「こいつらこれでも付き合ってないんだぜ!」

授業開始のチャイムと共に、担当教師が賑やかないつものクラスの教室より広めの――特別学習室へ入ってきた。

「適当に席着けー。いつもと違うからって浮き足立つなよー」

「拓也とこーやって机並べるなんて、小学生以来だなー」
「そうだねー」

授業が始まる中、違うクラスの拓也と後藤が肩を並べて着席しているその後ろには、広瀬と藤井が肩を並べていた。
何故このような現象が起こっているかというと、教育委員会からの何ちゃらの「研究授業」の一環とかで、2クラス合同授業が実施されているからだった。
教科は社会科。課題は郷土の歴史を研究するとかで、地元の歴史を学ぶ授業のようだが。

(そーいや、中学入ってから俺榎木と同じクラスになったことなかったから……制服で授業受けてる榎木って初めてだな……)

爽やかな春の風はだいぶ暖かく、時間と共に気温も上昇すると厚手の学ランは暑く、お昼間近な3限目ともなるとそれを脱ぎ、下のシャツになっている男子生徒は少なくない。
例に漏れず、藤井も広瀬も前に座る後藤もカッターシャツになっており、それは拓也も同じだった。

無意識に眺めるは薄い白いシャツ越しに見える背中の輪郭。

(やっぱ……華奢だよなー、肩とか……)

華奢だけど、体育では抜群の運動神経を見せる。
走ればトップクラスのタイムを出し、バスケをやればキレイなフォームで跳ぶ。水泳だってそうだ。

(体力というより、運動「神経」の名の通りセンスがいいんだな、きっと)

その証拠に、他のスポーツに比べ長距離は少し苦手。短距離はあんなに速いのに。……そんなところが可愛いんだけど。

そんなことを考えながら、藤井はだいぶ筋肉がついてがっしりしてきた自分の腕を袖の上から掴む。

(腕も…俺より随分細っこいよな)

「……ふじーくん!」
「はっ!?」

気がついたら、拓也と後藤が後ろを振り向いていた。

「どうしたの?上の空で……気分悪い?」

拓也は心配そうに言うが。

「あー…多分榎木は気にしなくていいぞ」
「そうそう、どーせ拓也の背中見ながら色々考えてたんだ――…」

広瀬の言葉に続いて言う後藤の言葉を遮るように、藤井のペンケースが後藤の頭にヒットした。

「ご、ゴンちゃん!!」
「いてーふじーヒデェ!」

頭を押さえて訴える後藤に「大丈夫?」と拓也が後藤の頭を撫でていると、教師から声がかかった。

「おーい、そこはグループまとまったのか?」
「はいっ!!」

慌てて拓也が返事をする。

「グループ?」

教師のところにメンバーの名前を書いたプリントを持って行く拓也を見ながら藤井が憮然と「何のことだ?」と訊くと、呆れた顔をして広瀬が答えた。

「お前、本当に何も聞いてなかったんだな。グループ研究。俺と後藤と榎木とお前。最初それでいいか?って聞こうとしてたの!」
「あぁ、そういうこと」

そこに丁度戻ってきた拓也がにっこり笑って言った。

「そういうわけで、よろしくね藤井君」

その笑顔と言葉に、藤井の目の前がキラキラしたことは言うまでも、ない。


グループが決まったら、何について調べるかを各班で決める。

「どうしよっか」
「熊ノ井の歴史とか文化の歩みとかだろー郷土博物館で資料集めとか?」
「図書館でもいいかな」
「でもそれだと、他の班とカブリまくりそうだよな」
「あー…そうなると評価ハードル高くなりそうだな」
「名産品食べ比べとか♪」
「それはゴンちゃんが食べたいだけでしょ」

あーだこーだと意見を出し合いながら、うーんと考える。

「――あっ!なんか隣町に記念館なかったっけ?」
「あー何かあったな。確かすっげマイナーな歌人だっけ?」
「よく知らんけど、記念館はあるのは分かる」
「ゴメン俺さっぱりだわ」

拓也の提案に各々反応を示す。
因みにさっぱり野郎は後藤である。

「熊ノ井に縁(ゆかり)のある歴史上の人物ならそれ一本でテーマになるし、記念館なら、一通り資料になるパンフとかプリントとかありそうだし、まとめやすいんじゃないかな」
「そうだな」
「じゃ、今週土曜日にでもみんなで行くか」
「じゃー、11時頃バス停で待ち合わせっちゅーことで」
「おー」

サクサクと決まり、授業終了までに若干時間が残った。
まだ他の班がワイワイと話し合いがされている中、残り時間は着席の状態とはいえ自由である。

(流石榎木、采配力も抜群)

小学校の頃から室長やらクラス委員を任されてきただけのことはある。
小6の時、「自分は不器用だ」と言っていた時もあったが、それでもきっちりと役目を熟し、経験として自分の糧にできている。
藤井が拓也の代わりに担任に言われてプリントを集めた際、あっさり全員分集まってしまったことに、自分の不甲斐なさを(珍しく)逆ギレして訴えられたことがあったが、それだってたまたま全員が提出物を持ってきていたというだけだし、そもそも拓也が悪いわけではない。
そういうところも責任を感じてしまうところが真面目すぎて、それでがんじがらめになる時もあるが、だからこそ、つい手を差し伸べてしまいたくなるし、実際差し伸べたこともあった。
中学になってから運悪く同じクラスになれなくて、すぐに助けてやれない距離にいるのがもどかしい時があるが、多分きっと、小6の頃よりずっと上手く立ち振る舞うことが出来ているんだろうな、と藤井は思った。

「まーた藤井君寝てるー。一応まだ授業中だよー」
後藤と広瀬と会話を繰り広げていたと思ったら、不意に話しかけられた。
「……寝てねーよ」
お前のこと考えてたんだよ、とは胸の中だけで呟き。

(この鈍感)

そんなところも可愛いんだけど。
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