ドライブしよう♪

約束の時間まで、あと数分。
出掛ける支度を終えてリビングの座卓テーブルに置いたケータイが鳴るのを、その前に座ってそわそわと待つ。

――――――♪

(来た……っ)

発信元の名前を確認して、ケータイには出ないでそのまま小さなワンショルダーのポケット部分に突っ込むと同時に着信音が途切れた。
約束のワン切り。

「行ってきます!」
「気を付けて行って来いよ」
「うん!」

急いで玄関を開けると、門扉の向こうに1台の車。

「おっす」
「おはよう、藤井君……お邪魔します」
「親父のだけどな」

今日は、ドライブデートです。


「藤井君って、運転の時眼鏡かけるんだ?」
「初更新の時、視力引っかかった」

滅多に…というか、寧ろ初めて見る藤井の眼鏡姿に拓也はドギマギした。
それでなくても、隣でハンドルを滑らかに操作する姿は様になっていて、気を緩めるとついつい眺めて見てしまう。

「まあ、子供の頃からTVゲームとかしてたしな。運転なんて滅多にしないし普段の生活には裸眼でも支障ないからコンタクト入れるほどでもないし、お守り程度だよ」

言いながら、最初の赤信号で停まり前にあった視線を藤井は拓也に移した。
不意に合った視線にドキリとして、思わずパッと逸らして「そうなんだ」と拓也は答えた。

「緊張する?怖え?安全運転心掛けるけど」
「そ、そうじゃなくて……っ」

藤井の言葉に誤解させたと思った拓也は、もう一度顔を上げて言葉を紡ぐ。

「藤井君スゴイなーと思って…僕なんかすっかりペーパーだもん」


拓也も藤井も、高校3年の時、卒業前に普通乗用車の免許を取得していた。
進路が決まった3年生は、冬休みや3学期の自由登校に入ると、学校に申請を出せば自動車学校へ行く許可が出るようになっていた。
進学後も普通に学生生活を送る分には、まだ車の運転は必要ないし、卒業後就職しても電車通勤になるだろうとは思っていたので、どちらかというと身分証明書の為というのが大きかったが。
どちらにせよ、取得しておいて損はない。就活の時、履歴書のプラスにもなる。
初めて運転免許証を手にした時、未成年ながら大人の仲間入りが出来たようでドキドキしたことを拓也は覚えている。

「まあ、うちはさ、親父が車持ってるし。それで実家にいた時は姉貴や一加にどこそこ送ってけーとか迎えに来いーだとか、近距離でもチョコチョコ走ってたしな」
それまでは親父や兄貴の役割だったのに、免許取った途端こうだぜーと、相変わらず中間管理職な大兄弟の真ん中の苦労を背負っている。
「相変わらずだねー、藤井君ちは」

信号が青に変わり、ゆっくりと発進する。
「家出てから運転する機会は減ったけどな。でもお陰でこうして、拓也と出掛けられるようになったし。この前、親父の出張の送り迎えに空港まで行ってやったから、高速もバッチリ」
家族使ってしっかり運転の練習させてもらったぜ、と笑う藤井に、拓也もアハハと笑う。
「バイパス乗る前に、コンビニ寄るぞ。トイレと飲み物」
「うん」
涼しい顔をしながら運転をする見慣れない眼鏡姿の藤井の横顔を盗み見て、
(やっぱりカッコイイ、ずるい)
と悔しいのに見惚れてしまい赤面してしまう拓也は、藤井が横を見られない今の状況に内心ホッとした。


今回はドライブがメインで、行った先が目的ではない。
ということで、行き先を海にした。
バイパスに乗ると市街地よりスピードを出す為、開けた窓から勢いよく風が入ってくる。
「風が気持ちいー」
「寒くないか?」
「うん、ヘーキ」
車の流れは滑らかに順調で、思ったよりも混雑していない。
運転の邪魔をしてはいけないと、拓也はナビから流れる音楽に耳を傾けつつ暫く黙って窓の外を眺めていたが、何かを思い出したようにゴソゴソと先ほど購入したコンビニのレジ袋を漁り出した。

「藤井君、はい」
「ん?」

差し出されたのは1本のチョコ掛けプレッツェル。

「集中するから甘いもの欲しいかなーと思って」
「……サンキュー」

視線をそのままに、はい あーん の状態で受け取る。
今更そんなことに照れるも何もないのだが。

(あーでも、助手席に拓也がいて、それでいてこのシチュエーションは、かなりイイかも)

チラリと隣を横目で盗み見ると、「おいしー」とプレッツェルを口にする拓也は無邪気なもので。
藤井は咥えたままになっていたそれをポキポキと食べ進めると拓也に声をかけた。

「拓也、もう1本」
「ん。はい、どーぞ」

先ほどと同じように差し出すプレッツェルを同じように受け取りながら、ポーカーフェイスの下でしみじみとかみしめていることを隣の拓也は気づかない。

他愛のない会話の合間に何度か繰り返していると、
「藤井君、最後の1本」
「お前食えよ」
「ううん。藤井君食べて」
はい、と笑顔で差し出されれば、藤井も素直にそれに応じ、あっという間に中身は空っぽになった。


バイパス沿いが海岸に面してきた先の道の駅でお昼休憩を摂った。
海岸が近いだけあって、海の幸満載の丼ものでお腹を満たして再びドライブ。
程なくしてバイパスを下りて、海岸に隣接する海浜公園の駐車場に車を入れた。

「うー、やっぱずっと乗ってると窮屈だなー」
車を降りた藤井はグッと伸びをした。
拓也はキョロッと辺りを見渡し、目的のものを見つけるとそちらへ走って行き、すぐに戻ってきた。
「はい、藤井君、お疲れ様」
ニコリと笑ってひんやり冷えた缶コーヒーを渡す。
「サンキュ」
それを受け取って、二人で海岸方面へ歩いて行った。
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