もっと甘えていいから

「榎木、危ないっ!!」
「え…わっ!!」

体育の授業中、突如起こった事故。
バスケで他のグループがプレイしており、自分のグループは順番待ちをしていた中、これまた順番待ちをしていた他のグループの生徒がふざけていてよろけた拍子に、たまたま近くで待機していた拓也が巻き込まれてしまった。


「榎木、本っ当ーにごめん!!」
保健室で手当をして貰っている間、付き添いで一緒に来た、その原因を作った級友が謝る。

「大丈夫だから、気にしないで…」
と言いかけた、その時。
「ったぁぁぁぁい!!」
保健医が拓也の右手首をクイッと動かした瞬間の雄叫び。
「あー、こりゃ捻挫してるわ。病院行かなきゃ」
「え…?」
「病院。担任に連絡して来るから、榎木君も出掛ける準備して昇降口。着替えは片手じゃ時間掛かるから、取り敢えずそのままで」
「えっ榎木、ごめんー!!」
「………気にしないで?」
必死に謝る級友に、拓也はそれしか言えなかった。


「右手首の捻挫、全治2週間。なるべく右手を使わないように…だって」
学校に戻って来た拓也は、藤井と仲間達に報告する。
「ぶつかられてよろけた時、変な風に右手ついたなぁとは思ったんだけど…」
「右って…利き手じゃん」
右手首を包帯で巻かれて、サポートで固定されている。
「うん…正直困った」
普段の授業でのノートは勿論、物を持ったり、家の事も…とにかく利き手が使えないのはとてつもなく不便だ。

「全くアイツら、大人しく順番待ちしていればよかったものをふざけやがって…」
小野崎が文句を言うも
「何度も謝ってくれたし、わざとじゃないんだから」
慌てて拓也は相手を庇うと
「だから、藤井君も…機嫌直してね」
明らかに不機嫌マックスの藤井を諭す。
「…………」
不満全開な顔で拓也を見た後、視線を件のグループに向ける。
「はい!ガンも飛ばさない!」
すると、こちらの様子を伺っていた張本人がもう一度謝ろうとやって来た。

「本当、ごめん…」
「もう何度も謝ってもらったし、そんな気にされても却って困るから…んーと、じゃあ」
拓也は左手を差し出して
「握手!子供っぽい手法だけど、平和に解決には一番の方法!」
ニッコリ笑んで左手を差し出す拓也に、相手もようやく納得した表情になり、それでもすまなそうに
「じゃあ、これで最後…本当悪かった!」
と頭を下げ言うと、拓也の左手に自らの左手を重ねた。
「うん」

握手を交わす二人を仲間達は
「ま、怪我した本人がこう言うんだから」「榎木らしいな」
と、口々に言い一部始終を見守った。



「榎木、今日持ち帰る物は?」
「課題出てるリーダーの教科書とノートと…って!?」

放課後。
HR終了と共に拓也の席へやって来たかと思ったら、拓也を椅子ごと机からひょいっとずらし、机の中を探る藤井。

「辞書は?」
「家にあるの使うから大丈夫…じゃなくて!帰り支度くらい自分で出来るよ!」

黙々と拓也の鞄の中に、持ち帰る教材をしまう藤井を見て

「まあ、予想は出来たわな」

と、斜め後ろの席から小野崎は言う。

「藤井、二週間ずっと榎木の世話するわけ?」
「勿論」
当たり前だと言わんばかりの即答。
「藤井君!左手は無事だし、右手も指先なら使えるんだから…」
困惑する拓也に、不機嫌全開の表情で藤井は言い放つ。
「四の五の言ってると、この場でその口塞ぐ…」
「会話になってないよ藤井君!」
「じゃあなー榎木!!」
藤井の台詞を掻き消すように言葉を被せる拓也に、またいらぬ事を聞かされた!とその場から離れる小野崎。


「もう!恥ずかしいなぁ」
左手で鞄を持ち、拓也は藤井の前をスタスタ歩く。
「友達とかの前で、ああいう事言わないでよね!」
「榎木!」
鞄を持つ拓也の左手首を藤井はパシッと掴んだ。

「藤井君…」
「ごめん。お前を守れなかった自分に腹立ててた」
「藤井君…だって藤井君はプレイ中だったし、仕方ないよ。それに、僕は藤井君に守って貰おうなんて思ってないよ」
「だけど!状況的に無理だったのは頭では分かってるけど…」
包帯で巻かれた拓也の右手をやんわりと触れる藤井の悔しそうな表情を見て、拓也の胸もチクリとする。

「僕は…」
ポスッと頭を藤井の胸元に預けて小さく伝える。
「怪我したのが、藤井君じゃなくて良かった…って、思ってるよ」
「俺は、俺だったら良かったって思ってる」

それを聞いて、拓也は顔を上げて、藤井と目を合わせると二人でクスリと笑い合う。

「いたちごっこだ」
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