「こいつらこれでも付き合ってないんだぜ!」

約束の週末。
4人は予定通り隣町の記念館に来ていた。
マイナーすぎるとされるその歌人の記念館は、数人の職員以外の人は殆どおらず、閑散としていた。

「中学生4人」
「珍しいですね、中学生のしかも男の子ばかり」

受け付けの男性に入場チケットの半券を渡されながら言われ、「学校の郷土研究で、こちらをテーマにしようと思って……あ、写真も撮って大丈夫ですか?」と拓也が訊ねると「どうぞどうぞ。へー研究かぁ。あ、パンフレットもどうぞ」と人数分薄い冊子を渡された。

「所々にあるプリントや配布用資料も持ってっていいから。研究頑張って」
「有難うございます」
愛想のいい初老に差し掛かったであろう感じのその人に見送られ、4人は建物の中に入っていった。

館内に足を進めると、ガラス展示ケースの中に、歌が書かれた掛け軸や、実際に使われていたとされる筆、書物などが並べられていた。
無言で眺めるそれに、後藤がまず第一声を上げる。

「やっぱ面白いモンでもねーな」
「まあ…それを言っちゃぁ…」
苦笑気味に応える拓也。
「こういうのはさ、興味出てきた年齢に来ると面白いんだよ。小中学校の修学旅行の京都・奈良で、仏閣巡りするのと同じ。ああいうの、大人は楽しいみたいだけど、子供には良さ分かんなくてつまんねーもん」
「確かに景色がキレーとか、八つ橋おいしーとか、そういうのしか覚えてないなー」
納得のいく広瀬の理屈に応えながら拓也はふと、紅南小学校での修学旅行のことを思い出した。

(ああ、そして、女子が何かモメてたっけ……)

思いがけずそのモメ事に巻き込まれた拓也は、正直あの場は槍溝に助けられたと思っている。
そもそも男子と女子とでは、起こる争いのその原因も内容も全く異なるのだから、経験を積んだ大人ならともかく、まだ子供で同い年の異性に助けを求められたって困る。

「俺は、拓也と藤井の所帯染みた会話が印象的だぞ」
「は?何それ?」

「そんな会話してたっけ?」「してたしてたー育児ノイローゼがどうとかって」と後藤と拓也が話していると、先を歩いていた藤井が声をかけた。

「こっち、生い立ちとか書いてある。早く回っちまって昼飯食い行こうぜ」

それもそうだとガラスケースの展示品の写真を撮りつつ、生い立ちから生涯までまとめられた資料や歌の解説、熊ノ井との関連性と功績、その時の時代背景などの書かれたプリントなど、一通り研究資料を集めていった。

館内の最終地点から矢印通りに進むと、屋外に出た。
そこはこじんまりとした庭園になっていた。

「あ、外に出るんなら、俺、先にちょっとトイレ行ってくるわ」
「俺も」

後藤と広瀬が館内に戻って行くのを「いってらっしゃーい」と見送る。

出入り口の案内板に、歌人のゆかりある植物で庭園を彩られている旨が記されていた。

「…先、二人で行ってるか?」
「あ、うん!」

歩く石畳の脇を彩る小さな花や樹木には、それに因んで詠われた歌と解説が設置されたボードに書かれてある。

「うっかり見落とすとこだったね。みんな植物とか興味なさそうだから、スルーしそうだもん」
「そうだな」

一つ一つの草花を観察しながら、ゆっくりと歩みを進める。

綺麗に咲き誇る花は藤井がデジカメに収めて、拓也がその歌をノートに書き留めていく。

「これはまだ蕾なんだね。花がまだついていないのは、植物名と歌だけでいっか……とと」

握り直そうとした拓也の手からシャーペンが転がり落ちた。

そんなに距離が空いていない二人の間の足元に落ちたそれを拾おうと、二人同時にかがみ込む。

「わっと、ゴメン、藤井く――…」
「あ……」

二人同時に上げた顔は思いのほか、至近距離で……。

「ゴ、ゴメン!」
「いや、こっちこそっ」

ぱっと距離を離し、拓也は咄嗟に藤井に背中を向けた。

(近い近い近い近い――――ぃ)

ドキドキと逸る心臓に戸惑う拓也の後ろで藤井は、拾い損ねたシャーペンを拾った。

「榎木、シャーペン」
「あ、ありがと……」

受け取りながらも、顔を上げることができない。
二人の間に流れる沈黙は、何を意味するのか相手は何を思っているのか――――。

「……あ、あっち!あっちの方に、また別の花が咲いてるよ藤井君!」

沈黙を破るように、咄嗟に反対側を指差し駆けていく拓也。

「榎木!」

藤井も慌てて拓也を追う。

「今いちばんいい季節だから、ホント綺麗……」
「ああ、そうだな」

愛でるように微笑み花を眺める拓也の横顔を、藤井は花を撮るフリをしてこっそりシャッターを切った。
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