戒していた、が。
兄ちゃんの好きな人に間違いはないだろうとは思うけど、しっかり弟の立場として吟味してやろうと身構えていた、が。

気づいてしまった。兄の好きな人は選りにも選って、ずっと近くにいた幼馴染の男だったのだ。

男だから云々はどうでもいい。ただ、ずっと近くにいた、自分も知っている存在だった、というのが実にとっては何だか面白くなかった。
小さい頃からそれこそ昭広の弟妹……一加や正樹と一緒にいることも多かった故、それまでは慕っていたはずの存在だった。
でも、だからこそ、なのかもしれない。
大好きな兄の笑顔を引き出せる存在が、自分もよく知っている人だった、という事実が。

拓也の今年の誕生日は明日の日曜日。「日曜だから今年はパパもお休みだし、当日に家族でお祝い!絶対!!」と、実が言い張った為、バースデー当日の主役の確保は成功した。
しかしその代わり、前日の土曜日は一日出掛けるからね、と念を押されたのだった。
それが、今日。今まさに、バースデーイブを恋人と過ごしているという状況なのであろう。

「兄ちゃーん! 偶然だね!」
「実!」

信号が変わった横断歩道を渡り、人波を掻き分けて走り寄った。
その隣には、案の定、藤井の姿。

「よう、実」
「こんにちは、藤井の兄ちゃん」
藤井も藤井とて、実の心境の変化には気づいており、自分が実にしっかりライバル認定されていることを知っている。邪魔してやるオーラがひしひしと伝わる。
「実、何してるの? 誰かと一緒?」
「ううん、一人。兄ちゃんの誕生日プレゼント選びに来た」
そんな二人の火花を知ってか知らずか、拓也はよもや自分のデート現場に遭遇した弟と何の躊躇いもなく会話を始める。
「そんなー別にいいよ。限られたお小遣い、もっと大切なことに使いなよ。友達との交友費とかさ」
「ちゃんと考えて使ってるから大丈夫だよ」

自分のことより、人のこと。拓也の性格をちゃんと知っているから、そういう意味でも、身の丈に合ったプレゼント選びをしなくてはならない。
背伸びしたものは、絶対受け取ってくれないだろうから。

「それよりさ、兄ちゃん」

実はチラッと藤井の顔を見た。瞬間、藤井の眉もピクリと動く。

「僕お腹空いちゃったー。お茶しよー」

スルリと腕を拓也の腕に絡ませて、いつものように甘えてみる。

するとやっぱりか! と言わんばかりに藤井が声を上げた。

「実……分かってて言ってるだろ」
「何がー? ねー兄ちゃん、お茶しよー」
「うーん、僕は別にいいんだけど……」

今度は拓也が藤井の顔を見る。
実のブラコンは相変わらずだが、拓也のブラコンも負けじと健在なのだ。
勿論、けじめをつける時は厳しくするが、そうでない時はトコトン甘い。
実はそんな兄をしっかり理解しているから、成功する甘え方を知っている。
寧ろ幼い頃からそれは本能で発揮されてきた。
そして、それは藤井の熟知しているところであり、弱点でもあった。

「もしここで俺が『ダメ』って言ったら……?」
「仕方ないけど……ちょっとガッカリ、かな」

偶然とは言えバッタリ会った弟に可愛くおねだりされて、それを拒否するなど拓也はしたくないのだろう。
ここで意地を張って「ダメだ」と言ったところで、拓也の機嫌が悪くなるまではいかなくとも、後ろ髪を引かれてその後の行動に支障を来す恐れも無きにしも非ず。
実に機嫌よくこの場を離れてもらう為にも、お茶を1杯奢る方が一番手っ取り早い。

「お茶、だけだぞ」
「わーい! やったー!」
「ありがと、藤井くん」

まあ、藤井にとっては生意気盛りと言っても実は可愛い弟分ということには変わりないので、拓也と一緒に機嫌よく過ごしてもらえるのはやぶさかではないのだ。
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