秋日和、紅葉山

「山手線ゲーム♪ 秋と言えば? 拓也から♪」
森口のリズミカルな声と手拍子と共に、一番手に名指しされた拓也は慌てて調子を合わせた。
「運動の秋。ゴンちゃん♪」
「食欲の秋。森口♪」
「芸術の秋。昭広♪」
「昼寝の秋。榎木」
「読書……って、藤井君の違くなかった?」

天高く馬肥ゆる秋。実りの秋。
久しぶりに揃ったこのメンツ、「紅葉見に行こうぜー紅葉狩り!」と森口から連絡が入ったことから始まり、台風の心配もあったがさほど大きな被害もなく無事台風一過を迎えたのはつい先日のこと。
日頃の行いがいいのか晴れ男が揃っているのか、変わりやすい秋の天気をものともせず、気持ちの良い秋晴れに恵まれ約束の日を迎えた。
そして今、電車のボックス席で時間を持て余した男子4人が始めたのは山手線ゲームだった。

「聞いたことないよ、昼寝の秋なんて」
呆れ顔で拓也が言うと、
「春と秋は眠くなるんだよ、特に昼飯後と授業中」
しれっとした態度で答える藤井。
「それって日中殆どじゃねーか。どうせ昭広のことだから、ゲームでもして夜更かししてんだろ」
「秋は夜が長いからなー。ついつい……」

(会うの久しぶりの筈なのに、相変わらず、森口君は藤井君のことちゃんと分かってるんだなー……あ?)

自分の向かいで並んで座っている藤井と森口の会話を何となしに聞いていてふと思ったことに、その瞬間自分の思考に拓也は羞恥と自己嫌悪に陥る。

(何考えてんだよ……っ!! バカか僕は)

内心狼狽えている拓也の隣で、同じように二人の会話を聞いていた後藤が口を挟んだ。

「昼休み、毎日昼寝してんじゃねーのー? 拓也の膝枕で」

顔を隣に向け「な、拓也?」と半ば揶揄うように訊く後藤と目が合ったのは、一人赤面している拓也のそれ。

「まっ、毎日じゃないよ!?」
「毎日じゃぁないな」

慌てて否定する拓也と同時に、藤井も同じ否定。
しかし、否定する箇所がソコ。

「毎日じゃなくても、してるんだな、膝枕」
「後藤…お前何故自ら地雷踏みに行くか……」

森口は何で山手線ゲームでこうなったと思いつつ、斜め前に座る拓也を見ると自分の失言に顔を両手で覆い項垂れていて、隣に座る藤井は涼しい顔をしてペットボトルのお茶を飲んでいる。

「拓也ー、ポテチ食べるかー?」

放っておくといつまでも浮上しなさそうな様子に、後藤が隣でポテトチップスの袋を開けて拓也に声をかけた。

「……食べる」

やっと顔を上げた拓也に「食え食え」と袋を差し出し、やっぱ拓也の扱いは後藤が一番ウマイよな、と森口は思った。

「お前はまだまだだな」
藤井にだけ聞こえるようにボソリと言うと
「分かってないな。榎木はああだからいいんだよ」
「…………」
返ってきた言葉にもはや言葉も出ない。ナチュラルに惚気られてしまった。
「お前らの学校の友達たちが気の毒になってきた……」
拓也の天然に藤井の周りを良い意味でも悪い意味でも気にしない性格。
きっと近くにいる友人たちにいつもこんな思いをさせているのかと、呆れた顔をした森口だった。



電車からバスに乗り継いで到着した、紅葉シーズンに賑わうその名所のバス停に降り立ち、拓也はスッと胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「空気が冷たくて気持ちいー」 
車内は緩くだが暖房が利いていて、その上で車窓から陽も差し込んでいたので若干暑いくらいだったが、いざ外に出ると山の空気は凛としていて冷たく感じ、その分日差しは暖かく、風が強く吹かなければ寒すぎず暑すぎず心地の良い体感温度と言えよう。

「お。染まってる染まってる」
「でもまだ緑の木もあるんだな」

言いだしっぺであり用意周到の森口はネットで見頃をチェックしていたので、「折角来たのに紅葉していなかった」というよくある紅葉狩りあるあるは回避済みである。
紅葉見物の客で賑わう山の散歩道は、期間限定で様々な出店が立ち並び、一見はお祭り騒ぎのようだ。

「結構人多いな。榎木、はぐれるなよ」
「な、なんだよー。確かにこの中じゃ一番僕が小さいけど、一般的には標準だからね、一応」

小学生の時から友也を見てきた拓也は、きっと藤井も同じくらい高身長になるだろうと予測はしていたし、後藤も元の骨格がいいからか、子供の頃はどちらかと言うと横に目立っていたスタイルは、成長と共にいい意味でバランスのとれた体格となっている。
意外だったのが森口で、藤井と並べば若干低いものの、それでも拓也の身長を余裕で抜いていた。
(あ、でも、森口君のお父さんも、結構スラッとしてたっけ)
森口の両親に滅多に会うことはない為、最近の様子は分からないが、記憶にある森口の父親を拓也は思い浮かべた。
「拓也のパパリンはデカいのにな」
まさに同じことを思っていた拓也は「だよね!」と後藤に向き直った。
「僕もまだこれから伸びるもーん」
「ママリンは?」
「ママは……パパと並んでる写真を見る限りじゃ、パパの胸元くらい……」
「それだ」
拓也の言葉に被さるように、藤井と森口の声がユニゾンした。

「拓也は、親父さんじゃなくて、お袋さん似なんだよ」
「顔や雰囲気も、写真でしか知らないけど、お袋さんっぽいもんな」
「あ、俺、ママリン知ってるけど、言われてみれば今の拓也そっくり! 目がクリクリしてて可っ愛かったんだぜー。それでもって、実は間違いなくパパリンだよな」
「実が高校生くらいになったら、拓也抜かれるんじゃね?」

次々と好き勝手なことを言われて、拓也の機嫌が悪くならないわけがない。

「なっ、何だよみんなして! 僕だってこれから伸びるし、実にも抜かれない!!」

歩幅を大きく開き三人より一歩前に出て歩き出そうとした瞬間。

「わっ!」

湿った土の上に散り広がっている落ち葉に足を取られ、滑りそうになった――ところを、藤井が間一髪で支えた。

「危ないだろ」
「あ……りがと、藤井君」

その体勢は、まさに藤井の胸元に背中をすっぽりと預けた状態。

「俺は、このくらいの身長差が丁度いいと思ってるんだけど」

耳元で、拓也にだけ聞こえる大きさで。
その空気と声色が拓也の耳を擽るようで、それを赤く染めた。

「はいはーい。通行の邪魔になるから、さくさく歩きますよー」
「先行ってるからなー」

二人の脇をすり抜けて、スタスタ歩く二人にハッと我に返った拓也。

「ま、待って!」

藤井から体勢を直し、慌てて二人を追いかける拓也の後ろを藤井はのんびり歩いてついて行った。
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