ドライブしよう♪

まだシーズンには早い海は、遠くに数人のサーファーはいるものの、彼ら以外に人影はなく静かに波音を響かせていた。

「海だー広ぉいっ」

砂浜に下りて両腕を広げて前を走る拓也を、藤井は微笑みながら付いて行く。
そのまま波打ち際まで行くかと思ったが、拓也は足を防波堤の方に進めた。
そしてそのコンクリートの上に腰を掛けた。
吹き付ける風が髪と上着の裾をなびかせる。
足元の先、下方にはテトラポット。勢いよく打ち付ける波は、それに当たると飛沫を上げて散り広がった。

「あんまり下覗き込むと落ちるぞ」
「藤井君」

のんびり歩いて来た藤井がやっと追いついて、拓也の隣に腰を下ろした。

「だって、やっぱり海って珍しくって」

ニコニコと答える拓也に藤井も釣られて笑みを零す。
そして、遠くに浮かぶ水平線に視線を移すと「そうだな」と賛同した。

「月並みだけど……こう広い海眺めてると、普段の自分ってちっぽけだなーって感じるな。あくせくして日々に追われてると余計に」
「藤井君……」

雄大な自然に囲まれると、誰もが感じるエンプティネス。
とは言っても、否定的な空虚感でなく、心が洗われるというかリセットされるというか、そんな不思議な感覚。
海でなくても、森林や草原、視界いっぱいに広がる空を見渡せる場所など、そういったところに身を委ねることは、本来人間には必要なことなのかもしれない。

「一日何気なく通り過ぎちゃう毎日だけど、本当は大切にしなきゃいけないんだよね」
目下のやるべきことに精一杯で終わる一日。そして、やって来る次の朝日。

「僕たち、小学校から一緒にいて、気づいたらこんなに大人になってて……」

遠い水平線を見つめていた拓也の瞳が今度は、ゆっくりと話し出した拓也の横顔を黙って見ていた藤井のそれを映す。

「そんな大切な毎日を、今までも……今も藤井君と積み重ねていられることが、僕は凄く嬉しいよ」

「拓也……」

何て可愛いことを言うのだろう。普段照れ屋のくせに、時々大きな爆弾を恥ずかしげもなく投下させる。そして、そんな拓也が堪らなく愛おしい。

「俺も、果報者だよ」
言葉と同時に触れる頬。
「藤井く」
そして、「ん」の一文字を一緒に飲み込んだ。





「ほ、ホントに僕が運転するの?」
「やってみろって。もし本当にダメそうなら、バイパス乗る前に代わってやるし」
「とてつもなくペーパー歴長いですが」
「だぁいじょーぶだって。AT車だし、すぐに感覚思い出すって」

戸惑いながらも運転席でシートベルトを締める拓也。

「うー、でもそうだよね。藤井君にばっか負担はかけられないよね」
「まあ、そこは別に気にしなくてもいいんだけど」

よしっ!と意を決して、ルームミラーの角度を調節する。
キーを回して、エンジンをかけた。


駐車場を出て市街地を走ること30分。

「ほら、全然大丈夫だろ」
「でも、緊張するよ」
「プレッツェル食うか?」
「いらないっ」

まだ物を食べる余裕なんてないよ!と反論しつつ、真剣な顔をして運転に集中する。
そんな横顔が、可愛くて仕方ない。

(頭こねくり回してやりたいけど、そんなことしたら絶対怒られるだろうな…)

「拓也」
「なに?」
「好きだよ」
「!!」

丁度赤信号でブレーキを踏もうとしたタイミングでのしれっとした告白。
ちょっと強めに踏まれたそれは、グッと二人を若干前のめりにした。

「藤井君!!」
「何でしょう」
「事故りたくなかったら、黙ってて」
笑っていない笑顔と珍しくドスを利かせた声で怒られて。
「ハイ、スミマセンデシタ」
藤井は謝りつつも、クツクツと笑いが止まらなかった。



「お疲れさん」
「ん、ありがとう」

道の駅のフードコートのテーブルに突っ伏している拓也に、藤井はペットボトルを差し出した。
ひんやりとした炭酸水。
「スッキリするだろ」
「うん」

結局交代しないでそのままバイパスに乗り、熊ノ井まで約半分ほどまで来た道の駅。
「こっからは俺運転するから」
「うん、お願いしますー」
気分転換と軽い腹ごしらえに買ったたこ焼きを二人でシェア。
「ずっとペーパーだった割りには上出来だと思うぞ」
「やっぱ無茶ブリだったよね、これ……」
じぃっと睨み付けられて藤井はハハ、と笑って誤魔化す。
「でも拓也だから、俺信じてたし」
元々運動神経のいい拓也は、感覚が戻るのも早いだろうと。

「これからは、車で出かける機会も増やそうか」
藤井からの、突然の提案。
「でもそうなると、藤井君のお父さんから借りてばっかじゃいけないよね」
「そこで、ちょっと計画中」
「え?」
キョトンと、拓也は藤井の顔を見上げた。
「だいぶ前から、マイカー貯蓄してる」
「えっ、スゴイ!!」
今度はキラキラと目を輝かせる。
「だから、近い内、ディーラー行くの付き合って」
「うん!!」
藤井君に似合う車って何かな?藤井君は好きな車種ってあるのかな?と、自分の事のようにワクワクが止まらない。
慣れない運転に疲れていた拓也の表情が、そんな雰囲気に変わった事に、藤井も自然と笑みが零れた。

たこ焼きも空になり、さて、そろそろ行こうかと車へ戻る。
今度は運転席に藤井、助手席に拓也。
「お願いします」
「はい、じゃあ、出発」
発進して、残り半分の道のりを目指す。




「拓也、もう着くぞ」
「……ん、」

呼びかけられて、ハッとした。

「ぼ、僕っ。寝てた!?」
「おーもう、ぐっすり」

すっかり意識が途切れていたことに、拓也は焦りを見せる。

「ご、ごめんっ藤井君!」
「何で?」
「だって…藤井君が運転頑張ってるのに……」

心底申し訳なさそうに俯く拓也に、藤井は左手を伸ばして頭をポンと撫でた。

「数年振りの運転で俺が無茶させたんだ。神経疲れして当然だって」
「でも……」
「それに、隣でぐっすり眠れるってことは、俺の運転に不安がないってことだろ?」
「藤井君……」
榎木家の前に到着して、車を停める。
拓也は自分の頭に乗せられた手を取って、両手でぎゅっと握った。
「当然だよ。今日、楽しかった」
「俺も」
そして、藤井は拓也の唇に軽くキスをした。

「ふ、藤井くっ」
「ドライブデートの締めは、やっぱコレだろ?」

それとも、移動してもっとスゴイことする?とヘラリと言う藤井に、拓也はしないよっと慌ててシートベルトを外した。

「藤井君、残りの道のり、気を付けてね」
「あぁ、お前も今夜はゆっくり休めよ」
「うん。藤井君もね」

車のドアからそっと離れ、拓也が手を振ると、ゆっくりと車は発進した。

家の前から車が見えなくなるまでしっかり見送る拓也だった。


-2014.05.17 UP-
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